高齢者が安心して暮らせる環境の整備について
公開日:2019年8月 9日 09時50分
更新日:2019年8月 1日 14時39分
日本は現在、少子高齢化の進展によるさまざまな課題に直面しています。高齢人口の増加と労働力人口の減少、医療や介護の人材不足、社会保障費の高騰など、簡単には解決できないことがたくさんあります。こうした状況の中でも健康寿命を延ばすことを目指すため、高齢者が安心して暮らせる環境の整備が求められています。
高齢者にとっての「安心」とは1)2)
「安心」という言葉には「心が安らかに落ち着いていること、不安や心配がないこと」という意味があります。では、高齢者が安心して暮らしていくためには、どのような不安や問題を無くしていけば良いのでしょうか。
厚生労働省の「平成28年(2016年)版 厚生労働白書」によると、40歳以上の男女が老後に不安と感じることの第1位は「健康上の問題」です。健康上の問題に次いで「経済上の問題」「生きがいの問題」と続きます(図1)。
40歳以上の男女の老後の不安なことを詳しく見てみると、「健康上の問題」についてはどの年齢層でも不安に感じる割合が高いのですが、それ以外の項目は年齢層による違いがありました(図2)。
老後の「経済上の問題」に関しては40歳代と50歳代が60歳以上よりも不安に感じる方が多い傾向でした。また、「生きがいの問題」に関しては70歳代が、ほかの年齢層に比べて多くの方が不安を抱える傾向にあるようです。
高齢者が安心して暮らせる環境とは
前述の通り、すでに高齢者の方もまだ現役世代の方も、老後には何らかの不安を感じている人がいます。中でも「健康上の問題」については、どの年齢層でも70%以上の人が不安に感じています。では、私たちが将来「安心して暮らせる環境」とはどのような環境なのでしょうか。
前出の厚生労働白書によると、「年を取って生活したいと思う場所」に対しては、どの年齢層でも「自宅(これまで住み続けた自宅、子供の家への転居を含む)」がもっとも多く、全体では72.2%でした。年齢層によって多少のバラつきはありますが、65~69歳で78.0%、70~74歳で76.5%、75歳以上で73.8%の人が、「自宅」を選択しています。
また、「高齢期に希望する場所で暮らすために必要なこと」については、「医療機関が身近にあること」がもっとも多く(54.3%)、これに「介護保険のサービスが利用できること(38.2%)」、「買い物をする店が近くにあること(34.0%)」、「交通の便がよいこと(30.1%)」と続きます1)。
近年、独居高齢者や高齢者のみ世帯が増えています4)。もちろん、こうした生活様式そのものがそのまま問題となるわけではありませんが、独居高齢者や高齢者のみの世帯いずれの場合でも、病気やケガをしたときにどのようにして周りに助けを求めるのか、そのネットワークが作られているのかなど、自分なりの答えを準備できていないことが、老後の不安にもつながっているのではないでしょうか。
また、65歳以上の男女を対象にした研究では、男性では独居で孤食の場合「うつ病」になりやすい傾向があり、女性では誰かと同居していても孤食の場合やはり「うつ病」になりやすいという報告がされています5)。
高齢者のうつ病は診断が難しく、見逃されることも多いといわれます。特に男性は、退職や収入の減少、親しい人との別れ、自身の健康や体力の衰えなどの喪失体験が連続すると、抑うつや意欲の低下、ADL(日常生活動作)低下、認知機能の悪化などを招きやすくなり、身体機能も低下する悪循環に陥ります6)。
今後も増え続ける高齢者が安心して暮らせる環境とは、これまで住み続けた自宅を主とし、自宅の近隣に医療機関や買物をする店が身近にあること、生活様式によらず病気やケガをしたときに支えてくれるような地域とのつながりがあることが、安心して暮らせる環境といえそうです。
高齢者が安心して暮らせる環境の整備とは
国や地方自治体では現在、さまざまな施策を打ち出し、高齢者が安心して暮らせる環境の整備を進めています。
例えば、2011年の介護保険法改正により各地方自治体で取組みが始まった「地域包括ケアシステム」があります7)。地域包括ケアシステムとは、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組みのことです。セルフケアによる「自助」、ボランティアなどでお互いに助け合う「互助」、介護保険などの「共助」、公的な福祉事業である「公助」という4つの助け合いで成り立つことを目指します8)(リンク1)。
いくつかの地域包括ケアシステムの自治体の事例を以下に挙げます。
- 島の住民との協力の下で介護予防や閉じこもり予防のイベントを定期的に行う9)
- 地域内にある空き店舗を利用した孤立防止拠点の整備、活動拠点を中心とした地域住民の互助の取組が進む10)
- 高齢者向け施設を地域に開放し、世代間交流や高齢者の社会参加を推進11)12)
地域包括ケアシステムが求めている「30分程度の移動」で、医療、介護、予防、住まい、生活支援・福祉サービスの連携が図れるような、その地域の状況に見合った内容の取組が進んでいます。
また、内閣府男女共同参画局が公表している「平成27年(2015年)版 男女共同参画白書」には、高齢者が安心して暮らせる環境の整備に向けた事業例が挙げられています13)。
- 高齢男女の就業促進、能力開発、社会参画促進のための支援
- 高齢男女の生活自立支援
- 良質な医療・介護基盤の構築等
その内容としては、高齢者の就労の機会を増やすような仕組みづくりや学習機会の整備、生活習慣病・介護予防対策の推進や安定した医療提供体制の整備などについての背景や取組みの例が、記載されています(リンク2)。
こうした国の方針や都道府県の働きかけにより、日本中の多くの地域で「高齢者が安心して暮らせる環境整備」が始まっています。
参考文献
- 社団法人 日本老年医学学会:カラー版 老年医学系統講義テキスト.初版,西村書店,東京都,2013年,P81