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各論4 トピックス4 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とフレイル対策 ②要介護高齢者へのリスク管理 高齢者施設における新型コロナウイルス感染症クラスターの発生

 

公開月:2021年9月

全国老人保健施設協会 常任理事
医療法人若弘会 介護老人保健施設竜間之郷 施設長
大河内 二郎

 本稿では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスク管理として、老人保健施設におけるCOVID-19の発生状況を要約するとともに、施設において発生したクラスターの事例から課題および対策について論じた。

1:経緯

 2019年12月に中国・武漢市で報告された肺炎は、「COVID-19」(新型コロナウイルス感染症、以下COVID-19)と名付けられ、いまや世界中に拡散し2020年9月には世界で約3,000万人が罹患し、死者も90万人をこえた(ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センター集計)。日本でも2020年3月以降の感染者急増を受け、COVID-19は指定感染症とされ政府が全国を対象に「緊急事態宣言」を出して、感染拡大防止へ向けて外出自粛などの徹底を国民に呼びかける事態となった。その後緊急事態宣言は解除されたものの、感染者数、死者数は国内外で増加しつづけている。COVID-19は2020年9月現在、収束の気配がない。高齢者施設におけるCOVID-19感染は、ヨーロッパで当初から注目され2020年4月に高齢者施設におけるCOVID-19による死者数をまとめた報告がなされた(表1)。これによると高齢者施設での死亡者が全死亡の約半数に及ぶとされた1)。日本でも厚生労働省は2020年2月より様々な注意喚起を行ってきた。

表1 ヨーロッパにおけるCOVID感染症
報告日施設内死亡者数全死亡者に占める割合入所ベッドに占める死亡者数の割合
ベルギー 4月10日 1405 42% 0.8%
フランス 4月11日 6177 45% 0.7%
アイルランド 4月11日 156 54% 0.5%
イタリア 4月6日 9509 53% 3.2%
スペイン 4月8日 95756 57% 2.5%

2:高齢者施設におけるCOVID-19の発生の実態

 表2に全国老人保健施設協会が2020年9月までに把握した介護老人保健施設(以下老健)における発生事例を示した。これによると利用者、職員を合わせ約500名が感染した。利用者における死亡率は入所344名と通所44名に対して入所60名、通所4名であり死亡率は16.5%であった。特別養護老人ホーム(介護福祉施設)は老健より入退所の頻度が少なく、COVID-19発生の頻度は老健よりも少ない。全国には約3,800の老健があり全床数では約36万である。1床あたり死亡率は0.02%であり、表1に示した欧州における死亡率の20分の1から100分の1程度であり、2020年9月までは比較的コントロールされていたと考えられる。しかしながら、COVID-19は政府により結核、SARSと同等の二類感染症に指定された。これは、感染力と罹患した場合の重篤性などに基づき、その危険性が判断されたものであり、感染症法により行政府は入院勧告(感染症法に基づく措置の場合、検査費・入院費は公費で負担する)や就業の制限を行うことができる。

表2 老人保健施設におけるコロナウイルス感染症発生状況 2020年9月まで
No都道府県定員(入所)

定員(通所リハ

感染者数(入所)感染者数(通所)感染者数(職員)死者数(入所)死者数(通所)死者数(職員)発生日収束日収束までの日数
1東京都 165床 70人 1 2月22日 2月27日 5
2熊本県 100床 45人 1 3月5日 3月10日 5
3兵庫県 100床 41人 25 7 4 3月7日 4月9日 33
4神奈川県 150床 46人 2 1 3月15日 4月6日 22
5茨城県 100床 20人 14 3 3月28日 5月7日 40
6和歌山県 95床 50人 1 3月27日 4月2日 6
7福岡県 100床 0人 25 12 6 4月2日 6月15日 74
8高知県 54床 40人 2 4月2日 5月11日 39
9千葉県 150床 20人 18 5 5 4月8日 6月12日 65
10沖縄県 85床 40人 1 4月12日 不明
11千葉県 100床 30人 29 6 12 4月15日 6月15日 61
12三重県 100床 37人 1 4月16日 5月7日 21
13富山県 79床 10人 41 18 12 4月17日 7月16日 90
14愛知県 146床 40人 7 1 1 4月15日 5月12日 27
15大阪府 100床 20人 1 4月27日 5月11日 14
16北海道 100床 60人 71 21 17 4月26日 7月3日 68
17東京都 100床 35人 25 7 6月27日 8月3日 37
18熊本県 96床 40人 42 9 3 7月26日 9月10日 46
19埼玉県 120床 40人 11 4 8月2日 不明
20神奈川県 150床 60人 1 7月3日 8月6日 7
21京都府 76床 29人 1 1 7月31日 9月7日 38
22宮城県 100床 30人 1 1 8月4日 不明
23沖縄県 95床 25人 1 1 不明 不明
24沖縄県 100床 50人 1 7月28日 不明
25大阪府 100床 55人 28 3 8月13日
26大阪府 100床 20人 26 3 4 8月12日
27東京都 21床 20人 1 8月3日
28茨城県 100床 20人 1 8月18日 9月1日 14
29東京都 128床 69人 1 8月19日 9月3日 15
30東京都 218床 40人 18 4 8月20日
31群馬県 100床 40人 1 9月4日
合計 344 44 118 60 4 0 平均日数 34.6
利用者を含む 45.5

※表の感染者及び死者数は施設内のものである。家族や濃厚接触者等の数はカウントしていない。

※感染者数及び死亡者数はニュース、新聞及びHP等で公表されているものを参考としている。

※施設から収束の報告がない2020年9月16日段階での最新のデータを含む

3:COVID-19が発生していない段階での施設での対策

 COVID-19が発生していない施設での対策を図1に示した。この他の具体的な対策は以下の通りであり、各施設は施設内感染を防ぐために実施したと考えられる。この他日本環境感染症学会は、高齢者施設での対応ガイドラインを示している2)

図1:高齢者介護施設におけるコロナウイルス感染拡大予防のための対策を示す図。
図1 コロナウイルスの感染を広げないための対策
(厚生労働省,20194)より引用)
  • ①標準予防策の実施
    • 手洗い、マスク、ゴーグル、手袋、エプロンの使用を通常ケア時から習慣づけることにより、COVID-19発生予防と発生時にその拡散を出来るだけ少なくすることが求められる。介護施設においては、標準予防策についてなじみの薄い職員もいることから、教育的視点も求められる。
  • ②持ち込みの制限
    • 外から持ち込まれるのを防ぐため、面会の制限や、職員の体調管理、新規入所者の密度の高い観察が求められる。
  • COVID-19が起きた際の対応についての関係者との情報共有
    • 実際におきていない段階で、COVID-19への理解を深め、標準予防策の実施。
  • ④家族や本人への説明やAdvanced Care planning(ACP)の実施
    • これまでは、認知症や高齢化に伴う疾患により終末期のケアをどうするかを話し合うことが中心であったが、COVID-19の場合は急に人工呼吸器等が必要になることがある。このような事態も含めたACPを想定し実施する3)
  • ⑤物資の確認
    • COVID-19発生時には、マスク、ガウン、手袋などの資材が大量に必要になる。このため、現在の在庫、および追加の入手経路などの確認が求められる。
  • ⑥サービスの制限
    • 通所サービス、レクリエーション、ボランティア等によるグループ活動の制限など、一部のサービスを制限することにより、ウイルスが持ち込まれる機会を減らす。

4:高齢者施設で発生した場合

 老健を含む高齢者施設でCOVID-19が疑われる事例が発生した場合、施設管理者は保健所に報告し、その指示に基づいて検査が行われる。また、職員、利用者に関わらず濃厚接触者も同様に検査が行われ、それが職員の場合は、濃厚接触者と判断されると2週間の就業制限を行うこととなる。

 多くの高齢者施設は、従来からの介護従事者の不足が指摘されている5)。たとえば濃厚接触と疑われる職員が6人いれば、ウイルス検査で陰性であっても後に陽性化する可能性があるため、この6名は14日間の就業制限が課せられる。そうすると、施設は通常のサービスができなくなる。例えばデイケアの中止、あるいは縮小後その分の人員をフロアに配置するなどの対応が考えられる。

5:老人保健施設竜間之郷におけるクラスター発生から考えるリスク対応

 2020年8月7日、他院からリハビリのため当施設1階に入所した女性が8月8日(1日目)に発熱した。8月10日に保健所より濃厚接触者であるとの連絡があり、4床室から2床室の単独利用へと転室し、8月11日にPCR検査を実施したところ陽性となり即日入院となった。この時点で、保健所と濃厚接触者は利用者10名、職員6名を認定し、行政検査としてPCR検査を実施した。以後、保健所および関連病院の感染症専門医の指導の元、ゾーニングを行っていった。当初濃厚接触者と判定された利用者および職員には陽性者はいなかったが、翌日利用者の男性1名が発熱し検査を行ったところ陽性であった。さらにこの男性の同室者が2名おり、そのうち1名の男性が陽性であった(7日目で計3名陽性)。この方の濃厚接触者を検査するとさらに3名が陽性となり、この段階で1階の利用者全員を濃厚接触者と考え再度検査を行った。職員についても同様に検査を実施したが12日目の段階で全員陰性であった。なお、1階と2階の間の行動を制限していたにも関わらず、陽性の男性が夜間に2階に行っていたことが判明し、2階入所者も全員検査を行ったところ、女性1名のみ陽性であった。経過中、2階フロアで陽性となったのはこの方のみであった。その後これまで陰性であった利用者27名と職員3名が陽性と判定された。陽性と判断された利用者はすみやかに近隣の病院に保健所の指示に基づいて転院した。陽性となった職員は、ホテル療養となった。

6:施設におけるCOVID-19 陽性者の時間的な広がり

 図2に当施設における発生の時間的なばらつきを示した。38日目(9月14日)を最後に陽性者がでていないことから、このクラスターはその14日後の9月28日に隔離解除を行うことができた。

 この図から、当初の陽性者から18日目までに陽性となった22名(うち職員1名)への感染と関係していると考えられた。一方、22日目からの感染は徹底したゾーニング後や、感染症対策をおこなっていても感染していた方々と考えられた。後半に発生した数名は同室者であり、直接接触あるいは、介護の際に職員によって伝播した可能性がある。

図2:施設におけるCOVID-19陽性者の時間的な広がりを表す図。
図2 COVID-19発生の時間的な広がり
無症状は検査日にてグラフ化

7:施設における陽性者発生の空間的な広がり

 図3に当施設で発生した陽性者の空間的な広がりを示した。赤で示した部分は最大限ゾーニングした際のエリアを示している。110号室と108号室は、クラスター発生判明後、陽性者が発生した場合に陽性者をこれらの部屋に移動して入院まで待機していただく部屋として使用した。115号室からは発生者がいなかったが、それ以外の居室からは陽性者が発生した。クラスター発生当初の陽性者は、比較的自分で動ける方が多く利用者間の感染の多さが示唆された。

図3:施設における陽性者の空間的な広がりを表す図。
図3 療養室別発生の状況

発生した順および日付で記した施設内での広がり。図は発生が判明した部屋を示している。隔離のための部屋の移動もあり、必ずしも8月10日発生時に利用していた部屋ではない。8月20日に陽性判明した6番目の発生者は2階の利用者であり、図には示していない。

8:濃厚接触者の判断

1.入所者における濃厚接触者の判断

 入所者の多くはマスクをつけていなかった。マスク装着をお願いして使用していただける方もいるが、多くはマスクの意味が理解できない。また活発な認知症の方は普段は施設内を自由に動いていた。従って、COVID-19発生時はこの方々はすべて濃厚接触者と考えるべきであった。一方、一部の利用者はほぼ寝たきりで部屋から出てくることはない。この方々については、疑わしい接触がない限りは濃厚接触者としなくてもいいのかもしれない。今回のクラスターのエピソードでは115号室、116号室の要介護度が高く自室にとどまる利用者であった。115号室については、感染者が出なかったが、116号室はやや遅れて発生した。このため職員からの感染も考えられた。

2.職員における濃厚接触者

 今回のエピソードでは発生当初6名の職員を濃厚接触者として認定した。この方々は14日間の就業停止となった。ウイルス検査を行ったところ、この濃厚接触者の中にはウイルス検査での陽性者はいなかった。一方、この6名以外の3名が最初のウイルス検査では陰性であったがその後、陽性と判定され自宅療養となった。クラスターが生じた後、職員は全員マスク、ゴーグルおよび防護服を着用していたにもかかわらず、感染した職員がいた。

 職員の濃厚接触者の判断は容易ではない。なぜならば濃厚接触者と多く認定すれば14日の就業停止職員が多数でることとなり、職員数が不足するからである。保健所と綿密に検討した上でこれらの対象者を絞り込む必要があった。職員の濃厚接触者を出さないためには、COVID-19が流行していない段階から、マスク・ゴーグルや手袋の着用を促していく必要があるが、介護保健施設では、利用者とのコミュニケーションを積極的に図るため、この考え方が浸透していなかった。

9:初期対応について

  • ①他の病院から移ってこられた方が、日曜日、祭日を挟んで施設に感染を広げたと考えられた。発生元の病院では、週末には感染を把握していたと考えられるため、できるだけ早期の連絡が望まれた。
  • ②初期の感染経路とその後の感染経路
    • 最初の陽性者は自分で動けてトイレにいける方であった。この方から、他の自分で動ける利用者を中心に広まっていったと考えられた。従って当初の感染拡大は居室別にはおきなかった。この後、利用者の隔離が行われた結果、後半の陽性者は、居室別でおきることとなった。

10:利用者の活動抑制について

 利用者はさまざまな日常生活活動が制限を受ける。まず、トイレの使用制限のため、部屋でポータブルトイレでの排泄を余儀なくされる利用者がいる。食堂は使用できず、各居室での食事となる。

 これまで老健では認知症を有しかつ活動的な高齢者を比較的自由にさせることで、機能維持を図ってきた。ところが、感染症流行下では、薬剤や室内施錠等の手段を使用しなければ、本人や他の利用者を感染症から守ることができないという状況に置かれた。認知症で活発に動く方の活動制限は特に困難で、これまで当施設で例外的にしか使用してこなかったメジャートランキライザーを多用しなければならない事態となった。当施設では主にクエチアピンを使用したが、それでも活動制限ができない認知症高齢者はいた。本来あるべき対応は、利用者の活動性や行事への参加を促し、認知症リハビリテーションを行うことで周辺症状を抑制することであるが、感染症管理上はこういったアプローチが十分に出来なかった。平時の老人保健施設の理念と感染症下で行う抑制が矛盾しており、判断に苦慮することが多かった。

11:クラスター発生後のリハビリテーションについては以下の問題点が挙げられた

  • ①リハビリテーション室も使用できないので、リハビリはすべてベッドサイドで行われた。
  • ②リハビリ対応の際は防護具やマスクは1件あたりで変更しなければならなかった。これまではリハビリテーションスタッフは、複数フロアを担当していたが、感染防止のため、フロア専従としたため、効率が低下した。
  • ③リハビリテーションの密度が下がるため利用者のADLが低下した。
  • ④マスク着用してのリハビリテーションとなるためコミュニケーションがとりにくかった。
  • ⑤通所リハビリテーションは中止した。このため通所利用者のADL低下がみられた。また、別事業者へのサービス移管が行われた。

12:施設におけるゾーニングについて

1.ゾーニングの区別

 COVID-19クラスターが発生した時のゾーニングは常に見直しが必要である。ゾーニングを行ったスペースの間はビニールカーテンや、使用していないベッド等で明確に区切りをする他、そのスペースを明示するための標識をビニールテープ等でマーキングした。

  • 1)レッドゾーン
    • 具体的にはウイルスがいる可能性が高い「レッドゾーン」には陽性であった方および濃厚接触者がいるエリアである。このエリアでは、ゴーグル、マスク、手袋および防御衣が必要であり、さらにその上にエプロンを着る。マスク、手袋、エプロンは使い捨てとしていた。また、全員がゾーニングを理解することができないため、利用者に対しては行動制限が行われた。すなわちレッドゾーンにいる利用者はその外にでることはできない対応とした。
  • 2)イエローゾーン
    • レッドゾーンとグリーンゾーンの間の空間である。職員の着替えスペースが該当する。消毒液、マスク、手袋、防御衣などが置かれる。職員はこのスペースでの切り替えを行うことで、感染症を清潔エリアに持ち込まない対応が求められた。
  • 3)グリーンゾーン
    • ウイルスがいないと考えられる領域である。事務所のほか、ナースステーションなどもグリーンゾーンとすることで、診療録やパソコンの汚染を防ぐ必要がある。

2.発生時期別にみるゾーニング

  • 1)発生期(発症者が少ない):施設の一部をゾーニング(図4)
    • 施設の一部を区切る形でゾーニングを行い、陽性者や濃厚接触者はこのエリアに移動する。
  • 2)拡大期:施設のフロア全てをゾーニング
    • この際には、すでに発生した方の同室者は陽性になる確率が高いので、利用者間の感染がおきないように、ケアの工夫が必要である。一方で、陽性者が出ていない部屋は、陽性者を出さないため、部屋ごとの隔離も行った。
  • 3)発症者減少期:再び施設の一部のみをゾーニング
    • 同室者と、感染者が出ていない部屋を区別して行っていく必要がある。
  • 4)利用者の戻り期:
    • すでに感染した利用者が戻ってくることを考慮してのスペースの確保。
  • 5)収束期:収束に向けてのレッドゾーンの縮小
    • フロアの半分はレッドゾーン(奥)とグリーンゾーン(手前)にわけ、COVID-19に罹患し、退院した利用者は手前のグリーンゾーンを使用した。

 大きく分けてもこのようなゾーニングの見直しが行われた。またゾーニングは施設職員だけでは十分対応できなかったので、関連病院の医師や保健所の指導のもとに行われた。一方ゾーニングのためにビニールカーテンなどを多用しており、職員の大きな労力が必要となった。

図4:COVID-19クラスターの発生期のゾーニングの様子を表す図。
図4 発生期のゾーニング

施設の一番奥の部分に当初発生した方々を移動した。職員の出入りも、施設側からではなく、スクリーンの奥にあるドアから行われた。

図5:施設におけるCOVID-19感染拡大期のゾーニングを表す図。
図5 拡大期のゾーニング

施設のほぼ全面がゾーニング対象となった。この図は玄関フロアから入ったところのスペースであり、右の部屋は通常は会議室であるが、ここは、倉庫および休憩室として用いられた。

図6:施設におけるCOVID-19感染者の収束期のゾーニングを表す図。
図6 収束期のゾーニング

手前の部屋に、発症後治療を受けた方々が入室した。そのため、図の中央のカーテンの位置は戻りの利用者数に併せて変化した。

13:検査体制について

1.ウイルス検査について

 その後も高齢者施設での感染は不顕性感染からの場合が多いことが報告され、入所者への全数調査が必要である6)。当施設においても陽性者を把握するためにはPCR等の検査が必要であって、発熱やSpO2に基づいた感染の推定は行うべきでない。またウイルス検査が陰性の場合であっても、図3のように時間的な広がりがあるため検査は複数回必要となる。今回のエピソードでは一人当たり最大6回のウイルス検査が行われた。伝播から、感染、陽性化まではタイムラグがあり、1回のみの検査では判断できず、複数回検査を必要とする場合があることを想定しておく必要がある。また、行政検査は結果が翌日報告となるため、対応に時間的なギャップが生じた。今回のクラスター発生では3種類の検査方法が使い分けられた。

  • 1)保健所経由で行われたPCR検査
    • 入所者および職員の陽性判定の基本は保健所に唾液あるいは鼻咽頭ぬぐい液を用いて行った。検査結果が出るのが翌日であること、および朝10時までに保健所にもっていかなければならないという問題が生じたため、一部は抗原検査での判断を用いた。
  • 2)関連病院の検査室で行われた抗原定性検査
    • 抗原検査の対象となったのは、毎日のPCR検査提出期限後(朝10時)以降に発熱等の症状がでて感染が疑われた方である。鼻咽腔ぬぐい液を用いて2時間以内に検査結果の報告がなされた。
  • 3)近隣の病院の発熱外来で行われたLAMP法による検査
    • 職員が在宅中あるいは勤務中に発熱した場合には、近医の発熱外来を受診し検査を受けた。当日中に検査結果が判明した。

2.新規入所者のウイルス検査体制の確立

 老健ではウイルス検査の費用を保険請求できない。今回のようなエピソードを防ぐには入所時および疑い時にCOVID-19検査が出来るようにする必要がある。またCOVID-19感染陽性者は発熱や血中酸素濃度の低下を含む臨床症状では判断できない。比較的特異的な症状とされる味覚障害は、認知症患者では確認することが困難であった。これから冬にかけてインフルエンザの流行期でもある。インフルエンザの場合、発熱等の症状が比較的明確であるが、現在老健ではインフルエンザに対する検査費用も施設の持ち出しである。今後の施設内クラスター発生に対応するためには、感染症検査についての費用について見直すべきである。

3.職員に対する検査体制

 施設勤務職員は、いつ職場で感染するか、あるいはしらない間に感染していて、それを利用者等にうつすか恐怖の中で仕事をしている状態。職員に対する検査体制の確立が望ましい。

14:COVID-19罹患者の再入所について

 COVID-19に罹患すると利用者は指定された病院に入院する。その後一定期間を経た後、利用者は施設に戻ってくるのであるが、この対応も慣れないことが多かった。COVID-19に罹患し入院した場合、現在の退院のルールは以下のようになっている。

1.有症状者の場合

  • ①発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快後72時間経過した場合、退院可能とする。
  • ②症状軽快後24時間経過した後、24時間以上間隔をあけ、2回のPCR検査で陰性を確認できれば、退院可能とする。

2.無症状病原体保有者の場合

  • ①検体採取日から10日間経過した場合、退院可能とする。
  • ②検体採取日から6日間経過後、24時間以上間隔をあけ2回のPCR検査陰性を確認できれば、退院可能とする。

 今回当施設でのクラスター発生で施設内での陽性確認が続きゾーニングが継続している中で、最速無症候の利用者が10日程度で戻ってくる際の対応に苦慮した。戻ってくる方が活発な認知症患者の場合、ゾーニングを無視して動くためゾーニングの工夫が必要であった。

3.再入所時の在宅酸素療法加算

 以前から指摘されているように老健では介護報酬のしばりから在宅酸素療法が受けにくい状態である。高齢者のCOVID-19感染後は血中酸素が低下したままの方が多く、入院した病院から、退所後は在宅酸素療法の継続の指示が出されるがそのコストは施設持ちである。従って元の入所施設に戻すことが困難となる。老健入所者においても、在宅酸素が問題なく提供できる体制を構築すべきと考える。

4.感染症後の短期集中リハの再実施

 COVID-19で入院した方の心身機能レベルの低下が著しい。今後これらはデータをまとめて別途報告したい。本来老人保健施設では短期集中リハビリテーション7)および認知症短期集中リハビリテーション8)により、入所直後の利用者の機能の改善が得られている9)。入所後の時期にも依存するが、多くの利用者が時期的に短期集中リハ、認短リハの適応の時期ではない。しかしこういった方々こそ短期集中リハビリテーションが求められる。

5.入院中の併存症の悪化

 COVID-19で入院している期間、利用者の併存症が悪化する場合がある。今回のエピソードにおいても、入院中に褥瘡が悪化し、再入所後再度入院して、褥瘡の治療を要する方がいた。

6.その他の問題

  • 1)悪化したときの対応についての説明
    • 当施設利用者は、初回利用時にすべての方に、余命が残り少なくなった時の対応について方針を確認する一種のアドバンスドケアプランニング(ACP)を行っている。通常時であれば、老人保健施設での看取りは満足度が高い10)。しかしCOVID-19では、罹患者には保健所や入院先の病院からCOVID-19に罹患後状態が悪化した場合の対応の再確認が求められる。具体的には人工呼吸器やECMOの使用についてである。初回利用時には、看取りの際の延命治療として人工呼吸器やその他急性期医療は不要としても、COVID-19であった場合は、できるだけのことをして欲しいと希望する家族もいる。利用者は認知症で判断ができず、家族も、来所を制限している中で、短時間で行うことは困難な状況がある。
  • 2)職員の体制
    • 濃厚接触者が休まざるを得ないため、残りの職員に過大な負担がかかった。また、常に清潔動作を心がけなければならず、身体的・精神的な負担ははかりしれない。施設を継続するためには、様々な応援体制が必要である。
  • 3)入所中クラスターが発生した場合ショートステイ利用から入所利用切り替え
    • 介護保健施設における入所は、個別の自筆による署名捺印が必要である。認知症や障害があって当人では署名できない場合は、代理人としてのキーパーソンがその代わりに署名捺印が必要である。ところが、COVID-19でクラスターが発生している場合にはキーパーソンの施設訪問もお断りする事態となる。ショートステイ利用中にクラスターが発生した場合、ショートステイ利用者は帰宅が出来ないため、入所に切り替える必要が生じる。この際の事務手続きが、署名捺印を原則としている場合滞ってしまうという問題点が生じた。

15:おわりに

 本来老健は利用者の活動性やADLを上げるための工夫をしている施設である。ところがCOVID-19が蔓延してから、面会が制限された。クラスターが発生すると保健所等の指導により、厳しい隔離が行われることになった。居室から出てこれないと当然ADLは低下する。またこれまで毎日のように行われたレクリエーションも中止されたため、認知機能の低下もあるであろう。老人保健施設の理念とは異なるこのような対策をどのように、あるべき理念との融合を図るかは課題である。

 また今後はデータを整理し利用者の心身機能がCOVID-19クラスターの発生でどのように変化したのかも検討していく予定である。

文献

プロフィール

写真:筆者_大河内二郎先生
大河内 二郎(おおこうち じろう)
全国老人保健施設協会 常任理事
医療法人若弘会 介護老人保健施設竜間之郷 施設長
最終学歴
2005年 医学博士取得(産業医科大学)
主な職歴
1990年 筑波大学附属病院内科研修医 1992年 東京都老人医療センター神経内科医師 1999年 産業医科大学公衆衛生学助手 2000年 厚生労働省老人保健福祉局老人保健課課長補佐 2005年 九州大学大学院医学研究院医療ネットワーク学助教授 現職 医療法人若弘会 介護老人保健施設竜間之郷 施設長、筑波大学大学院非常勤講師、全国老人保健施設協会常任理事、東京大学医学部大学院在宅医療学特任講師
専門分野
神経内科、老年医学、公衆衛生学、地域医療学