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派遣報告書(赤木一考)

派遣者氏名

赤木 一考(あかぎ かずたか)

所属機関・職名

国立長寿医療研究センター組織恒常性研究PT・プロジェクトリーダー

専門分野

分子発生生物学

参加した国際学会等名称

KEYSTONE SYMPOSIA -Cell Competition in Development and Disease-

学会主催団体名

KEYSTONE SYMPOSIA

開催地

アメリカ タホシティ

開催期間

2019年2月24日から2019年2月28日まで(5日間)

発表役割

口頭発表

発表題目

Dietary restriction improves intestinal cellular fitness to enhance gut barrier function and lifespan in D. melanogaster

キイロショウジョウバエにおいて食餌制限は、腸細胞の適応度を高めることで腸管バリア機能の向上と寿命延伸に寄与する

発表の概要

目的

 加齢に伴う腸管上皮恒常性の破綻は、哺乳類を含む多くの動物で観察されており、加齢依存的な炎症(Inflammaging)と密接に関連していることが知られている。そして、寿命延伸効果が知られている食餌制限は、腸管上皮恒常性の破綻を抑制することが明らかにされている。しかし、腸管における食餌制限の作用機構ついては、詳しく明らかにされていない。そこで本研究では、老化研究の有用なモデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて、食餌制限によって腸管上皮恒常性の破綻が抑制される分子メカニズムを解明することを目的とした。

方法

 ショウジョウバエを高栄養条件と食餌制限条件(タンパク質量を1/10に制限)で飼育し、若齢および老齢個体の腸管における遺伝子発現変化をqRT-PCR法で解析した。次にGal4/UASシステムを用いて、腸管特異的に特定の遺伝子の発現をノックダウンし、寿命への影響および腸透過性への影響を観察した。また、それらの個体の腸管におけるアポトーシスの有無をTUNEL法で解析した。さらに、遺伝学的モザイク解析により、腸管分裂終了細胞において転写因子dMycの発現が低下した細胞をモザイク状に作成し、その挙動を観察した。

結果

 ショウジョウバエの腸管では、転写因子dMycの発現が加齢に伴い低下し、その低下が食餌制限によって抑制できることが明らかになった。そして、腸管の分裂終了細胞特異的にdMycの発現をノックダウンすると、食餌制限による寿命延伸効果が減弱することがわかった。その原因について解析を行った結果、dMycのノックダウンによって腸管でのアポトーシスが上昇し、それに伴い腸透過性が上昇することで、感染症を引き起こすことが明らかになった。

 次に、腸管分裂終了細胞におけるdMycのノックダウンによって誘発されるアポトーシスが、どのようなメカニズムで起こるのかについて解析した。遺伝学的モザイク解析の結果、dMyc発現低下細胞と野生型細胞間で細胞競合が起こり、アポトーシスによってdMyc発現低下細胞が除去されていることが示唆された。さらに、加齢した個体の腸管に誘導したdMyc発現低下細胞は、その除去が起きにくいことがわかった。そして、その除去効率の低下は、食餌制限によって遅延できることが示唆された。

考察

 細胞競合とは、遺伝的な変異を持つなどの適応度(生理的な健康度)の低い細胞が、正常な細胞と隣接した際に組織から除去される機構で、組織恒常性維持に重要な役割を持つと考えられており、がん抑制機構としても注目されている。今回我々は、腸管分裂終了細胞におけるdMycの発現が、腸管上皮恒常性維持に重要な役割を持つことを明らかにした。腸管においてdMycの発現が低下した細胞は、細胞競合によって除去されることから、dMycは腸管分裂終了細胞の適応度を示すバロメーターとして働いていることが示唆された。

 また、加齢した個体の腸管では、dMyc発現低下細胞の除去が起きにくかったことから、腸管における細胞競合能が加齢依存的に低下していることが考えられた。さらに、加齢した個体の腸管では、炎症性サイトカインやJNKシグナルの発現が上昇していることが明らかになっているため、その様な腸管では適応度が低いにも関わらず除去されない老化細胞様の細胞が存在している可能性が考えられた。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 本学会は、細胞競合に関する研究を行なっている研究者150人ほどの規模で開催された。セッションは、進化、幹細胞、生殖細胞、ヒト疾患、老化、がんに関して行われ、非常に活発な議論が交わされた。細胞競合研究の著名な研究者がKeynote speakerとして講演した他、ノーベル生理学・医学賞受賞者のDr. Harold Varmusによる講演も行われた。

 派遣者の口頭発表も概ね好評であり、複数の質問を受けた他、発表後も複数名と議論した。質問内容は、dMycの上流で働くシグナリングパスウェイ、RNAiによるdMycのノックダウン効率と加齢によるdMyc低下レベルの違い、食餌制限の詳細なレシピなどが主であった。

平成30年度第1期国際学会派遣事業 派遣者:赤木一考

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか

 細胞競合のシステムは、30年以上前にショウジョウバエを用いた研究によって明らかにされた。それ以来、主にショウジョウバエの発生過程における組織恒常性維持機構として研究が行われてきた。しかし、本学会では、哺乳類を用いた細胞競合研究が非常に多く、特にがん研究や幹細胞研究における発表が数多く見られた。それらは、老化研究とも密接に関係するものであるため、今後、細胞競合を用いた新規のがん抑制および治療法の開発が期待できる。

 今回派遣者は、加齢した個体で細胞競合能が低下することを示唆するデータを発表したが、マウスを用いた研究では、老齢個体を用いた研究は少なかった。すなわち、老化という文脈における細胞競合の役割については、我々が先行して研究できていると感じた。今後、適応度が低いにも関わらず除去されない老化細胞様の細胞の存在を明らかにし、それらを除去する方法の開発を進めていきたいと考えている。