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いつも元気、いまも現役(弁護士・前さわやか福祉財団会長 堀田 力さん)

 

公開月:2023年7月

さわやか福祉財団の名誉パートナーに

ほったつとむ氏の写真。

 1990年代の日本は急速に高齢化が進み始めた時期で、それに対応する仕組みが十分になかった。そのような状況下で、子どもから高齢者まですべての人が互いに助け合い共生する地域社会をつくろうと、1991年さわやか福祉財団が設立された。財団の創設者で前会長の堀田力さんは、ボランティア活動の普及に尽力し、介護保険制度の創設にも大きな影響を与えた。福祉活動を続けて実に30余年。それ以前、1976年のアメリカ航空機製造大手ロッキード社の汚職事件などで大活躍の検事時代も30年。「それぞれの人生、最高でした」と振り返る。

 福祉活動30年の節目となる2022年12月に脳梗塞を患い、2023年3月でさわやか福祉財団の会長を退いて、今は「名誉パートナー」となった。これからは子育てのあり方を変えていくという「子育ての社会化」を力強く語った。

汚職を摘発する検事はかっこいい

 堀田さんは1976年、東京地検特捜部検事としてロッキード事件を捜査し、ロッキード社副社長のコーチャン氏の嘱託尋問を担当。起訴後は公判検事として田中角栄元首相に論告求刑した"鬼検事"として名をはせた。1989年には最高検察庁検事、翌90年には法務大臣官房長と登りつめたが、91年57歳のときに突如退官し、ボランティア普及の福祉活動に邁進すると転身して世間を驚かせた。

 将来何になろうかと悩んでいた学生時代、最初は新聞記者を考えたが、「新聞社は封建的で書きたいことを書けない」との私記を読んで、弁護士をめざそうと司法試験の勉強を始めた。

 そもそも堀田さんが検事になろうと思ったきっかけは、京都大学に在学中に大阪地検特捜部が多くの大阪府議会議員を逮捕するという「大阪浴場汚職事件」の報に接したことだった。「汚職を摘発する検事は実にかっこいい」と目標が定まり、勉強に身が入った。

学生時代のほった氏の写真(本人提供)。
学生時代の堀田さん(本人提供)

憧れの大阪地検特捜部検事に抜擢

 堀田さんは1934(昭和9)年4月12日、京都府宮津市で生まれた。堀田さん4歳のとき、生みの母を病気で亡くした。その後、英語教師だった父は同じ英語教師の母と再婚。4人の異母きょうだいとともに育つが、「母はわけへだてなく育ててくれた」と述懐する。

 戦争中、兵庫県北部の漁師町・浜坂町に住んでいたが、米軍のグラマン戦闘機が遊んでいる子どもを狙って機銃掃射してくることもあった。「なんてひどいことをするのか」と日本中が"鬼畜米英"の怒りに満ちていた。しかし戦争が終わり、米軍兵を運ぶ列車が浜坂の駅に着くと、窓から投げるチューインガムほしさに大人も子どもも殺到する浅ましい光景を見た。

 1958年京都大学法学部卒業、司法試験に合格。1961年から札幌・旭川・大津各地方検察庁検事を経て、66年には憧れの大阪地検特捜部検事に31歳の若さで抜擢された。ここでタクシー汚職事件の端緒をつかみ、国会議員の逮捕に結びついた。

ボランティアが定着しているアメリカ社会に衝撃

 大いに張り切って検事の仕事に打ち込んでいたが、酒は毎日飲むし、両切りピースのタバコを毎日80本も吸うヘビースモーカーで、とうとう胃潰瘍になってしまった。1972年外務省在アメリカ合衆国日本大使館一等書記官となり、アメリカの司法制度を学んだ。ちょうどこのときにウォーターゲート事件が起こり、ニクソン大統領が辞任するということに遭遇した。「運がよかった」と振り返る。

 アメリカは司法取引が盛んで、自白を重んじる日本の司法とは大きく異なることに驚いた。それと2人に1人がボランティアに参加していることにも衝撃を受けた。堀田さんのまだ幼い子ども2人を中高校生がキャンプに連れ出すようなボランティア活動がごく普通に定着している社会に憧憬を抱いた。

アメリカ赴任時代、タバコを手に米法曹会の仲間と談笑するほった氏の写真(本人提供)。
アメリカ時代、タバコを手に米法曹会の仲間と談笑(本人提供)

検事から福祉の世界へ転身

 帰国後の1976年、東京地方検察庁では特別捜査部の検事としてロッキード事件でロッキード社副社長のコーチャン氏の嘱託尋問にあたり、6年にわたって公判に専従した。嘱託尋問はロッキード社弁護士らの激しい抵抗でなかなか進まず、しくじったら検事を辞めるしかないと悩み、2回目の胃潰瘍を患ってしまった。

 辞めてどうしようかと考えて行きついたのが「日本にボランティアを増やす福祉活動をしよう」ということだった。1984年以降、法務大臣官房人事課長、甲府地検検事正、最高検察庁検事、法務大臣官房長と出世コースを歩んだが、「定年までの残り少ない年月をこのまま過ごすのは惜しい」とばかり翌91年、57歳であっさりと退官。91年には弁護士登録し、さわやか法律事務所を開設。同時に、さわやか福祉推進センター(現さわやか福祉財団)を設立し、理事長のちに会長として福祉活動に身を投じた。

 その後の堀田さんの活躍は目覚ましい。介護保険制度導入前の1996年、樋口恵子氏らとともに「介護の社会化を進める1万人市民委員会」を立ち上げ「介護の社会化」をけん引。「グループホームの拡充」「高齢者の社会参加」「地域包括ケアシステムの確立」を強力に提言するなど、日本の高齢者福祉の発展の下支えに尽力してきた。

さわやか福祉財団立上げの頃のほった氏の写真(本人提供)。
さわやか福祉財団立上げの頃(本人提供)

脳梗塞をこえてリハビリの毎日

 「脳梗塞で倒れてから悟ることが多くあります。自分が助けてもらう立場になって、自分の考えは浅かった、傲慢だったと感じています」と神妙な表情で語る声はしっかりと力強い。

 2022年12月半ばに食欲がなくなり、その翌日に自宅の布団に倒れ、その次の日に病院に行ったところ脳梗塞と診断された。ダメージは左脳より右脳が広範囲。11日間の入院生活が続いた。症状は落ち着いてきたものの、消えた記憶は戻らず、視力も一部失われた。

 「少しでも歩ける距離を伸ばしたい」と歩行器を使いながら、同居している長男と毎日1時間以上散歩に出かけ、リハビリに励んでいる。

これからは「子育ての社会化」を

 「自分が倒れて初めてわかったことは、3歳くらいまでの子どもの気持ちです。子どもは親が近くに見えないだけで不安になります。誰かの助けがないと不安で思うように動けない今の自分が子どもの気持ちと重なります。

 誰かに頼って生きるしかない3歳くらいまでの子どもの育て方が決定的に大事だと、病気を経験して改めて考えるようになりました。幼児期に、親だけでなくいろいろな子どもや大人と接して、人との関わり方を覚え、社会性を養う。親だけの育児ではどうしても保護する立場の人だけになり、社会性は育ちません。いろいろな人との関わりによって、それが育まれるのです。どんなに優れた親でも親と子どもは対等になれません。子どもの早い時期から人と対等に付き合い、その中で自分の気持ちも、仲間の気持ちも生かす感性を身に付けていくことが大切です。

 日本では1歳の子どもを親から離して預けるのはかわいそうという声もありますが、北欧などの外国では『子どもが社会性を学ぶのは子どもの権利』と考えます。親だけで育てるのでは、親が扱いやすい子どもになっていくだけです。幼児期にいろいろな人に接していくと、自分で感じ考えることができる自立した子どもに育っていくのです。これからは『子育ての社会化』を進めるメッセージを発していきたい」

 そう語る堀田さんの声は熱を帯びる。

子育てと高齢者の生きがいづくり

 「日本の高齢者政策は世界と比較しても拡充してきましたが、子ども・子育て政策はまだかなり遅れています。子どもの自発性を大切に、子どもがそれぞれ持っている力を伸ばし、人の優しい面を引き出し、支え合える人間を育てる。子どもの自助・共助の能力を育てるような子育てが必要です。同時に、高齢者の力をもっと活かし、高齢者の生きがいに重点をおいた仕組みに変えていきたい。子育てのあり方と高齢者の生きがいに焦点を当てた仕組みづくりへの発信にこれからも力を注いでいきます」

 社会に発信し続ける堀田さんの情熱は変わらない。

撮影:丹羽 諭

プロフィール

ほったつとむ氏の写真。
堀田 力(ほった つとむ)
PROFILE
1934(昭和9)年4月12日、京都府宮津市生まれ。1958年京都大学法学部卒業。1961年より札幌・旭川・大津各地方検察庁検事を経て、1966年大阪地検特捜部検事(大阪タクシー汚職事件摘発)。1972年外務省在アメリカ合衆国日本大使館一等書記官。1976年東京地検特捜部検事(ロッキード事件担当)。1984年以降、法務大臣官房人事課長、甲府地検検事正、最高検察庁検事。1990年法務大臣官房長。1991年退官後、福祉の世界に転身。同年さわやか法律事務所所長、さわやか福祉推進センター(現さわやか福祉財団(外部サイト)(新しいウィンドウが開きます))を設立し、財団理事長・会長を歴任。『おごるな上司!』(日本経済新聞社)、『「共助」のちから』(実務教育出版)など著書多数。

※役職・肩書きは取材当時(令和5年4月19日)のもの

編集部:堀田力さんは、2024年11月24日に老衰のためご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。


公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2023年 第32巻第2号(PDF:8.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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