第4章 栄養 2.認知症・認知機能低下:栄養・食事について
公開月:2020年5月
東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野 講師
Department of Medical Epidemiology and Biostatistics,Karolinska Institutet, Sweden 客員研究員
遠又 靖丈
1:はじめに
認知症とは、「認知機能が後天的に低下し日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態」をいう。寿命の延伸に伴い、認知症の割合は増加し、近年では要介護状態の主原因となっている1)。
よって高齢期の認知機能低下に伴う栄養問題への対応が益々重要となっている。また一方で、栄養・食事は認知症予防の要因として期待されている。
本稿では、「1.認知症・認知機能低下が栄養状態にどのように影響するか」、また、「2.栄養・食事が認知症予防にどのように影響しうるか」について概説する。
2:認知症と栄養・食事
認知症高齢者においては、低栄養状態が一般的な問題に挙げられている2,3.4)。
認知機能障害のある16,538人の高齢者(世界8カ国)を対象とした研究では、認知症の重症度(Clinical Dementia Rating Scale: CDR)が高いほど10ポンド(4.5kg)以上の体重減少の頻度が高かったことが報告されている5)。
高齢者における低栄養状態(たんぱく質・エネルギー欠乏)は死亡または生活の質(QOL)の危険因子である。低栄養状態は、地域・病院・施設における高齢者の死亡の予測因子であることが報告されている6)。そして、低栄養状態の高齢者ではQOLの低い者が多いこと(複数のコホート研究の結果を統合したメタ分析)、栄養状態改善を目的とした介入により身体的QOLや精神的QOLが有意に改善すること(複数の介入研究の結果を統合したメタ分析)が示唆されている7)。また最近の大規模なランダム化比較試験(参加者2,088人)によって、低栄養リスクのある入院患者への栄養サポートによって臨床的アウトカム(全死因死亡・主要合併症・機能低下などの複合エンドポイント)が改善されたことが報告されている8)。このように低栄養状態は、臨床的な予後との因果関係が挙げられている。
また頻度については、介護保険施設入所者(平均年齢85.1±7.8歳)を対象としたMini Nutritional Assessment Short-Form (MNA®-SF)による評価で、低栄養(Malnourished)が25.7%、低栄養のおそれあり(At risk of malnutrition)が57.4%と報告されており、特に要介護者においては稀ではない9)。
以上のことから、低栄養状態は認知症高齢者において看過できない問題といえる。
欧州静脈経腸栄養学会(ESPEN)の認知症高齢者の栄養管理に関するガイドラインでは、低栄養の「悪循環」として、認知機能障害が他の加齢変性(老年症候群)と相まって高齢者における低栄養状態のリスクとなりうること、また低栄養状態がフレイルやサルコペニアのリスクとなるだけでなく認知機能障害のリスクにもなりうることを挙げている4)。例えば、323人の重症認知症のナーシングホーム入所者(Mini-Mental State Examinationスコア5.1点以下)を18カ月間追跡した米国の前向き研究では、追跡期間中に86%の者で「食事の問題」(嚥下、咀嚼、拒食、脱水の疑い、経口での食事摂取量の減少など)が観察され、それから6カ月間の死亡割合は39%であり問題がなかった者に比べて極めて高かったことが報告されている10)。
認知機能の悪化(認知症のステージ)に伴って出現しうる栄養・食事に関する一般的な問題として「診断前または軽度」では「嗅覚・味覚の低下」、「中~重度」では「実行機能の低下(買い物・食物準備など)」、「失行」、「失認」、「嚥下障害」など、「重度」では「拒食」といったものが挙げられる4)。
なお日本国内では、高田・田中らの研究報告として、食事の観察から失認、傾眠、拒食、徘徊、異食などの11項目の徴候を評価する「認知症高齢患者の食事中の徴候・症状:Signs and Symptoms Accompanying Dementia while Eating(SSADE)」があり、これにより評価された失認、傾眠、拒食、徘徊、異食などの徴候が低栄養状態と関連することが報告されている11,12)。
また単に認知症の症状や認知機能低下に起因する摂取量低下の影響ばかりでなく、外的要因として認知機能低下に対する薬剤の影響も懸念される。例えば、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤などが体重減少のリスク要因であることが報告されている2,13)。
では認知機能低下に伴う低栄養状態は改善可能なのか?対策について次に述べたい。
ESPENのガイドラインのうち、「推奨される」と報告された主なものを抜粋して以下に示す4)。中でもエビデンスレベルの高い(科学的根拠があって、より確からしい情報である)のは、「栄養状態の改善を目的とした経口的栄養補助の使用」である。これに関する根拠としては、12報の介入研究の結果を統合したメタ分析(合計1,076人分)によって認知症高齢者における経口摂取量を増加させるための介入(経口的栄養補助:Oral nutritional supplementsなど)が体重増加に効果があったことが報告されている14)。
またエビデンスレベルが高いとされていたものに、「重度認知症高齢者に対する人工栄養法(経腸栄養法・静脈栄養法)の適用開始への反対」が挙げられていた。
エビデンスレベルは中程度(一定の根拠はあるが、今後の研究成果により結論が変わる可能性があるレベル)であるが、ビュッフェスタイルや家庭的な食卓などの食環境整備が栄養状態を改善させることも期待されている4,15)。
また、エビデンスレベルは「極めて低い」とされながらも認知症高齢者を重視した体重などに基づく個別の栄養管理(スクリーニング~モニタリングといった栄養ケア・マネジメント)の体制整備が推奨されている4)。そして、摂食を促すための食事準備や食事介助、介護者への教育提供といった観点も含まれている。なお、低栄養状態が懸念される一方で、日本の208人の施設に入居している認知症高齢者を対象とした調査では、空腹の訴え(4.4%)、過食(3.4%)なども一定の割合でいたことが報告されていることから16)、こうした個別の栄養管理が望ましいかもしれない。
また「可能な限り低栄養状態の原因と考えられる要因を除去すること」として、咀嚼、嚥下、口内乾燥などの口腔に関する要因などが挙げられ、これについては「食事形態(テクスチャ)の変更」といった対応が挙げられている4)。これらの複数の原因を勘案すると、栄養状態の維持・改善には多職種での関わりが重要であることが示唆される。
3:栄養・食事による認知症予防
次に、栄養・食事によって認知症は予防できるのかについて解説したい(なお本稿では、認知症として、特定の栄養素が病態に関連するウェルニッケ脳症などは取り上げない)。
2019年に世界保健機関から認知症予防に関するガイドライン「WHO Guidelines for Risk reduction of cognitive decline and dementia」が公表された17)。栄養・食事に関するガイドラインの内容を表1に示す。これによれば、推奨度は「限定的」であるが予防効果が期待できるかもしれないとされているのは「地中海食のような食事」である。ガイドラインの根拠として引用された系統的レビューによれば、5つの地中海食に関するランダム化比較試験の研究結果をまとめたメタ分析で言語記憶・視覚記憶に対して有意な効果があったものの、それ以外の種類の認知機能に対して有意な効果は認められなかったと報告されている18)。一方、認知症発症の予防という観点では、スペインの「PREDIMED研究」のみ(しかも循環器疾患に対する効果検証が主目的で、認知症予防効果を主目的として計画されたものではない)に限られ、軽度認知障害や認知症の発症率が介入群(地中海食群)において低い傾向であったものの、いまだ効果は明確でないとされている18)。なお、地中海食の定義は研究によって異なるが、果物、野菜、魚介類は共通していて、他にはナッツ類、オリーブオイル類、乳製品、豆類、ワインなどが含まれている研究がある18)。なお著者らの研究では、日本食パターンが認知症発症に対して予防的関連があったことがコホート研究で観察されている19)。ここで言う日本食は魚・野菜・きのこ・いも・海草・漬物・大豆製品・果物などをよく摂取することを特徴としたものであり、地中海食と共通する部分もある。後述する肥満や血糖に対して改善効果があったことがランダム化比較試験で認められたことからも20)、日本食パターンも認知症予防に対して期待できるかもしれない。
内容 | 内容 | エビデンスモデル | 推奨度 |
---|---|---|---|
身体活動 | 中 | 強 | |
栄養介入 | 地中海食のような食事 | 中 | 限定的 |
栄養介入 | WHOの推奨する食事内容※ | 低~中(食事の内容による) | 限定的 |
栄養介入 | サプリメント摂取 | 中 | 強(使用しない方が良い) |
体重管理 | 低~中 | 限定的 |
※
一方で同ガイドラインでは、栄養成分(ビタミンB、ビタミンE、多価不飽和脂肪酸、またはそれらを複合したもの)のサプリメントは推奨されるべきではないとして、予防効果の可能性が否定されている17)。なお、欧州静脈経腸栄養学会(ESPEN)のガイドラインでも、既に認知機能障害がある者における認知機能の改善・予防について、これら栄養素のサプリメントの提供を「推奨しない」としている4)。それらの根拠として、近年の系統的レビューによれば、認知機能低下または認知症の予防のためにサプリメント(ω-3脂肪酸、大豆イソフラボン、イチョウ、ビタミンB、ビタミンD+カルシウム、ビタミンC、βカロテン、またはこれらの複合)を用いることを推奨する根拠は不十分とれている21)。また例えば、認知機能低下予防を目的に開発された栄養剤(ω-3脂肪酸、ウリジル酸、コリン、ビタミンB12、ビタミンB6、ビタミンC、ビタミンE、葉酸、リン脂質、セレンを強化)を提供するランダム化比較試験(311人)の結果でも、研究実施者が想定していたような認知機能に対する有意な効果は認められなかった22)。
上記をふまえると、栄養成分というよりは日常的に健康的な食事内容をとるようにすることが、より重要かもしれない。
なお認知症予防という観点で近年重視されるのは、ライフコースアプローチの考え方だろう。加齢に伴う認知機能の低下は、成人期から始まる連続的な老化現象として、「Cognitive ageing」とも言われている。ランセット委員会(The Lancet Commission on Dementia Prevention, Intervention, and Care)では、「認知症予防のためのライフコースモデル」として、表2にあげる9項目の危険因子を挙げている23)。なお栄養状態という観点では、認知症の危険因子として中年期の肥満が挙げられている。ちなみに、中年期の肥満者を主に対象とした研究のメタ分析の結果では、減量(いわゆるダイエット)の認知機能低下に対する予防効果が示唆されている24)。他に、循環器疾患の代表的な危険因子として知られる糖尿病や高血圧も挙げられており、これらも栄養・食事と関連するものに挙げられるだろう(表2)。わが国でも中年期から対策が行われているメタボリックシンドロームの予防・改善が高齢期になってからの認知症に貢献しうるかもしれない。
表2 認知症予防のためのライフコースモデル
文献
プロフィール
- 遠又 靖丈(とおまた やすたけ)
- 東北大学大学院 医学系研究科 公衆衛生学分野 講師
Department of Medical Epidemiology and Biostatistics, Karolinska Institutet, Sweden 客員研究員 - 最終学歴
- 2013年 東北大学大学院 医学系研究科修了(医学博士)
- 主な職歴
- 2013年 東北大学大学院 医学系研究科公衆衛生学分野助教 2015年 同・講師 2019年 Department of Medical Epidemiology and Biostatistics, Karolinska Institutet, Sweden客員研究員
- 現職
- 東北大学大学院 医学系研究科公衆衛生学分野講師
- 専門分野
- 栄養疫学、老化の疫学(healthy ageing、認知症など)、生活習慣病の疫学など
※筆者の所属・役職は執筆当時のもの
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