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派遣報告書(土屋かほる)

派遣者氏名

土屋 かほる(つちや かおる)

所属機関・職名

亀田総合病院・医員

専門分野

耳鼻咽喉科頭頚部外科

参加した国際学会等名称

American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery Foundation's 2019 Annual Meeting &OTO Experience

学会主催団体名

American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery Foundation

開催地

アメリカ ニューオーリンズ

開催期間

2019年9月15日から2019年9月18日まで(4日間)

発表役割

口頭発表(short presentation)・ポスター発表

発表題目

Comparing the onset of respiratory-related clinical events in multiple system atrophy based on disease type

多系統萎縮症における声帯運動障害、呼吸障害、嚥下障害の発症時期-臨床病型による比較-

目的

 MSA患者の声帯運動障害・睡眠時無呼吸・人工呼吸器導入・嚥下障害・手術(気管切開術または誤嚥防止手術)の頻度と発症時期を明らかにし、MSA-CとMSA-Pの各群で比較する。

方法

 2008-2018年に東京大学耳鼻咽喉科で診察したMSA患者の後方視的検討を行った。該当患者全体での臨床アウトカムを記述し、さらにMSA-PとMSA-C各群での発症割合をカイ二乗検定で比較し、年齢と性別で調整したCox比例ハザードモデルで発症リスクを比較した。

結果

 患者は113名[年齢60歳(四分位範囲,53‐66)、男性72名(64%)]であった。各イベントの発症頻度と症状出現までの期間は、声帯運動障害[55名(49%)、76ヶ月(61-91)]、睡眠時無呼吸[85名(75%)、41ヶ月(32-50)]、人工呼吸器[36名(32%)、100ヶ月(73-127)]、嚥下障害[77名(68%)、43ヶ月(36-50)]、手術[25名(22.1%)、102ヶ月(84-120)]であった。MSA-Pは24%(27名)であったが、MSA-Cと比較し、声帯運動障害(ハザード比3.43, p<0.001)と睡眠時無呼吸(ハザード比1.70, p=0.030)、嚥下障害(ハザード比1.85, p=0.017)の早期発症のリスクが高かった。

考察

 今回の研究では、MSA-PとMSA-Cの呼吸器に関連した臨床所見の頻度と発症時期の違いを調査した。MSA-Pでは声帯運動障害の頻度が高く、また早期発症のリスクは声帯運動障害、睡眠時無呼吸、嚥下障害で高かった。

 声帯運動障害がMSA-Pで発症時期が早い理由として、MSA-PではMSA-Cと比較し、パーキンソニズムを早期に発症することが考えられる。パーキンソン病でも声帯のジストニアによる異常な筋収縮を認め、声帯運動障害を引き起こす。同様の病態がMSAでも生じていると考えられ、MSA-Pはよりパーキンソニズムを早期に発症しやすく、頻度も高いので、声帯運動障害の頻度・早期発症のリスクが高いと思われる。

 睡眠時無呼吸の原因は、上気道閉塞と脳の睡眠中枢の神経変性の2つに大別できる。上気道閉塞による睡眠時無呼吸の方が高頻度であり40%にみられる。上気道狭窄の原因は声帯運動障害を含めた喉頭狭窄であるので、睡眠時無呼吸のある患者では声帯の動きを注意して観察する必要がある。

 嚥下障害はMSAで最も高頻度にみられる合併症である。パーキンソン病とMSAの嚥下障害の成因は部分的に一致しており、パーキンソン病の80%で嚥下障害を認めるので、パーキンソニズムを発症しやすいMSA-Pにおいては、パーキンソン病患者で特徴的な嚥下障害症状も含めて留意が必要である。

 MSAでは声帯運動障害、睡眠時無呼吸、嚥下障害に留意して診察する必要があるが、特にMSA-Pでは、MSA-Cと比較して早期に発症するリスクが高いので特に注意して経過観察する必要がある。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

写真1:平成31年度第2期国際学会派遣事業派遣者:土屋かおる氏と同僚が発表ポスターの両脇に立って写した写真
写真2:平成31年度第2期国際学会派遣事業派遣者:土屋かおる氏がショートプレゼンテーションを行っている写真

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか

 本発表では多系統萎縮症における呼吸気関連症状について検討した。日本の高齢化、医療の発展に伴い、多系統萎縮症(MSA)と診断される患者は増えることが予想される。多系統萎縮症患者の長期生命予後の実現には、発症しうる障害の早期認知、早期介入が必要であり、また、QOLに直接影響する嚥下障害についても早期診断によるリハビリ介入や食形態の変更などがQOL維持につながる。MSA-PとMSA-Cの呼吸器症状の発症時期の違いを知ることで、MSA-P患者では特に呼吸気症状に注意して診察することが可能となり、長期生命予後、QOLの維持に必要な治療介入を行うことができる。神経筋疾患患者の呼吸気関連症状は、耳鼻科医に熟知されていないことも多いので、本発表を通し、より広く認知され診療に生かされることが期待される。