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派遣報告書(石川智愛)

派遣者氏名

石川 智愛(いしかわ ともえ)

所属機関・職名

慶應義塾大学医学部薬理学・助教

専門分野

神経生理学

参加した国際学会等名称

6th International Conference on Glial Biology in Medicine

学会主催団体名

THE CENTER FOR GLIAL BIOIOGY IN HEALTH, DISEASE AND CANCER AT THE VIRGINIA TECH CARILION RESEARCH INSTITUTE

開催地

アメリカ ロアノーク

開催期間

2018年10月14日から2018年10月16日まで(3日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Water intoxication induces systemic reactions, including closure of paravascular space,in vivo

水中毒発生時の生理学的応答と血管周囲腔の形態学的変化の解明

発表の概要

目的

 脳を構成する細胞の周囲は細胞外液で満たされている。細胞外液はparavascular spaceと呼ばれる血管周りの空間を流れ、循環する。近年、細胞外液の循環効率が、睡眠覚醒サイクルなどの生理条件下に加え、脳浮腫などの病態時にも変化することが示唆されていることからも、paravascular spaceの動態を明らかにすることは重要な課題といえる。しかし、生体マウスのparavascular spaceを可視化する手法は欠如しており、paravascular spaceの生理動態に関してはほとんど明らかになっていない。本研究の目的は、脳浮腫発生時の生理シグナルを全身から網羅的に記録し、脳血管周囲に存在するparavascular spaceがどのような状況で変化するのかを記述することである。

方法

 本研究では、全身の細胞にGFPを発現するCAG-GFPマウスと二光子顕微鏡を組み合わせることで、生体マウスからのparavascular spaceの可視化を実現した。さらに、脳血流と脳波(ECoG)を記録するプローブを脳表面に、右大腿動脈にカテーテルを挿入することで、paravascular spaceの形態学的変化と中枢および末梢の生理応答を同時に捉え、paravascular spaceの変化を他の現象と同一時間軸で定量的に解析した。

結果

 脳浮腫モデルの一種である水中毒を誘導するため、10%体重量の蒸留水を腹腔に投与したところ、すべてのマウスにおいて低ナトリウム血症が生じた。また、水投与後40分後には脳水分含量が平均して2%程度上昇した。さらに、水中毒の誘導前後にparavascular spaceを観察したところ、水中毒誘導後にparavascular spaceが収縮することを発見した。この収縮は水中毒誘導直後に起こる訳ではなく、約30分間かけて緩徐に進行するものであった。この時間幅は脳血流および脳波パワーの減少と一致した。その一方で、心拍や末梢血圧は水中毒誘導直後から5分程度まで一過性の減少のみが認められ、paravascular spaceの収縮とは時間幅は一致しなかった。脳波パワーの変化は特にデルタ帯域で観察され、脳血流や心拍・血圧などの生理シグナル変化にごくわずかに先行して変化したことは非常に興味深い。また、細胞性浮腫の指標となるアストロサイトの体積は水中毒の誘導直後から持続的に増加することを見出した。

考察

 本研究では、paravascular spaceの観察と中枢・末梢の電気シグナルの網羅的計測を同時に行うことで、水中毒の誘導後には、急性応答と持続性応答が認められることを発見した。また、本研究により脳浮腫の持続性応答においてparavascular spaceの閉塞が生じることを初めて見出した。今回発見した急性応答と持続性応答をより詳細に調べることでparavascular spaceの生理学的変化の意義および脳浮腫の発生メカニズムの解明につながることが期待される。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 Glial meetingにはバージニア工科大学に所属する研究室を中心に、若手から著名な教授まで幅広い参加者が集まった。「グリアと疾患」に焦点を当て、最近トップジャーナルに報告された内容や未発表データについて、発表中もその後のパーティーでも熱いディスカッションが交わされ非常に有意義な時間であった。受けた質問は今後の展開として、アストロサイトの関与をどこまで示すのか、また示すとしたらどのような手法が考えられるか、といったものが多かった。

平成30年度第1期国際学会派遣事業 派遣者:石川愛恵1
写真1:ポスター会場
平成30年度第1期国際学会派遣事業 派遣者:石川愛恵2
写真2:パーティー会場の様子

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか

 今回発表したのは「paravascular spaceが脳浮腫発生時にどのように変化するのか」という内容である。脳浮腫は高血圧をはじめ様々な要因で発症し、高齢者が高頻度に発症することも知られている。しかし、その病態・メカニズムの解明は十分ではなく、治療法が確立しているとも言い難い。本研究により、脳浮腫発生メカニズムの理解につながれば、今後、新たな治療ターゲットを提示することも可能である。また、paravascular spaceは近年、脳せき髄液の流路として着目されており、アルツハイマーなどの各種疾患との関係が示唆されている。paravascular spaceの生理動態はほとんど明らかになっていないが、本研究で使用する二光子顕微鏡とCAG-GFPマウスの組み合わせによりparavascular spaceの生理動態の解明および疾患との関与が解明されることが期待される。