第1回 老いの遍歴
公開月:2023年4月
森 望
福岡国際医療福祉大学医療学部教授、長崎大学名誉教授
老化研究者
若い時から老化研究者だった。長年、老化の基礎研究の道を歩んで、いつのまにか還暦を過ぎ、定年を迎え、そして古希も近い。今は名実ともに立派な老化研究者になった。老化を研究する者でもあり、老化した研究者でもある。
エラーカタストロフからの出発
駆け出しは、まだ老化研究があまり見向きもされない時代だった。大学院に進学してついた教授から最初に言われたことは「誰もがDNAを見ているから、君はRNAをやりなさい」。そこで思いついたのが「蛋白質合成の精度問題」、いわゆるエラーカタストロフ説の検証だった。カギとなるのはメッセンジャーRNA(mRNA)。総武線と中央線を乗り継いで一路西へ、奥多摩の水産試験場にニジマスの精巣をもらいにいった。それからプロタミンのmRNAを精製する。朝5時に品川の食肉加工施設(芝浦と場)に、ブタの肝臓をもらいにいったこともあった。そこから蛋白合成の素材を抽出して、ニジマスのmRNAを鋳型にして試験管内の蛋白質合成系を樹立した。そして老若マウスのリボソームの翻訳精度を比較する。2種類の放射性アミノ酸の入った小さなチューブの中で、"虹鱒と豚と鼠"が一緒になった。そんなごった煮のようなスープの反応から、老若の微妙な違い、老いのからくりを探ろうとしていた。
結果は、老若で精度は変わらない。エラーは増えない。それが学位論文になった。だが、これでは老化を説明できない。老化のエラーカタストロフ説に見切りをつけて、1984年に私は米国へ飛んだ。
『アメリカもおいしい』
同じ年に英国へ飛んだ著名な書誌学者がいる。林望氏である。誰もがご存じであろう。リンボウ先生のことだ。彼を有名にしたのは、かの『イギリスはおいしい』(平凡社)というエッセイ集である。ケンブリッジ大学に留学して、異国暮らしの日々の中で、英国の食文化を伏線に人とのふれあいの中から独特の視点で日英の文化比較を軽妙に紡いでゆく。その中にちりばめられた素描はとても繊細で、古風で上品なスプーンもいいが、英国の家々やら風景には一緒に旅させてもらったような、そんな豊かな余韻を与えてくれる本だった。
私の行った先はロサンゼルスである。ここでは『アメリカもおいしい』という話をしよう。別にマックやバーガーキングやインエンドアウトの食レポをする意図はない。ハンバーガー以外にも、日常でも研究でも、旅でも読書でも、「おいしい」ものはどこにでも転がっている。英国と米国、ケンブリッジとロサンゼルス、文系と理系、これは似て非なるものだが、何か共通する「おいしさ」がある。
こちらはリンボウ(林望)先生ならぬシンボウ(森望)である。ある人からは「辛抱して長寿ですか?」と言われた。至言である。人間、楽してすべてが事足りることはない。人生、そんなに甘くない。耐える力がないと「長寿への道」は完歩できない。それは、ご同輩、みな納得されるだろう。
老いを寿に変える
米国に渡って、遺伝子進化や神経発生の研究を経て、30代半ばで初めて自分の研究室をもった。南カリフォルニア大学のアンドラス老年学研究所で神経老化の研究を始めた。日本の科学雑誌からの依頼に「科学は実業」という一文を寄せた。コンビニ店長のような自転車操業だった。カリフォルニアの陽光の中で狙ったのは「老いを寿に変える」、そんな夢のような研究だった。神経細胞の突起の動きを制御して「老」を「寿」に。その思いは、今も変わらない。
老化と寿命を科学する
米国滞在10年を経て、帰国した先は関西学研都市(京阪奈)。ロサンゼルスのロングビーチの港から年末に送り出した段ボール100箱の研究資材を載せた船は、阪神淡路の震災で神戸港が使えず、横浜港に入った。じきにオウム真理教の事件が起こって、個人輸入しようとしていた化学薬品の段ボール6箱は差し押さえとなった。疑われる筋合いはなかったのだが、とにかく5月にようやく研究再開。科学技術庁の外郭団体、JSTのさきがけ研究21「遺伝と変化」領域で、神経遺伝子制御の最先端を走った。2年後には名古屋郊外に新設された国立長寿医療研究センター(NILS、現在のNCGG)に移籍。分子遺伝学研究部を立ち上げた。遺伝子改変マウスを手掛けながら、老化と寿命の制御について遺伝子の視点から攻めた。同時に先のJSTの「脳を守る」戦略研究の代表も兼務し、老化脳攻略へ国内連携を進めた。大府の研究所で7年奮闘して、その後、長崎大学で老化脳研究を続けた。西の地の利を生かして、日韓の老化研究連携を模索し、日本学術振興会のアジア研究教育拠点事業AACLの日本側代表を5年間務めた。長崎での15年を経て、今の福岡の医療系大学へ移籍した。米国、民間、国研(厚労省)、国立大(文科省)、私立大の各所を渡り歩きながら、老いの科学の中で歳をとった。
ただ人として生きる
すると、自分の古巣の学会からも、ある意味、引導を渡される。基礎老化の学会の名誉会員とされて、体よく葬り去られた。多くの職種に「定年」があるように、学会組織にもそれなりの思惑がある。老化の学会であれば老齢(研究)者を大事にしてほしいという思いはあったが、それでもいつかは後進に道を譲る。自分にもついにそんな時が来た。「研究者」から研究の場を奪えば、それはただの「者」、ただの「人」になる。だが、考えてみれば、人は誰しも一人生まれて、ひとり死ぬ。結局は、皆がただの人ではないか。人として生きること、それこそが大事なのだ。こんな声が聞こえてくる。「これでいいのだ!」
老いぬとてなどか我が身を責めきけむ 老いずは今日にあわましものか
(藤原敏行 古今和歌集903)
著者
- 森 望(もり のぞむ)
- 1953年生まれ。福岡国際医療福祉大学医療学部教授、長崎大学名誉教授。1976年東京大学薬学部卒業、薬学博士。1979年東邦大学薬学部助手、1984年米国COH研究所、1986年カリフォルニア工科大学研究員、1990年米国南カリフォルニア大学(USC)・アンドラス老年学研究所助教授、1996年国立長寿医療研究センター分子遺伝学研究部長、2004年長崎大学医学部第一解剖教授、2019年より現職。『寿命遺伝子』(講談社ブルーバックス)、『老いと健康の文化史(翻訳)』(原書房)、『Aging Mechanisms Ⅱ(編著)』(Springer)など著書多数。
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