各論4 トピックス4 ③新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による高齢者の生活不活発を基盤とするフレイル化・健康二次被害 ーウイズコロナ・アフターコロナ社会を見据えた新たな地域像とは―
公開月:2021年9月
東京大学高齢社会総合研究機構 機構長
未来ビジョン研究センター 教授
飯島 勝矢
東京大学高齢社会総合研究機構・
未来ビジョン研究センター 特任講師
孫 輔卿
東京大学高齢社会総合研究機構 特任研究員
田中 友規
1:はじめに
人生100年時代とも言われる中で、健康寿命の延伸は国家戦略の中核であり、フレイル(虚弱)をいかに食い止めるのかが鍵になる。このフレイル概念は従来の健康増進-介護予防の流れにも新しい風を入れようとしている。フレイルには多面性があり、身体的な要素(変形性膝関節症を代表とするロコモティブシンドローム等)だけではなく、精神心理的なメンタル面や社会的な要素(孤立、孤食、独居、経済的困窮等)もあり、これらが様々な負の連鎖を起こし、自立度の低下を促進していく。そこに大きく関わる要因が筋肉減弱(サルコペニア)である。このフレイル化をより早期から予防するためには、健康増進に向けた従来のアプローチ(十分なたんぱく質摂取と適切な運動習慣)は当然であるが、介護予防の取り組みを進めてきた我が国においては、それだけでは限界があり、そこに人とのつながりも含めた社会性・社会参加が個々人に大きく問われる。
2:COVID-19が高齢化した地域社会に何をもたらしたのか
2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行の中で、日本においては、緊急事態の宣言が解除されたものの、同年の初夏からは第二波への対応も行ってきている。しかし、私たちの日常の生活は簡単には元に戻ることはできそうもない。ワクチンや治療薬が開発され落ち着くのにあと1年半から2年はかかり、場合によれば治療薬の確固たるもののエビデンスもなかなか出てこないことが報道されている中で、COVID-19流行後の世界(いわゆるアフターコロナ社会)は様々な面で変わっていくであろう。
具体的には、現在、「三密状態を避ける」「ソーシャルディスタンスを保つ」といった新しい生活様式が長期間求められるという大変化が起こっている。一方で、人と人が対面してお互いの息遣いを感じながら人格的な交わりを深める、あるいは人々がいわば膝を接するようにして語り合うといったことは、人間社会の基本的なあり方であり、それが損なわれるような社会が定着するなどということはあり得ないことである。
2:COVID-19により地域在住高齢者に何が起きているのか
筆者が率いる東京大学高齢社会総合研究機構内のフレイル予防研究チームは、地域の元気シニアの方々をフレイルサポーターとして養成し、「高齢住民主体のフレイルチェック活動を軸とした健康長寿まちづくり」を全国の自治体に向けて推進している。この取り組みは、我々が実施している大規模高齢者縦断追跡調査(コホート研究)からのエビデンスを基に、食/栄養、口腔機能、運動を含めた身体活動、社会性(社会参加と人とのつながり)などの多分野を包含している。地域の通いの場や集いの場などにおいて、高齢住民だけでワイワイとした雰囲気の中で、フレイルサポーターにより多面的な視点でチェックを行い、一緒に気づき、自分事化をしていくことを狙ったものである。現在、全国で66自治体に導入して頂き、さらに展開中である。
上記の導入自治体において、大半が今回のコロナ問題により、地域活動が止まってしまっている。しかし、その中でも調査研究に協力して下さっている自治体が幾つも存在し、下記の最新情報が集約され、「COVID-19により地域在住高齢者に何が起きたのか」が見えてきた。単なる感染リスクだけではなく、高齢者への自粛生活長期化による健康二次被害(フレイル化およびフレイル状態の悪化)が明確なエビデンスとして見えてきたのである。すなわち、過剰な恐怖を背景とした自粛生活長期化により、顕著な生活不活発および食生活の乱れ、さらには人とのつながりの断絶が見られた。
我々の高齢住民主体のフレイルチェック活動を導入しているある自治体では、40%強の高齢者に外出頻度の著明な低下が認められ、なかでも14%の方が週1回未満の外出頻度(=閉じこもり傾向)まで低下していた(図1)。さらに、外出頻度だけではなく、「バランスの良い食事ができていない」、「買い物に行けず食材が手に入らない」、「献立を考えるのが面倒になった」、「食事も疎かになり簡単に済ませる」等の悪影響も認められた。
実際に、食事に関する内容だけでも、枠内のようなコメントがあがっている。
アンケート調査:自由記述より(抜粋)
食材を購入するための外出はスーパーの混雑が気になって、こまめに買い物にいけない。従って新鮮な魚が購入できない
- 買い物が思うようにできない。努力はしていますが買い物にあまり行きません
- 買い物の機会が少なくなったので、どうにか間に合わせて済ませている
- 買い物に出たくない、献立を考えるのがめんどうになった
- 不足分をすぐ補充出来ない
- 冷凍食品が多くなった
- 手間がかかり、支度が面倒
- 買い物に行かないので野菜類が足りていない。緑の野菜の値段が高く困る
- 自らが食事の準備している為、偏り気味
別の導入自治体において、いち早く今年の7月からフレイルチェック活動を(三密に配慮しながら)再開してくれた自治体が存在する(図2)。このフレイルチェックには質問票だけではなく、フレイルサポーターが様々な身体機能の実測も行ってくれている。COVID-19流行の前後比較での実測値の変化では、握力の低下、ふくらはぎ周囲長の低下、筋肉量の減少(特に体幹部は約8%減少)、滑舌の低下などが認められた。81歳女性の実例も掲載する(図3)。
3つ目の自治体からは、筋肉量を反映するとされる「ふくらはぎの太さ」、および筋肉を使ったパフォーマンスの1つである「歩行速度」の2つに関して、COVID-19流行の前後比較をしてみた(図4)。
コロナ禍における活動自粛生活により筋肉減弱(サルコペニア)が進行してきていることが分かってきた。「指輪っかテスト」という簡易評価法にて下腿の筋肉量が低下したと感じている高齢者は24.3%存在していた。この下腿周囲が細くなったと感じる方々は、身体活動量の低下した人で2.8倍多く、人と会う機会やつながりの低下した人で3.4倍、口腔機能の低下を訴える人で5.2倍多いことが判明した。さらに、コロナ問題の前と比較して、歩行速度が低下したと感じている者は27.3%存在した。この歩行速度低下の者は、身体活動量の低下した人では3.4倍多く、人と会う機会やつながりの低下した人では9.5倍、さらに、口腔機能の低下を訴える人で3.7倍多いことが分かってきた。
4:ウィズコロナ・アフターコロナ社会を見据えた新たな地域像とは
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による高齢者の生活不活発を基盤とするフレイル化、すなわち健康二次被害が現場のデータとともに見えてきた。
たしかに高齢者においてはコロナ感染により重症化しやすいとも言われ、積極的にメディア報道を通して全国の国民に周知されてきた事実がある。しかし、あまりにも感染を恐れるばかりに、相対的に生活内容が極度の低活動・不活発に陥り、知らず知らずのうちにサルコペニアの進行を基盤としたフレイル状態の悪化が起こり、移動能力の低下だけではなく、認知機能の低下、次なる感染症への免疫力の低下、糖尿病管理の悪化など、様々な負の連鎖が起こってしまうのではないかと危惧される。
フレイル予防・対策のためには、コロナ問題の有無にかかわらず、「栄養(食と口腔機能)、身体活動(運動や社会活動等)、社会参加(人とのつながりが特に重要)」の3つの柱をいかに三位一体として底上げし、日常生活の中に継続的に盛り込めるのかが鍵になる。そこには、①高齢者個々人へどのような情報を届け、改めて意識変容・行動変容してもらうか、そして②全ての住民活動が止まってしまっている地域コミュニティをどのように前向きに再構築していくのか、この2つの視点が重要になる。
あえてここで強調したいのは、自治体における止まっている地域活動を単にいつ再開させるのかという考え方ではなく、「ウィズコロナ・アフターコロナ社会を見据えた新たな地域像をどう構築するのか」という視点で考えるべきである。今後、全国の高齢者の方々には、この感染症を「正しく恐れる、賢く恐れる」ことを促しながら、情報の報道も考え、悪影響が出ている心身機能と日常生活内容を早々に改善すべきである。すなわち、感染の予防を強調するだけではなく、それ以上に、生活不活発および人とのつながりも含めた社会性の低下に関する予防の重要性もしっかりと訴えかけるべきである。また、自宅生活のさらなる充実化も必要である。単に外出するかしないかの問題ではなく、日常生活の大半の時間を過ごす自宅の生活内容においても、足元に転がっているヒントを拾い上げ、創意工夫をすることにより、いかにワンランクアップした生活内容に向かうことができるのかを是非とも伝えたい。(以下、参照されたい:
5:国家戦略として3つの「守る」
そこで、ウィズコロナ・アフターコロナ社会を見据えて、我が国日本がどのように大きく変容できるのかが大きな鍵になる。そこで、【国家戦略として3つの「守る」(①感染、②経済、③健康/健全な地域社会)】を実現すべきであることを改めて強調したい(図5)。その中で、個人および地域へのNew Normalの構築へチャレンジしたい。
個々の地域住民に対して、改めてどのような情報を届けるべきなのか。
【1】<感染拡大>を守る
- 非高齢者世代への感染拡大防止に対するリテラシー向上
- 高齢者に向けて:「正しく賢く恐れて、生活に反映する」
- そのためのメディア報道・情報提供
【2】<経済>を守る
- ガイドライン遵守の徹底
- 若者・現役世代へのモラル徹底
【3】<健康・健全な地域社会>を守る
まずは、3つの予防(感染予防、生活不活発の予防、人とのつながり低下への予防)の情報周知の徹底(特にメディア)すべきであろう。早期からのフレイル予防による健康長寿実現のために前述の3つの柱は重要である。さらに、三密に配慮しながらの従来の地域活動の再開と地域の絆を戻していかなければならないことは言うまでもないが、さらに下記のメッセージを強調したい。
住民(特に高齢者)の変革と地域の変革のために「ハイブリッド型の地域コミュニティ」を目指して行くべきである。オンサイト(現場)で従来の通いの場や集いの場を上手く配慮しながら実現させていく、そこにオンライン技術を上手く溶け込ませ、地域支援ICTプラットフォームを創造していくべきである。すなわち、感染対策に直結する新しい生活様式も当然重要であるが、それに加えて、人とのつながり方や集い方の新しい形をIT技術の駆使により模索し、「身体は離れていても心が近づくことが出来る地域社会」を構築したい。そこには趣味や価値観を共通項として物理的な距離が大きく離れている者同士(特に若い世代だけではなく高齢者も)で気軽に集えるように、さらには、従来の地域コミュニティ(特に日常生活圏域)において忘れかけられている「絆」を戻すことが出来るようにしたい。
6:さいごに
このコロナ問題は単なる新たな感染症の課題を示しているだけではない。おそらく、コロナ問題が発生する以前からの持ち合わせていた様々な問題、特に地域課題・社会課題をより早期に見える化させてくれているのであろう。このコロナ問題によるピンチをどうチャンスに変えるのか、そしてヘルスケア分野において、国民の個々人に何を伝え、さらには新たな地域社会づくりにどう反映させるのか、ここは大きな分岐点になると推測する。この課題は、アフターコロナ時代において、人のQOLのあり方はどう変わっていくべきかを意味している。さらには、真の人間中心社会に向けて、Society 5.0時代の技術が進化し、さらに普及し、「我々の忘れてはならない原点」と「次世代の新しい地域コミュニティ像(人のための新たなデジタル社会)」の両方を実現しながら、人と人との心を近づけ(いわゆる絆)、豊かな社会にむけた新たな価値を全世代に創造してくれることを信じてやまない。
プロフィール
- 飯島 勝矢(いいじま かつや)
- 東京大学高齢社会総合研究機構 機構長
未来ビジョン研究センター 教授 - 最終学歴
- 1990年 東京慈恵会医科大学卒
- 主な職歴
- 千葉大学医学部附属病院循環器内科 入局、東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座 助手、同講師、米国スタンフォード大学医学部研究員を経て、2016年 東京大学高齢社会総合研究機構教授 2020年 東京大学高齢社会総合研究機構 機構長・未来ビジョン研究センター教授 現在に至る 内閣府「一億総活躍国民会議」有識者民間議員、厚生労働省「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議」構成員、厚生労働省「全国在宅医療会議」構成員、厚生労働省「人生100年時代に向けた高齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」構成員、日本学術会議「臨床医学委員会 老化分科会」ボードメンバー 専門分野 老年医学、老年学(ジェロントロジー:総合老年学)特に、健康長寿実現に向けた超高齢社会のまちづくり、地域包括ケアシステム構築、フレイル予防研究と地域実装、在宅医療介護連携推進と多職種連携教育、大学卒前教育
- 主な著書
- 「老いることの意味を問い直す~フレイルに立ち向かう~」(クリエイツかもがわ)、「東大が調べてわかった衰えない人の生活習慣」(KADOKAWA)、「健康長寿 鍵は"フレイル"予防~自分でできる3つのツボ~」(クリエイツかもがわ)、「オーラルフレイルQ&A-口からはじまる健康長寿-」(医学情報社)、「マンガでわかるオーラルフレイル」(共著、主婦の友社)、「在宅時代の落とし穴 今日からできるフレイル対策」(KADOKAWA)