派遣報告書(飯島弘貴)
派遣者氏名
飯島 弘貴(いいじま ひろたか)
所属機関・職名
慶應義塾大学理工学部
日本学術振興会・特別研究員(PD)
専門分野
整形外科、リハビリテーション
参加した国際学会等名称
2018 OARSI World Congress on Osteoarthritis
学会主催団体名
Osteoarthritis Research Society International (OARSI)
開催地
イギリス リバプール
開催期間
2018年4月26日から2018年4月29日まで(4日間)
発表役割
ポスター発表
発表題目
Specific contribution of hip abductor muscle strength to turning movement in individuals with knee osteoarthritis
変形性膝関節症患者の方向転換動作能力における股関節外転筋の特異的役割
発表の概要
目的
代表的運動器疾患である変形性膝関節症(Knee Osteoarthritis: 膝OA)の機能的移動能力の定量的評価は、膝OA患者の運動機能障害の同定や膝OAの進行予防、ひいては健康寿命の延長において重要である。しかし、従来の移動能力評価は、ストップウォッチを用いた時間計測にとどまることが多く、その計測精度は、疾患重症度が軽い膝OA患者における運動機能障害を同定するには不十分であることが問題視されていた。2015年、我々の研究グループは、レーザーレンジセンサを用いて床面から27cmの位置にレーザーを照射し、その反射波を解析することで、Timed Up and Go(TUG)テスト中の時空間的歩行パラメーターを算出する計測システムを確立することに成功した(Yorozu A, Sensors 2015)。今回我々は、上述の計測システムを用いて、膝OA患者の機能的移動能力評価と、膝OA特有症状である関節痛、運動機能障害(下肢等尺性筋力)との関連性を検討した。
方法
膝関節痛を有し、X線画像上で膝OA(Kellgren & Lawrence [K&L] grade ≥1)を呈する地域在住高齢者で対象とした。各参加者はレーザーレンジセンサ計測下でTUGテストを実施し、TUGの各相(forward、turning、return phase)における時空間歩行パラメーター(時間、速度、歩幅、歩隔)、ならびに立ち上がりから1歩目までの所要時間を算出した。関節痛重症度は、Japanese Knee Osteoarthritis Measure(JKOM)における痛みに関する下位項目(8項目、0-32点)を用いて評価した。下肢等尺性筋力として、股関節外転、股関節伸展、膝関節伸展筋力を徒手筋力計を用いて評価した。関節痛重症度、下肢等尺性筋力を独立変数、TUGにおける各指標を目的変数として、重回帰分析を行った。統計学的有意水準は5%とした。
結果
膝OA患者163名(平均年齢68.5 [50-85] 歳、女性比70.6%)を対象とした。その結果、1) 膝関節痛が強い対象者ほど、立ち上がりから1歩目までの時間が遅延すること、2) TUG中の方向転換速度が遅い対象者は、股関節外転筋が弱化していること、が明らかになった。年齢、性別、体重指数、X線上のK&L gradeで補正してもなお、これら2点の結果は不変だった。一方、TUGテスト全体の所要時間と股関節外転筋力には有意な関係性はなかった。
考察
膝OA患者は健常高齢者よりもTUG所要時間が長いとされているが、その詳細はこれまで分かっていなかった。関節痛や下肢筋力低下は、膝OAの特徴的症状や運動機能障害であり、これらはTUGテストの異なる相における支障と関連していた。本研究結果は、膝OAにおけるTUG所要時間延長の原因解明に貢献すると考えられる。また、股関節外転筋力と方向転換動作が関連していたが、TUG全体を一つの課題として評価するとTUGテスト股関節外転筋力との関係性が失われてしまうという点は、レーザーレンジセンサを用いた本評価システムによって初めて明らかにされたものであり、方向転換動作を標的とした評価法提案の必要性を説いている。
派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等
世界関節症機構が開催した本国際会議(2018 OARSI)では、基礎研究と臨床研究分野の研究者ならびに臨床家が一堂に会し、膝OAの病態や最新の治療法に関する、1,000以上の演題発表が4日間にわたって行われた。
今回、私は膝OAの病態や運動機能障害に関するポスター6演題を発表し、国内外の専門分野の研究者や大学院生との質疑応答や今後の研究に関する討議を行った。中でも、レーザーレンジセンサを用いた運動機能障害評価システムの演題(添付写真)については、どのようなアルゴリズムで左右の脚を追跡しているのか、追跡精度はどの程度か、という点に関する質問を研究者から多くいただいた。また、本システムは非接触で簡便に計測ができるという利点を持つことから、専門分野の研究者だけでなく、国内外の臨床家からも興味を持っていただき、盛会のうちに終了した。
本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか
本研究結果は、高齢者に多い膝OAの病態解明や進行予防策開発に重要な示唆を与えている。膝OA患者は日常生活のどの場面で支障をきたすのかに関する客観的データが不足してきた中での本研究結果は、関節痛の原因解明に貢献できる。また、股関節外転筋力が低下した膝OA患者は病期の進行速度が速いことが既に知られていることから、股関節外転筋力と関連する方向転換動作能力を評価することで、膝OA進行予備群を簡便に同定できる可能性もある。