認知症の人の就労的活動を通した社会参加の実践─作業療法の視点を活かして
公開月:2023年7月
小川 敬之(おがわ のりゆき)
京都橘大学健康科学部作業療法学科教授
はじめに
2019年6月、認知症対策の方針として政府は「予防」と「共生」を柱にした「
」を取りまとめた1)。そこには、認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指すことが謳われている。1986年厚生省(現厚生労働省)内に認知症対策室が設置され、そこから国として認知症(当時は痴呆症)への対策が本格的に始まったといえる。それまで認知症の人やご家族が置かれてきた状況は、偏見や社会資源の不足などに翻弄されてきた歴史といえるかもしれない2)。近年、故Tom Kidwood博士(イギリスの臨床心理学者)が提唱したパーソンセンタードケア3)、世界的な高齢化の進行に伴う認知症の増加、社会課題のクローズアップなど、認知症の人に向けた意識や取り組みに大きな変化が起きてきた。2013年イギリスにてG8認知症サミットが開催され、そして翌年には東京において認知症サミット後継イベントが開催され、認知症施策推進大綱の前身である新オレンジプランの策定に至り、認知症に対する意識の変化や共生社会に向けた取り組みも活発化している。しかし、2020年に国際アルツハイマー病協会が世界的に調査したアンケート4)において、認知症のことを隠したいと回答した人が35%以上いること、2019年、認知症の人と家族の会が老健事業にて実施した認知症の人に対する意識調査では5),6)、パーソンセンターの意識は強く現れてきてはいるものの、まだまだ介護を提供するのが大変な人、予測できない行動がある人など、問題を抱え、ケアが必要な人という意識が強いのが現状であった。
そこで今回、ここでは認知症の人が置かれている状況をもう一度整理し、認知症の人が呈する混乱(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)の意味を再考するとともに、認知症の人が自分の持てる力で、たとえ認知機能が低下し、混乱を多くしても、その心の奥にある「その人らしさ」を確認しながら、伴走する関わり方としてどのような手段があるのか考えてみたい。
1947年世界保健機関(WHO)設立時の憲章前文に「健康」についての定義が記載されている。「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)」7)。認知症は脳の病気であるが、それでも人や物などの環境要因がその人の生活する場として整っており(理解が深まっており)、喜びを持って何かに打ち込める時、健康的な生活(well-being)を送ることはできる。その視点に立っての取り組みが社会の中にあまりにも少ないことの方が問題ではないか。今回述べる内容は、そうしたことへの問いかけでもある。
認知症の人が置かれている状況:関係性の障害
DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)による認知症の人の診断項目には「社会的認知の障害」が新たに加わり、それぞれのタイプの認知症確定診断における項目として、記憶障害の文言はアルツハイマー型認知症にだけ明記されている8)。これは、これまで認知症というと「記憶障害」が主症状とした疾患としての位置づけであったが、それだけが認知症という病の本質ではなく、記憶障害を含むさまざまな機能障害により、周辺環境とうまく関わることができずに混乱している状態像としての理解が必要であることがくみ取れる。
脳の機能障害に伴って、認知機能や身体の障害が発生する。まず認知症初期の頃は、今までスムーズに行えていた行為が次第にできなくなってくる。そうすると、「こんなはずではない」「どうしてできない」など、これまで自分がイメージしていた自分との関係に揺らぎが起こることが予測される(図1-①)。そして脳の機能障害が進むにつれ、高次脳機能障害や社会的認知、幻視や自律神経障害などの症状により、道具を操作することや人との関わりなど、環境や人との関係性をうまく取ることができなくなり、そのことで不安感や混乱もさらに増してくる(図1-②)。さらには時間や見当識との関係性も確かなものではなくなり、さらに不安感や混乱が強くなる(図1-③)9),10),11)。
認知症の人たちは、こうしたさまざまな物や人、時間、さらには自分自身との関係性が揺らぐ中で、目に見えない混乱と不安感の中に置かれていると考えられる。
環境や人との関係を仲立ちする
関係とは相手があって成り立つものである。一方が変化したのに、もう一方がそれまでと同じような対応をすれば、自ずとその関係には歪みが出てくる。逆に、その変化に応じた対応をすることで、それまでとは違う形で安定のある関係を構築する可能性が生まれてくる。
図2に示しているのは認知症の進行に伴い、できることが次第に減少し、支援の量が増えてくるとした図である。A、B、Cそれぞれの切り口(時期)における対応の仕方や環境整備の方法は違ってくることは容易に想像がつく。また同時に認知症の人が感じる「できるかもしれない、できないかもしれない」とした不安感や効力感の変動も水面下では起こっていると考えられる。図式化すると、当たり前のことのように感じるが、臨床現場では認知症の人ができることもできないこととして過剰な援助が提供されたり、その反対もある。そのことで水面下の心の動きは関わる側には見えないが、大きく動揺し、それがBPSDや抑うつ傾向に発展したりすることもあると思われる。小澤は認知症の人への関わりを「できないことは手伝って、できることは奪わない」12)と述べている。できることを的確に評価し、その人ができることを発揮して生活行為、社会参加が自分らしく行える環境調整、対応の仕方を考え、実践していくのが専門職が行う介入だと思われる。
作業療法の作業分析の視点
中山間地区における木製品(しゃもじ)の研磨作業がレビー小体型認知症の人とその家族との関係性を変え、本人、家族双方が納得する形で在宅ケアの継続が行えたケースを報告した。しゃもじづくりの工程を分解し、認知症の人ができると思われる工程に関わってもらい、売上に応じた報酬を提供した。報酬があることで認知症の人にとって仕事的な作業としての意味合いを持つこととなり、自分の役割として継続性を持って行うことができた事例であった11), 13)。
作業療法ではものづくりなどを治療に応用する際、その作業の工程分析を行い、それぞれの工程に必要な認知機能や身体機能を医学的観点より評価し、生活に必要な動作や機能に関連した工程とマッチングさせ、機能の改善を図っていく。その際当事者がやりたいと思っていること、必要なことと思っていることも継続性を持たせるためには重要な要素になる。
図3は、ものづくりを行う際の作業療法士の思考過程の一例である。ここでは認知機能を軸にして工程の点数化を行い、ものづくりに必要な工程をチェックし、その活動のおおよその難易度を決める。認知症の人を対象にする場合、機能の改善というよりは、どの工程であれば現在の機能で行うことができるのか、どの工程にサポートが必要かなどの目星をつける。その後は実際に作業を行いながら動作の遂行能力を確認し、その人に合った対応の仕方、必要な道具の工夫などを考えていく。こうした視点は日常生活訓練やものづくり、就労的活動などを行う際にも共通の視点である。
就労的活動の実際
前述の中山間地区での就労的活動(有償ボランティア)は、当初2か所の公民館で開始したが、現在は6か所に増え、自宅で内職的に行う人も出てきている。報酬があることによって目標も立てやすくなり、モチベーションも上がる。しかし、報酬を伴う活動を継続していくためには、つくったものを販売し、収益を得る仕組みが必要であり、それが成り立たなければ継続性は維持できない。
京都市で立ち上げたNPO法人地域共生開発機構ともつくでは、現在月に2回の頻度でカフェを運営しており、そこには常時10人以上の高齢者や地域の方々が集まり、スタッフを入れると20名以上集まる時もある。カフェでは活動の時間に就労的活動を導入している。企業と連携し、高齢者や障害者、認知症の方々が行えそうな仕事を提案していただき、担当者と作業の難易度や頻度、クオリティをどこまで求めるか、納品方法などの検討を行ったうえで活動を実施している(図4)。
写真は実施している就労的活動の場面の一例である。単価の設定や納期の問題などもあるが、賛同・協力してくれる企業も少しずつ増えてきている。また学生の発案で京都府(京都市)のクラフトビールと宮崎県(門川町)の水産加工品(カラスミ)のコラボふるさと納税返礼品(ふるさとチョイス)が完成し、カラスミのパウダー製造や返礼品の梱包などの作業分析を行い、今後NPOで行う就労的活動として準備中である。2023年度よりNPOでは常駐するスタッフが配置されたことで、介護保険の予防事業が終了した後の卒業先として継続的な社会参加の機会になるよう、就労的活動を切り口とした居場所づくりの計画も進めている。
2020年厚生労働省は米国の職業情報データベース(O*NET)をモデルとした職業情報提供サイトとして をリリースしている。500以上の職種の仕事内容や必要なスキル、タスク、工程などが掲載されている。障害があっても適切なマッチングが行われ、仕事が提供され働くことで元気になり、その組織で有用な人材になる。これほど「共生」という言葉を具現化する取り組みもそうそうないと思われる。将来、日本版O-NETが健常者への職業情報の提供という枠を超えて、障害なども含めた、個人のスキルと職業内容とのマッチングができるようなデータベースの構築とマッチングを実施する人材育成ができると、働くということを切り口にした共生社会に向けた大きな一歩になるのではないかと思っている。
文献
- (2023年6月20日閲覧)
- 宮崎和加子: 認知症の人の歴史を学びませんか. 中央法規. 2011, p267.
- Tom Kitwood: Dementia Reconsidered: The Person Comes First. Open University Press, 1997.
- (2023年6月20日閲覧)
- 公益社団法人認知症の人と家族の会: 認知症の人と家族の思いと介護状況及び市民の認知症に関する意識の実態調査 令和元年度老人保健事業推進費補助金老人保健健康推進事業─認知症に関する一般市民の認識調査. 2020, 196-222.
- Kawasaki I, Ogawa N, et al.: Analysis of Latent Factors Underlying Conceptions of People with Dementia and the Effects of Social Resources. Biomedical Journal of Scientific & Technical Research. 2021; 32(2): 31137-31143.
- (2023年6月20日閲覧)
- 日本精神神経学会 日本語版用語監修: DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引. 医学書院, 2014, 282-300.
- Yamaguchi T, Maki Y, Yamaguchi H: Pitfall Intention Explanation Task with Clue Questions (Pitfall task): assessment of comprehending other people's behavioral intentions in Alzheimer's disease. Int Psychogeriatr. 2012; 24(12): 1919-1926.
- 本間昭, 木之下徹(監), 松田実(著): 認知症BPSD~新しい理解と対応の考え方~. 日本医事新報社, 2010, p2.
- 小川敬之: 作業療法. 日本医師会雑誌. 2018; 147(2): 255-256.
- 小澤勲, 土本亜理子: 物語としての痴呆ケア. 三輪書店, 2004.
- 小川敬之, 中井秀明, 川崎一平ほか: 認知症の人と一緒に仕事をすることで生まれるQOL. Mothly Book MEDICAL REHABILITATION. 2022; 273: 13-18.
- (2023年6月20日閲覧)
筆者
- 小川 敬之(おがわ のりゆき)
- 京都橘大学健康科学部作業療法学科教授
- 略歴
- 1986年:神戸労災病院作業療法士(OT)、1990年:今津赤十字病院認知症治療病棟OT主任、1998年:特別養護老人ホーム豊寿園生活指導兼訓練係長、2000年:九州保健福祉大学保健科学部作業療法学科、2012年:NPO法人地域支援センターつながり理事長、2016年:宮崎大学大学院医学系研究科生体制御系修了、合同会社SA・Te黒潮副代表、2018年:京都橘大学健康科学部作業療法学科学科長・教授(現職)、2019年:京都大学非常勤講師、2020年:NPO法人地域共生開発機構ともつく副理事長
- 専門分野
- 認知症、高齢者(フレイル)、高齢者の就労的活動
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