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派遣報告書(鯉沼真吾)

派遣者氏名

鯉沼 真吾(こいぬま しんご)

所属機関・職名

国立長寿医療研究センター アルツハイマー病研究部・流動研究員

専門分野

神経細胞生物学

参加した国際学会等名称

Neuroscience 2019

学会主催団体名

Society for Neuroscience

開催地

アメリカ シカゴ

開催期間

2019年10月19日から2019年10月23日まで(5日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Rapamycin-induced autophagy interrupts exosome secretion to enhance intracellular accumulation of Aβ regardless of endocytic disturbance

ラパマイシンによるオートファジーの誘導はエンドサイトーシス障害の有無にかかわらずエクソソームの分泌を抑制し、細胞内Aβの蓄積を促進する

目的

 アルツハイマー病(AD)は認知症を引き起こす代表的な老年性神経変性疾患の1つである。AD患者の脳内にはアミロイドベータ(Aβ)の蓄積により形成される老人斑と呼ばれる特徴的な病変が観察されることから、Aβの異常な蓄積がADの発症に関与していると考えられている。特に、細胞内Aβの蓄積は細胞外Aβの蓄積に先行して起こることから、ADの初期病態として重要である。

 近年、オートファジーがAβの分解を担っていること、さらにオートファジー関連遺伝子の発現がAD患者脳で低下していることが報告され、オートファジーの促進がAβ病理の進行抑制に有益である可能性が議論されている。一方、当研究室ではこれまでの研究成果により、脳内では老化に伴いエンドサイトーシス障害が生じることで細胞内にAβが蓄積し、オートファジーの分解経路も影響を受けることを明らかにした。そこで本研究では、エンドサイトーシス障害が生じた環境下においてオートファジーを促進し、細胞内Aβの蓄積が改善されるか否かを目的に研究を行なった。

方法

 エンドリソソーム経路を抑制してエンドサイトーシス障害を惹起するクロロキン(Cq)、およびオートファジー誘導剤であるラパマイシン(Rm)をマウス神経芽細胞腫Neuro2a細胞の培養液中に添加して、細胞内外のAβ量をELISA法により解析した。また、これとは対照的に、オートファジーのマスターレギュレーターであるATG5をノックダウンし、同様の実験を行なった。

 さらに、細胞外へAβを放出するための主要な経路であるエクソソームに着目し、超遠心法でエクソソームを回収しウェスタンブロットによりエクソソームの量の増減を解析した。

 最後に様々な年齢のカニクイザルの脳からマイクロゾーム画分を抽出し、オートファジー誘導マーカーであるLC3-IおよびATG5のレベルを解析した。

結果

 Rmによるオートファジーの促進はCq処理による細胞内Aβの蓄積を有意に増悪化させることが明らかとなった。一方、細胞外のAβはRm処理によって大きく減少した。そこでAβ分泌経路の1つであるエクソソームに着目し解析したところ、Rm処理細胞ではエクソソーム分泌量が明らかに減少していた。対照的に、ATG5のノックダウンによってオートファジーを抑制したところ、エクソソーム分泌量が増加して細胞内Aβの蓄積が有意に減少することが明らかとなった。最後に、様々な年齢のカニクイザルの脳からマイクロゾーム画分を抽出し、オートファジー誘導マーカーであるLC3-Iのレベルを解析したところ、老人斑の形成より前にLC3-Iが大きく減少することがわかった。

考察

 以上の結果から、オートファジーの誘導はエキソソームの分泌抑制を介してエンドサイトーシス障害による細胞内Aβの蓄積を増悪する危険性があり、AD患者脳におけるオートファジー関連遺伝子の発現低下はエキソソームの分泌を促進してAβを細胞外へと排出するための代償性変化である可能性が示唆された。

派遣先学会等の開催状況

 北米神経科学会は世界最大規模の神経科学系の学会であり、今回参加したNeuro2019は5日間で約14,000の演題が発表され、大変盛況でした。アルツハイマー病を含めた老年性神経変性疾患についてはシンポジウムやポスター発表が毎日行われ、その中で多くの発表やディスカッションが繰り広げられており、この分野への世界的な関心の高さが伺えました。また、基礎老化分野でも多くのポスターが発表されており、従来のハエやマウス等のモデル動物だけでなく、ヤギやサルを用いた研究から重要と思われる知見が発表されており大変勉強になりました。

質疑応答内容等

 今回は大会2日目の午前中に4時間ほどのポスター発表を行い、40人ほどとディスカッションを行ないました。実験のデザインや研究背景についての質問が多く、特に「老化に伴うダイニンの機能低下がマウスやラットでは起こるのか」や、「APPの過剰発現系を使わずに内在性のAβを検出する方法」についての質問を多く受けました。また「神経細胞株にオートファジーを誘導する際にラパマイシンを用いることの是非について」や、「神経細胞内でAβが産生される具体的な場所はどこか。老化した神経細胞でその場所は変化しうるのか。」、「内在性のAPPやAβの分解について、オートファジーの寄与はどの程度あると考えられるか。老化によってそれがどう変わるか」といった点について議論を行いました。どの議論も基本的で重要なポイントであり、非常に考えさせられる有意義なディスカッションになりました。

写真1:平成31年度第2期国際学会派遣事業派遣者:鯉沼真吾氏が発表ポスターの横に立って写した写真
写真2:平成31年度第1期国際学会派遣事業派遣者:鯉沼真吾氏が発表を行った学会会場の写真

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか

 今回の発表を通じて、また他の研究者の発表を聞いて、「脳の老化による変化」を踏まえた研究は少なく、今後の重要な課題であると強く認識しました。特にヒトの病気を研究する場合においては、ヒトとマウス・ラットの違いを理解し、モデル動物の限界を知ることは基礎研究を行う上でとても重要です。本研究の発表の結果、正常な細胞で成り立つシステムが老化した細胞では働かない可能性があるということを多くの研究者の方々に(納得していただけたかはともかく)理解していただけたのではないかと思います。今回の発表で議論したような「神経の老化とは何か」や「神経老化が動物種間でどう異なるのか」といった分野が発展して行くことにより、老年性神経変性疾患の理解が進み、治療・予防法の確立につながるのではないかと期待しています。