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派遣報告書(荒深周生)

派遣者氏名

荒深 周生(アラフカ シュウセイ)

所属機関・職名

名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻 脳神経病態制御学 精神医学分野 大学院生

専門分野

老年精神医学

参加した国際学会等名称

24th International Neuropsychiatry Association Congress

学会主催団体名

The International Neuropsychiatric Association

開催地

オーストラリア メルボルン

開催期間

2024年10月27日から2024年10月29日まで(3日間)

発表役割

口頭発表

発表題目

Neuropathological substrate of incident dementia in older patients with schizophrenia

高齢期の統合失調症患者に見られる認知症の神経病理学的基盤

発表の概要

背景

 疫学研究では、統合失調症患者は統合失調症でない人に比べて認知症発症リスクが2.5倍高いことが報告されている。アルツハイマー病(AD)、レビー小体病(LBD)、前頭側頭様変性症、脳血管性障害など多様な神経疾患が認知症の原因となり得るが、確定診断には脳組織を実際に観察することが必須であり、どのような病態が統合失調症に見られる認知症を引き起こしているかは十分に調べられていない。

目的

 本研究の目的は、高齢統合失調症患者の死後脳を神経病理学的に検索し、認知症を引き起こす原因を検索することである。

方法

 名古屋精神科ブレインバンクに保存された統合失調症の死後脳を、現行の神経病理学的診断基準に基づいて神経病理学的に検索した。統合失調症は症候学的な基準に基づいた疾患類型であり、生物学的には多様な病態が混在しているとされ、特に高齢期発症の統合失調症/統合失調症様精神病は神経変性疾患の前駆期の可能性が提唱されている。そこで若年発症の統合失調症(32例)と高齢期発症の統合失調症(9例)に区分し検索した。認知症に関連する神経病理の重症度は半定量的評価を用いて分析した。

結果

 若年発症の32症例中7例がいずれかの病理学的診断基準を満たした:AD(n=3)、嗜銀顆粒病(AGD)(n=2)、LBD(n=1)、AGD/進行性核上性麻痺(n=1)。認知症を呈し得る、いずれの神経病理学的診断基準を満たさなかった25例のうち、10例は認知症(A群)を有し、15例(B群)は認知症を有してはいなかった。臨床所見/神経変性疾患・血管性障害に関連する病理像に関してA群とB群では有意差はなく、A群でみられた認知症は、既存の神経疾患体系では説明がつかなかった。また、高齢期発症の統合失調症9症例中5例が何らかの神経病理学的診断基準を満たした:AD(n=2)、AD/DLB(n=2)、脳血管性障害(n=1)。その他4例は軽微な病理像しか認めず、認知症の原因を特定することができなかった。

考察

 高齢の統合失調症における認知症には、既存の神経疾患が影響を及ぼしていると想定できる症例と、既存の疾患体系では説明がつかない症例の2つに大別できた。後者は、統合失調症の病態自体に関与する何らかの異常が大きく影響を及ぼしていると推察された。よって従来の神経病理学的手法のみならず、統合失調症の病態と深く関連するとされるグリア細胞/神経伝達物質-神経回路の異常等の観点からの更なる研究が必要であると考えられた。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 メルボルン市中心部を流れるヤラ川沿いに位置するMelbourne Convention & Exhibition Centreにおいて開催された。本学会は精神疾患と神経疾患の境界領域を対象に、国際神経精神医学会、及び王立オーストラリア・ニュージーランド精神医学会によって主催された。様々な神経精神疾患のエキスパートによる講演、世界各国の医師/研究者による口演・ポスターにおいて、神経発達・神経免疫・バイオマーカー・治療・ケアなど様々な観点での発表・活発な議論が行われた。

 今回、私は「神経変性」というセッションで口頭発表を行う機会を得た。質疑応答セッションでは、オーストラリアの研究者2名とインドからの研究者1名から質問を受けた。主に、統合失調症における神経疾患の併発を予測する臨床的な特徴の有無に関連する質問であった。当方の手法は死後脳を対象にした検討であり、併発している神経疾患の最終診断には効果的であったが、質問のように、「疾患の経過のなかで、神経疾患の合併を予測する」、という観点の検討には限界があった。それぞれの神経疾患における特徴的な表現型に着目するなど、今後の研究発展につながる観点での有意義な議論を行うことができた。

会場の看板と様子
会場からの景色

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 高齢の統合失調症患者に併発した認知症の背景は不明な点が多く残されている。それゆえ実臨床上では、目の前の患者にどのように治療を行えばいいか戸惑う場面が多いと思われる。今回、統合失調症死後脳を神経病理学的に検証することで、高齢の統合失調症の認知症には、神経疾患の合併例と非合併例が存在することを示すことができた。今後のこの分野の研究が進み、特定の神経疾患の合併を生前に検出することができれば、それぞれの神経疾患に適した治療やケアを提供することができるようになり、高齢の統合失調症患者のQOL向上につながると考えている。また、統合失調症の認知機能障害に強く関連する病態であれば、この観点を足場にして病態解明にもつながり得ると考える。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Dr Lauren Chiu
所属機関、職名、国名
Royal Melbourne Hospital, Parkville, M.D ,Australia
発表題目
Risk factors for cognitive impairment in adults with bipolar affective disorder/成人の双極症患者における認知機能障害のリスクファクター
発表の概要
双極症は認知症のリスクと考えられているがその神経生物学的なメカニズムは不明である。本研究では高齢発症であることと、低い身体機能を有することとの関連が示されたが、アルコールや喫煙、向精神薬との関連は示されなかった。またハンチントン病と双極性障害の合併症例という珍しい症例が報告された。
神経病理学におけるある先行研究では、中高齢発症の双極症には嗜銀顆粒が全例で確認されており、本報告における病理学的な背景が気になった。双極症における嗜銀顆粒性認知症はトピックとなり得るが、嗜銀顆粒性認知症は臨床診断に有用なバイオマーカーが存在しておらず研究を進める点での障壁も感じた。

発表者氏名
Dr Linda Chiu Wa Lam
所属機関、職名、国名
The Chinese University of Hong Kong, Professor, Hong-Kong
発表題目
Booster reserves for aging well-perspectives from the epidemiological surveys and randomized controlled trials for older people in Hong Kong/認知予備能の促進-香港の高齢者コホートにおける疫学研究からの知見
発表の概要
認知症発症の際に重要な概念である認知予備能は引き続き研究者の注目を集めている。Hong Kong Mental Morbidity Survey for Older People (HKMMSOP)という大規模コホートからの報告であった。身体機能の維持、社会的交流の多さ、精神疾患の既往がないこと、などの保護因子が整理し報告された。このような観点での報告は本学会でも多くなされており、注目を集めていることを裏付けていた。
当方の報告も、神経疾患の閾値以下の病理が認知症の発症につながっているかどうか、統合失調症の認知予備脳/脳予備脳の観点から考察をしており、知識を整理することや新たな観点を学ぶにおいて有意義であった。

発表者氏名
Dr Valerie Voon
所属機関、職名、国名
Neuropsychiatry and Neuromodulation at the University of Cambridge, Professor, United Kingdom
発表題目
Deconstructing impulsivity/衝動性を解体する
発表の概要
神経精神疾患における主要な症候である、衝動性・強迫性とそれに関連する感情や動機が想起されるメカニズムに関する講演であった。脳の構造/解剖学的な観点から深部脳刺激を用いた動物実験の結果を包括的に検証していた。精神疾患における強迫性障害、神経疾患におけるパーキンソン病や前頭側頭型認知症などとの関連を示し有意義なセッションであった。
パーキンソン病では脳深部刺激が運動機能向上の為に使用されているが、実臨床上では精神症状の増悪をきたすこともあり、難渋した経験を想起した。臨床との関連性という点において今後も極めて重要な観点であろうと考えられた。また当方の行っている病理学的な手法においても、脳の局在や解剖学的な視点が重要であり、新たな研究アイデアを考える点でも有意義な講演であった。