派遣報告書(根本裕太)
派遣者氏名
根本 裕太(ネモト ユウタ)
所属機関・職名
神奈川県立保健福祉大学 講師
専門分野
公衆衛生学
参加した国際学会等名称
10th International Society for Physical Activity and Health Congress
学会主催団体名
International Society for Physical Activity and Health
開催地
フランス パリ
開催期間
2024年10月28日から2024年10月31日まで(4日間)
発表役割
ポスター発表
発表題目
Causal relationship between physical activity and dementia onset among community-dwelling older adults: Hypothetical interventions
地域在住高齢者における身体活動と認知症発症の因果関係:仮想的介入に基づく検討
発表の概要
目的
身体活動と認知症発症との関連について多くの先行研究が報告されている。しかし、身体活動量は高齢期に顕著に変化し、個人差が大きいため、身体活動を1時点で評価している先行研究では、身体活動の効果を過小評価している。そこで本研究では、多時点観察データを用いて、時間とともに変化する身体活動による認知症発症への効果を、仮想的介入に基づき検討することを目的とした。
方法
調査対象地域は山梨県都留市とした(人口29,971名、高齢化率29.6%)。2016年1月に、市内に居住していた65~84歳の全ての高齢者を対象に、2016年・2018年・2019年・2022年に調査を実施し、各時点の身体活動および共変量の情報を得た。解析対象者は2016年調査に回答した4,748名とした。身体活動量は国際標準化身体活動質問票を用いて評価し、各時点の週当たりのメッツ・分(MET.min/week)を算出し、不活動(<100 MET.min/week)、低度(100-<600 MET.min/week)、中等度(600-<1200 MET.min/week)、高度(≥1200 MET.min/week)の4群に分類した。認知症発症については2016年1月から2023年1月まで調査し(最大85カ月)、認知症高齢者日常生活自立度Ⅱa以上を認知症発症とした。統計解析として、身体活動の経年変化を考慮せずに身体活動量と認知症発症との関連を検討するためにベースラインデータを用いたCox比例ハザードモデルを実施した。身体活動量の変化を考慮した身体活動と認知症との関連を検討するために、時間依存性変数を用いたParametric g-formulaを実施して、身体活動の各群に対象者全員が割り当てられた場合の仮想的介入のシミュレーションを行い、不活動群を基準としたリスク比および95%信頼区間を算出した。
結果
対象者の平均追跡期間は79.1か月であり、認知症発症者は623名(13.1%)であった。Cox比例ハザードモデルでは、不活動群と比較して、高群でのみ認知症発症リスクが有意に低かった。一方、Parametric g-formulaでは、いずれの群も不活動群よりもリスク比が低く、身体活動ガイドラインの推奨値(週150分以上の中高強度身体活動)よりも低い群であっても認知症リスクは20%低かった。
結論
地域在住高齢者において、身体活動量が多い者ほど身体活動による認知症発症予防効果を享受できる可能性が示唆された。さらに、身体活動ガイドラインの推奨値よりも低い者でも不活動者と比較して認知症発症リスクが20%低くなることから、あらゆる高齢者の身体活動を少しでも増加させることで、地域レベルの認知症発症率を抑制できる可能性が考えられた。
派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等
本学会はフランス・パリで開催され、ヨーロッパを中心とした世界の身体活動領域の研究者が集い、非常に内容の濃い4日間であった。本学会は「身体活動と健康」という特定のテーマではあったものの、発表内容は非常に多様で、その中でも特に社会実装、政策、ウェアラブルデバイスに関する研究が注目を集めていると感じた。報告者は、本学会をネットワーキングの場として最大限活用することができた。例えば、本発表内容に関しては、高名な研究者との研究手法について議論を交わし、これから本研究の共同研究者として加わっていただくこととなり、今後オンラインおよび対面でのディスカッションを通じて研究の質を高めることができるようになった。それ以外にもいくつかの将来的な国際共同研究のきっかけを得ることができ、大変充実した国際学会となった。
本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等
本発表は、従来の解析手法では明らかにすることができなかった身体活動と認知症発症との関連を、仮想的介入に明らかにした研究である。本知見は地域在住高齢者における集団的健康づくりに活用される可能性が考えられる。
参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題
- 発表者氏名
- Gregore Iven Mielke
- 所属機関、職名、国名
- The University of Queensland, Senior Lecturer, Australia
- 発表題目
- Emergence of socioeconomic inequalities in physical activity across the lifespan in women: 21 years of data from the Australian Longitudinal Study of Women's Health/身体活動の社会経済的格差の出現:21年間の大規模コホートデータを用いた検討
- 発表の概要
- 本研究は、オーストラリアの女性における身体活動の社会経済的不平等がどのように、またいつ生じるかを21年間の大規模コホート研究のデータから検討しました。1946-1951年生まれの女性7,104人を対象に分析を行った結果、全体として身体活動ガイドラインを満たす割合は2000年の57%から2018年には65%に増加しましたが、2021年には59%に減少しました。13年以上教育を受けた女性では、この割合が2000年の55%から2018年には74%に増加し、2021年には68%に減少しました。一方、正式な教育を受けていない女性では有意な変化が見られませんでした。2000年時点では教育水準による差は小さかったものの、2021年にはその差が拡大しました。このことから、教育水準が中年期の女性の身体活動の軌跡に大きな影響を与える可能性があること、また公衆衛生政策が社会的に不利な集団の身体活動を促進するには不十分であることを示唆されたと報告しておりました。
- 発表者氏名
- Wendy J Brown
- 所属機関、職名、国名
- Bond University, Professor, Australia
- 発表題目
- Illustrating the value of cohort studies in PA epidemiology/身体活動疫学におけるコホート研究の価値
- 発表の概要
- 身体活動疫学において、無作為化比較試験(RCT)が「ゴールドスタンダード」とされる一方で、本研究は、コホート研究が生涯にわたる身体活動の変化パターンや健康結果を「現実の世界」で理解するために不可欠であるとし、大規模コホート研究から得られたデータを用いて、身体活動の行動疫学における新たな知見を紹介しておりました。例えば、成人期における身体活動は一定の速度で減少せず、女性のライフステージやライフイベントにより異なる軌跡を描くこと、また、日常的な身体活動は女性に14〜16年の健康寿命を追加する一方で、高齢期における機能低下の速度は活動的な女性と非活動的な女性でほぼ同じであり、激しい身体活動が必ずしもこの段階での大きな利益を意味しないことを報告しておりました。結論として、コホート研究は、RCTでは必ずしも明らかにされない身体活動と健康との関係を理解するために不可欠であり、重要な役割を果たすべきであると強調しました。
- 発表者氏名
- Ulf Ekelund
- 所属機関、職名、国名
- Norwegian School of Sport Sciences, Professor, Norway
- 発表題目
- Deaths averted by small changes in physical activity and sedentary time: individual participant data meta-analysis/身体活動および座位時間の小さな変化による死亡回避効果:個別参加者データのメタ分析
- 発表の概要
- 先行研究では、質問紙により評価された身体活動量を用いて、推奨基準を満たさない者を基準とし、基準を満たすことで防げる死亡数を計算してきました。しかし、この方法はすべての人にとって実現が難しい場合もあり、活動量が低い人のわずかな改善が十分に反映されないという問題がありました。本研究では、実際に可能な範囲で中高強度身体活動を増やし、座位時間を減らすことで防げる死亡率を推計しました。
ノルウェー、スウェーデン、アメリカの7コホート(参加者40,327人、うち死亡4,895人)のデータを用い、加速度計で測定された身体活動と座位時間を使ったメタ分析を行いました。MVPAを1日5分増やし、座位時間を1日30分減らした場合の死亡予防効果を計算しました結果、最も活動量が少ない約20%の人が1日5分MVPAを増やすと、全体の死亡の6.0%を予防できる可能性がありました。また、活動的な20%を除く80%の人で同様のMVPAの増加があった場合、10.0%の死亡予防効果が見込まれました。さらに、座位時間を1日30分減らすことで、全体の死亡のうち3.0%から7.3%の予防が期待される結果が得られました。
わずか1日5分という少ない身体活動時間の増加でも、6%から10%の死亡を防ぐ可能性があり、特に活動が少ない人々に効果的であると示唆されました。公衆衛生の現場では、特に身体活動量が低い層に向けて、毎日のMVPAを少しでも増やすことを促すアプローチが有効である可能性が示されました。