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いつも元気、いまも現役(病理学者、予防栄養学者 家森 幸男さん)

 

公開月:2024年10月

やもりゆきお氏の写真。

エネルギーが迫ってくる勢い

 これまで世界25か国61地域を訪ね、現地の人たちの「24時間分の尿」の検査と採血により食と健康の関係を研究してきた予防栄養学の専門家の家森幸男さん。カスピ海ヨーグルトを日本に紹介したことでも知られている。

 身振り手振りを交え、時々大きく目を見開いて早口で語る姿からはエネルギーが迫ってくる勢いだ。現在は武庫川女子大学健康科学総合研究所国際健康開発部門の部門長として、自宅がある京都市から兵庫県西宮市まで電車を乗り継いで1時間かけて通っている。しかも「ゆっくり」と「さっさか」の歩きを交互に繰り返す「インターバル速歩」で8,000歩は歩く。

 2枚いただいた名刺には公益財団法人兵庫県健康財団会長など肩書がずらりと並んでいる。研究や講演、執筆、学会発表と毎日、元気に活躍している。

京大馬術部で命の恩人の娘と出会い結婚

 1937年7月29日、医師の父とのちに家庭裁判所調停委員をつとめた母の次男として生まれた。兄と妹の3人きょうだい。父は1937年から始まった日中戦争に軍医として応召された。

 幼少期に膿胸になり、危うく命を落とすところだったが、入院した京都大学病院でドイツで開発されたサルファ剤による化学療法をいち早く導入した医師のおかげで完治した。この命の恩人の医師の娘がのちに家森さんの妻となる百合子さん。実に不思議な縁だ。

 京都の当時の名門・鴨沂(おおき)高校を経て、京都大学医学部に進学。馬術部に入った。京大馬術部といえばオリンピック選手を輩出する伝統ある強豪で、家森さんがいたときに全日本自馬大会で連続優勝した。家森さんが主将となったとき、史上初の全日本学生総合馬術で3連覇を達成した。4歳年下の百合子さんが京大薬学部に入ったとき、入部希望として1.南極探検に成功した探検部、2.ヒマラヤ登頂を成し遂げた山岳部、3.オリンピック出場した馬術部と書いたところ、馬術部の家森さんが百合子さんのもとに駆け付けたという。

 その後、百合子さんは医学部に編入し、5年生のとき家森さんと結婚。卒業後、間もなく長女が生まれた。続いて次女、長男と3人の子宝に恵まれた。現在、長女は小児科医として発達障がい児にかかわり、次女は栄養学者として研究成果を社会還元することに尽力し、長男は口腔外科医として活躍している。百合子夫人は71歳のとき35年つとめた障がい児施設を退職し、発達障がい児専門のクリニックを開業し、多忙を極めている。

結核治療に専念した父の影響で病理医を目指す

 無事、中国から帰還した父は当時、国民病といわれた結核の治療に専念し、結核療養所の所長を経て開業医になった。母は平安女学院大学で教鞭をとり、家庭裁判所調停委員をつとめていた。

 医学の道を選んだのは、結核治療に生涯を捧げた父の影響が大きかったが、家森さんが医師になったころは死因のトップが結核から脳卒中になった時代で、一人ひとりの治療をする臨床医になるより、病気にならない予防医学に関心が向いた。そこで家森さんは脳卒中の原因をつきとめる病理医になろうと病理学教室に進んだ。ラットの飼育小屋には空調がなかったため、夏にはトタン屋根に放水し、冬は底冷えするので朝4時までオイルストーブで温度管理をした。ある時、父が教室を見にきたが、ラットの飼育で寝泊まりしていた家森さんを見て驚きを隠せなかったという。

 その後、病理学教室で岡本、青木両博士により開発された遺伝的に高血圧になるラットをかけ合わせて、100%脳卒中を発症するラットの開発に世界で初めて成功した。1974年のことだ。このラットに1%の塩水を与えると真水を与えたラットより短期間で脳卒中が発生することを証明し、脳卒中は遺伝因子より環境因子が大きく影響することを初めて明らかにした。

WHOの承認を得て世界中で研究が始まる

 京大の助教授を経て、当時「1県1医科大学政策」でできたばかりの島根医科大学に教授として赴任。そこで隠岐の島と山間部の脳卒中の発生率を比較すると、明らかに隠岐の島のほうが低い。その理由として隠岐の島は新鮮な魚を食べ、山間部は塩漬けの魚を食べるという塩分の摂り方の違いと、日常的な魚の摂取が脳卒中予防に役立つのではと想定した。

 そこで、食塩とそれ以外の様々な栄養素の分析のために1日分の尿を調べるという「島根医大方式」を2年かけて開発した。それが「アリコートカップ」だ。二重底のプラスチック製のカップで、上の部分に排尿してボタンを押すと40分の1の尿が下のカップにたまる仕組み。これで24時間分の尿が容易に採取でき、食べた食事の成分がわかるというもの。

 世界各地の食生活と脳卒中の関係を調べたいと1982年に世界保健機関(WHO)に提案したが、WHOは感染症の撲滅を主目的としている国際組織のため、「研究資金100万ドルは日本で集めてほしい」といわれた。当時1ドル280円のため2億8,000万円という大金になる。そこで日本心臓財団の協力で研究のかたわら全国で講演して歩き、2年間で30万人の人々の協力のおかげで総額1億5,180万円を集めることができた。急速な円高で1ドル150円という"神風"が吹いたことも大きかった。こうしてWHOの専門委員会の承認を得て、1985年から世界中での栄養健診(世界健診)が始まった。

アリコートカップを手に持つやもり氏の写真。アリコートカップの開発に2年かかった。24時間分の尿を集めて食事成分を調べる「島根医大方式」がのちに世界中の研究の基本となった。
「アリコートカップ」の開発に2年かかった。24時間分の尿を集めて食事成分を調べる「島根医大方式」がのちに世界中の研究の基本となった

日本食は優れているが塩分が多い

 こうした60を超える地域の世界健診の結果、日本食は大変に優れていることが明らかになった。しかし、難点は塩分が多いということだ。

 脳卒中ラットや24時間尿で血管の健康によいことが検証された魚のタウリンや大豆のイソフラボンの両方を摂取できるのが日本食である。この両方の摂取は世界健診でも心筋梗塞の死亡率の低下と関連し、平均寿命の延伸に貢献するが、大豆と魚をよく食べる人はあまり食べない人よりも1日の食塩摂取が4〜5gも多いことが、兵庫県の「健康ひょうご21県民運動」の健診でわかった。したがって、大豆・魚の摂取で寿命は延びても、食塩で高血圧、脳卒中になりやすく、日本人が世界一の平均寿命であるにもかかわらず、健康寿命がそれより10年も短いという原因でもある。そこで、県民運動では、日本の伝統食の代表として大豆を取り上げて、「食はバランス、ご飯、大豆と減塩で元気なひょうご」を強調して、健康寿命の延伸につながる活動を行っている。

健康を支える「美・ランチ」と未来に貢献できることは?

 良質のタンパク質を摂れば血管が強くなる。ナトリウム(塩)やコレステロールなどの動物性の脂の過剰摂取を控えれば、高血圧、動脈硬化が予防できる。それに役立つのが野菜・海藻・果物・芋などからのカリウムやマグネシウムで、魚介類からのタウリン・DHA、大豆からのイソフラボンなど、それらを食べることで、末梢循環もよくなり、お肌がキレイになると脳・心・腎などの血液の循環もよくなり、健康長寿につながる。

 武庫川女子大学研究所所属の管理栄養士・森真理氏(現NPO法人世界健康フロンティア研究会理事長)が、世界健診でわかった研究成果を社会還元する活動として、2008年に食育グループ「Healthy+」(ヘルシープラス)の"誰でも食育先生プロジェクト"として確立した。これは、一般の方々が「美・ランチ」の5つの基準※1(1.適塩、2.適脂、3.多菜、4.「まごわやさしい」の食材、5.主食1、主菜1、副菜2+乳製品と果物の食事バランス)を学び、地域で開催する体験食育講座で食育先生として「美・ランチ」を披露していただく実践的な食育講座であり、16年間で400人近い食育先生が誕生している。

書籍『Healthy+のきれいでげんきになるレシピ。実践編』森真理著、武庫川女子大学出版部の表紙の写真。
『Healthy+のきれいでげんきになるレシピ。実践編』森真理著、武庫川女子大学出版部

※1 NPO法人世界健康フロンティア研究会推奨

 家森さんのお弁当も妻の百合子さんがつくる「美・ランチ」。毎日、「ま」は豆で大豆製品、「ご」は"ごま"などの種実類、「わ」は"わかめ"などの海藻類、「や」は野菜、「さ」は"魚"などの魚介類、「し」は"しいたけ"などのきのこ類、「い」はイモ類と確認しながら昼食を楽しみ、朝食のカスピ海ヨーグルトと果物の摂取で健康を維持している。

百合子夫人お手製の弁当の写真。お弁当には「美・ランチ」食材が入っている。
百合子夫人お手製の弁当には「美・ランチ」食材が入っている

 現在、家森さんが研究代表者の科学研究費助成事業で京都大学の長浜コホート研究に関わっている。遺伝子を含むあらゆる健康リスクとの栄養の関係が明らかになるのは10年以上先になると考えられるが、世界健診で使用したアリコートカップの栄養バイオマーカーで予防栄養医学に貢献できること、また、その成果が未来の予防栄養医学に貢献できることが夢であるという。

 世界に誇る九州大学の久山研究※2で、大豆、魚、野菜、海藻と乳製品をよく食べる人では認知症が4〜6割少なくなることが証明されているが、循環器病のリスク軽減に有効な「美・ランチ」の適塩・適脂で多様性のある食事が認知症予防にも有効であることが、長浜コホート研究で証明されるかもしれない。まさに健康長寿のポイントは「食」にある。

 「私自身も家族に支えられながら予防栄養学者として、それらが証明できるように、自らの研究成果を実践していきたい」と力強く語った。

※2 久山研究Am J. Clin Nutr. 2013; 97; 1076-1082

撮影:丹羽 諭

プロフィール

やもりゆきお氏の写真。
家森 幸男(やもり ゆきお)
PROFILE
 1937年(昭和12年)7月29日京都生まれ。京都大学医学部卒業後、同大学医学部助教授、島根医科大学教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを歴任。京都大学名誉教授。現在、武庫川女子大学健康科学総合研究所国際健康開発部門部門長、公財)兵庫県健康財団会長、公財)健康加齢医学振興財団理事長。WHOの協力を得て、世界25か国61地域で健診して栄養と健康を研究。紫綬褒章、日本脳卒中学会賞、日本循環器学会賞、ベルツ賞、杉田玄白賞、瑞宝中綬章など受賞。著書『110歳まで生きられる!脳と心で楽しむ食生活』(NHK出版)、『大豆は世界を救う』(法研)、『世界一長寿な都市はどこにある?』(岩波書店)、『奇跡の令和食』(集英社インターナショナル)、『80代現役医師夫婦の賢食術』(文春新書)など多数。

※役職・肩書きは取材当時(令和6年7月5日)のもの


公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第3号(PDF:5.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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