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派遣報告書(伊藤祐規)

派遣者氏名

伊藤 祐規(イトウ ユウキ)

所属機関・職名

大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座 寄附講座助教

専門分野

老年医学

参加した国際学会等名称

Neuroscience 2024

学会主催団体名

Society for Neuroscience

開催地

アメリカ シカゴ

開催期間

2024年10月5日から2024年10月9日まで(5日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Diabetes mellitus exacerbates behavioral deficit in a mouse model of Alzheimer's disease via a site-specific phosphorylation of tau protein

糖尿病はタウ蛋白の部位特異的なリン酸化を介してアルツハイマー病マウスモデルの行動障害を悪化させる

発表の概要

背景・目的

 糖尿病はアルツハイマー病(AD)の発症リスク増加と関連することが多くの疫学研究において示されている。リン酸化タウの脳内蓄積量はアルツハイマー病患者における神経変性や認知機能障害の重症度と良く相関することが報告されている。臨床的あるいは実験的研究においても糖尿病がタウ病理の形成に影響を及ぼすことが示唆されているが、その背景にある分子機序は不明である。本研究ではADマウスモデルを用い、糖尿病の合併により脳内で生じるタウのリン酸化パターンの変化を検討した。

方法

 タウトランスジェニック(PS19)マウスに高脂肪食を負荷した。8か月齢時点で代謝パラメータと行動表現型を評価した。その後、9か月齢でマウスをサクリファイスし、脳を生化学的に分析した。タウトランスジェニックマウスの脳抽出液を用いて、定量的リン酸化プロテオーム解析を行った。

結果

 高脂肪食摂取ADマウスは、肥満、インスリン血症、軽度の高血糖を発症し、凝集したリン酸化タウの蓄積に伴う神経変性と行動障害を早期に発症した。リン酸化プロテオーム解析では、糖尿病合併ADマウスの脳において特異的なタウのリン酸化シグネチャーが明らかになった。リン酸化プロテオミクスデータを基にしたバイオインフォマティクス解析により、糖尿病とADの相互作用に関与する可能性のあるタウ関連キナーゼと細胞シグナル伝達経路が明らかになった。

結論

 これらの結果は、糖尿病がタウのリン酸化増加を介してADの行動障害を悪化させる可能性を示唆している。我々は、糖尿病とADの病態連関に関与するタウの特異的リン酸化部位を同定した。これらの知見は、ADにおけるタウを標的とした治療法やバイオマーカーの開発に利用できる新規ターゲットを提供する可能性がある。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

Q.糖尿病合併アルツハイマー病マウスの脳内で変動がみられたキナーゼの内、高脂肪食負荷によるタウ蛋白のリン酸化に最も影響しているキナーゼはどれだと考えているか?

A. 個々のキナーゼがタウ蛋白のリン酸化に及ぼす影響の詳細について検討はできていない。しかし、キナーゼの局在をふまえると、神経細胞に特異的に発現しているTTBK1は有力な候補であると考えている。

Q. 高脂肪食負荷により増加したリン酸化部位は、ヒト糖尿病患者脳で報告されている部位と一致するか?

A. 一致していない。その理由として、解析手法の違いがあると考えている(本研究:リン酸化プロテオーム、既報:免疫組織化学染色)。また、ヒト脳組織を解析に用いた既報において、リン酸化タウ蛋白(AT8抗体陽性のタウ蛋白)量が糖尿病合併アルツハイマー病患者脳で増加しているかについては、一定の見解は得られていない(Y. Ito et al. Vas-cog J. 2022)。

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 アルツハイマー病と糖尿病の病態連関の分子機序を明らかにすることは、急速な増加が予測されている認知症患者の新たな治療ターゲットを創出する上で重要であると考えられます。本研究は認知症の後天的発症リスク因子とアルツハイマー病患者の脳内病理像との関連を分子レベルで解明した研究成果であり、本研究で同定された特徴的なパターンを伴うタウ蛋白のリン酸化はアルツハイマー病の進展、及び認知症の発症に関与する可能性があります。また、この特徴的なリン酸化タウ蛋白、及びそれに関連するキナーゼ・細胞内シグナル伝達経路はアルツハイマー病の治療薬開発の新たなターゲットとなる可能性があると考えられます。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Nancy Yuk-Yu IP
所属機関、職名、国名
Division of Life Science, The Hong Kong University of Science and Technology、Chair Professor、Hong Kong
発表題目
Unveiling the Nexus of Innate Immunity and Alzheimer's Disease: Insights Into Pathogenesis and Therapeutic Prospects/先天性免疫とアルツハイマー病の関連性の解明:病態生理と治療展開への洞察
発表の概要
様々な研究において、脳内の免疫系がアルツハイマー病病態へ関与することが示唆されている。発表者らは、ミクログリアによる可溶性メディエータ分泌がアルツハイマー病の脳内病理像へ与える影響に着目して、これまで解析を実施してきた。その結果、IL-33/ST2 signaling pathwayがアルツハイマー病マウスモデルにおけるアルツハイマー病病態(老人斑形成)の増悪・軽減に関与することを明らかにしてきた。
これまでの解析結果を総括すると、IL-33やその下流にある分子を標的とした介入により、免疫系(主にミクログリア)の反応を誘導することで、アルツハイマー病病態を修飾することができる可能性がある。

発表者氏名
Jiyoen Kim
所属機関、職名、国名
Department of Molecular and Human Genetics, Baylor College of Medicine、Jan and Dan Duncan Neurological Research Institute, Texas Children's Hospital、postdoctoral fellow、USA.
発表題目
Tyk2: a critical regulator of tau levels, phosphorylation, and aggregation in tauopathy/Tyk2:タウオパチーにおけるタウ量やリン酸化、凝集の重要な調節因子
発表の概要
約7000種の候補遺伝子をスクリーニングした結果、タウ量に与える影響が最も有力だったものの1つとしてTyk2という遺伝子が候補に挙がった。評価用細胞系において、Tyk2の抑制によりタウ量の減少がみられた。ヒトアルツハイマー病患者脳においても、脳内Tyk2量と病的なタウ量の間には相関がみられた。In vitroのアッセイでは、Tky2はタウのリン酸化を増加させることが明らかになった。以上の結果から、Tyk2はタウ量やリン酸化を介してタウオパチーに関与している可能性が示唆される。

発表者氏名
Chotchanit Sunrat
所属機関、職名、国名
Basic and Clinical Neuroscience, King's College London、PhD student、United Kingdom
発表題目
Tau n-terminal splice variants exhibit different phosphorylation induced pathophysiology in hippocampal CA1 neurons/タウN末端スプライシングバリアントは、海馬CA1ニューロンにおいて異なるリン酸化誘導性病態生理学的特性を呈する。
発表の概要
P369/404E変異タウ蛋白のN末端スプライシングバリアント(2N4R或いは1N4R)が海馬CA1ニューロンのシナプス機能に及ぼす影響を検討した。評価用細胞系を用いた検討において、2N4R・P369/404E変異タウ蛋白は1N4R・P369/404E変異タウ蛋白と比較して、凝集体形成が増加していた。ラット脳の培養スライスにおいて、2N4R・P369/404E変異タウの発現はCA1ニューロンにおけるシナプス密度を減少させた。以上の結果から、タウ蛋白のN末端のスプライシングの違いは変異に起因するタウ蛋白の凝集体形成および病態生理学的特性に影響を与える可能性が示唆される。