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派遣報告書(金野文香)

派遣者氏名

金野 文香(きんの あやか)

所属機関・職名

大阪公立大学大学院 理学研究科生物化学専攻 分子生物学研究室 大学院生

専門分野

分子生物学

参加した国際学会等名称

3RD INTERNATIONAL CONFERENCE ON PLANT AND HUMAN SULFUR BIOLOGY

学会主催団体名

Committee of international conference on plant and human sulfur biology

開催地

フランス ポンタ=ムソン

開催期間

2024年9月8日から2024年9月12日まで(5日間)

発表役割

口頭発表、ポスター発表

発表題目

Analysis of Pathological Progression-dependent Changes of Supersulfides Production in the Brain Tissues of Mouse Models of Alzheimer's Disease

アルツハイマー病モデルマウスの脳組織を用いた病態進行に伴う超硫黄分子生成の変化についての解析

発表の概要

目的

 アルツハイマー病(Alzheimer's disease, AD)は、深刻な認知機能障害を引き起こす進行性の神経変性疾患であり、アミロイドβ(Aβ)ペプチドの凝集に伴う酸化ストレスやミトコンドリア機能障害が関与することが報告されている。高齢化社会において、ADの患者数は増加していることから、その予防・治療法の開発が必要とされている。先行研究において、硫黄関連化合物がADの発症・進展に関与している可能性が示唆されているが、その詳細な作用機序は不明である。近年、システインパースルフィドなどの超硫黄分子が生体内で酵素的に産生され、強力な抗酸化・レドックスシグナル制御因子として機能し、様々な生理・病理機構に関与することが明らかにされている。最近我々は、重度の認知機能障害が認められたADモデル(B6SJL-Tg6799株,5xFAD)マウス脳内において、超硫黄分子生成動態の異常を発見した。しかしながら、超硫黄分子とADの連関の詳細は依然不明である。そこで、本研究では、1,2,4,8か月齢の5xFADマウス脳組織において、超硫黄特異的な解析(超硫黄オミクス解析)を実施し、ADの発症と進行に伴う超硫黄分子生成動態の経時的な変化について解析した。

方法・結果・考察

 5xFADマウスにおいて、不溶性Aβ1-42の蓄積、神経炎症の増加、認知機能の低下などの特徴的なAD病理所見を評価し、経時的なAD病態進行を確認した。次に、総超硫黄量の定量解析を行った結果、1,2,4か月齢では野生型と比較して5xFADマウス大脳皮質における超硫黄量の総量に変化はない一方で、8か月齢でのみ超硫黄量の総量に有意な減少が認められた。また、新規アルキル化試薬N-iodoacetyl L-tyrosine methyl esterを用いた超硫黄化タンパク質の検出の結果、野生型と比較して5xFADマウスでは4,8か月齢において超硫黄化タンパク質レベルが減少していることが示唆された。

 以上ことから、脳内超硫黄分子はADの発症と進行の過程で生成動態が変化し、さらに、ADの重症度によって影響を受ける超硫黄分子の様態が異なる可能性が考えられる。これらの結果より、新たな超硫黄プロテオーム解析法を構築し、ADの発症、進展に関与する超硫黄化タンパク質を同定することや、超硫黄分子の存在様態をより詳細に解析する必要があるが、本研究結果は、超硫黄分子がADの発症や進展に関連していることを示し、今後のADの病態メカニズムの解明に向けた基礎的知見になり得ることが考えられる。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

国際会議の開催状況

 本国際会議では、36演題の口頭発表と、2演題のPlenary Session、18演題のポスター発表が実施された。自身が行っている動物や疾患関連の研究成果だけでなく、植物における硫黄代謝についての講演も多くされており、硫黄研究における各分野の著名な研究の最新の知見を学ぶことができた。

質疑応答内容

 自身の発表では、アルツハイマー病(AD)モデルマウス脳内における超硫黄分子生成動態についての研究成果を発表したが、質疑応答では、臨床データとの比較や、今後、超硫黄分子とADの関係性についてどのように証明していくのかについての質問があった。

 硫黄研究は現在急速に発展している研究分野であり、硫黄研究を専門とする研究者とのディスカッションの機会は貴重である。本会議において、硫黄の著名な研究者とのディスカッションができたのは、今後の自身の研究をより発展させるのに非常に有益であった。

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 アルツハイマー病(AD)は、認知症の中で最も患者数が多い神経変性疾患である。超高齢社会を迎えた現代において、有効な予防・治療法が見出されておらず、その開発は国際的に喫緊の課題である。

 また、本研究で着目している超硫黄分子は、近年、所属研究グループが発見した新規硫黄化合物であり、ミトコンドリアにおけるエネルギー産生に関与することで、老化防止・寿命延長を示すことが明らかになりつつある。

 本研究において、AD病態進行に伴って脳内の超硫黄生成動態が変化していることが示唆された。この成果は、ADの病態メカニズムに超硫黄分子が寄与する可能性を示唆するものであると考えられる。今後、ADと超硫黄分子の連関について明らかにすることで、本研究は、超硫黄分子を基軸としたADの病態メカニズムの解明及び予防・治療法の開発へ向けた基礎的な知見となり、長寿科学に貢献し得ることが予想される。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Claus Jacob
所属機関、職名、国名
Division of Bioorganic Chemistry; School of Pharmacy, Saarland University, Saarbruecken, D-66123, Germany
発表題目
Harnessing the power of sulfur: redox catalysis, nanotechnology and biomedical innovations/硫黄の力を利用する:酸化還元触媒、ナノテクノロジー、生物医学の革新
発表の概要
酸化還元触媒の領域は、第16族元素、特に硫黄の貢献を認めることなしには、著しく限定されてしまうだろう。反応性硫黄種(RSS)は、医療や農業における広範な応用により、科学者の注目を集めてきた。RSSは、細胞のチオールスタットに関与するタンパク質や酵素のシステイン残基の可逆的修飾、活性酸素種(ROS)の生成、細胞のGSHレベルの調節など、さまざまなメカニズムによって細胞内の酸化還元状態を効果的かつ選択的に調節する。その結果、これらの種は選択的細胞毒性物質として重要な可能性を秘めている。さらに、ニンニク由来のアリシンやその合成類縁体などの揮発性RSSは、気相を介して重要な抗菌特性を示している。同様に、セレン富化ニンニクエキスが乳腺上皮細胞培養モデルにおいて増殖抑制と細胞周期停止を引き起こしたことに代表されるように、栄養補助食品のセレン富化は、その生物学的プロフィールを改善する。興味深いことに、元素状硫黄はナノ科学にも広く応用されている。硫黄ナノ粒子(SNP)は、硫化ナトリウム(Na2S)を硫黄ナノ材料に変換できるチオバチルス・チオパルス(Thiobacillus thioparus)などの好塩性細菌を用いて、機械的粉砕による物理的、化学的、生物学的にさまざまな方法で製造することができる。CO2を炭素源として利用し、硫黄化合物を酸化するチオバチルス菌の能力により、この菌と関連する菌種は硫黄循環の重要な担い手となり、バイオレメディエーションやCO2隔離などのバイオテクノロジー応用の潜在的な候補となる。硫黄ナノ粒子(SNP)は、食品、農業、生物医学の各分野で広範な用途が見出されている。医療や農業における硫黄ベースの酸化還元調節剤の応用は、有望な研究分野である。この学際的なテーマは、栄養学、ナノテクノロジー、医学、薬学、合成化学、農業科学の架け橋となり、革新的なプロジェクトや科学的探求のための豊かなフィールドを提供する。
感想
発表の時の熱意がすごかった。特に、硫黄の研究に関するこれまでの広範な知見をまとめてさらに今後の硫黄関連研究についての方向性が示されていた点が大変勉強になった。

発表者氏名
Milos Filipovic
所属機関、職名、国名
Leibniz Institute for Analytical Sciences, ISAS e.V., Otto-Hahn Str 6b, 44227 Dortmund,Germany
発表題目
Protein persulfidation enters a new phase/タンパク質のパーサルファイド化は新たなフェーズに入る
発表の概要
生命を維持するために、自然界は限られた数の化学反応に依存しているが、その一つが硫黄を利用した化学反応であり、主に細胞内の酸化還元恒常性の制御や酸化還元に基づくシグナル伝達に利用されている。硫化水素(H2S)は、細胞内に存在する最も単純な含硫分子の一つであり、その生理学的役割の可能性が最初に報告されて以来、大きな注目を集めてきた。現在H2Sシグナル伝達に関する文献は急増している。H2Sが細胞内でシグナルを伝達する主なメカニズムの一つは、過硫酸化として知られるシステイン残基の翻訳後修飾である。タンパク質の過硫化物が細胞内でどのように形成され、細胞機能にどのような影響を及ぼすのか、特に加齢や加齢性疾患との関連において、重要な疑問が残されている。本講演では、構造的な影響と機能的な影響、そして過硫化物の制御された形成と確率的な形成に焦点を当てる。具体的には、H2Sによって誘導されるタンパク質の過硫化が細胞機能を制御する主な様式として、細胞質成分(タンパク質とRNA)が膜のない別個のコンパートメント(生体分子凝縮体)に集合するメカニズムである液液相分離を紹介する。
感想
自身の研究と非常に関連性の高い研究分野の話だった。特に、H2S産生酵素のノックアウトによってモデルマウスの行動パターンが変化するという結果は、自身の研究においても非常に重要な知見であると思った。また、予備的知見で得たデータに関して、本発表でも同様の知見が報告されており、今後の研究の方針をイメージすることができた。

発表者氏名
Eve-Lyn S. Hinckley
所属機関、職名、国名
Cooperative Research for Environmental Sciences, University of Colorado, Boulder, USA
発表題目
Sulfur: a major element undergoing global change/硫黄:地球規模で変化しつつある主要元素
発表の概要
硫黄(S)は生命の重要な構成要素であり、採掘や化石燃料の燃焼などの産業活動によって劇的に変化してきた元素である。今日、人間が地球の硫黄循環をどのように変化させるかという性質は変化している。アメリカやヨーロッパでは大気質規制を受けて大気中の硫黄沈着量が減少しているが、多くの大規模で地域的な作物システムでは、硫黄肥料の施用が増加している。さらに、農業の集約化によって、殺虫剤、土壌pH調整剤、土壌改良剤など、他の用途でのSの投入が増加している。過剰な硫黄が土壌の酸性化や生態系における重金属の動員を引き起こす可能性があることを考えると、複雑なランドスケープを通して硫黄の「フィンガープリント」を追跡し、土壌や地表水における硫黄の形態と変換を定量化し、硫黄の使用による影響を決定する方法を開発することが極めて重要である。本講演では、長期データの新たな分析とプロセスベースの研究の両方について説明し、酸の形態、量、流れ、そして結果が、酸性沈着のピークであった1970年代からどのように変化したかについて、説得力のある証拠を提供する。私の研究グループからは、広大な農業地帯を通過する放射性同位元素と安定同位元素を用いた研究を紹介する。また、環境中の過剰な硫黄の影響に対処するために、研究者、土地管理者、規制当局が取るべき協力的な行動についても述べる。最後に、これらの新しい研究を、急速な気候変動と地球工学的応用による潜在的な降雨量に直面している北半球における過剰な硫黄の影響を調査するために拡張する可能性について触れる。
感想
地質学の視点から、世界規模での硫黄循環についての研究を始めて公聴したので、大変興味深かった。