派遣報告書(瓦井裕也)
派遣者氏名
瓦井 裕也(かわらい ゆうや)
所属機関・職名
千葉大学医学部附属病院整形外科・医員
専門分野
整形外科
参加した国際学会等名称
The 2019 American Academy of Orthopaedic Surgeons Annual Meeting
学会主催団体名
American Academy of Orthopaedic Surgeons
開催地
アメリカ ラスベガス
開催期間
2019年3月12日から2019年3月16日まで(5日間)
発表役割
ポスター発表
発表題目
Anatomical Features of the Descending Genicular Artery to Facilitate Surgical Exposure for the Subvastus Approach-A Cadaveric Study-
Subvastus approachにおいて留意すべき下行膝動脈の解剖学的特徴
発表の概要
目的
近年超高齢社会に伴い変形性膝関節症の根治療法として人工膝関節置換術をうける患者数は年々増加傾向にあり、この10年で手術件数は倍増している。その人工膝関節置換術においていくつかのアプローチが提唱されてはいるがその中でもsubvastus approach筋肉と腱を完全に温存する最小侵襲アプローチとされ、近年注目を集めている。subvastus approachは術後の筋力回復の早さなどの利点があるが、筋肉を温存するが故に展開に困難を伴うとされている(Roysam et al. Clin Orthop. 2000)。安全に手技を行うための視野の確保には近位への展開の拡大が必要となるが、一方で過度な展開を追加すると大腿動脈からの下行膝動脈(descending genicular artery:DGA)が犠牲となり、術後血腫や膝蓋骨への血流が妨げられることになる。そこで本研究の目的は屍体を用いた解剖研究によって、人工膝関節置換術における最小侵襲アプローチであるsubvastus approachにおいて、潜在的な血管損傷を生じることなく、安全に展開できる皮膚切開と関節包切開の範囲を明らかにすることである。
方法
脛骨結節から内側広筋中央部に向かう14cmのoblique medial incisionを用いsubvastus approachを行った80膝において、下行膝動脈の走行のバリーション、外科的ランドマーク(脛骨結節、内側関節裂隙)からの下行膝動脈(DGA)起始部までの距離、それらの距離の男女差、個体による体格差を考慮すべく各検体の下腿長、また下行膝動脈の損傷の有無について検討を行った。更に男女差や下腿長と外科的ランドマークからDGAまでの距離との相関を検討した。
結果
下行膝動脈は62膝(89%)で同定できたが、8膝(11%)では欠損していた。欠損例では関節枝、伏在枝、筋枝は大腿動脈から独立して分岐していた。分岐のパターンはDuboisらの分類(Dubois G et al. Surg Radil Anat. 2010)に従い分類を行い、Type 1:Common trunk type (33/70 thighs47.1%),Type 2B:Isolated saphenous branch type(25/70thighs 35.7% ), Type 2C:Isolated vastus medialis branch type (4/70thighs5.7%),Type 3:Separate type(8/70thighs11.4%)であった。脛骨結節上内側端、内側関節裂隙から下行膝動脈までの距離はそれぞれ、15.5±1.6cm (range 11.4-20.0cm) 、12.6±1.6cm (range 10.0-16.9cm)であった。それらの距離は男性で優位に大きかった(16.3cmversus 14.7cm, 13.2cm versus 11.9cm, P<0.01)。脛骨結節から下行膝動脈起始部までの距離と内側関節裂隙から下行膝動脈起始部までの距離には強い相関関係を認め(Spearman correlation coefficient, R2 = 0.72, P<0.01)、脛骨結節から下行膝動脈起始部までの距離と下腿長には弱い相関を認めた(R2 = 0.13, P<0.01)。展開において下行膝動脈を損傷した例はなかった。
考察
自験例は諸家の報告よりも多くの症例数のstudyであるものの、内側関節裂隙からDGAまでの距離(12.6cm)は過去の報告(12.8〜15cm)と同等の結果となった(Woude JA et al. Exp Orthop. 2016, Garcia PR et al. Ann Plast Surg. 2014, Sananpanich K el al. Plast Recon. 2013, Iorio ML et al. J Hand Surg Am. 2011)。日本人の検体であり海外の報告よりやや小さい値となったことは体格差によるものと考えると本研究の結果は妥当なものといえる。今回我々は、実際の手術の際に皮膚切開の目安となる脛骨結節からDGAまでの距離を計測し、またそれと下腿長、性別との相関を明らかにした。本研究から体格が小さく、また女性の症例では脛骨結節からDGAまでの距離も短くなるため、視野確保の際の近位への展開には十分な注意ないしは、術前からアプローチを変える必要があることが明らかとなった。また14cmまでの皮切であればDGAの損傷がないことを確認し、safe zoneとした。また本研究の強みとして、過去の報告と比較して倍以上の症例である点、変形や手術歴のある症例を除外している点、男女比が20体ずつと同等である点、各個体における性別や体格との相関を検討している点、また実際の手術手技にてDGAの損傷が生じている点が挙げられ、過去の報告よりも優位性を有している。本研究から高齢者における人工膝関節置換術において、最小侵襲アプローチであるsubvastus approachを用いる際には、脛骨結節から14cmの斜切開が安全であり、また近位への展開の拡大の際にはDGAの走行に十分留意して手術を行う必要があることが明らかとなった。。
派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等
2019年3月12日から3月16日に米国ラスベガスにてアメリカ整形外科学会総会が開催され、日本を代表して発表の機会を頂きましたので報告させて頂きます。
アメリカ整形外科学会は1933年に設立され、現在では整形外科領域において世界で最も多い会員数(39,000人以上)を誇る学会で、世界で最も権威のある整形外科の学会であります。整形外科領域の最先端の臨床研究や知見を発表する学会であり、その採択率は非常に低いものとなっております。
私の口演の内容は"Anatomical Features of the Descending Genicular Artery to Facilitate Surgical Exposure for the Subvastus Approach-A Cadaveric Study-"「Subvastus approachにおいて留意すべき下行膝動脈の解剖学的特徴」という演題でありました。人工膝関節置換術は日本人に多い変形性膝関節症に対する、根治的な治療の一つであります。これにより膝関節痛に悩んでいる患者さんは痛みから開放され、著明なADLの改善をもたらします。整形外科分野の中でも非常に患者満足度の高い手術であり、その手術件数は年々増加傾向にあります。近年では手術方法も徐々に改良され、人工膝関節置換術において筋肉や腱を切らないで手術を行う最小侵襲アプローチが注目されております。これらの手術法は術後の痛みも少なく、速やかなリハビリと退院を可能にする最先端の手術法です。今回の発表は、その代表的な筋腱温存アプローチであるSubvustus approachにおける重要な解剖構造について研究した内容で、「成人膝関節再建」のセッションで発表させて頂きました。
アメリカでは日本以上に人工膝関節置換術の関心が高く、多くの聴衆がおり非常に広い会場で講演させて頂きました。会場では活発な質疑応答となり、「本研究から外科医は手術の際にどのような注意を払えば良いのか」、「異なる人種では本研究結果をどのように応用するのか」など多くの質問を頂きました。日本の研究はまだまだ世界から興味と敬意を集めているものと感じました。
このような貴重な機会を援助して頂きました長寿科学関連国際学会派遣事業派遣の関係者の方々に深く感謝の意を述べさせて頂きたいと思います。今回の研究結果が高齢者に多い変形性膝関節症に対する手術の新たな知見となり、世界中の多くの患者さんに恩恵を与えることができれば幸いであると感じております。有り難うございました。
本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか
本研究により変形性膝関節症に対する最小侵襲アプローチであるSubvastus approachにおける展開の安全域が明らかとなりました。外科医はその安全域を術前に把握することで周術期合併症を減らすことができるものと思われます。また本研究により、より低侵襲な手術が可能になり、早期社会復帰やリハビリテーションの観点において高齢患者に寄与するだけでなく医療経済全体にも寄与することが期待されます。