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各論4 トピックス4 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とフレイル対策 ①フレイルと呼吸器感染症 ―COVID-19 を中心に―

 

公開月:2021年9月

自治医科大学附属さいたま医療センター
総合医学第一講座(呼吸器内科)教授
山口 泰弘

1:はじめに

 感染症は、いうまでもなく病原体によって惹起される疾患であるが、その発症や病態、予後には、宿主であるヒトが病原体にどのように反応するかが強く影響する。そのため、同じ病原体を原因とする感染症であっても、その臨床経過は多様である。特に新規感染症COVID-19のパンデミックが続く現在、我々は、SARS-CoV-2に感染した患者の一部のみが重症化し死に至る臨床経過の謎に直面している。フレイルは、臓器ごとの機能低下とは異なる視点で、ヒトの全身状態をみる概念である。フレイルの視点で、呼吸器感染症の臨床経過をみることは、たいへん興味深い。さらに、医療崩壊の危機に陥った各国では、フレイルの概念を集中治療の適否の判断に用いる提案もなされている。フレイルの評価が、COVID-19の臨床現場でどのように実用化されうるかも検討した。

2:フレイルについて

 本稿では、欧米からの研究報告を中心にフレイルと呼吸器感染症の関連に関する知見を紹介する。その際、欧米におけるfrailtyと本邦のフレイルとは、必ずしも同一でないことに注意を要する(以後はフレイルで統一する)。日本老年医学会より2014年に発表されたステートメントにおいて、フレイルとは、「高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転帰に陥りやすい状態」とまとめられている。つまり、本邦のフレイルの主体は、要介護状態になる手前の状態、いまだ可逆的な状態であることが強調されている。一方、欧米におけるフレイルについて統一された概念がなく、本邦のフレイルと同様に、健常と要介護状態の中間に位置付ける考え方と、ハイリスク状態から重度障害状態まで含める考え方がある。呼吸器感染症との関連をみた研究のほとんどは、後者の考え方に基づいてフレイルを評価している。

 フレイルの評価法の一つである、Rockwood and Mitnitskiのモデルは、多くの項目の障害の累積からフレイルを評価するもので、欠損累積モデルと呼ばれる1)。心身の衰えを反映する症状、症候、ADL障害、疾患、認知機能障害などを、幅広く、偏りなく評価し、障害の累積数であるFrailty Indexを算出して評価する。値は0-1で、高値であるほどフレイルが重篤であることを示す。

 COVID-19に関しては、後述のように、英国などで治療選択の判断にClinical Frailty Scale(CFS)を利用する提案が発表されたこともあり、CFSを用いた研究が圧倒的に多い。CFSは、カナダの老年病医であるKenneth Rockwoodにより作成されたものであり2)、日常生活活動の意欲や活動量、IADLやADL、介護の必要度、死期などから、「CFS1:very fit(壮健)、CFS2:well(健常)、CFS3:managing well(健康管理しつつ元気な状態)、CFS4:vulnerable(脆弱)、CFS5:mildly frail(軽度のフレイル)、CFS6:moderately frail(中等度のフレイル)、CFS7:severely frail(重度のフレイル)、CFS8:very severely frail(非常に重度のフレイル)、CFS9:terminally ill(疾患の終末期)」に分類する3、4)。CFSは、非常に短時間に、おそらく一分以内に評価できることが大きな特徴であり、加えて、さまざまな疾患の治療後の予後予測において優れた成果が報告されている。

3:フレイルとインフルエンザ

1.フレイルとインフルエンザの重症化

 インフルエンザは、高齢者で重篤となりやすい。本邦の厚生労働省からの報告においても、インフルエンザの入院患者は、成人では50歳台で増加しはじめ70歳台以上で激増している5)。一方、フレイルとインフルエンザの関連をみた報告は意外に少ない。Lees Cらは6)、呼吸器症状あるいは発熱のある入院患者に対してPCRによるインフルエンザ感染の検査を積極的に実施し、インフルエンザ感染者とその他の患者について、その後の臨床経過を観察し報告している。フレイルについては、10ドメイン、39項目からなるFrailty Indexを用いて評価された。全体の21.4%で死亡もしくはFrailty Indexの0.06以上の上昇がみられ、その他のケースを回復と定義すると、ベースラインのFrailty Indexの高値は、年齢や性別、ワクチン接種歴、インフルエンザ感染かどうかとは独立して、低い回復率を示した(2011/2012年のシーズンで Odds ratio=0.35;95% CI, 0.23-0.53)。

2.フレイルとインフルエンザワクチン

 インフルエンザワクチンの効果についても加齢やフレイルがさまざまに影響する。加齢に伴う免疫力の低下のため、ワクチンによるインフルエンザへの免疫力の強化は高齢の患者で弱い。一方で、前述のようにインフルエンザに罹患したときに重症化するリスクは高齢の患者で高い。つまり、高齢者では、ワクチンの効率が悪く影響は大きい7)。たとえば、ワクチンの効率を〔1-(インフルエンザ患者のワクチン接種者/非接種者のオッズ比)〕で計測すると、65歳以上で39.3%、65歳未満で48.0%と高齢者で低いが、それでも65歳以上の高齢者のインフルエンザ関連死亡を防ぐ効率は74.5%と高かったと報告されている8)。同様のことが、フレイルの患者でもみられると考えられ、フレイルの患者ではワクチンの効率は悪いが、一方で罹患後の影響が大きいため、全体として予防の効果が大きいと考えられる。

4:フレイルとCOVID-19

1.COVID-19の臨床像

 最初にCOVID-19の臨床像について現在の知見を概説する。なお、SARS-CoV-2が病原体名であり、このウィルスによって引き起こされる疾患名がCOVID-19である。潜伏期は一般的に3-5日、最長で14日である。飛沫感染が最重要と思われるが、接触感染もあり、一部空気感染も示唆されている。重要なポイントとして、本疾患は、発症の数日前の患者からも感染するとされていて、完全な感染予防策が難しい大きな理由である。

 COVID-19の臨床経過を重症度により分類すると、軽症80%、中等症15%、重症5%と報告されており、重症例の半数が死亡する9、10)。なお、各重症度の明確な定義は定まっていないが、呼吸回数の増加や低酸素血症など呼吸状態の悪化をきたしたものが中等症、人工呼吸管理を要するかそれに相当する状態が重症とされていることが多い。

 臨床症状は、初期には一般的な感冒と類似している。全身倦怠感が強かったり、急に味覚障害や嗅覚障害が出現したりすると、COVID-19が疑わしくなるが、初期症状のみでの鑑別診断は困難である。

 呼吸困難は、発症から1週間前後で起こることが多く、本症状が出現すると病状が悪化していることが示唆される。つまり、この時期に快方にむかうか、呼吸困難が出現してくるかが、軽症か中等症以上の臨床経過かを分ける。なお、注意すべきこととして、COVID-19では症状がないにもかかわらず、SpO2を測定すると予想以上に低酸素血症が強いことがあるとされている。SpO2を定期的に測定できるとよいが、在宅では排尿排便時などの呼吸困難がないか、呼吸回数の増加がないかに注意することが、中等症あるいは重症への進展にはやく気づくために重要である。また、高齢(65歳以上)あるいは、慢性呼吸器疾患、心血管疾患、糖尿病、肥満、免疫能低下、末期腎不全、肝障害の合併は重症化へのリスクである9)。検査所見としては、Dダイマーの上昇やフェリチンの上昇は重症度との関連が指摘されている。

 さらに、COVID-19の大きな特徴として、ひとたび呼吸困難が出現すると、しばしば急速に呼吸不全が進行する。典型的には、前述のとおり発症7日前後に呼吸困難が出現し、それから数日後、すなわち発症から10日前後に、重症例で人工呼吸を検討すべき重篤な状態となる10)。図1に、このような典型例の臨床経過をモデル図としてまとめた。フレイルとCOVID-19の臨床経過の関連を検討するとき、このような時間経過をたどるCOVID-19患者のどの時点の転帰に影響するのか、どの時点でフレイル評価を用いるべきかを考える必要がある。

図1:COVID-19の典型的な臨床経過モデルを表す図。
図1 COVID-19の典型的な臨床経過

2.年齢とCOVID-19の予後

 2019年末から急速にパンデミックとして世界中に流行したCOVID-19について、早い時期から高齢者で予後不良であることが報告されてきた11)。本邦の厚生労働省からの報告でも、その傾向は明らかで、死亡率(年齢階級別にみた死亡者数の陽性者数に対する割合)は60歳台から上昇しはじめ80歳台以上では20%前後になる12)。成人での傾向は、重症インフルエンザと類似している。フレイルは高齢者に多くみられることから、フレイルがCOVID-19の予後に関連することが予想された。

3.フレイルとCOVID-19の予後

 年齢は、COVID-19の生命予後に関わる最も重要な因子であるが、暦年齢の背景にある病態が何であるかは不明である。高血圧や糖尿病などがCOVID-19の重症化に関わることが報告されていて、これらは年齢とともに増加する疾患である。しかし、80歳台での急速な死亡率の増加は、合併する疾患数のみでは説明できないと推定される。

 より包括的な予後予測因子として、フレイル指標の一つであるCFSが注目されている。COPE研究は13)、イギリスとイタリアの多施設の観察研究により、CFSとCOVID-19の臨床経過との関連を評価した重要な研究である。本研究における各CFSでの生存曲線では、CFSが高くなるほど生存率が低下していた。年齢などを調整した多変量解析においても、フレイルと死亡までの日数や7日後の死亡率の間に有意な関連がみられた。同様に、Aw Dらは14)、後ろ向きに664名のCOVID-19患者の臨床経過を調査し、入院2週間前のCFSと死亡率の間に有意な関連がみられた。ただし、CFS1-3の患者と比較して、CFS4やCFS5の患者の死亡率には有意な差がなく、CFS6で2.13倍(95% CI 1.34-3.38)、CFS7-9で1.79倍(95% CI 1.12-2.88)の死亡率の増加がみられた。どのCFSで予後が大きくかわるかは、研究ごとに一致せず、予後予測のカットオフ値の設定が可能であるかは疑問が残る。

 Frailty IndexCOVID-19の臨床経過の関連をみた報告もあり、Frailty Indexの高い症例で院内死亡あるいはICU入室となった症例の率が、年齢などを調整しても有意に多かった15)。中国からの報告では、F:Fatigue(倦怠感)、R:Resistance(筋力)、A:Aerobic(有酸素運動)、I:Illness(疾患)、L:Loss of weight(体重減少)の5項目からなるFRAILスケールによる評価によって、フレイルがCOVID-19重症化の頻度と有意に相関した16)

 一方、フレイルとの関連に否定的な報告も散見される17、18)。このような結果の不一致が起こる要因も明らかでない。文献17、18は、いずれも死亡率が50%を超えるような集団を対象としており、全体の高い死亡率が結果に影響しているのかもしれない。

4.フレイルによるトリアージと今後の課題

 COVID-19の猛威により医療がひっ迫するなか、特に西欧を中心に、限られた医療資源をどの患者に提供するかという過酷な議論が迫られることになった。混乱する臨床現場で、このような複雑な判断をすすめることは難しい課題である。NICE COVID-19 Rapid Guidelineは、フレイルの指標であるCFSをもとにした治療レベル決定のためのスクリーニングを提案した19)

 トリアージは極めて難しい問題であるし、その時の医療体制や感染状況にも左右される。暦年齢のみによる治療選択を避けるためにも、フレイルを含めた簡便で有効な予後予測の指標の確立が待たれる。上記のように、フレイルとCOVID-19の予後の間には一定の相関がみられるが、課題も多い。フレイルに関する現在の研究のほとんどは、COVID-19発症からの臨床経過を観察している。私の知る限り、COVID-19に対する治療効果がフレイルとノンフレイルで異なるかをみた研究はみられない20)。例えば、重症化した時点で、人工呼吸管理の有効性が発症前のCFSによって異なるかどうかが明らかになれば、治療方針決定にはたいへん有用である。重症例のみを対象にした観察研究においても高齢者で死亡率が高いことから、重症化してからの予後もフレイルの患者で不良であることが予想される21、22)。しかし、例えばBurns GPらの報告では23)、侵襲的人工呼吸の適応がないと考えられた患者28名に非侵襲的人工呼吸を適応した結果が報告されていて、死亡した14名のCFSの分布と生存した14名のCFSの分布に明らかな差はみられない。実際、CFSによるトリアージには検証が不十分とする指摘もある。

 重症者が生存したときの回復経過に関するデータについても、今後さらに多くのデータが報告されると思われる。人工呼吸を離脱したのち、長期のリハビリテーションを通して日常生活活動を取り戻す予備力にこそ、ベースラインにフレイルがあるかどうかが影響すると思われる。このような長期経過が十分に解析されれば、COVID-19診療においてフレイルを評価することの意義がさらに多く明らかになると思われる。

5:おわりに

 COVID-19パンデミック下、医療資源のひっ迫に対するトリアージの必要性が議論される一方で、集中治療を本当は望んでいない患者が、突然の状態悪化のために、その意志をくみとられることなく集中治療が適応されているかもしれないという課題も存在した24)。フレイルがCOVID-19の臨床経過に与える影響については、今後さらに多くのデータが集積されると予想されるが、単一のカットオフ値で有効な治療を明確に決定できるようになるとは思えない。フレイルな患者の治療選択が親族の過度な負担や後悔、悲哀の原因とならないためにも、アドバンス・ケア・プラニングの重要性が改めて注目されている。

 日本老年医学会のホームページには「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期において高齢者が最善の医療およびケアを受けるための日本老年医学会からの提言―ACP実施のタイミングを考える―」が掲載されている25)COVID-19では、急速な病状の悪化や面談の制約のため、"発症してから希望を確認する"わけにはいかないことも多い。アドバンス・ケア・プラニングは、高度な技術と思われがちであるが、議論のプロセスを重視するものであって、事前の意志を決定することが必須なわけではない。本人が不快にならないことを配慮しつつ、COVID-19が社会問題となっている今、COVID-19の正しい理解を確認し合う過程で、もしもの時のことについても少し触れてみるとよいと思われる。身近な人や患者さんから、思いがけずしっかりとした考え方がきかれるかもしれないし、意見をもとめられるかもしれない。

 本稿では、呼吸器感染症が発症したときの重症化リスクとしてのフレイルを中心に記述したが、フレイルを日常的に評価する意義は、それだけでない。日常的な身体活動や社会活動、栄養摂取などにより、フレイルを健常な状態にすることは、呼吸器感染症の重症化の予防につながる。また、それでもフレイルの進行する患者について、アドバンス・ケア・プラニングをすすめるきっかけにもなるだろう。

文献

プロフィール

写真:筆者_山口泰弘先生
山口 泰弘(やまぐち やすひろ)
自治医科大学附属さいたま医療センター
総合医学第一講座(呼吸器内科)教授
最終学歴
1996年 東京大学医学部卒
主な職歴
1996年 東京大学医学部附属病院 1997年 三井記念病院、国立療養所東京病院 2000年 東京大学医学部附属病院老年病科 2019年 自治医科大学附属さいたま医療センター総合医学第一講座(呼吸器内科)教授 現在に至る
専門分野
呼吸器内科、老年医学、睡眠呼吸障害