認知機能が低下した人の社会生活における意思決定支援
公開月:2023年10月
高梨 早苗(たかなし さなえ)
国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部研究生
老人看護専門看護師
三浦 久幸(みうら ひさゆき)
国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部部長
はじめに
人は日常生活や社会生活において、「今晩は何を食べようか」「明日着る洋服はどれにしようか」「どこに就職しようか」「引っ越ししようか」など、様々な意思決定を行っている。意思決定を行うにあたり、理解する力や認識する力などの意思決定力が必要である。
意思決定する力を構成する4つの要素には、1.意思決定のために必要な事柄を理解していること(理解)、2.意思決定を自分自身の問題として捉えていること(認識)、3.決定内容は選択肢の比較や自分自身の価値判断に基づいていること(論理的思考)、4.自分の考えや結論を伝えること(表明)がある1),2)。認知機能が低下した人が何らかの意思決定を行う際、意思決定する力を構成する4つの要素のどの部分がむずかしいのかを確認する必要がある。
また、認知症の人の場合、認知機能障害への対応(表1)3)を適切に行うことで、意思決定能力は十分に発揮される。さらに、認知機能が低下する人の中には高齢者が多いため、感覚機能の加齢変化に考慮した関わりも必要である(表2)4)。
表1 認知機能障害の特徴と対応
(出典:樋山雅美,成本迅: 認知症の人の意思決定能力とサポート体制. 生活協同組合研究 2021; 541:15-223))
- 記憶
- 新しい情報を覚えたり、覚えた情報を必要に応じて取り出して使ったりする機能※同時に複数の情報を使って作業する能力(ワーキングメモリー)も含まれる
- <記憶障害で見られる特徴>
最近の出来事を思い出せない/先の予定を覚えられない/話の内容をすぐに忘れる/相手の質問にすぐに答えられない - <対応>
要件をメモに書いて渡す/大事な予定は、カレンダーや手帳に書き込み、直前にも確認する
- 見当識
- 時間や日付、場所を把握したり、自分に関わりのある人を認識したりする機能
- <見当識障害で見られる特徴>
今日の日付が分からない/自宅がどこにあるか分からない/家族を認識できない
(※通常、時間⇒場所⇒人物の順で見当識が低下する) - <対応>
無理に日付を認識させるのではなく、「〇月の初め頃」など、大まかな日時を伝える/落ち着ける場所へ案内してから、「ここは〇〇です」と伝える/丁寧に自己紹介し、本人にとって自分がどのような役割の人間であるかを伝える
- 実行機能
- 作業を計画的に進めたり、状況に合わせて自分の行動を選択したりする機能
- <実行機能障害で見られる特徴>
家事をこなせない/次に行うべき自分の行動を判断できない - <対応>
必要な手順を一つずつ確認しながら作業するよう促す/本人の置かれている状況を説明した上で、選択肢を2~3個提示し、意向を聞く
- 言語理解
- 話された言葉や書かれた文章を理解したり、自分の考えを言葉で説明したりする機能
- <言語障害で見られる特徴>
会話を理解できない/説明書の内容を理解できない/伝えたい内容を遠回しに言ってしまう/「あれ」「それ」の使用が多くなる/突然に署名を求められると名前が書けない - <対応>
「読む」「聞く」「話す」「書く」のどれに支障が出ているのかを観察し、本人が理解できる方法で情報提示する(例:話している内容が理解できない⇒紙に書いて説明する)/本人が伝えようとしている内容を推測し、「〇〇で合っていますか?」と確認する
- 注意
- 作業中に集中を維持したり、必要な対象にのみ意識を向けたり、反対に、複数の対象に同時に意識を向ける機能
- <注意障害で見られる特徴>
長時間の作業ができない/名前を呼ばれても気づかない/複数人での会話についていけない - <対応>
説明を開始する直前に視線を合わせて名前を呼ぶ/話し合いや作業は短時間で終えるように時間を配分する/疲労の様子がないかを確認し、適宜、休憩を挟む
表2 認知症高齢者本人の理解力を高めるための工夫
(出典:加藤佑佳,成本迅: 治療同意にかかわる意思決定の支援. 老年精神医学雑誌 2015; 26(9): 1005-10094))
- 聴覚
-
- 補聴器がある場合はなるべく装着してもらう
- 本人の正面から口の形を見るように促し、大きく口を開けて発音して見せる
- 必要以上に大きな声で伝えようとせずに(騒音曝露といって難聴を悪化させる場合がある)、適宜、筆談など視覚的補助を用いる
- 注意
-
- 人の出入りや他の人の話し声などが気にならず集中できる環境を設定する
- 話す前に名前を呼んで注意を喚起する
- 記憶
-
- 一文を短く区切る。キーワードとなる言葉は一文に1~2個程度が理想的
- 字や図など視覚的な補助を使うと、記憶に残りやすい。また、説明のときに使ったメモや図を、後日の確認のときに使うと思い出しやすい
- 理解
-
- 本人の教育歴や認知機能レベルに応じた言葉やなじみのある表現へ言い換えを行う
- 説明内容のポイントをわかりやすく書いて指し示す
- 実際の病変の部位を確認しながら説明する
- 選択
-
- 選択肢を2つに絞る
- 「はい」「いいえ」で答えられる質問
ここでは、認知機能が低下した人の社会生活における意思決定支援において、意思決定する力を構成する4つの要素について事例を通して考えていく。
事例提示
- Aさん 80歳代 男性
心不全 アルツハイマー型認知症(軽度)
妻と息子と3人暮らし - 自宅近くの歩道で座り込んでいるところを近所の人が発見し、救急車を要請した。総合病院に搬送され、心不全にて入院となった。治療が奏功し、退院のめどがついた際、本人と妻、息子、医療者で退院後の生活について相談する場を持った。その場で息子が「同じ家に住んでいても、父とは絶縁状態でした。これからもそれは変わりないです」と言われた。入院前より心不全治療薬と抗認知症薬はかかりつけ医より処方されていたが、内服できていなかった。
- 場面1
- 自宅での心不全治療薬と抗認知症薬の内服継続は必要であるが、入院前の様子と記憶障害、内服薬管理トレーニングの様子によりAさん自身での内服薬管理はむずかしいと医療者は考えた。Aさんは自宅退院を希望されたが、内服管理を含めたAさんの生活全般への支援について家族は協力しないと話された。その場で、Aさんに介護保険でのサービスの利用を提案したところ、「そんなのは使わなくても何とかなる」と話し、息子は「父がそう言うのであれば、介護保険は使わなくてもいいと思います。父がいいようにすればいいし、それで具合が悪くなっても仕方がないと思います」という反応であった。
- 場面2
- 改めて、別の日にAさんと相談する機会をもった。まず、Aさんが退院後の生活について、どのように考えているのかを聞くと、「今までどおり、何とかなる」と話した。そして、病状について確認すると「心不全って言われた。薬を飲んで気をつけないといけない」という認識をもたれていた。看護師が「入院する前に、薬を飲み忘れていたことがあったようですが、これからも忘れてしまうと思い、心配です」と伝えると、「人間だから、忘れることもある」と話された。そこで、看護師より、Aさんの身体状態と内服継続のメリットと飲み忘れによるデメリットについて説明した。さらに、生活全般において妻と息子の協力が得られにくいかもしれないことを話すと、Aさんは「今までも勝手にしていた。わしは、自分のことは自分でしていた。あいつら(妻と息子)に助けてもらったことはない。これからも助けてもらうつもりもない」と話した。メディカルソーシャルワーカーより、Aさんが自宅での生活を望むのであれば、介護サービスを利用することで、安全に生活できると思われることを伝えると、「じゃあ、手続きしてくれ」と了承された。
しかし、Aさんは認知機能検査で遅延再生(記憶した事柄を一定時間経過後に思い出す能力)を失点しているため、何度か意思確認を行った。Aさんは、その都度「手続きしてくれ」という反応であった。妻と息子にも介護サービス利用とAさんの反応、入院中であることを伝えて、申請について協力してもらいたいと依頼すると、了承された。
サービスを調整し、退院することとなった。退院後、外来でフォローしつつ、ケアマネジャーを中心とした在宅生活支援者と情報共有を行っていった。
事例解説
以上の事例より、Aさんの社会生活における意思決定支援について場面ごとにみていきたい。
場面1では、退院後の生活について相談する場において、医療者はAさん自身に介護サービスの利用について提案し、Aさんは「そんなのは使わなくても何とかなる」と話された。介護サービスの利用を提案する前に、Aさんの病状や退院後の生活の中で内服薬を継続する必要があること、Aさんが内服を忘れてしまう可能性があることを説明していたが、それらと介護サービスの必要性をAさんがつなげられていなかったのではないだろうか。Aさんが意思決定するために、必要な事柄を理解し、自分自身の問題として捉えられるように、Aさんの認知機能を考慮した十分な説明ではなかったと考える。Aさんの状態を説明するだけではなく、Aさん自身が身体状態や内服薬を継続する必要があることをどのように理解しているか確認すること、そして、Aさんが自分の問題として捉えられるよう働きかけが必要であった。また、関係性がよくない家族がいる場では、Aさんの意思決定にも影響していたのではないかと考える。
場面2では、場面1の医療者の反省を踏まえ、改めて、Aさんと退院後の生活について相談する機会をもっている。まず、Aさんの理解と認識を確認し、看護師が心配していることを伝えている。そして、病状と薬物療法の必要性、家族の考えを伝えることで、Aさんが自身のこととして捉えることにつながったのではないかと考える。意思決定上の「選ぶ」という作業を行うためには、自分の選択によって生じる結果を予測できることが重要である2)。Aさんの身体状態と内服継続のメリットと飲み忘れによるデメリットを説明することで、Aさんは、介護サービスを利用することで、内服の飲み忘れによるデメリットを回避できるという結果を予測できたと思われる。それにより、介護サービスの導入に至ったと思われる。
Aさんと家族がお互いに関わらずに生活してきた背景、特にAさんの「家族に助けてもらうつもりもない」という意向を尊重することが、Aさんにとって重要であると考え、介護サービス導入につなげた。退院後も、介護サービスの内容を再考する際、病院職員と地域の介護職員が情報共有しながら、Aさんの意向を尊重した、Aさんの社会生活における意思決定支援を行った。
認知機能が低下した人の社会生活における意思決定支援における留意点
厚生労働省
に記載されているように、たとえ認知機能の低下が認められても、本人には意思があり、意思決定能力を有するということを前提にして、意思決定支援をすることが基本である。また、意思決定能力は、あるかないかという二者択一的ではなく、段階的、漸次的に低減・喪失するため、残存する認知機能の状況を見極め、意思決定が可能な形での選択肢の提示(工夫)が求められる。認知症など認知機能が低下した人の発言は日々変化することが多く、真意を測りかねることが多いが、提示事例のように、質問する日にち(時間)や人を変えても意向が変わらない場合は、この意向を重視するべきであろう。社会生活における意思決定支援では、医療的な面だけではなく、療養場所など日常的な生活に関わる意思決定が必要となることが多く、医療・介護・福祉に関わる多職種がチームとなり、家族とともに本人の意思決定を支えることが重要である。
また、意思決定支援においては、本人の価値観や選好を把握した状況で、可能な選択肢のメリット、デメリットを提示し、本人と専門職とが一緒に意思決定していく、共同意思決定(shared decision making)5)の実践を心がけることも重要である。
おわりに
超高齢社会となり、独居の認知症高齢者や本提示事例のように家族がいても介護力が乏しいなど、意思決定支援をすすめること自体が困難な人が増えている。このため、できるだけ早い時期から専門職との人間関係、信頼関係を深め、本人の価値観、選好を日頃の生活支援の中で把握し、それをより進行した時期の意思決定に活かすというアドバンス・ケア・プランニング5)の活動が今後より重要となってくると考える。
文献
- (2023年9月20日閲覧)
- 成本迅: 認知症高齢者の医療選択に関する意思決定支援とそれを支える看護師の役割. 老年看護学 2020; 25(1): 12-16.
- 樋山雅美、成本迅: 認知症の人の意思決定能力とサポート体制. 生活協同組合研究 2021; 541: 15-22.
- 加藤佑佳、成本迅: 治療同意にかかわる意思決定の支援. 老年精神医学雑誌2015; 26(9): 1005-1009.
- (2023年9月20日閲覧)
筆者
- 高梨 早苗(たかなし さなえ)
- 国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部研究生
老人看護専門看護師 - 略歴
- 2006年:兵庫県立大学大学院看護学研究科修了、西神戸医療センター入職、2007年:老人看護専門看護師認定、2013年:国立長寿医療研究センター入職、2022年より現職
- 専門分野
- 老人看護
- 過去の掲載記事
- 特集/エンドオブライフケアチーム活動の実際(Aging&Health 第27巻第3号)
- 三浦 久幸(みうら ひさゆき)
- 国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部部長
- 過去の掲載記事
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