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派遣報告書(呂偉達)

派遣者氏名

呂 偉達(リュウ ウェダ)

所属機関・職名

東京大学高齢社会総合研究機構 特任研究員

専門分野

老年医学

参加した国際学会等名称

The International Alliance of Research Universities, Aging, Longevity and Health(IARU-ALH) Annual Conference 2024

学会主催団体名

The University of Oxford

開催地

イギリス オックスフォード

開催期間

2024年9月30日から2024年10月2日まで(3日間)

発表役割

口頭発表

発表題目

Exploring a Population Approach to Citizen-Centered Frailty Prevention for Vibrant Longevity: The Next-Generation Community Model

活力ある健康長寿社会を実現するための住民主体フレイル予防活動のポピュレーションアプローチの探索~次世代型地域コミュニティのモデル構築~

発表の概要

背景

 日本は急速な高齢化と出生率の低下に直面しており、健康寿命の延伸が重要な課題である。2014年に「フレイル」の概念が提唱され、フレイルは身体的、社会的、心理的な欠損の蓄積による脆弱状態で、転倒、障害、死亡と関連している。フレイルの予防は急務であり、様々な要因(栄養、口腔衛生、身体活動、社会的要因)がフレイルに与える影響が研究されているが、その包括的な効果はまだ不明である。多くのフレイル評価ツールが開発されているが、高齢者の生活習慣に焦点を当てた質問票が必要である。また、里山活動を通じたフレイル予防と健康促進の効果も注目されている。

目的

 本研究の目的は、地域在住高齢者のフレイル予防に関する多面的な要因(栄養、身体的、社会的要因)を横断的および縦断的に分析し、フレイルスクリーニングのための「イレブンチェック」質問票を開発・検証することである。また、運動習慣および中高強度の非運動活動がフレイルに与える影響を7年間の追跡期間で調査することも目的としている。さらに、里山活動を通じた高齢者のフレイル予防と健康促進の効果を評価することである。

方法

 本研究は2012年から開始された柏コホート研究のデータを使用している。栄養、身体的、社会的要因とフレイルおよびサルコペニアとの関連を評価した。また、里山活動の参加がフレイル予防と健康促進に与える影響を調査した。

結果

 栄養、身体的、社会的要因の組み合わせがフレイルに強く影響することが示されている。特に、これらの要因を全て満たさない参加者はフレイルの重症度が高いことがわかっている。縦断分析では、三つの要因を満たす参加者に比べて、二つ、一つ、または全く満たさない参加者は新たなフレイル発生のリスクが高いことが明らかにっている。さらに、栄養、身体的、社会的要因がサルコペニアにも関連していることが確認されている。イレブンチェック質問票の妥当性も検証され、フレイルリスクの評価に有用であることが示されている。里山活動の参加がフレイル予防と健康促進に与える影響に関する研究は現在進行中である。

結論

 本研究は、栄養、身体的、社会的要因がフレイルおよびサルコペニアに与える複雑な関係を明らかにし、高齢者のバランスの取れた栄養、身体活動、社会的エンゲージメントの維持を促進する多面的な介入の必要性を強調している。また、フレイル評価のための「イレブンチェック」質問票を開発し、その妥当性を確認した。運動習慣のない高齢者において、中高強度の非運動活動もフレイル予防に重要な役割を果たすことが示されている。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 この度のThe International Alliance of Research Universities, Aging, Longevity and Health (IARU-ALH) Annual Conference 2024では、高齢化問題を中心に、日本の東京大学を含め、Australian National University, ETH Zurich, National University of Singapore, Peking University, University of California, Berkeley, University of Cambridge, University of Cape Town, University of Copenhagen, University of Oxfordなど、さまざまな大学の学者が集まり、基礎研究も含め、IoTや公衆衛生など多面的な研究の紹介が行われた。

 派遣者(呂)は、日本の地域在住高齢者を対象としたいくつかの研究取り組みを紹介した。特に、action researchという視点が重要であることを強調した。質疑応答は少なかったが、高齢者を対象とした非運動性活動の具体的な身体活動の推奨について、他国の研究者と議論が交わされた。現段階では、主観的な「運動習慣」と「中高強度の非運動性活動の有無」がフレイルやサルコペニアとどのように関連しているかを検討しているが、今後は、活動量計などを用いて、より客観的に高齢者の日常生活における非運動性活動を計測し、フレイルやサルコペニアなどのアウトカムとの関連性を検討したい旨を述べた。

 特に、日本人65歳以上の高齢者において、運動習慣のある割合が半数以下であり、また、過去10年間の国の調査データからも運動習慣の割合に男女とも有意な増加が見られないことを指摘し、本研究が高齢者のフレイル予防や健康促進において有意義であることを伝えた。他国の研究内容を拝見し、超大規模コホート研究や多国間の共同研究の取り組みも確認した。日本と他国の連携をさらに強化する必要性を強く感じた。

参加者の集合写真
派遣者発表風景

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 この度の学会を通じて、まず、東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)で行われている「高齢化対策」に関する柏スタディや全国のフレイルチェック、地方の高齢化対策などの研究を他の研究者に発信することができた。それを踏まえ、今後、他国とのコラボレーションにおいて有意義であると考える。実際、昨年度のこの会議を契機に、派遣者の所属である東京大学IOGとオックスフォード大学、北京大学の三大学による共同研究(Cross-cultural Collaboration in Depth: Strategic, Multidimensional Approaches for Frailty Prevention and Well-being Enhancement in Japan, China, and the UK、国際共同研究加速基金(海外連携研究)、2024-09-09 - 2028-03-31)が始まり、三国の高齢者を対象とする大規模コホート研究のデータを統合して、高齢者のフレイル予防とウェルビーイング向上に関する研究が進行している。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Anitha D. Praveen
所属機関、職名、国名
Senior Postdoctoral Researcher, Future Health Technologies (FHT), Singapore-ETH Centre, Singapore
発表題目
Senior Postdoctoral Researcher, Future Health Technologies (FHT), Singapore-ETH Centre, Singapore/高齢者の骨粗鬆症骨折リスクを特定するための新しいスクリーニング戦略
発表の概要
本発表では、従来の骨粗鬆症骨折の診断に使われてきたDXAとFRAXの限界に触れながら、CT画像を基にした新しい骨強度予測モデルを紹介する。従来の骨密度測定に基づいたリスク評価を超えた新しい手法を採用し、既存のCTデータを用いて、大規模なコホートにも対応できる予測モデルを提供する。この技術により、将来的な骨折リスクをより正確に予測し、患者の予防策を講じることが可能となる。

発表者氏名
Tergel Namsrai
所属機関、職名、国名
PhD Student, National Centre for Epidemiology and Population Health, Australian National University (ANU), Australia
発表題目
Longitudinal Relationship Between Sleep Quality and Cognition in Adults/成人における睡眠の質と認知機能の縦断的関係
発表の概要
成人の睡眠の質と認知機能の関係を縦断的に調査した研究。約4年間にわたって、認知機能や睡眠の質の変動を観察し、年齢、性別、運動などの要因がどのように影響を与えるかを分析した。その結果、睡眠の質の低下が短期記憶や認知速度の低下と関連していることが明らかになったが、睡眠の質が直接的に次の波の認知機能に影響を与える証拠は見つからなかった。

発表者氏名
Yanan Zhang
所属機関、職名、国名
Senior Researcher Fellow, University of Oxford, United Kingdom
発表題目
Working from Home among Older Adults in the UK: Examining Its Link to Labour Market Exit Intentions and Expected Retirement Age/英国の高齢者における在宅勤務:労働市場退出意向と予想引退年齢への影響の検討
発表の概要
本研究は、英国の高齢者を対象に、在宅勤務が労働市場退出意向や予想引退年齢にどのように影響を与えるかを調査した。在宅勤務は、労働市場からの退出意向を低下させ、予想引退年齢を引き上げることが示された。特に女性においては、在宅勤務が労働市場への参加を維持し、精神的な幸福度や仕事の満足度を向上させる効果が顕著であることがわかった。