ウィッシュカードで認知症の人とサポーター、地域をつなぐ(神奈川県相模原市 さがみはら認知症サポーターネットワーク(さがサポ))
公開月:2023年10月
喜びを分かち合い、笑顔でつながる仲間たち
は、神奈川県相模原市で認知症サポーターの市民ネットワークを展開している。コンセプトは、「認知症の人とその家族、認知症サポーターの市民がお互いに困りごとを解決し、喜びを分かち合い、笑顔でつながる仲間たち」。2019年にNHK厚生文化事業団の「認知症とともに生きるまち大賞」を受賞した地域活動だ。
認知症サポーターは、認知症を正しく理解し、暮らしの中で認知症の人とその家族にできる範囲で手を差し伸べられる人たち。2023年6月現在、認知症サポーター数は全国で約1,465万人にのぼるが、さがサポのように認知症サポーターがネットワークを組み、地域活動の担い手として活躍する例はそう多くない。そこで今号は、さがサポ代表世話人を務める佐藤隼(じゅん)さん(写真1)に、認知症サポーターになったあとの活躍の場について話を伺った。
さがサポ代表世話人の佐藤さんは、相模原市内の
の作業療法士として勤務する傍ら、さがサポの地域活動をしている。訪問リハビリテーションの現場で高齢者の生活の実情を目の当たりにしたことをきっかけに、認知症サポーター養成講座を受講した佐藤さん。そこで出会ったのが、認知症サポーター養成講座の講師であり、市内で福祉活動を展開する 代表理事の井戸和宏さんだ。「病院での経験と知識を、認知症サポーター養成講座の講師活動に活かしてみては」という井戸さんからの勧めもあり、佐藤さんは認知症サポーター養成講座の講師役「キャラバン・メイト」として活動することになった。「キャラバン・メイトは講座の開催だけでなく、認知症になっても安心して暮らせるまちづくりの地域活動のリーダー役も期待されています。そんな活動を相模原で展開できたらいいねと井戸さんと話したことが、さがサポの本当の始まりです」と佐藤さん。
若年性認知症の方の「野球がしたい」がきっかけ
さがサポ誕生のきっかけとなった出来事がある。生まれつき聴覚障害を持ち、若年性認知症と診断された方がいる。かつては社会人野球で活躍していたが、認知症の診断後に野球をやめてしまうと、次第に仲間との関係性も途絶え、孤立状態になっていた。
「その方が『もう一度野球がしたい』と願っていることを知り、認知症サポーターに声をかけて野球を企画しました。20名ほどのサポーターが集まり、認知症の方と共にグランドで喜びを感じ合ったことが1つのモデルケースとなりました。認知症になっても、仲間が一緒ならできることを増やせる。この経験が原動力となり、2013年にさがサポを立ち上げました」と佐藤さんは当時を語る。
さがサポの事務局は井戸さんが代表理事を務めるLink・マネジメントが担っている。「事務局の存在があるから10年続けてこられました。事務局機能がしっかりしていないと、市民団体が発展・維持していくのは難しい」と佐藤さんが言うように、Link・マネジメントが登録メンバーの個人情報管理、医療機関や地域包括支援センター、家族会との折衝役、広報などを一手に引き受けている。
さがサポの活動の象徴となる「ウィッシュカード」
認知症の人やその家族、認知症サポーターが感じている「困っていること」「やってみたいこと」などの思いを、ポジティブな気持ちを込めて「ウィッシュ」と呼んでいる。このウィッシュを皆で共有し、「助けてほしい人」と「助けたい人」の思いをつなぐツールが「ウィッシュカード」(図)である。
ウィッシュカードは、もともと認知症サポーターが認知症の人の手助けをしようと始まった活動だが、次第に認知症の人とサポーター双方向でウィッシュを叶える関係に変化していったという。「活動の中で、認知症の人が誰かの助けになる場面が増えてきました。そこで、単に『支える、支えられる』の関係じゃなく、『お互い様』をマインドとして掲げ、さがサポに登録している認知症サポーターの呼び名を『パートナー』と変えました。パートナーのウィッシュに手をあげるのが認知症の人やその家族であったり、パートナー同士であったり、支え合いの輪が広がっていきました」
ウィッシュには様々な種類がある。「掃除を手伝ってほしい」などの困り事のウィッシュや、「一緒に散歩してくれませんか」などの挑戦したいこともあげられる。興味深いのは、「自分の得意なこと」「できること」もウィッシュとして投稿できることだ。雪国育ちの認知症の方の家族から「雪が降ったときは、夫が雪かきできます」という投稿が寄せられたこともある。
ウィッシュの投稿は、ホームページ上で簡単に入力でき、また紙面や電話でも事務局に提出できる。ウィッシュカードが設置してある地域包括支援センターもあるため、当事者だけでなくケアマネジャーが代筆してウィッシュをあげるケースもあるそうだ。
さがサポのパートナーは現在853名、うち12名が「世話人」として運営に関わっている。世話人はウィッシュのコーディネート役や地域活動のリーダー役を担う欠かせない存在だ。世話人には医療介護従事者が多く、家族会の人、中には美容師さんもいるという。
月2回開催される世話人会では、直近の活動計画、ウィッシュの情報共有など、様々な意見交換が行われる。投稿されたウィッシュを世話人会で確認して、パートナーへメール・LINE配信、さらにホームページにもアップする。ウィッシュを叶えたいパートナーから返信があると、仲介役の世話人を1人決め、コーディネートする仕組み。「1回きりの活動でなく、できたら多くの人が関わる継続的な活動に展開していくおせっかい役が世話人です」と佐藤さんは言う。
1つのウィッシュから広がるチーム活動
1つのウィッシュから継続的な活動へ展開した例を紹介する。「一緒にスキーをしませんか」というウィッシュが認知症と診断された元国体のスキー選手の家族からあげられ、パートナー7名と共にスキーを楽しんだ。「その方は十数年ぶりにスキーをされるのに、リフトから降りると颯爽と滑っていかれました。コース取りもスピードコントロールも抜群です。認知症の症状があっても昔の感覚はすぐに戻るんだ。その方が元々持っていた力を発揮できる機会づくりが大切なんだと痛感した出来事でした」と佐藤さんは振り返る。翌年には子どもたちから「スキーを教えてほしい」とウィッシュがあがり、今度は認知症の方が叶える立場になったそうだ。
市内の農家の方からあがった「農業体験をしませんか」というウィッシュには、農作業に興味のあるパートナーが手をあげ、学生やパートナーのお子さん、要介護認定を受けている高齢者も収穫作業に参加した。それが今では月1回の定例活動「ゆうゆう農場」に発展(写真2)。作業後には農家の方から野菜のお土産や季節によってはいちご狩りのクーポンなどがあり、働きがいを感じられる瞬間だ。
もう1つの定例活動「さがさんぽ」は、ある認知症の方の声から始まった地域活動だ。「いつも助けてもらうばかり。私も誰かの役に立ちたい」という認知症の方の言葉を聞き、世話人同士で考え出したのが、市内の名所を散歩しながらゴミ拾いをし、社会貢献するという活動だ。「一緒に散歩しませんか」という別のウィッシュと掛け合わせて「さがさんぽ」が生まれたという(写真3)。
「『ゆうゆう農場』や『さがさんぽ』には、高齢者や学生、お子さんの参加が多く、多世代のコミュニティができあがっています。こういった活動では、どなたが認知症であるということを特段明らかにしていません。お子さんにとっては、その方が認知症かどうかは全然関係なくて、1人のおじいちゃん、おばあちゃんとして接するので、何気ない自然なやり取りが生まれています。認知症の方は24時間365日症状が出ているわけではありません。ちょっとのお手伝いや配慮で、認知症の方と時間を共にできることを体感してもらいたい」と佐藤さんの言葉に力が入る。
さがサポ発足のきっかけになった若年性認知症の方を交えた野球は、ソフトボールチーム「MMシュガー」と形を変えて継続(写真4)。「さがサボッチャ」というボッチャを楽しむイベントも行っている。
コロナ禍を乗り越えて
2020年以降のコロナ禍でウィッシュの投稿数は大幅に減り、チーム活動も外出自粛要請で一時ストップした。そんな中、「さがさんぽ」やソフトボールチームの練習はコロナ2年目から感染対策を万全にしながら再開。パートナー同士の交流を目的に開催している「パートナーズ・カフェ」(写真5)は、コロナ禍以降はオンライン開催に切り替えた。関係を途絶えさせたくないと始めたオンライン開催だが、遠方の人、仕事で足を運べない人、介護で家をあけられない人も参加できると好評だ。新型コロナの5類移行後は、コロナ禍前の4割ほどに活動は戻ってきたという。「今は年1回や季節ごとの開催になっている活動は、いずれは月1回の開催に戻していきたい」と佐藤さんは意気込みを見せる。
認知症の人と身近な人が自然につながる社会
相模原市の認知症サポーター養成講座の資料には、さがサポのパンフレットが同封されている。新サポーターの次のアクションとしてパートナー登録を勧めている理由を佐藤さんはこう話す。「認知症サポーター養成講座は基本編で、さがサポのような活動に参加することで応用編が学べます。講座を受講して認知症への理解を深めた気持ちを風化させないように、実践の活動につなげていくのが狙いです」
佐藤さんが勤めるさがみリハビリテーション病院でも年1回、認知症サポーター養成講座を開催している。講師は佐藤さんが担当。受講後、さがサポに興味を持った職場の仲間はパートナー登録をしてくれるそうだ。「後輩がまた次の後輩に声を掛けて、院内にじわりじわりとパートナーが増えています。病院ではどうしても障害に目を向けなくてはなりませんが、さがサポでは一人の住民に立ち返って、素の人間同士で関わり合うことができます。障害をみるスキルのある医療介護の専門職こそ、温かい配慮を持った関わりができるので、どんどん地域活動に参加してもらいたい」
さがサポの今後について佐藤さんに伺うと、「2023年6月に認知症基本法が成立し、各自治体でチームオレンジ活動を進めていこうと気運が高まっています。相模原には先行してさがサポというネットワークがありますが、本来はこういったモデルに依存せずに、認知症の人と身近にいる人同士が自然につながる社会が理想です。『障害があろうとなかろうと、認知症であろうとなかろうと、その人はその人』という考え方が当たり前になる。そういう社会をめざして、さがサポはこれからも認知症サポーターの輪を広げ、人と人とをつなぐ支え合いの活動を続けていきます。次はどんなウィッシュが叶うか、どんな笑顔が生まれるのか楽しみです」
支援する側、される側の関係を超越した、さがサポの笑顔のつながりに今後も目が離せない。
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