健康長寿に資する食と栄養研究の進展と社会・経済的課題
公開月:2024年10月
新開 省二(しんかい しょうじ)
女子栄養大学 地域保健・老年学研究室教授
高齢期の「低栄養」が健康施策に取り上げられたのは、健康日本21(第二次)においてである。私どものデータでは、低栄養は一般高齢者の4人に1人に見られ、軽度な段階では自覚症状がなく気づきにくいが、持病の進行や加齢に伴って次第に深刻化し、フレイルや要介護、死亡といった負の健康アウトカムのリスク要因となる。
高齢期の低栄養の直接的な原因は、たんぱく質を中心とした様々な栄養素の摂取不足であり、その背景には小食・粗食の傾向がある。したがって、低栄養予防においては多様な食品の摂取が重要であり、10の食品群の摂取頻度を得点化した食品摂取の多様性得点を活用して、一日平均7点以上を目指すことが推奨されている。
健康日本21やこれら研究成果の普及もあって、一般国民の食・栄養のあり方に対する認識に好ましい変化が見られている。高齢期は栄養の摂りすぎではなく不足が問題であること、たんぱく質や脂質をしっかり確保すべきであること、食事は誰かと楽しく美味しくとること、などである。
一方で、高齢者を取り巻く「食環境」は大きく変化してきている。もともと年齢が進むと食品購入や外食が難しくなる時期である。それを加速させるような世帯構成や食環境の変化が起きている。都市部では一人暮らし高齢者が増加の一途をたどっている。それは「孤食」をもたらし、高齢者の身体的、精神的健康の悪化のリスクとなる。他方、地方では人口減少が加速しており、農林漁業や食品加工・販売・流通業など地方経済の縮小が起きている。このことは公共交通機関の縮小、食品小売業の撤退などをもたらし、住民の食へのアクセスをさらに制限している。また、昨今の物価高は、人々の食品選択に大きな影響を及ぼしている。新鮮な野菜や果物の購入控え、相対的に価格の高い牛肉・豚肉から鶏肉へのシフト、さらには魚の購入控えなどである。年金収入に依存する高齢者では、物価高の影響はより大きい。
健康長寿に資する食・栄養についての研究は進展し、エビデンスもかなり蓄積されてきた。一方で、そうした食・栄養を実現するうえで、大きな社会・経済的な課題が横たわっている。そうした課題解決には国・都道府県レベルでの政策に加えて、基礎的自治体レベルでの様々な実践的な取り組みが求められる。
筆者
- 新開 省二(しんかい しょうじ)
- 女子栄養大学 地域保健・老年学研究室教授
- 略歴
- 1980年:愛媛大学医学部卒業、1984年:愛媛大学大学院医学研究科博士課程修了、同助手(医学部衛生学)を経て、講師、助教授、1990年:文部省在外研究員としてトロント大学医学部留学(〜1991年)、1992年:愛媛大学助教授(医学部公衆衛生学)配置換え、1998年:東京都老人総合研究所地域保健部門研究室長を経て、同研究部長、2009年:東京都健康長寿医療センター研究所社会参加と地域保健研究チーム研究部長、2015年:同副所長、2020年より現職
- 専門分野
- 公衆衛生学、老年学(ジェロントロジー)、疫学
- 過去の掲載記事
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