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派遣報告書(光森理紗)

派遣者氏名

光森 理紗(ミツモリ リサ)

所属機関・職名

国立長寿医療研究センター 研究所 メディカルゲノムセンター 疾患ゲノム研究部 研究員

専門分野

遺伝子工学

参加した国際学会等名称

American Society of Human Genetics Annual meeting 2024

学会主催団体名

American Society of Human Genetics

開催地

アメリカ デンバー

開催期間

2024年11月5日から2024年11月9日まで(5日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Identification of multiple new loci associated with late-onset Alzheimer's disease in Japanese.

日本人における孤発性アルツハイマー病関連ゲノム座位群の同定

発表の概要

目的

 孤発性アルツハイマー病(Late-onset Alzheimer's disease (LOAD))は、最も一般的な認知症で、高い遺伝率を示す神経変性疾患である。そのためLOADリスクをもたらす遺伝的素因の同定は、病態の解明や革新的な診断、治療法の開発に貢献すると考えられる。白人を対象としたLOADのゲノムワイド関連研究(GWAS)では、多くの候補となるリスクゲノム座位が発見されているが、民族によってゲノム構造は大きく異なるため、白人以外の民族集団、特にアジア人を対象とした大規模ゲノム解析による疾患関連遺伝子群の同定が必要となる。我々は、国立長寿医療研究センター(NCGG)バイオバンクや新潟大学、バイオバンクジャパン(BBJ)に登録された日本人21,782人(LOAD症例5,066人を含む)の全ゲノムジェノタイピングデータを入手し、日本人における大規模なLOAD-GWASを実施した。その結果、8箇所のゲノムワイド有意性(P < 5.0×10-8)と9箇所の示唆的有意性(P < 1.0×10-6)を示すLOAD関連座位を見出した。また、APOESORL1を含めた6箇所の既知の関連座位が日本人においてもLOADと有意性を示すことも確認した。さらに、異なる日本人、約1,400人のLOAD患者と4,000人の認知機能正常者をリクルートして再検証解析を実施したところ、3つの新規座位で統計学的有意性を認めることを確認した。また、GWAS統計値を使用した遺伝子ベース解析およびトランスクリプトームワイド関連解析(TWAS)を用いた機能的アノテーション解析により、LOAD関連候補遺伝子群を同定した。最後に民族共通の新たなLOAD関連遺伝子群を同定するためにUKバイオバンクデータを用いた民族間メタ解析を実施した。その結果、10箇所のゲノムワイド有意性と17箇所の示唆的有意性を示すLOAD関連座位を同定した。そのうち、3箇所のゲノムワイド有意性関連座位は新規の座位で、日本人GWAS解析で同定された座位が1つ残った。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 会場は、巨大なクマの置物が中を覗き込んでいるコロラド・コンベンションセンターで行われた。本学会は、人類遺伝学とゲノミクスの全ての分野における最先端の科学技術ならびに、解析や研究など、幅広いトピックをカバーしている。アメリカ全土だけでなく、世界中から遺伝学に精通した研究者やゲノミクス企業関係者が数多く参加した。口頭発表は324題、ポスター発表は2616題の演題数が発表された。昨年、ワシントンDCで行われたASHG2023より、ADを含む認知症の演題数がかなり増えた。ADに関係する発表は、以前報告された結果や複数のコホート研究を使った大規模な関連解析、独自の解析技術を構築した新技術関連解析、遺伝構造が異なるため民族間の関連差を調べているものが多かった。また、シングルセル解析やロングリードシークエンスを利用したWGSやCNV解析が増えてきたように感じた。

質疑応答内容

 2時間の発表時間で、12人ほどの人に説明と質疑応答を行った。そのほとんどが大学の先生や研究員で、一部企業関係者もいた。質問は、日本人GWASサンプルを探索群と検証群に分けた理由や、サンプルの中身(施設ごとのサンプルの割合やADの特徴)、関連座位に関係する遺伝子について説明を求められた。アジア人、特に日本人サンプルは珍しいため、コラボレーションを求められることもあった。

 英語がうまく聞き取れないことがあり、受け答えに窮することがあった。日本人サンプルが珍しいことと、ADのセッションが比較的多かったため、足をとめて聞いて下さった人が多かったように思う。

会場の様子

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 アジア人、特に日本人サンプルを用いた大規模な解析は報告が少ないため、私たちのLOAD-GWASは、アドバンテージが高く、日本人に特化したAD関連遺伝子の同定に貢献できると感じた。また多くの大規模研究は、報告されている解析を用いたメタ解析が主流で、独自のプラットフォームのデータを使っている研究は少ないため、私たちの研究はより独自性の高いデータを提供できると考える。学会に参加して新規に公開されたデータ(FunGen-xQTL, MR-qQTLs, MRなど) を勉強したので、それを組み合わせた解析に挑戦し、関連遺伝子の同定に努めたい。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Sofia Moura
所属機関、職名、国名
John P. Hussman Institute for Human Genomics (HIHG), Miller School of Medicine, University of Miami, Florida, USA
発表題目
Expression of APOE4 is greater than APOE3 but differs between Ancestries./APOEのε4の発現量はε3より多いが、民族間で異なる
発表の概要
概要:非ヒスパニック系白人のAPOE ε4保因者は、アフリカ系アメリカ人のAPOE ε4保因者よりもAD発症リスクが高い。APOE ε4の領域を取り囲む祖先型(local ancestry (LA))がADリスク差の主要因であることが以前に示されていることから、本研究では、APOEアレル型と祖先型の違いを凍結前頭葉サンプルからSingle nuclei RNA sequencing (snRNA-Seq)による発現差解析で明らかにした。その結果、細胞構成差はほとんどなかったが、APOE ε3/3の発現量がアフリカ系LAでは、ヨーロッパ系LAよりアストロサイトおよびミクログリアで低いことが示された。逆にAPOE ε4/4を使った同解析では、ヨーロッパ系LAでAPOE ε4/4の発現量が高いことが同定された。同じLA同士では、APOE ε4/4の方がAPOE ε3/3より発現量が高くなることが示された。以上のことから、APOE ε4はアストロサイトとミクログリアでAPOEの発現量を増加させ、ADのリスクが高めるが、アフリカ系ε4保因者は、APOEの発現量がヨーロッパ系LAより低くなるため、AD発症リスクが低くなると示唆された。
感想:遺伝的構造が異なる民族差が明確にはっきり示された研究だと思った。共通する関連遺伝子の同定も大切だが、民族固有の遺伝的リスク解析も必要だと感じた。

発表者氏名
Swapnil Tichkule
所属機関、職名、国名
Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York, NY
発表題目
Unraveling the Propagation of Functional Genetic Effects in Alzheimer's Disease on a Population Scale./集団スケールにおけるAD機能遺伝的影響の伝搬を解明する
発表の概要
概要:ADシーケンシング プロジェクト機能ゲノム コンソーシアム(The Alzheimer's Disease (AD) Sequencing Project Functional Genomics Consortium)は、12以上の研究所で構成され、ADに関連する遺伝子座の機能的影響の解明を目指している。共同プロジェクトのFunGen-xQTLは、複数のコホートにわたって62個の脳、血液やCSFデータセットを収集し、ヒストン修飾、クロマチンアクセシビリティ、DNAメチル化、遺伝子およびタンパク質の発現、メタボロミクスに関するQTLデータを統合している。このプロジェクトを通じて、ADや神経変性疾患への応用を目的とした脳のxQTLに関するリソースを開発し、包括的なxQTL統合解析のための計算プロトコールを作成、多くの新規手法を実装した。その結果、AD関連シグナルを説明する新しい遺伝子プログラムに加えて、9つの新規候補遺伝子と領域を特定し、ADの標的遺伝子に関する機能的洞察を深めた。
感想:当施設では脳の組織を使うことが難しいので、こういうデータベースを利用できると今後の解析につながると考えた。

発表者氏名
Seung Hoan Choi
所属機関、職名、国名
Boston University, Boston, MA
発表題目
Analysis of 36,361 whole genome sequenced samples from the Alzheimer's Disease Sequencing Project (ADSP)./ADSPの36,361人を対象にしたWGS解析
発表の概要
概要:40コホートから36,361人の全ゲノムシークエンスデータを収集した、多様な集団におけるアルツハイマー病(AD)の発症や予防に影響を及ぼす遺伝的変異を明らかにすることを目的とした、Alzheimer's Disease Sequencing Project(ADSP)の研究である。本研究では、55歳以上のADとADに関連する認知症(ADRD)を含む対象群8,697人と健常人群14,758人のゲノムワイド関連解析を実施した。コモンバリアンを使用したGWAS解析では既存のAPOECR1座位がGWAS有意性を示した。レアバリアンに基づくGWAS解析では、新規のTNS1Tensin 1)がADRDと示唆的に関連していることが同定された(OR=6.67, P=3.05×10-6)。
感想:本研究は40施設から集めた最近出てきた新規の集団コホート研究である。今後2025年には6万人規模になる予定である。複数の民族から全シークエンスデータを集めており、民族共通の関連座位探索を行っている。大規模なWGS解析を実施しているため、共通するSNVを入手しやすく、私たちの研究に使用できる可能性が高いと考えた。