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第3章 食事,摂食・嚥下 1.高齢期の健康維持と食生活

 

公開月:2020年5月

女子栄養大学栄養学部 教授
石田 裕美

1:はじめに

 現在の我が国は、高齢者の人口割合が65歳以上27.7%、75歳以上13.8%であり、超高齢社会となっている1)。こうした社会背景の中で、高齢期の健康維持は、健康寿命の延伸や介護予防の観点からも重要な課題である。成人期には生活習慣病予防及び重症化予防の点から、過栄養(肥満)の回避が重要とされている。しかし、成人期の延長上にある高齢期においては、低栄養の回避がより重要となり、課題が逆転する。特に75歳以上の後期高齢者においては、老化に伴う種々の機能低下も存在し、「フレイル」の回避が、健康施策の重要かつ喫緊の課題となっている。

 フレイルは、認知症や転倒と並ぶ高齢者が要介護状態になる原因である。加齢に伴う筋力の減少、老化に伴う筋肉量の減少(サルコペニア)もフレイルとの関連が強い。フレイルを予防し、健康維持・増進につながるための高齢期の食生活について考える。

2:食生活の捉え方

 食生活とは、私たちの日々の暮らしの中での行動・活動において、人と食物のかかわりのすべてを包含したものと考えられる。両者の関わりは、人の生命の維持、健康の維持・増進といった身体的な関わり以外にも、文化的、精神的、社会的な関わりがあり、食生活を考えるときには、これらの関わりすべてを考える必要がある。

 私たちの食べる行動は、その対象となる食べ物がなければ始まらない。何を食べるか、その食べ物を選択するには、食物が、生産、流通、加工のプロセスを経て、食料品店や飲食店になければ入手(アクセス)できない。購入するには費用がかかるため、世帯の経済条件が、入手できる食物の質や量に大きく影響する。また、何を食べたいかには、食嗜好といった心理面も影響する。知識に基づく食物選択や調理技術にみあった食物選択など、教育・学習によって得た知識やスキルも関わる。

 一人で食べるか、誰かと共食するかによっても、食べる内容は影響を受ける。共食によって食べ物の幅は広がり、食物摂取の偏りは起こりにくくなる。高齢者では、孤食頻度の多い群では、そうでない群に比べて食品摂取の多様性が低い傾向が報告されている2)。また、いつ、どこで食べるかは、生活パターンや生活時間とも大きく関わっている。

 対象者の栄養状態のアセスメント結果に基づき、食事改善の具体策を考えても、それは生活の中で実践できるものでなければならない。対象者の健康維持のための食生活を考える際には、生活全体を考えながら、実践を妨げる要因を含めて支援していくことが必要である。

 また、食生活は個人的要因のみならず、社会環境との関わりも大きく、個人の力では変えられないものも多い。高齢者の視点に立って、社会の食環境を整備していくことも必要である。

3:高齢期の健康維持と体重管理

 低栄養および過栄養を回避するために、どのくらいの量の食事を摂取したらよいか?食事量をエネルギー摂取量に置き換えると、その摂取量の適否をみる指標は、体重とBMI(Body mass index)である。成人期以降では、体重、体組成に変化がなければエネルギー摂取量とエネルギー消費量は等しい状態にあると考えられる。それゆえ、身体活動量が不変であれば、エネルギー摂取量の管理は体重を指標にして管理できる。そのため、身長の違いを考慮し、BMIを指標として体重を設定し、摂取量の管理を行うことになる。なお、成人期は身長が不変であると考えるが、高齢期は身長の短縮がおこるため、それによって計算上のBMIが高くなることに注意する必要がある。

 また、高齢期になると、身体活動量が少なくなり、このことが摂取できるエネルギー量の減少につながる。エネルギー摂取量が少ないと、栄養素の不足しやすい食生活になりやすい。それゆえ、栄養素密度の高い食品の選択がより重要となる。従って、健康維持には、身体活動量にも注意を払う必要がある。身体活動量の維持、あるいは高めることで、より高い水準でエネルギー消費量と摂取量のバランスを維持することが望ましい。

 日本人の食事摂取基準2015年版では、死因を問わない死亡率(総死亡率)が最低になるBMIをもって最も健康的であるという考え方に基づき、健康的な体重を考えるよう示している3)。この考え方と日本人のBMIの実態を考慮して、目標とするBMIの範囲を18歳以上で設定している。70歳以上では、総死亡率が最も低かったBMIは22.5-27.4kg/m2となったが、実態との乖離がみられること、虚弱の予防及び生活習慣病の予防の両者に配慮する必要があることから、当面目標とするBMIの範囲を21.5-24.9kg/m2としている。年齢が上がるとともに、目標とする範囲の下限値が高くなっている3)。日本人の食事摂取基準2020年版においては、高齢者の年齢区分がそれ以前と変わり、70歳以上としてまとめられていたものが、65-74歳、75歳以上の2つの区分になった4)。しかし、目標とするBMIは表1に示すように2015年版からの変更はない4)

表1 日本人の食事摂取基準における目標とするBMIの範囲
(厚生労働省,20143)& 厚生労働省4)より作図)
2015年版2015年版2020年版2020年版
年齢(歳)目標とするBMI(kg/m2年齢(歳)目標とするBMI(kg/m2
18~49 18.5~24.9 18~49 18.5~24.9
50~69 20.0~24.9 50~64 20.0~24.9
70以上 21.5~24.9 65~74 21.5~24.9
75以上 21.5~24.9

 高齢者に限らず、目標とするBMIから目標体重を設定し、体重と食事量のモニタリングを行いながら、対象者が健康維持のために可能となる食生活の実践を目指していく。

4:健康維持のためのエネルギーおよび栄養素摂取量の目安

 現状のエネルギー消費量の中で、食べている量に問題がないかどうかは、上述したように体重変動のモニタリングによって判定する。しかしそれを食事に置き換えていくには、健康維持のために必要なエネルギー量と栄養素量を設定しておく必要がある。健康維持、増進のためのエネルギーおよび栄養素の摂取量は日本人の食事摂取基準に基づいて設定する。

 推定エネルギー必要量は、次式で求める。

推定エネルギー必要量(㎉/日)=基礎代謝量(㎉/日)×身体活動レベル

 基礎代謝量はいくつかの推定方法があるが、高齢者ではHarris-Benedictの式がよく用いられている。しかし、健康な日本人を対象とし基礎代謝量を研究した結果では、Harris-Benedictの式は過大評価の傾向が認められている5)。それゆえ、日本人を対象とした研究から得た基礎代謝基準値(㎉/kg体重/日)(表2)を用いる。

表2 基礎代謝基準値(厚生労働省4)より引用改変)
年齢
(歳)
男性
(㎉/kg体重/日)
女性
(㎉/kg体重/日)
18~29 23.7 22.1
30~49 22.5 21.9
50~64 21.8 20.7
65~74 21.6 20.7
75以上 21.5 20.7

 基礎代謝基準値に体重を乗じて基礎代謝量を求め、身体活動レベルを乗じることになる(基礎代謝量の何倍の活動をしているかとしてあらわされる)。

推定エネルギー必要量(㎉/日)=基礎代謝基準値(㎉/kg体重/日)×体重(kg)×身体活動レベル

 現在の体重で計算した値は、現在の体重におけるエネルギー消費量としてとらえることができる。表2を見てわかるように、年齢とともに基礎代謝量は減少する。高齢者のエネルギー消費量の減少は活動量の低下のみならず、基礎代謝量の低下にも由来する。

 目標とするエネルギー摂取量の決定は、目標BMIから目標体重を設定し、目標体重の場合の推定エネルギー必要量を算出して検討する。目標値と現状値の乖離が大きい場合には、段階的に目標を設定していくことが重要である。

 エネルギー量が算定されると、エネルギー産生栄養素のバランス(エネルギー比率)によってたんぱく質、脂質、炭水化物の量を決定することができる。たんぱく質は推定平均必要量(EAR)、推奨量(RDA)が策定され、脂質と炭水化物は目標量としてエネルギー比率で策定されている。それゆえ、たんぱく質もエネルギー比率を考慮する必要がある。たんぱく質を最優先して設定するが、その際、推奨量を満たしたうえで、他のエネルギー産生栄養素とのバランスを考慮し、目標量(DG)の範囲で設定する。

 目標量であるエネルギー産生栄養素の構成比率(エネルギー産生栄養素バランス)を表3に示す4)。これを見てわかるように、50歳以上では、それまでの年齢階級に比べて、たんぱく質エネルギー比率の下限値が少しずつ高く設定されている。要介護状態の予防には、自立した生活を維持することが重要であり、運動器が障害されないようにフレイルやサルコペニアを予防することの重要性は高い。そのためには、骨格筋量の維持が課題であり、高齢者にとってたんぱく質摂取は優先的に考える必要がある。フレイル及びサルコペニアの発症予防を目的とした場合に、高齢者65歳以上では、少なくとも1.0g/kg体重/日以上のたんぱく質摂取が望ましいと考えられている。従って、目標とするエネルギー摂取量に対してたんぱく質エネルギー比率15-20%Eとなるたんぱく質量が、目標体重1kgあたり1g以上のたんぱく質量となっているかを確認しておくことが必要である。

表3 エネルギー産生栄養素バランス(%エネルギー)(厚生労働省4)より引用改変)
男性男性男性女性女性女性
年齢目標量目標量目標量目標量目標量目標量
たんぱく質脂質炭水化物たんぱく質脂質炭水化物
18~29 13~20 20~30 50~65 13~20 20~30 50~65
30~49 13~20 20~30 50~65 13~20 20~30 50~65
50~64 14~20 20~30 50~65 14~20 20~30 50~65
65~74 15~20 20~30 50~65 15~20 20~30 50~65
75以上 15~20 20~30 50~65 15~20 20~30 50~65

 以上のように、目標とするエネルギー摂取量が設定できれば、エネルギー産生栄養素バランスによって主要栄養素の摂取量の目標値も設定できることになる。それゆえ、エネルギー摂取量の目標値の設定は重要である。ビタミンやミネラルなどの微量栄養素については、エネルギーと主要栄養素の摂取を優先させ、食品レベルの選択で調節していく。

 基礎代謝量は性と年齢と体重に規定された推定値であり、筋肉量や脂肪量などの体構成は考慮されていない。また、身体活動レベルもおよその生活活動と活動時間によって推定するものであるので、計算値はあくまでも目安となる量である。実際に食べている内容からエネルギー摂取量を推定し、両者を比べながら、体重と身体活動の状況からPDCAサイクルを回しながら設定値の修正を行っていく必要がある。

5:健康維持のための食品構成と食事パターン

 私たちは、食事として食品や加工品、調理品(料理)を組み合わせて摂取している。従って、栄養素レベルの数値目標を、食品や料理に置き換えて考えることが必要である。日本人は米を主食とし、副食としてのパターンとして一汁二菜ないしは一汁三菜という組み合わせで1回の食事を構成している。

 主食は穀類を主材料とし、1食の食事のエネルギー量の約45%程度を供給するエネルギー源、炭水化物源として食事の中心をなす料理である。一汁は汁椀1杯の汁物、二菜あるいは三菜は、汁物以外の2種類ないしは3種類の料理である。菜で示される料理は、主菜、副菜に分類される。主菜はたんぱく質源となる肉類、卵類、魚介類、大豆・大豆製品類の食品を主材料とする料理である。副菜は、野菜類、芋類、海藻類等を主材料としたビタミン、ミネラル、食物繊維源となる料理である。このような食事パターンを1回ごとにそろえると、必要な栄養素量を過不足なく摂取しやすい。主食・主菜・副菜は料理の構成上の分類(料理区分)であるが、その料理の主材料は食品分類(食品群)と連動している。料理レベル、食品レベルを同時に考えた食事の構成となるため、栄養バランスのとれた食事になりやすい。主食・主菜・副菜のそろった食事回数が多い人ほど、日本人の食事摂取基準に合致していることがシステマティックレビューで確認されている6)。自立高齢者を対象とした調査の結果においても、主食・主菜・副菜をそろえた食事回数を多くすることは、女性においては、ビタミンCと食物繊維量の増加につながることを示唆している7)

 健康日本21(第二次)の栄養・食生活の目標においては、適切な量と質の食事をとる者の増加をあげており、具体的に「主食・主菜・副菜を組み合わせた食事が1日2回以上の日がほぼ毎日の者の割合」を80%と設定している8)

 特定の食品に偏ると、その食品に含まれている栄養素の多少が摂取量全体に影響するため、多様な食品を摂取することが望ましい。高齢者において食品摂取の多様性はフレイルとの関連が認められており、多様性がある者の方がフレイルのリスクは低いことが報告されている9)。この研究では、多様性がある者の方が、エネルギーおよびたんぱく質、脂質摂取量が多く、食品レベルでは、卵類、豆類、緑黄色野菜類、果実類の摂取量が多いことが認められている。

 こうした食事を実践するためには、何を食べるかを選択、決定する際に、食事を構成する料理の組み合わせ方を、食卓をイメージしながら日本の伝統的な食事パターンによってチェックするとよいが、料理区分ごとに主材料となる食品群があるため、食品群をベースに料理区分ごとに何を主材料にした料理を選択するかをチェックすると、食品の多様性もチェックできる。例えば、主菜の主材料となる食品群はたんぱく質源となる食品群であるが、たんぱく質以外の栄養素は食品群によって特徴が異なる。魚類は、n-3系多価不飽和脂肪酸やビタミンDの供給源である。大豆・大豆製品は、カルシウムの供給源でもある。肉類、魚介類の中には鉄含有量の多い食品も多い。まずは異なる食品群を選択するようにし、次に同じ食品群の中でも様々な食品を選択することで多様性を広げる。表4は、四つの食品群をベースに整理したものである。目安量を参考に、食事を組み立てるとよい。

表4 摂取量の目安
食品群食事計画上のポイント目安量1日当たりの目安量
1群乳・乳製品 ・ライフスタイルに合わせて習慣化すると摂取しやすい
・間食として摂取する
コップ1杯 130g 250g
ヨーグルト1カップ 100g
チーズ1切れ 20g
・食事ごとに1品の料理
・主菜の主材料として、朝、昼、夕食に配分
・副菜や汁の具として少量用いるとたんぱく質摂取をふやせ、うま味も増す
・副菜にも少量加えるとよい 卵1個 50g 50g
2群魚介 魚肉1切れ 60~100g 60g
豆腐1/8丁 40g 60g
豆・豆製品 納豆1パック 40g 80g
3群野菜
きのこ
海藻 含む
・食事ごとに最低2品の料理(主菜との複合料理や、主菜の付け合わせも含む) 普通の小鉢 60~80g 350g
小さな小鉢 40~50g
主菜の付け合わせ 20~60g
汁の具 30~50g
・副菜の一品、主菜の付け合わせ、汁の具などで取り入れる 付け合わせ、小鉢、汁の具 じゃがいも1/3~1個 30~100g 100g
果物 ・ライフスタイルに合わせて、どこかの食事に位置づける、あるいは間食として摂取する そのままヨーグルトと一緒に バナナS1本 95g 100~200g
みかん2個 180g
4群穀類 ・食事区分ごとに主食として必ず摂取する ご飯茶わん1杯 150~180g 350~500g
食パン6枚切り1枚 60g
茹でうどん1玉 150~200g
パスタゆで 150~200g
油脂 ・適度に用いることでエネルギー源にもなり、また、こくがまし、減塩につなげることができる 15g
砂糖 ・菓子類やジャム、果物の缶詰、甘い飲み物などにも使われているので注意が必要 5~10g
その他 ・菓子類などは食べすぎなければ、エネルギー源にもなるが、種類に注意する

6:食事区分と食事回数

 健康の維持・増進にとって望ましい食事を考えるときに、摂取量の基準となるのが日本人の食事摂取基準である。習慣的な1日あたりの摂取量として示されている。この基準に沿って食事計画を立てる場合には、1週間程度の平均的な1日あたりの摂取量として考えるとよい。私たちは、1日に数回に分けて食物を摂取している。朝食、昼食、夕食の3回の食事が基本となり、さらに食事の間に間食を摂取することもある。従って、食事回数をふまえ、朝食、昼食等の食事区分ごとにどのように配分するかを考えていくことが必要である。食事区分ごとの食事時間は、生活時間によって影響を受けている。生活全体として食事の時間や回数をとらえていく必要がある。

 高齢者の場合には、1回の食事量が少なくなる傾向があるため、間食の取り方も重要になる。また、水分補給の点からみても、朝食と昼食の間、朝食と夕食の間などに摂取を規則的にしておくとよい。朝、起床後朝食前に散歩や体操をする習慣がある場合には、そうした活動前の摂取も考えておく必要がある。なお、1回でも欠食をすると、必要な栄養素の確保は難しいため、欠食のない食習慣の形成が大切である。

 高齢者は生活リズムに合わせて、食事の回数や食事時間はある程度習慣化している。その点の修正が必要かどうかもアセスメントした上で、無理なく必要な量を摂取できるように、1回当たりの量や食事回数を設定することが実践する上では大切である。

 また食事の組み合わせにおいて主食、主菜、副菜の区分に組み込みにくい、牛乳・乳製品類や果実類を間食に位置付けて摂取を習慣化させるのもよい。

7:食事の形状と調理の工夫

 加齢にともない摂食嚥下機能の低下が起こる。咀嚼や嚥下機能に応じた食事であることは、健康の維持に必要なエネルギーや栄養素を確保するうえでも重要な要素である。また口から味わって食べることは、五感を使い食べることでもあり、食べる楽しみにつながるものである。同じ料理でも、調理段階での工夫で、食べやすさが異なってくる。

 肉類や野菜類の繊維を断ち切るような切り方、あるいは隠し包丁で食べやすくしておくこと、食べやすい大きさに切ることで、咀嚼しやすさは変わる。舌と上あごを使ってつぶしやすい硬さに加熱調理するなど、食べ物の柔らかさは加熱時間と加水量によって調整する。ムース・ゼリー状の料理やとろみをつけた料理など、咀嚼や嚥下しやすい工夫が、調理の段階で多々できる。中食や外食の利用では、高齢者向けの料理も限られているため、家庭で安全にできる高齢者に配慮した調理方法を広めていく必要がある。

 料理を柔らかくするためには、通常の料理より加熱時に加水量を多くして長時間加熱する。結果として出来上がった料理の水分含有量は多くなりやすい。エネルギー量とは別に、1回あたりに摂取できる適正な食事量(容量)がある。水分が多くなると、栄養素密度は低下するため、エネルギーや栄養素摂取量の低下につながりやすい。例えば、一般的においしい飯は、米の2.1-2.3倍くらいの炊き上がりである。日本食品標準成分表に収載されている飯は米の2.1倍として炊き上がったものである。高齢者向けの柔らかい飯はこの炊き上がり倍率が高くなる。すなわち、飯で同じ重量でも、飯の柔らかさで米と水の割合は異なることになる。飯とおなじエネルギー量をおかゆで摂取しようとしても食べきれないということである。食事調査によって高齢者の飯の摂取量から栄養素等摂取量を評価する際には、どのくらいの柔らかさであったのかの確認は不可欠である。このように、高齢者が摂取しやすい料理に調理することは、料理の出来上がりにおいて栄養素密度の低下や調理損失が多くなることなどにつながりやすい。こうした点も考慮し、食事摂取を評価し、改善計画を考えていく必要がある。

8:食環境整備とソーシャルサポートの推進

 食物にアクセスのしやすい社会環境は、どのような食物が入手できるかに大きく関わる。食物アクセスは健康格差に影響をもたらす要因として位置づけられている。生活している地域において、食料品店や飲食店の減少、大型商業施設の郊外化がすすむと、高齢者は「買い物弱者」になりやすい。歩行が困難になる、重い荷物を持つのが困難になるなどの身体的な変化によって、買い物が困難になる。一人暮らしの高齢者を対象とした吉葉らの研究では、食品摂取の多様性には男女共通の要因として主観的食料品店アクセスが関連していることを報告している10)。この調査の中では、食料品の買い物時に一番よく利用する交通手段として、自動車、自転車、徒歩いずれも30%程度を占めている。重たい荷物が持てないと、自動車や自転車の利用もあるが、運動機能や認知機能の低下は、安全な運転に影響するため、いずれにしても買い物は困難になっていく。

 現在は、外食、中食産業の市場が拡大し、宅配弁当や食材の宅配の市場も広がっており、これらを利用することで、食物が入手できるよう社会環境が整備されてきている。しかし、これらの利用には経済的な要因が大きく関わる。

 また、食事の準備という点で、調理ができるかどうかも食事内容に大きく関わる。女性では、食品摂取の多様性がある者の方が、食事を自分で作って食べる者が多いことが報告されている10)。また、高齢女性が「食事を自分で作る」ことはQOLや生活活動にも影響しているといわれている。男性と女性とでは、食事を作るという点で大きな違いがあると思われる。調理技術や調理にかける時間等の要因によって、食生活の支援方法を変えていく必要がある。

 地域でのつながりの形成は、近所や友人等から買い物を手伝ってもらう、食べ物をもらうなどのソーシャルサポートにつながる。食事サービスや会食サービスなどの地域の社会資源の充実も図っていく必要がある。

 食事の準備、調理といった行動は、自分のためだけではなく、食を共にする人のことを思って行う場合には、やりがいを感じることができる。また、同じ料理を食べながら、味覚体験を言葉で表現することで、味覚体験を他者と共有することができる。味の感じ方の変化、すなわち味覚変化は、他者との比較によって気がつきやすい。一人暮らしの高齢者の健康の維持には、共食の機会を増やせるような支援も重要である。

 また、家庭内で安全に調理できる環境も重要である。谷川らは、軽度認知症者であっても、家庭内での役割を失うことなく、調理を継続できるための環境の工夫として、肯定感情を保てるよう調理に関する環境整備のイラストを提案している11)。献立を考えたり、手際を考えながら調理する行為は認知機能にも影響を受ける。一方で、長年の繰り返しによって身に付けた調理技術は認知機能が低下していても、適切なサポートがあれば維持されると考えられる12,13)。そうした点からも、調理教育と自らが調理して食事を整えるという行為を見直す必要がある。

9:おわりに

 高齢者の健康維持のための食生活は、主食、主菜・副菜がそろうように意識し、摂取食品の多様性につなげること、特にたんぱく質源になる肉類、魚介類、大豆・大豆製品類、卵類、牛乳・乳製品類の摂取を意識することがポイントである。その実現には、共食の機会を増やす、食物へのアクセスを容易にするなど、高齢者個人で解決しきれない課題を、家族、友人あるいは地域で支援していくことができるようにしていくことが求められる。また、健康維持ができるための食生活を営むには、経済的な基盤も不可欠であり、社会全体で支えられるよう、若年期からの健康維持・増進のための食生活を営めるようにしていくことが必要である。

文献

プロフィール

写真:石田裕美先生
石田 裕美(いしだ ひろみ)
女子栄養大学栄養学部 教授
最終学歴
1992年 女子栄養大学大学院博士後期課程終了
主な職歴
1988年 女子栄養大学助手 1995年 同・専任講師 1999年 同・助教授 2005年 同・教授 現職 女子栄養大学大学院教授
資格
管理栄養士
学会委員会等
日本給食経営管理学会理事(産学連携委員長)、日本栄養・食糧学会雑誌編集委員、日本公衆衛生学会雑誌編集委員
専門分野
栄養学

※筆者の所属・役職は執筆当時のもの

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第3章 食事,摂食・嚥下 1.高齢期の健康維持と食生活(PDF:1.4MB)(新しいウインドウが開きます)