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派遣報告書(中嶋恒男)

派遣者氏名

中嶋 恒男(なかじま つねお)

所属機関・職名

大阪大学大学院医学系研究科老年総合内科学・大学院生

専門分野

老年内科

参加した国際学会等名称

European Geriatric Medicine Society Congress 2019

学会主催団体名

European Geriatric Medicine Society

開催地

ポーランド クラクフ

開催期間

2019年9月25日から2019年9月27日まで(3日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Distinct regulation of glucose metabolism in the cerebrospinal fluid and peripheral circulation in wild-type mice

中枢神経系と末梢における糖代謝制御機構の差異ついてのマウスを用いた解析

目的

 近年、糖尿病がアルツハイマー病の危険因子であることが明らかになりつつある。この病態連関のメカニズムは不明であるが、脳内での糖代謝異常の関与が示唆されている。我々は糖尿病合併マウスモデルを用いて、脳内のインスリン濃度や感受性の変化が認知機能障害に関与していることを報告してきた(PNAS 2010)。中枢神経系における糖代謝動態の解析は認知症の病態解明に重要であるが、中枢と末梢における糖代謝の動的連関については不明な点が多い。今回の研究では新たに開発した覚醒・自由行動下でのマウス髄液持続回収システムを利用し、髄液糖と血糖との関連および動的変化を高時間分解能で評価した。またヒト髄液糖と血髄の関連を評価した。

方法

 覚醒・自由行動下のマウス(3ヶ月齢雄)から持続的に髄液回収を行い、髄液中糖濃度と血糖値を同一個体のマウスにおいて連続的に測定した。マウス髄液は大槽に留置した細径チューブを経由して吸引回収した。マウスにグルコース負荷試験(i.p.GTT、2mg/kg)を行い、髄液中の糖濃度と血糖値を経時的に測定した。血糖値の測定は尾静脈採血によって行った。ヒト髄液及び血液検体は絶食下で同時に採取し糖濃度を測定した。

結果

 グルコース負荷に伴う血糖値の上昇に伴い、髄液中の糖濃度は速やかな上昇を示した。糖負荷後血糖値は30分でピークに達し120分でベースラインレベルまで低下したが、髄液中の糖濃度は30分まで上昇を示した後、その後120分まで有意な低下は見られなかった。髄液中糖濃度/血糖値比は一定には維持されておらず、時間依存的に変化していた。定常状態ではヒト髄液糖と血糖の値に有意な相関が認められた。

考察

 独自に開発したマウス髄液持続回収システムを用いることで、髄液中の糖濃度を覚醒・自由行動下のマウスにおいて高時間分解能で評価し得た。血糖値の変化に伴い髄液中の糖濃度が速やかに変動すること、定常状態における血糖と髄液糖には相関関係が示され、中枢と末梢において糖代謝が異なるメカニズムで制御されている可能性が示唆された。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

  1. 髄液糖が血糖変動と異なる変動を示したメカニズムとしては何が考えられるか?
    • 髄液糖/血糖比が糖負荷30分後に優位に低下しており、血糖値が急激に上昇した場合には血中から中枢神経系への糖移行速度がトランスポーターなどにより制限がかかっていることが考えられます。
  2. 疾患マウスモデルでは髄液糖代謝にどうような変化がでるか?
    • プレリミナリーなデータですが、糖尿病マウスモデルでは髄液糖/血糖比が野生型より大きく変動を認めており、中枢神経系の糖代謝異常が示唆されます。今後、さらに研究を重ねていく予定です。
  3. 髄液中の糖やインスリン以外も投与可能?この測定系の詳細を教えてほしい。
    • 乳酸値は測定しています。必要な髄液量には依存しますが、他成分の測定にも応用できます。測定系についてはメソッドの論文を現在作成中です。
写真1:平成31年度第2期国際学会派遣事業派遣者:中嶋恒男氏が学会開催施設の階段前に立って写っている写真
写真2:平成31年度第2期国際学会派遣事業派遣者:中嶋恒男氏が発表ポスターの横に立っている写真
写真3:平成31年度第2期国際学会派遣事業派遣者:中嶋恒男氏がポスター発表をている写真

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか

 アルツハイマー病と糖尿病の相互連関のメカニズムを解明することは今後急速に増加していく認知症患者の新たな治療ターゲットの探索の上で有用であると考えられ、本研究は従来困難であった糖代謝の末梢と中枢における動的な連関の評価が可能であるということを示しております。今後はこの評価系を用いて疾患マウスモデルにおける中枢神経系の糖代謝異常を解明していくことで、認知症と糖尿病の病態連関の解明を進むことが期待されます。また本研究で使用した覚醒下マウスにおける連続髄液回収系は髄液糖やインスリンのみでなく、様々物質の測定に応用可能であり、認知症を始めとする神経変性疾患の病態解明に有用であると考えられます。