第3章 食事,摂食・嚥下 3.摂食・嚥下障害の評価
公開月:2020年5月
日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック 院長
菊谷 武
日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック 医長
戸原 雄
1:高齢者の摂食・嚥下障害
摂食・嚥下の過程は「認知期・準備期・口腔期・咽頭期・食道期」の5期で説明され、広義の摂食・嚥下障害はこのいずれかに問題がある状態を指すが、狭義の嚥下障害はこの内の特に口腔期や咽頭期の問題を指していることが多い。嚥下障害の症状としては、飲み込みづらさ、むせや痰絡みとガラガラ声(嗄声)、食べこぼしや口腔内の食べかす(食渣)の残留などが挙げられる(図1)。嚥下障害の原因は加齢によるものと疾患によるものに大別される。加齢性の骨格筋量と筋力の低下(いわゆるサルコペニア)によって、嚥下に関わる筋肉量の減少ならびに筋力低下も生じると言われている。これに加え、高齢者においては歯の本数の減少や唾液分泌量の減少によって咀嚼が困難になったり、基礎代謝の低下に伴う食欲の減退なども食事に影響を及ぼしていると考えられる。嚥下障害を来す原因疾患としては、脳血管疾患をはじめとして、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に代表されるような神経筋疾患に加え、食物認知や食べ方の問題が主となる認知症などが挙げられる(表1)。嚥下障害を生じると、低栄養、脱水、窒息や誤嚥性肺炎といった様々な問題が引き起こされ、高齢者の生活に大きな影響を及ぼす可能性があるために注意を要する。
図1 摂食・嚥下障害を疑う症状
- 水分、食物、錠剤が飲み込みにくい
- 食事中にむせる
- 食事中や食後、のどがゴロゴロする
- のどに食べ物が残ったり、胸につまった感じがする
- 食べるのが遅くなった、食べると疲れる
- 硬いものが食べにくくなった
- 食物や酸っぱい液が胃からのどに戻ってくる
- 夜間、席で寝られなかったり目が覚める
- 声がかすれる
分類 | 原因 |
---|---|
器質的嚥下障害(静的障害) | 搬送時そのものの異常と周辺症状によるものを含む |
器質的嚥下障害(静的障害) | ①腫瘍、腫瘤 |
器質的嚥下障害(静的障害) | ②外傷(術後を含む) |
器質的嚥下障害(静的障害) | ③異物 |
器質的嚥下障害(静的障害) | ④奇形 |
器質的嚥下障害(静的障害) | ⑤瘢痕狭窄(炎症の後遺症など) |
器質的嚥下障害(静的障害) | ⑥その他(食道ウェッブ、ツェンカー憩室、フォレスティエ病など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | 搬送機能の障害 |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ①脳血管障害(仮性球麻痺、ワレンベルグ症候群など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ②変性疾患(筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ③炎症(膠原病、脳幹脳炎、末梢神経炎、ギラン・バレー症候群など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ④腫瘍 |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ⑤中毒(有機リン酸中毒、ボツリヌス中毒など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ⑥外傷(手術後を含む) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ⑦筋疾患(重症筋無力症、筋ジストロフィーなど) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ⑧内分泌疾患(ステロイドミオパチー、甲状腺機能亢進症など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ⑨代謝性疾患(アミロイドーシス、ウィルソン病など) |
運動機能性嚥下障害(動的障害) | ⑩その他(脳性麻痺、神経系奇形、食道痙攣、アカラシアなど) |
機能性嚥下障害 | 搬送路も搬送機構にも異常のないもの |
機能性嚥下障害 | ①嚥下時痛をきたすもの |
機能性嚥下障害 | ②心因性(ヒステリー、拒食症など) |
機能性嚥下障害 | ③その他(認知症、うつ病など) |
2:嚥下評価
1.スクリーニング検査
摂食・嚥下機能に対する検査は、スクリーニング検査と精密検査の2つに大別される。スクリーニング検査は、摂食・嚥下障害の存在を推定するとともに、先に示した摂食・嚥下機能にかかわるどの段階に問題があるか推測することができる検査となっている。スクリーニング法には質問紙法と実測法がある(表2)。
質問紙表 | 実測法 |
---|---|
EAT-10 | 反復唾液嚥下テスト(RSST) |
EAT-10 | 改定水飲みテスト(MWST) |
聖隷式質問紙表 | フードテスト(FT) |
聖隷式質問紙表 | 頸部聴診法 |
1)質問紙法
「EAT-10」、「聖隷式嚥下質問紙」が広く用いられている。質問紙を用いて、自記式で返答してもらう方法である。すなわち、正確には、本人がその質問項目を理解して自分で記述することが求められる。文書の理解や書字が困難な人が多い現場では、施行が困難となり、さらに、その信頼性も確保できない。しかし、それぞれの質問項目は、摂食・嚥下障害の症状の有無を推測すると同時に、各段階の問題と関連する項目となっており、摂食・嚥下障害の原因と対策を考える上において有用である。ここにある各質問項目は、ミールラウンドなど食事観察の際や、日常の担当者、介助者に聞きとるポイントとしても有効に活用できる。
a嚥下スクリーニング検査(EAT-10)(図2)
嚥下スクリーニング質問紙(The 10-item Eating Assessment Tool:EAT-10)を用いて評価する。質問紙はネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーのホームページよりダウンロード可能である。合計点が3点以上の場合、摂食・嚥下障害の疑いがありとされ、専門医の受診が勧められる1)。
b聖隷式嚥下質問紙(図3)
自記式質問票「聖隷式嚥下質問紙」を用いて、より頻繁に起こる、または、重症を疑わせる回答に答えた項目(A)が1つ以上ある場合を嚥下機能低下とする。
質問紙は、
よりダウンロード可能である2)。2)実測法
実測法では、代表的なものとして反復唾液嚥下テスト(Repetitive Saliva Swallowing Test:RSST)、改訂水飲みテスト(Modified Water Swallowing Test:MWST)、フードテスト(Food Test:FT)、頸部聴診法が挙げられる。
a反復唾液嚥下テスト(Repetitive Saliva Swallowing Test:RSST)
- 方法:人差し指で舌骨を、中指で喉頭隆起をそれぞれ指腹にて触知した状態で空嚥下を指示して、30秒間に何回嚥下ができるかを計測する。喉頭隆起と舌骨が嚥下運動に伴って指腹を乗り越えて前上方に移動し、その後に下降した時点を一回と判定する3)。
- 評価基準:30秒間に3回未満の場合には嚥下障害の可能性ありと判定する。口頭指示への従命が不良な場合は不可とする。そのため、認知機能の低下した患者に対しては利用が難しい。
b 改訂水飲みテスト(Modified Water Swallowing Test:MWST)
- 方法:冷水3㎖を口腔底に注ぎ、嚥下を指示する。咽頭に直接水が流入することを防ぐため、舌背ではなく口腔底に水を入れてから嚥下をさせることが重要である。
- 評価基準:下に基準1~5を示す。
- 嚥下なし、and/orむせるand/or呼吸切迫
- 嚥下あり、呼吸切迫(不顕性誤嚥の疑い)
- 嚥下あり、呼吸切迫、むせるand/or湿性嗄声
- 嚥下あり、呼吸良好、むせない
- 4に加え追加嚥下運動が30秒以内に2回可能
1~5に則って評価を行う。評価点が4点以上であれば、最大でテストを2回以上繰り返し、最も悪い場合を評価点とする。実施時の体位などの情報も記載し、評価不能の場合はその旨を記載する4)。
本テストは咽頭期障害を評価する方法で、誤嚥時のリスクを考慮して3㎖の一口量に設定されている。なお、臨床場面では、とろみ水を用いて評価を行う場合がある。とろみ水で評価を行った場合は日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013(とろみ)を参考に、使用したとろみの程度を明記する。
cフードテスト(Food Test:FT)
- 方法:ティースプーン一杯(約4g)のプリンを嚥下させ、嚥下後に口腔内を観察し、残留の有無、位置、量を確認する。表3の評価基準に基づいて評価を行う。評価点が4点以上であれば、最大でテストを2回繰り返し、最も悪い場合を評価点とする5、6)。
咽頭期の評価に加えて臨床的には粥、液状食品、固形物と負荷を上げて口腔期における食塊形成能の評価も行うことができる。
d頸部聴診法(Cervical auscultation)
- 方法:患者に強い咳嗽を複数回行わせて、口腔、咽頭、喉頭内の貯留物を喀出させておいた状態で、聴診器の接触子を頸部(輪状軟骨直下気管外側)に当て、呼気を聴取する。その後、一定量の試料を口腔内に入れ、保持させたのちに普段通り嚥下するように指示し、嚥下音、嚥下後の呼気音を聴取する(表4)。
表4 頸部聴診法手順
(高橋浩二,20187)を参考に著者作成)
- 聴診器の接触子を頸部(輪状軟骨直下気管外側) に当てる。
- 患者に強い咳嗽を複数回行わせ、口腔、咽頭あるいは喉頭内の貯留物を可及的に喀出させておく。
- 貯留物が可及的に排除されたら、声帯振動を伴わない呼気を出させる。貯留物が排除された状態の呼気音を確認する。
- 一定量の試料を口腔内に入れ、保持させた後に、"いつも通りの飲み方"で嚥下するように指示する。
- 嚥下時に産生される嚥下音を聴取した直後、咳嗽などの排出行為は一切行わせずに呼気を出させ、産生される呼気音を聴取する。
- 評価基準:表5に示す評価判定に基づいて評価を行う。咽頭機能に左右差がある場合があるため頸部聴診は両側行う7、8)。
この他にもスクリーニング検査はあり、単体で用いるのではなく複数組み合わせることによって評価の精度が上げることが可能となる。加えて患者の症状や既往歴、体重の変化や栄養状態、病前の摂食状況や食環境および生活環境、家族やその他関連職種の有無といった基礎情報をしっかり聴取し、多面的に評価を行うことが極めて重要となる。
スクリーニング検査で異常があった場合に行う精密検査には嚥下内視鏡検査(VE)と嚥下造影検査(VF)がある。両検査には持ち運びの可否、被爆の有無や通常の食物が使えるか、検査画像で確認できる範囲や病態など、それぞれの利点と欠点があるため検査の適応を十分に理解して行う必要がある。
2.精密検査
1)嚥下造影検査
嚥下造影検査(VF:Videofluoroscopic exa-mination of swallowing)は、その有用性の高さから、嚥下機能評価におけるゴールドスタンダードといわれている。
食物を口から捕えたのち、咀嚼、咽頭への移送、嚥下、食道を経て胃に到達するまで、一連の食物の流れと、摂食・嚥下に関わる各器官の動きが確認できるからである。嚥下造影検査においては、「診断のための検査」と「治療のための検査」がある。前者では、形態学的異常や機能的異常、誤嚥・残留の有無を明らかにし、病態との関連を明らかにすることが目的となる。一方、後者では、明らかになった問題点を解決する摂食条件(食形態や姿勢、一口量などを調整する)を検討すること、必要な訓練法を明らかにすることを目的に行う。その名の通り、X線画像を録画して用いるため、カンファレンスなどで利用することが可能である。また、検査食に関しては、硫酸バリウムなどを用いた造影剤入りの食品が調整されるが、検査食の物性が病棟で提供される嚥下調整食に準じる必要があり、日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食学会分類2013に準拠して作成することが推奨される。一方で、大型のレントゲン装置を用いないとこの検査が実施できないことから、病院を中心とした限られた施設での検査となる。造影剤入りの検査食を作成しなければならないために、自ずと検査食が限られ、普段食べている食事の物性を試すことが困難である場合も出てくる。
2)嚥下内視鏡検査
嚥下内視鏡検査(VE:Videoendoscopic examination of swallowing)は、内視鏡を鼻腔より咽頭に向けて挿入し、咽頭を中心に観察する検査である。内視鏡のファイバースコープにCCDカメラを装着しその画像をビデオ機器を介してモニターに映し出すため、検査者だけでなく、施設スタッフや家族と観察できる9)。これらの機器は、比較的コンパクトで持ち運びが可能であるため、検査場所を選ばない。これは、病棟や介護施設、患者宅といった場所でも観察することが可能であることを意味する。これにより、家族やケア担当者の立会いのもとに行え、被検者に無用な緊張を与えることなく、日常に近い形で検査が可能であるという利点がある。さらに、嚥下造影検査では、造影剤入りの模擬食品の作成を行わなければならないのに対し、嚥下内視鏡検査では通常の食事を検査に用いることができるため、普段提供されている食事を用いることや、他の段階の食形態を試すことが可能である。加えて、重篤な嚥下障害患者に診られる唾液誤嚥の観察や咽頭内の喀痰の貯留の観察に優れている。また、内視鏡の画像を患者本人に見せることでフィードバック訓練にも用いることが可能で、嚥下訓練の強化につながる。一方で、観察可能なのは、咽頭期が中心となり、上記に示した摂食・嚥下の一連の流れの一部しか見ることができない。また、内視鏡を挿入する刺激は鼻腔を経由することや内視鏡先端は咽頭内にとどまるために、一般に患者がイメージしている消化器系検査のための内視鏡検査とは大きく異なるが、発達障害児や認知症高齢者など検査の目的や意義を理解できない患者には、困難な場面もある。
嚥下内視鏡(VE) | 嚥下造影検査(VF) | |
---|---|---|
持ち運び | 可能 | 不可(透視室で実施) |
被爆 | なし | あり |
食品 | 通常の食品の使用が可能 | 造影剤を混ぜる必要がある |
不快感 | 内視鏡の挿入による不快感あり | 検査食品の造影剤による食味の一部は不快感あり |
画像 | 痰や唾液が見える | 誤嚥の詳細な評価が可能 |
3:摂食・嚥下リハビリテーション
摂食・嚥下リハビリテーションには、3つのアプローチがある。それぞれ紹介する。
1.治療的アプローチ
一つは、治療的アプローチという。これは、低下した機能を取り戻そうというものである。口腔や咽頭を中心とした筋力の増強を目的としたさまざまな訓練法が知られている。また、安全な嚥下には、嚥下時に生じる無呼吸のタイミングに食物の通過のタイミングが合致しなければならない。嚥下のタイミングで確実に息を止めることなど呼吸と嚥下のタイミングを調整する訓練が行われる。
2.代償的アプローチ
代償的アプローチは、治療的アプローチにて回復しえない部分、また、回復の見込みのない部分を別の方法で補いながら危険なく飲み込むアプローチである。食塊の移送が困難な場合や誤嚥を防ぐために体幹を傾ける、また咽頭残留を軽減するために、顎を引く、頸部を回旋させる等の姿勢による代償、咀嚼機能や嚥下機能が十分に回復できないため、嚥下調整食を摂取する、経口摂取では十分な栄養摂取が困難であるため代替栄養を行う等の方法がある。
3.環境改善的アプローチ
環境改善的アプローチは、治療的アプローチにて回復することができず、代償的アプローチにおいても補うことができない部分に対し、周囲の環境を調整することで補うアプローチである。食事に集中することができないためテレビやラジオを消す、食事の色を際立たせるため食器の色を調整するという物的な改善や、介護食の宅配サービスの利用など社会資源の利用などの方法があげられる。
4:高齢者の摂食・嚥下障害の実際
要介護高齢者や終末期高齢者に対するリハビリテーションにおいても、治療手技、指導内容については他のステージにおける患者に対するものと何ら変わりはない。一方で、人生の最終段階にある者に対するリハビリテーションに対して治療計画を立案する上においては、高齢者を支える環境に配慮して行う必要や、倫理的側面も考慮しながら治療計画を立案するなど様々な考慮を必要とする。本ステージにおける治療計画立案に際し留意すべき事項について以下に述べる。
1.診療の場を考慮する
歯科における要介護高齢者に対するリハビリテーション診療の場は、外来診療の場合もあるが、多くは、患者の自宅、特別養護老人ホームや老人保健施設といった介護施設や病院への訪問診療によって行われる。歯科医師がリハビリテーション計画を立案する際には、診療の場の違いを考慮する必要がある。介護施設や病院においては、施設内に主治医をはじめ食事の専門家である管理栄養士、調理士が、また、リハビリテーションを担当する言語聴覚士や理学療法士、看護師が勤務している。このため、これらの職種との連携を念頭に置いて計画が策定される。介護施設や病院での診療に於いて、実際の嚥下機能の評価の場面にこれらの職種が立ち会うことが比較的容易であることが多い。評価の場にできるだけ多くの職種に立ち会いを求め、実際の検査所見をもとに嚥下機能に適した食事形態やリハビリテーション計画の立案を行うことが望ましい。施設や病院では比較的環境調整が容易であるが、理想とされる環境と実際に提供できる環境との乖離がありうることを想定しておく必要がある。
一方診療の場が在宅であるとすれば、患者を取り巻く環境はさらに多様化してくる。要介護高齢者に対するリハビリテーションは前述した摂食・嚥下リハビリテーションの3つのアプローチのうち、代償的アプローチと環境改善的アプローチが主となることが多い。そのため患者の住環境がそのままこれらのアプローチに影響するため、診療の場をしっかりと把握することが極めて重要である。平成27(2015)年に東京都で行われた調査によれば、高齢者のいる世帯の35.8%が単独世帯であることや、そのうち52.8%が75歳以上である(平成27(2015)年東京都)と報告されている。さらに令和元(2019)年に厚生労働省によって報告された高齢社会白書によれば、65歳以上の者がいる世帯は2416万5千世帯であり全体の48.4%と推計されている。さらに65歳以上の一人暮らしの者の増加は男女ともに顕著であり、平成27(2015)年には男性約192万人、女性約400万人、65歳以上人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%となっていると報告されている10)。
これらのことを考慮すると、患者宅では、食事を作る者、食事の介助を行う者、リハビリテーションに立ち会う者いずれも高齢な家族であるか、または、介助する家族がいないことも考えられる。そのため十分な考慮が必要となる。
2.いわゆる介護力を考慮する
療養中の高齢者は、家族や施設介護者の支援をもとに生活している。日々の生活を共にし、食事を用意し、共に食を囲む家族や関係者に対し配慮が必要となる。施設や病院では食事の準備やメニューの立案は管理栄養士や調理師が担い、食事介護は看護師や介護士が、機能訓練はリハ職や看護師等の専門職が行っている場合が多く、それらの職種は基本的に日中勤務しているため介護力は整っているといえる。在宅においては、患者にとって適正な形態を有する食事の準備(調理する場合、購入する場合など)や機能訓練に立ち会うことは、家族や介護ヘルパーによって行われる。彼ら・彼女らが持つ患者への想いや、介護に携わる時間や能力といったいわゆる介護力によっても治療目標や方針は大きく変化する。嚥下リハビリテーションを行う希望が本人にあっても、実際に食事介助やその他の介護で家族が疲弊しているような場合も多くあり、そのような場合は理想とされるリハビリテーション計画を変更せざるを得ない。理想とされるリハビリテーション計画と実際に行うリハビリテーション計画の乖離をなるべく少なくするためには十分な介護力が必要であるため介護力の把握は極めて重要である。施設入居者においても、担当する施設内の専門職の介護力や施設の方針なども考慮して治療計画を策定する必要がある。
3.患者と家族のQOL(生活の質)を考慮する(介護負担に配慮する)
QOLは本来患者自身の価値観や人生観に基づいて判断されるものである。一方で、介護の重症化や認知機能の低下に伴って、家族や支援に関わる人たち全体のQOLを考える必要が生じてくる。家族介護者は、患者の身体障害や精神障害に対応するために、精神的、肉体的、経済的負担を負っている。家族と違う食形態の食事を調理することや、食事介助など食事にかかわる介護は、介護時間の多くを占める。このことから、介護負担の原因となる。摂食状況の改善のために、家族の身体的負担や精神的負担が増すようであれば、継続は困難となる。介護負担に配慮しながら、患者と家族全体のQOLに配慮し治療計画の立案を行う必要がある。
4.倫理的配慮をする
人生の最終段階を迎える要介護高齢者にとって、「いつまでも口から食べていたい」という希望が多く聞かれる。一方で、本人の意思が確認できない場面においても「ひとくちでも食べてもらいたい」といった家族の想いも聞かれる。しかし、食べることによる誤嚥性肺炎発症リスクの増加や、窒息事故発症リスクの増加も考慮しなければならず、本人の意思や家族の希望を尊重する倫理的価値と誤嚥性肺炎や窒息を予防するという倫理的価値の対立がしばしば起こる。本人の意思の確認や意思決定能力の有無の確認は重要である。さらに、患者や家族の希望や意思の変化の有無などに十分配慮したうえで、医療者として医学的見地からの情報提供を十分に行うことが重要である。さらに、これらの情報が本人や家族が十分に理解できるよう説明し、十分なコミュニケーションをとることが肝要である。
5.社会的資源を知り連携する
在宅において、摂食・嚥下障害患者を支援するには、地域の利用可能なフォーマルサービス(公的機関や専門職による制度に基づくサービスや支援、すなわち、介護保険や医療保険などに基づくサービス)やインフォーマルサービス(家族、近隣、友人、民生委員、ボランティア、非営利団体(NPO)などの制度に基づかない援助)について把握しておく必要がある。摂食・嚥下障害者に欠かせない嚥下調整食や高栄養食品の調理や調達は、家族構成や家族の介護力の問題から家族だけでは困難な場合が多い。そこで、これらのサービスを利用しながら対策を取る必要がある。例えば、日常の調理を担当する介護ヘルパー向けに機能に合致した食形態をもつ食事の調理法を指導する、嚥下調整食が提供可能な通所介護施設の利用をすすめる、介護食を配達してくれる配食サービスを利用する、介護食品が入手可能な店舗を利用する。などである(図4、5)。
文献
プロフィール
- 菊谷 武(きくたに たけし)
- 日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック 院長
- 最終学歴
- 1988年 日本歯科大学歯学部卒 1993年 歯学博士
- 主な職歴
- 1989年 日本歯科大学歯学部助手 1996年 同・歯学部講師 1998年 日本歯科大学附属病院口腔介護・リハビリテーションセンター センター長 2002年 日本歯科大学歯学部助教授 2002年 同大学・歯学部准教授 2007年 同大学・歯学部教授 2009年 日本歯科大学大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学教授 2012年 日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック院長
- 所属学会
- 日本老年歯科医学学会、日本摂食嚥下リハビリテーション学会、日本障害者歯科学会、日本静脈経腸栄養学会、日本口腔リハビリテーション学会
- 戸原 雄(とはら たかし)
- 日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック 医長
- 最終学歴
- 2005年 日本歯科大学歯学部卒
- 主な職歴
- 2014年 日本歯科大学口腔リハビリテーション科助教 2017年 同・講師 2018年 日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック医長 現在に至る
- 専門分野
- 循環器疾患、フレイル・認知症・ロコモティブシンドロームの予防
※筆者の所属・役職は要介護高齢者に対する歯科治療並びに摂食・嚥下リハビリテーション執筆当時のもの
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