長寿科学研究に関する情報を提供し、明るく活力ある長寿社会の実現に貢献します。

第4回 余生なんてありません

 

公開月:2024年1月

名取 芳彦
もっとい不動 密蔵院住職


 父は大正12年生まれ。大学生の時、死を覚悟して特攻隊に志願しましたが、飛行機がなくなり命を長らえました。50歳からは胃がんの手術、数年後に顔面けいれん治療のための頭蓋骨に穴を開ける手術など、何度も死を覚悟する治療を受けました。

 そんな父に寄り添っていた母は、父を残して57歳でなくなりました。

 母の新盆で、ある檀家さんが「奥さまがいなくてお寂しいでしょうけど、お子さんたちも立派に成長されたのですから、どうか余生を楽しくお過ごしください」と父を励ましてくれました。

 死を何度も覚悟した、下町の和尚の父から出た言葉は「ありがとう。でもな、人の人生に、余った人生なんかないんだよ」でした。その通りだと思いました。

 第一、第二の人生があったとしても"余った人生"など、あるはずがありません。

 以来、「余生」とおっしゃる方がいると、私は「余生なんて言うの、よせぃ!」とダジャレまじりにお伝えするようになりました。

 昭和生まれの人は(私を含めて)、始めたら最後までやることを是とする傾向があります。第一線や現役をリタイアすると、「生涯現役を貫けなかった」「最後までやり遂げられなかった」ような気がして、惨めな気持ちになる人もいるでしょう。

 しかし、何があろうと、私たちはいつでも自分の命の第一線を生きていますし、我が人生の最前線を生きているのです。その中で、始めることより終わりにするのが大切な時があるのです。

 体が弱ってくれば「自分が死んだら、残された家族はどうなるのだろう」と心配になることもあるでしょう。しかし、大丈夫です。人は死ぬまで、ちゃんと生きています。死んでからのことを心配するより、生きている間にできることを考えたほうがずっと賢明です。

 私たちはだれでも余りのない人生の最前線を、死ぬまでちゃんと生きているのです。

図、「大丈夫、死ぬまでちゃんと生きてます」。お地蔵さんのイラスト(なとりほうげん氏作)。

著者

名取 芳彦(なとり ほうげん)
 1958年東京都江戸川区生まれ。大正大学を卒業後、英語教師を経て、江戸川区鹿骨のもっとい不動密蔵院(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)住職。真言宗豊山派布教研究所研究員。『ぶれない心をつくる ポケット空海 道を照らす言葉』(河出書房新社)、『人生をもっと"快適"にする 急がない練習』(大和書房)など著書多数。

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第32巻第4号(PDF:5.1MB)(新しいウィンドウが開きます)

WEB版機関誌「Aging&Health」アンケート

WEB版機関誌「Aging&Health」のよりよい誌面作りのため、ご意見・ご感想・ご要望をお聞かせください。

お手数ではございますが、是非ともご協力いただきますようお願いいたします。

WEB版機関誌「Aging&Health」アンケートGoogleフォーム(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)