第1章 序論 2.オレンジプラン・新オレンジプランの現状と課題
公開月:2019年10月
国立長寿医療研究センター もの忘れセンター
連携システム室長
堀部 賢太郎
1.はじめに
平成24年に発表された認知症施策推進5か年計画(以下、「オレンジプラン」)、及び平成27年に発表された認知症施策推進総合戦略(以下、「新オレンジプラン」)は、認知症に対する総合的な計画として、内外に大きなインパクトを与えた。しかし、これらは突然降ってわいたものではなく、厚生労働省が厚生省と呼ばれた時代からの長年の地道な施策の積み重ねの成果である。個々の構成要素をみてみれば、その多くが以前から綿々と続いてきたものを踏襲・進化させたものであることがわかる。
本稿では、その歴史的流れを俯瞰しつつ、新オレンジプランを概観する。
2.認知症施策の歴史
1.公衆衛生審議会答申「老人性精神保健対策に関する意見」(昭和57年)
認知症に特化して、あるいはその近い視点で出された初期の公的文章の一例として、老人保健法制定と同じ昭和57年11月24日に発表された公衆衛生審議会「老人精神保健対策に関する意見」をみてみよう。
- 「老人性精神保健対策に関する意見」の6本の柱
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- 老人の痴呆疾患の予防及び普及啓発
- 地域老人精神保健対策
- 精神病院における老人精神障害者対策
- 老人精神保健事業者の確保及び資質の向上
- 研究体制の強化
- 老人の痴呆疾患のための保健医療及び福祉対策の連携
今日の視点から見ると前時代感は感じられるものの、予防・普及啓発を一等地に掲げる点は新オレンジプランに通じるものがある。
なによりも注目すべきことは、「序」の中に述べられる「可能な限り社会の中で健やかに安定した生活が営めるよう(中略)地域のケア体制を確立するなど包括的なケアシステムの確立」「老人精神保健対策は、他の老人保健、老人福祉対策と不可分」「相互の連携を十分に保ちながら長期的視野にたってその総合的施策を推進」するべきという視点であり、これらの言葉の中にはその後の「地域包括ケアシステム」理念への萌芽を見ることができる。
2.高齢者介護研究会「2015年の高齢者介護~高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて~」(平成15年)
上記公衆衛生審議会答申以降、昭和62年「厚生省痴呆性老人対策推進本部報告」、同63年「痴呆性老人対策専門家会議提言」、同6年「痴呆性老人対策に関する検討会報告」等、何度か認知症施策の方向性に関する検討が行われてきた。
この時期の事業をみると、やはり「老人性痴呆疾患治療病棟」創設(昭和63年)、「老人性痴呆疾患センター」創設(平成元年)、「老人性痴呆疾患療養病棟」「老人保健施設痴呆専門棟」創設(同3年)、と精神医療色が濃いが、これは当時社会が「老人性痴呆」の相当進行した状況を課題としていたためである。その一方「痴呆性老人処遇技術研修事業」開始(昭和59年)、「老人性痴呆疾患デイ・ケア施設」創設(同63年)、「デイサービスセンター(E型)」創設(平成4年)、「痴呆性老人の日常生活自立度判定基準」作成(同5年)などの、後の認知症施策に繋がる動きが始まるのもこの時期である。
平成12年にスタートした介護保険がようやく根付き始めた平成15年、その後の高齢者施策の方向性を定めることになった報告書「2015年の高齢者介護」1)が高齢者介護研究会より発表された。「2015年」とは、団塊の世代が65歳以上になりきる年であり、その時点までに実現しているべき高齢者介護の姿を提言したものである。そのコアとなる「尊厳を支えるケアの確立への方策」では、「地域包括ケアシステム」及びその柱となる「住まい」、「医療」、「介護」、「予防」、「生活支援」という理念が明確に示されることとなった。
- 2015年の高齢者介護「尊厳を支えるケアの確立への方策」の構成
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- 介護予防・リハビリテーションの充実
- 生活の継続性を維持するまでの、新しい介護サービス
- 在宅で365日・24時間の安心を提供する
- 新しい「住まい」
- 高齢者の在宅生活を支える施設の新たな役割
- 地域包括ケアシステムの確立
- 新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア
- サービスの質の確保と向上
高齢者介護研究会は、「平成16年度末を終期とする『ゴールドプラン21』後の新たなプランの策定の方向性、中長期的な介護保険制度の課題や高齢者介護のあり方」の検討のために同年3月に設置された。のちの地域包括ケアシステムに向けた制度設計のバイブルとなったこの報告書の中で、認知症は「補論」という形で一章を与えられた。「地域の高齢者介護全体を(中略)痴呆性高齢者を標準とした仕様に転換」「生活そのものをケアとして組み立て」といった今日まで続く大きな根本理念は、ここで示されたものである。また、「家族や地域住民が痴呆に関する正しい知識と理解を有」することで「『痴呆性高齢者を地域で支援する担い手』へ転換」するための「国民運動としての広報啓発キャンペーン」を謳ったことは、その後「認知症サポーター」として実現した。
3.「痴呆症」から「認知症」への用語変更(平成16年)と、「認知症を知り地域をつくる10ヵ年」構想(平成17年)
平成16年、その後の施策に大きな影響を与えることとなる出来事があった。行政用語としての「痴呆症」から新語「認知症」への変更である。これは、「痴呆」という用語が侮蔑的な意味合いを含んでいることや、症状を正確に表していないことを問題として「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」で議論され、パブリックコメント等を経て決定されたものだった。
そしてここで、それを単なる「言葉狩り」に終わらせないため、数多くの関連施策が推進された。その中核は「認知症を知り地域を作る10ヵ年構想」であった。
- 「認知症を知り地域を作る10ヵ年構想」の主な取組み
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- 認知症サポーター100万人キャラバン
- 「認知症でもだいじょうぶ町づくり」キャンペーン
- 認知症の人「本人ネットワーク支援」
- 認知症の人や家族の力を活かしたケアマネジメントの推進
これは「認知症が正しく理解され、また認知症の方が安心して暮らせる町がつくられていくよう、その第一歩として、普及啓発のためのキャンペーン」として展開された。特に、認知症サポーターは当初の予想を超え拡大し、今は国内だけで1,000万人を越え、Dementia Friends運動として世界に広がった。また、直接同構想の一部ではないが、専門職への「認知症サポート医養成研修」「かかりつけ医認知症対応力向上研修」など現在の新オレンジプランにまで続くプログラムが開始されたのもこの時期である。
4.認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト(平成20年)
平成20年7月10日、厚生労働省は「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」報告書2)を取りまとめ、公表した。これは関連分野の専門家からなるプロジェクトチームの議論をもとに編纂されたもので、内容的にも極めて網羅的であり、シンプルながら国家戦略に近い構成となっている。実際に平成24年のWHO報告書「Dementia: a public health priority」においては国家戦略としてカウントされている。
- 「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」の5本の柱
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- 実態の把握
- 研究・開発の促進
- 早期診断の推進と適切な医療の提供
- 適切なケアの普及及び本人・家族支援
- 若年性認知症対策
特徴としては、今後の施策の理念と優先順位等を示すもので、行政面での数値目標は多くなかった。一方、研究開発に関しては、今後5年以内に「アルツハイマー病の促進因子・予防因子を明らかにして有効な予防方法を見いだす」「早期診断の技術の実用化」、「根本的治療薬の今後10年以内の実用化」とかなり意欲的で、当時のやや楽観的な時代的空気を感じることもできる。この傾向については、一旦平成18年度に事業として終了されていた老人性痴呆疾患センターが「認知症疾患医療センター」として復活した点等とも絡めて、医療志向が強いとして批判する声もあった。
本プロジェクトで注目されるものとして、認知症有病率調査、そして認知症疾患医療センターと連携する「認知症連携担当者」を介護側(地域包括支援センター)に配置するというものが挙げられる。後者は医療介護連携の一つの核として、のちに「認知症地域支援推進員」に発展した。
3.オレンジプラン(認知症施策推進5か年計画)
平成24年9月15日、厚生労働省は「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」3)を公表した。
- 「オレンジプラン」の7本の柱
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- 標準的な認知症ケアパスの作成・普及
- 早期診断・早期対応
- 地域での生活を支える医療サービスの構築
- 地域での生活を支える介護サービスの構築
- 地域での日常生活・家族の支援の強化
- 若年性認知症施策の強化
- 医療・介護サービスを担う人材の育成
1.オレンジプランが生まれた背景
1)「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム第2ラウンド」
わが国においては歴史的に精神科入院医療への依存度が高く、入院期間も長いことが課題とされていた。当時の調査4)においても、「状態の改善が見込まれず、居住先・支援を整えても近い将来の退院の可能性はない」の約4割に対し、「居住先・支援が整えば、退院可能性がある」が約6割を占めた。つまり、入院中の6割以上が病状的には退院が可能な「社会的入院」である可能性があり、これを早急に是正するため、厚生労働大臣政務官を主担当とした「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」において「第2ラウンド:認知症と精神医療」が開かれた。
ここでは基本的な方向性について中間取りまとめを行ったのち、その後認知症疾患医療センターの整備目標、認知症の退院支援・地域連携クリティカルパス、外来・訪問医療、入院医療及び認知症を考慮した目標値等について検討の上、平成23年11月29日に早期退院に向けた目標値設定を含むとりまとめ5)を公表した。
2)「今後の認知症施策の方向性について」(6.18報告書)
上記とりまとめは、あくまで精神科医療の側から検討を行ったものであり、介護保険サービスや地域における支援等、受け皿側の体制拡充については別の議論の場が必要と考えられた。
それを受け、上記「とりまとめ」発表と同時に、厚生労働大臣政務官を主査とした「認知症施策検討プロジェクトチーム」が設置され、ヒアリング等を経て平成24年6月18日、報告書「今後の認知症施策の方向性について」6)(6.18報告書)を発表した。これを受けて各種施策とその数値目標等を設定したものがオレンジプランである。
2.オレンジプランの特徴と課題
その経緯から、計画自体は数値目標の羅列が主で、全く新しい施策としては「認知症ケアパス」の作成、及び「認知症初期集中支援チーム」の設置を全基礎自治体に求めたことが目をひく。後者は認知症診断前後の早期において多職種チームが訪問をベースに集中的支援を行うもので、英国「Croydon Memory Service」をモデルとしている。
しかし「オレンジプラン」として社会的な関心を呼び議論を引き起こしたのは、その計画自体よりも、6.18報告書における過去の認知症施策に対する反省的な姿勢である。「かつて、私たちは(中略)症状だけに目を向け、認知症の人の訴えを理解しようとするどころか、多くの場合、認知症の人を疎んじたり、拘束するなど、不当な扱いをしてきた」とし、今後は「認知症の人々が置かれてきた歴史を振り返り、認知症を正しく理解し、よりよいケアと医療が提供できるよう」努めるとする姿勢は、行政の無謬性を求める傾向があった国の既存報告書には珍しいものであった。
これらの基本的理念自体は社会に肯定的に、一部は喝采をもって受け止められた一方、「これまでの『自宅→グループホーム→施設あるいは一般病院・精神科病院』というような不適切な『ケアの流れ』を変え」るというような不用意にラディカルな表現は特に施設や精神科病院の関係者等の心を傷つけ、少なからぬ非難を受けることになった。これは短期的にみた場合、必要以上の「医療モデルvs生活モデル」議論や、精神科医療の悪玉視とその反発といった対立を来すことになったが、その一方で、潜在化していた課題を可視化し、議論の俎上に載せ、国民の関心を高めることにもなった。
4.新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)
オレンジプランは、その名の通り平成25年度からの5か年計画として設計され、順調に推進されていた。しかしまだその途上の平成27年1月27日、「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)」が公表された。これは内閣官房、内閣府、厚生労働省、警察庁、金融庁、消費者庁、総務省、法務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省といった、関係省庁が共同して策定したものとされ、形式上は厚生労働省はあくまでその取りまとめであることがオレンジプランとは異なる。
1.新オレンジプランが生まれた背景
1)G8認知症サミット
それは平成25年12月11日に英国ロンドンで開かれた「G8認知症サミット」に遡る。G8各国、欧州委員会、WHO、OECDの代表がロンドンに集い、また各国の専門家や製薬会社代表等も集めて開かれたもので、日本からは厚生労働副大臣がわが国の現状、オレンジプラン等について説明を行った。そして認知症問題に共に取り組むための努力事項を定めた「宣言」及び「共同声明」が合意され、公表されている。
この宣言の中では「一連のハイレベルフォーラム」の開催が謳われ、より具体的には、
- 社会的影響への投資―英国主導
- 新しいケアと予防のモデル―日本主導
- 学術界と産業界のパートナーシップ―カナダとフランスの共同主導
という役割分担がされた。これに基づき、平成26年6月には再びロンドン、9月にオタワ、そして11月に東京、翌27年2月にワシントンDC近郊で「Legacy Event(後継イベント)」が開催されることとなった。
2)認知症サミット日本後継イベント
わが国担当の「認知症サミット日本後継イベント」は、厚生労働省と国立長寿医療研究センター、認知症介護研究・研修東京センターが共催する形で、平成26年11月5日~7日にかけ、世界10か国以上から300人以上の参加のもと開かれた。この会議がわが国の施策に大きな影響を及ぼす事になったのは、その2日目の内閣総理大臣サプライズ登壇と新国家戦略の立案宣言による。「認知症施策を加速するための新たな戦略を策定」、「政府一丸となって生活全体を支える」という発言は、各関連方面の関係者の念願であったオレンジプランの国家戦略化を現実化するものであった。これが新オレンジプランの策定に繋がることになる。
2.「新オレンジプラン」の内容について
その7つの柱一つ一つの内容は以下の通り(※印は数値目標のあるもの)。
1)「認知症の理解を深めるための普及・啓発の促進」
- 認知症の人の視点に立って認知症への社会の理解を深めるキャンペーンの実施
- ※認知症サポーターの養成と活動の支援
- 学校教育等における認知症の人を含む高齢者への理解の推進
2)「認知症の容態に応じた適宜・適切な医療・介護等の提供」
- 本人主体の医療・介護等の徹底
- 発症予防の促進
- 早期診断・早期対応のための体制整備
- ※かかりつけ医の認知症対応力向上や※認知症サポート医の養成等
- ※歯科医師・薬剤師の認知症対応力向上研修
- ※認知症疾患医療センター等の整備
- ※初期集中支援チームの設置
- 行動・心理症状(BPSD)や身体合併症等への適切な対応
- 循環型の仕組みの構築
- 行動・心理症状(BPSD)への適切な対応
- 身体合併症等への適切な対応(※病院勤務の医療従事者向け認知症対応力向上研修・※看護職員認知症対応力向上研修)
- 適切な認知症リハビリテーションの推進
- 認知症の人の生活を支える介護の提供
- 介護サービス基盤の整備
- 良質な介護を担う人材の確保(※認知症介護指導者養成研修・※認知症介護実践リーダー研修・※認知症介護実践者研修・※認知症介護基礎研修(仮称))
- 人生の最終段階を支える医療・介護等の連携
- 医療・介護等の有機的な連携の推進
- 認知症ケアパスの確立
- 医療・介護関係者等の間の情報共有の推進(※認知症情報連携シート(仮称))
- ※認知症地域支援推進員の配置
- 地域包括支援センターと認知症疾患医療センターとの連携の推進
3)若年性認知症施策の強化
- ※若年性認知症の人の自立支援に関わる関係者のネットワークの調整役を担うものの配置
4)認知症の人の介護者への支援
- 認知症の人の介護者の負担軽減(※認知症カフェ等の設置)
- 介護者たる家族等への支援
- 介護者の負担軽減や仕事と介護の両立
ここにはその後、ボランティアを活用した居宅訪問「認とも」という取組が提案され注目を集めた。
5)認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進
- 生活の支援
- 生活しやすい環境(ハード面)の整備
- 就労・社会参加促進
- 安全確保
- 地域での見守り体制の整備
- 交通安全の確保
- 詐欺などの消費者被害の防止
- 権利擁護
- 虐待防止
6)認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の推進
ここは健康・医療戦略のKPI(key performance indicator:主要業績評価指標)に揃え、整合性を持たせている。
7)認知症の人やその家族の視点の重視
- 認知症の人の視点に立って認知症への社会の理解を深めるキャンペーンの実施
- 初期段階の認知症の人のニーズ把握や生きがい支援
- 認知症施策の企画・立案や評価への認知症の人やその家族の参画
- その他
- 早期診断後の適切な対応体制の整備
- 若年性認知症施策の強化
3.その意義と課題
一省庁の計画であった初代オレンジプランから、省庁の枠を越えた国家戦略となったその意義は計りしれない。認知症は、地域生活を支える省庁全てにまたがった課題であり、国家戦略となれば予算配分及び人的資源に関して優先度は高まる。それを鑑みれば、初代の5年計画期の満了を待たず発表されたこと、内容的な新規性に乏しくほぼアップデートであること、は批判するのにあたらない。
その一方、その数少ない内容的変化を俯瞰したとき、初代オレンジプランの医療色の薄さと生活支援型の指向性に対する揺り戻し、いわゆる「生活モデル」からの理念的逆行の印象を与えることにもなった。「精神科や老年科等の専門科による(中略)介護サービス事業者等への後方支援と司令塔機能」というような表現は象徴的である。
また、認知症の人本人の位置づけについても、世界的に認知症当事者の施策立案参加が当然視されてきている中で、直接関連する柱が末尾に置かれ、「を含む高齢者」という表現の頻用とともに、第一の当事者である本人が少なからず相対化されたかのような響きを帯びる。この点も、初代プランとの異なる読後感を与えている。
5.今後の課題
新オレンジプランは、数字的な面ではその進捗は順調であるが、わが国の他の計画の例に漏れず、いくつか共通する構造的課題を抱えている。
第一に、量的な数値目標が多い一方、質的な評価目標には乏しい。確かに「ケアの質」の自体が困難で、不用意な公的指標設定は「数値合わせ」をよび現場の実践に悪影響を与える恐れもある。とはいえ「測ることのできないものは制御もできない」(Tom DeMarco)。認知症当事者の生活の質的向上のためには、満足度や複数の主観的・客観的指標を組み合わせること等による質的評価を試みていくことが避けられない。
第二に、その計画自体の中に進捗評価及び改良を目的とした自己修正メカニズムを内包していない。他国における認知症国家戦略においてはその計画自体の中に、定期報告書の作成と計画自体の修正プロセスが定められている。現に、英国の認知症国家戦略「Livingwell with dementia:A National Dementia Strategy」は2009年の開始以降「Prime Minister's Challenge」等の修正作業を続けており、米国のNAPA(The National Alzheimer's Project Act)においても毎年進捗評価と答申を行うシステムが組み込まれている。
わが国においても、例えば新オレンジプランは「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに係る関係省庁連絡会議」等の場において進捗の報告と検討が行われているが、国民に開かれた施策立案と効率的かつ効果的な戦略推進という観点からは、21世紀の国家戦略として国際基準に照らし、実務的な第三者的機関による進捗評価や修正答申のような枠組みを計画自体に組み込むことが求められる。
最後に、今後求められることとして、その計画期間の先を見通した長期的な戦略的な展望の視点の提示がある。平成37(2025)年に期間が満了した後は、次戦略を立案するのかしないのか、するならいかなる方向性か、いつ頃からいかなる主体がいかに準備するのか等、常に先まで見据えた未来図を描き、国民に提示した上での、議論・修正・共有が求められる。人の関心はうつろいやすく、メディアは飽きることが早く、政治は大きな力をもつが気まぐれである。「認知症にやさしい社会」はどこかで完成して構築作業が終わるものではなく、絶え間なく築き上げ続けることによってしか実現できない。
文献
プロフィール
- 堀部 賢太郎(ほりべ けんたろう)
- 国立長寿医療研究センター もの忘れセンター連携システム室長
- 最終学歴
- 1993年 福井医科大学医学部卒
- 主な職歴
- 大垣市民病院、名古屋第二赤十字病院等、東海地方において神経内科医として勤務ののち、県立多治見病院神経内科医長を経て2010年より厚生労働省老健局において認知症対策専門官として認知症施策推進五か年計画(初代オレンジプラン)やWHO報告書等の認知症行政に携わった。2015年からは日本医療研究開発機構(AMED)においてORANGEレジストリ等の認知症開発研究支援業務に関わり、2016年4月より現職。
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの
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