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高齢者や障がい者が地域と若者を支える食堂〜スマイリングキッチンLABO〜(愛知県豊田市 株式会社SMIRING)

 

公開月:2024年10月

「高齢者が若い人を支える」という逆転の発想

 愛知県豊田市にある地域コミュニティ食堂「スマイリングキッチンLABO」では、要介護高齢者、認知症の人、障がいを持つ人がそれぞれの力を発揮しながら働いている。一緒に働くスタッフは福祉の有資格者ではない主婦や料理好きの人が中心。ランチタイムには、会社員のグループ、近所の夫婦、子ども連れの家族などが訪れ、旬の野菜を使ったランチビュッフェを楽しんでいる。福祉カフェという雰囲気はなく、街なかのカフェレストランだ(写真1、2)。

写真1、旬の野菜を使ったランチビュッフェの写真。
写真1 旬の野菜を使ったランチビュッフェ
写真2、お客さんのテーブルで珈琲をドリップするスタッフの写真。
写真2 お客さんのテーブルで珈琲をドリップ

 スマイリングキッチンLABOを運営するのは株式会社SMIRING(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)。市内でデイサービスや訪問看護事業所などを展開している。SMIRINGが進める「おんぶにだっこプロジェクト」は、「若い人が高齢者を支える」というこれまでの社会像ではなく、「高齢者が若い人を支える」という逆転の発想から生まれた。高齢者や障がいのある人が共働き世帯や子どもをサポートする。障がいや認知症の有無にかかわらず、その人ができることに目を向け、それぞれの役割を生かす地域づくりを目指している。

 SMIRINGではこのプロジェクトの下、認知症の人が料理をふるまう子ども食堂を2019年から定期的に開催してきた。これを日常的に提供するため、就労継続支援B型事業所として2021年に開設したのが、地域の誰もが利用できる食堂・スマイリングキッチンLABOである。2022年度NHK厚生文化事業団「第6回認知症とともに生きるまち大賞」(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)を受賞した注目の取り組みである。

要介護認定を受けていても、少しの手助けでできることがたくさんある

 「おんぶにだっこプロジェクト」の発案者の一人であるSMIRINGの統括マネージャーの加藤香苗枝さん(写真3)は、プロジェクト発想のきっかけをこう話す。

 「『これからの介護・福祉を考えるデザインスクール(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)』に参加した際、理想の高齢社会について考える場がありました。真っ先に思い浮かんだのは『年を重ねても働きたい、役に立ちたい』ということでした。要介護認定を受けていても、少しの手助けがあればできることがたくさんある。できるけれど、危ないという理由で役割を奪われてしまう。その現状を何とかしたいと思いました。『これからは高齢者が若者をおんぶにだっこする時代に』という気持ちを込めてこのネーミングにしました」

 SMIRING代表の中根成寿さん(写真3)は、「現在は事業所で働くスタッフのお子さんを預かる企業主導型保育所を運営していますが、保育所開設前はデイサービスの一角にキッズコーナーを設けて、子連れのスタッフが働ける環境をつくっていました。その時に、デイサービス利用者の高齢者が子どもの面倒を見て、デイサービスでは子どもたちのお母さんが働くという光景がありました。それがおんぶにだっこの考え方の原点です」と振り返る。

写真3、加藤香苗枝さん、中根成寿さん、斎藤有香さんの写真。
写真3  左から加藤香苗枝さん、中根成寿さん、斎藤有香さん

 月1度の認知症の人が料理をふるまう子ども食堂から、常設の食堂に移行した理由のひとつに、共働き世帯やひとり親世帯が増え、多くの家庭で子どもと関わる時間が短くなっている現状がある。そこに高齢者の力を借りることができたら、現役世代にも、子どもにも、地域にとってもいい。高齢者は要介護認定を受けていても、若い人を支える社会貢献を仕事にしながら報酬を得られ、生きがいにもつながる。まさに三方よしのプロジェクトである。

地域の人々とつくったコミュニティ食堂

 スマイリングキッチンLABOは「地域コミュニティ食堂」の名前の通り、地域の人がつながる場を目指している。開店に当たっては、地域の人や子どもたちと一緒に壁にペンキや漆喰を塗り、内装工事は地元企業トヨタ自動車OBのシニアの皆さんが担当した。

 営業時間は平日の朝8時半から夕方5時。朝はモーニングビュッフェ、お昼はランチビュッフェ、カフェタイムにはこだわりの珈琲など、多彩なメニューを提供している。お客さんがお店で2時間のお手伝いをすると、一食分の無料チケットを受け取れるシステムもある。無料チケットは自分で使うもよし、店内の応援ボードに寄付してもいい。

 敷地内に併設された駄菓子屋に子どもたちがコインを手に集まるのは、昔と変わらない光景だ(写真4)。月1回第4土曜日の夜には、NPO法人おんぶにだっことの連携の取り組みで、子ども食堂を開催している。デイサービスの利用者である高齢者や介護職員が一緒に料理を担当し、地域の親子連れをもてなし、ホッとできる時間を提供している。

写真4、併設の駄菓子屋の店内写真。駄菓子屋は子どもたちの集いの場である。
写真4 併設の駄菓子屋は子どもたちの集いの場

 食堂以外では、廃寺を借りて食堂で使う野菜の下ごしらえ。所有する畑では野菜を栽培し、収穫された野菜は食堂や配達のお弁当に使用。ここでも高齢者や障がいのある人が活躍している。

 食堂の仕事がリハビリと生きがいに

 スマイリングキッチンLABO店長の斎藤有香さん(写真3)に話を伺うと、「私は福祉経験者ではなく、元々は普通の主婦です。料理とおもてなしが好きなんです」とやわらかい表情。厨房を案内してもらうと、この日は認知症の症状があるTさんと半身麻痺の障がいのあるSさんが担当していた(写真5)。お二人とも週5日、1日5時間働いているという。「料理が好きですから、働けることがありがたいです」と笑顔で語るTさん。包丁さばきは誰よりもはやく見事だという。元理容師のSさんは、働き始めた当初は言葉につまることもあったが、仕事がリハビリとなり、会話もスムーズになった。普段はフロアで接客担当だが、この日は厨房でクッキーづくりを担当していた。

写真5、高齢者、障がいのある方が生き生きと活躍する厨房の写真。
写真5 高齢者、障がいのある方が生き生き活躍

 一緒に働くスタッフは福祉の経験がない主婦などが中心で、「黒子になって高齢者や障がいのある人をサポートしてほしい」とお願いしているそうだ。「スタッフは高齢の方などにどう接していいかわからず、思わず自分でやってしまう、ということもありました。そこをグッと堪えて見守りを重ね、サポートの仕方を覚えていきました」(斎藤さん)。お客さんには入り口の看板で、高齢スタッフや障がいのあるスタッフへの温かい見守りをお願いしている(写真6)。

写真6、食堂の入り口にある見守りのお願いの看板の写真。
写真6 食堂の入り口には見守りのお願いの看板

新しい多世代共生のまち「スープタウン」の誕生

 SMIRINGでは現在「スープタウン構想(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)」を進めている。コンセプトは「多世代が支え合って暮らす小さなまち。スープがさめないぐらいの、人と人の距離感がちょうどいいまち」。

 スープタウンの拠点となる通称「スープな建物」は2025年3月にオープン予定。SMIRINGの事業所は、豊田市の南部から南西部の自然豊かな里山地域である松平・下山地区を中心に展開している。その松平・下山地区の玄関口となる、市街地と里山をつなぐ場所に「スープな建物」をつくる計画だ。地域の人々と一緒に「住み続けたくなる地域」をつくるために、月1回の"スープ会議"を重ね、アイデアを出し合ってきた。

 スープな建物は3階建ての複合福祉施設。1階と3階には有料老人ホーム。1階の一部には看護小規模多機能型居宅介護事業所。2階にはレストラン、イベントスペース、駄菓子屋、放課後等デイサービスなど、地域の人々が集まる場所を設ける。市街地にあるスマイリングキッチンLABOは、「レストランSOUP」(仮)として、ここに移転する予定だ。就労継続支援B型事業所として、要介護高齢者や障がいのある人が働く環境はそのまま引き継がれる。

 「有料老人ホームの利用者には2階のレストランでご飯を食べてもらい、例えば、昔のご近所さんとここで顔を合わせたりする。家族に面会に来てもらうのではなく、『ご飯をごちそうするから来て』と家族を誘ったり、その逆で『レストランに来たからおばあちゃんに会っていこう』といった関係性をつくれる建物です。なおかつ『弱って食べられなくなってもスープで栄養を届ける』といった形で、この建物を拠点に地域を支えていくことを考えています」(中根さん)

 スマイリングキッチンLABOの里山への移転に惜しむ声もあるが、市街地の「LABO(実験・研究)」で社会的実験を行ってスープタウンで再スタートする計画だったという。地域の人々とつくる新しい多世代共生のまち・スープタウンの誕生が楽しみだ。


公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第3号(PDF:5.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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