各論3 まちづくりを通してのフレイル予防・対策 2. フレイル予防に資する社会参加を軸とする地域づくり
公開月:2021年9月
東京大学 高齢社会総合研究機構
特任研究員
田中 友規
1:はじめに
人生100年時代と呼ばれるほど、ヒトは長い人生を歩めるようになった。これも医療技術の発展や公衆衛生の向上・生活環境の改善など、先人たちの弛まぬ努力の賜物である。しかしながら、延長された人生をより豊かに快活な時間にできるかは、健康に大きく左右されてしまう。すなわち、長い時間を生きることが健康で長生きとは言い切れないということだ。特に誰も経験したことのない未曽有の少子高齢化社会に突入した日本ではその対応に大きく追われている。地域住民を支える包括的なケアの在り方はもちろん、患者の大半が高齢者となる地域医療ですら老年医学的対応が十分とはいえない現状もある。地域社会を持続可能なものとするには、介護保険給付頼りではなく、当事者である高齢者自身や住民が主体的に社会に関わることにより、地域の課題解決に向けて力を集約し「健康長寿な地域づくり」を目指すことが今まさに求められる。人口減少と高齢化率の高まりを背景に、高齢期の日常生活機能の維持向上を目的とした健康長寿な仕掛けづくりは、健康で活力ある地域社会に資する最たる投資である。
2:フレイルとは何か?地域づくりがなぜ重要か?
健康長寿社会を目指す流れの中で、「フレイル」が提唱され注目を浴びている。フレイルとは"加齢に伴う生理的予備能の減少により、ストレスに対する抵抗力・回復力が低下し脆弱性が亢進した状態"と定義され、健常な状態と要介護状態の中間にある虚弱化状態を指す1)。フレイルな高齢者は生活機能障害や死亡を含む健康被害をもたらす危険な状態である。フレイルは、健康障害に対する脆弱性が高い状態ではあるが、自立機能は維持されており、可逆性が残されている側面があるため然るべき介入による可逆的な回復が期待できる(図1)。
高齢期の虚弱といえば身体機能の衰えばかりが注目されるが、加齢に伴う脆弱性を亢進させる要因は多面的である。すなわち、フレイルとはサルコペニアに代表されるような身体的な衰え「身体的フレイル」のみを示すわけではなく、社会的孤立や支援の欠如、経済的困窮などの社会的機能の衰え「社会的フレイル」や、抑うつ傾向といった精神心理的機能の衰え「精神・心理的フレイル」、軽度認知機能低下が併存した認知的フレイル等の多面的な衰えを指す。近年では身体的なフレイルの一側面として口腔機能の衰え「オーラルフレイル」も重要な要素として提唱されている2)。これらの多面的な側面をもつフレイルを医療機関のみで対応することが困難であることは想像に難くない。すなわち、フレイル対策の担い手は医療機関のみならず、むしろ医療機関の門を叩く前の地域であり、地域包括的な対応が求められる。特に社会的フレイルといった社会的な要因に関する課題解決には住民たちの主体的な社会参加や支え合いによる取り組みが必要である。
フレイルの評価方法として最も頻繫に用いられるのがFriedらにより提唱された「表現型モデル」である3)。これは、フレイルの結果として表出される兆候は、①体重減少、②易疲労感、③活動量の低下、④筋力低下、⑤歩行速度の低下の5つに集約されるモデルである。この5つの内、3つ以上に該当する場合にフレイル、1-2つ該当する場合にはプレフレイル、全く当てはまらない者をロバストとする。日本人地域在住自立高齢者における有症率はフレイルが7.4%、プレフレイルが48%、ロバストが45%とされる4)。表現型モデルは、身体的フレイルの評価法として活用される場合が多いが、表現型モデルでフレイルに該当した高齢者には表出されないフレイルの要因を多面的な側面から検討し、社会的支援等も含めた包括的な介入を施すことにある。よって、フレイル対策の担い手は医療・介護従事者に留まらず、むしろ産学官民をも巻き込んでいかなければ課題解決には至らない(図2)。
しかしながら、日本の地域コミュニティにおけるフレイル予防の現状は、各自治体が従来の介護予防事業の延長で独自に実施し始めている場合が多く課題が山積である。例えば、事業の持続可能性が検討されていない、科学的な検証がなされていない、ごく一部の健康関心層にのみが参加する、あるいはハイリスク高齢者のみが対象となっている場合が良くみられる。よって、フレイル予防・健康長寿な地域づくりを目指すには、若い世代をも巻き込みながら、誰しもがフレイルを知り自ずと予防や支援に取り組むことができる地域社会全体へのポピュレーション・アプローチがまず重要である。同時に、より個別対応が求められる高齢者には医療的対応や生活支援を施せるようなハイリスク・アプローチを施すための受け皿整備や連携構築も重要である。これらを加味した多様なレベルへの効果的なヘルスプロモーションを各自治体の実情に合わせて取り組むことが必要であり、まさしく地域づくりそのものである。有効なヘルスプロモーションを考慮する際には、どれほどの人間に介入が到達したのか、参加者の代表性はどうなのか(Reach)、介入の有効性は(Efficacy/ Effectiveness)、介入を担う実施者や環境の代表性(Adoption)、介入プログラムがプロトコルを遵守できているのか(Implementation)、そして介入の個人レベルの効果維持や介入の持続可能性(Maintenance)の観点が実社会に落とし込む際には必要であり、それぞれ英語の頭文字をとってRE-AIMモデルといわれている。このRE-AIMモデルに沿ったヘルスプロモーションを自治体や地域住民が独自で行うには限界がある。よって、これらの観点から俯瞰的に介入を検討し効果検証を可能とする研究者等の専門性をもった人間の存在が不可欠である。またRE-AIMモデルの視点から考えると、より身近な産業との連携も重要になってくる。このような橋渡し研究を行うためにも、研究者も地域社会に積極的に参与し、共同で地域課題に立ち向かうアクションリサーチの姿勢が求められる。
従来の地域づくりでは、住民自身や医療従事者はもちろん産学官民の連携が課題となることが多かった。「フレイル」はこれら全てのステークホルダーが共有でき役割を持てるアウトカムであり、円滑な連携に資する可能性を秘めている。すなわち、フレイル予防を通じた健康長寿な地域づくりには大きな期待が込められているのである。
3:地域で取り組むフレイル予防のポイントは?
地域で取り組むフレイル予防活動を仕掛ける上で最も重要なポイントは、高齢者のフレイル予防への意識変容や行動変容を引き起こすために、いかに医療・介護・福祉の多職種連携のみならず産学官民の連携による多様なレベル(個人内/個人間/コミュニティ/地域)への効果的なヘルスプロモーションを行うかである。よって、地域に住む高齢者自身や住民、各自治体(行政)といった役者達と連携することで、より早期段階からの予防・治療を施すことが極めて重要である。
高齢者個人のフレイル予防に向けた意識変容や行動変容を促すための具体的なポイントがある。健康行動理論では全ての行動は認知を通じた意識変容から起こると言われている。ヘルスプロモーションでは個人内レベルが最も基本であり、その行動理論の1つとして、健康信念モデルがある。健康信念モデルでは行動変容に必要な6要素を理論化しており、フレイル予防を例に考えてみると、まず高齢者自身がフレイルになり得る可能性があることを知り(脆弱性の認知)、フレイルが重篤な結果をもたらすことの理解から始まる(重大性の認知)。そして、フレイル予防それ自体には大きな障害が伴わず(障害の認知)、リスクの減少が期待できることの把握が重要である(利益の認知)。さらに、リスクの思い出しや継続的な指導、励まし(行動のきっかけ)、自己効力感(行動に対する自信)が高い状態にあるほど、行動変容や維持をしやすいという。さらに行動変容の程度が時間軸で動的に変化する構造モデルに「変化のステージモデル」や「予防行動採用プロセスモデル」があり、両モデルともに重大性を知り関心を持つことが初期段階としている。したがって、フレイルを知ること、自身の脆弱性や重大性の認知が予防のスタートラインである。
より多くの国民がフレイルに対する脆弱性を知る最大の方法はいつでもどこでも実施可能なセルフチェック法である。代表的な方法として「指輪っかテスト」がある(図3)。指輪っかテストは身体的フレイルの中核を成す要素の1つであるサルコペニアの可能性を判断できるチェック法である。サルコペニアは四肢骨格筋量の減少に、筋力や身体機能の低下が併存した病態であるが、高額機器や時間・空間など、その評価には地域はもとより臨床現場でも課題が多い。そこで、筆者らはサルコペニアの簡易スクリーニング法「指輪っかテスト」を開発した5)。指輪っかで囲めないほど下腿周囲径が太い人と比べると、囲める人はサルコぺニアの発症リスクが約3倍も高いことがわかった。さらに、指輪っかで隙間ができるほどふくらはぎが細い人は、サルコペニアどころか要介護や死亡リスクですら高かった。また、サルコペニア診療ガイドラインでも推奨されている6)。また2019年にアジアにおけるサルコペニア診断方法が改訂され、地域でも対応可能なように下腿周囲径の重要性がより高まっている7)。他にも、フレイル予防に対して重要な11項目(栄養(食・口腔)、運動、社会性)を盛り込んだ質問票「イレブン・チェック」がある(図4)8)。イレブン・チェックは結果を青信号(良い)、赤信号(悪い)で表しており、弱点となる要素の認知と目標設定(赤信号を青信号にする)を同時に提供できる健康行動理論に沿ったセルフチェック法である。指輪っかテストで囲める者やイレブン・チェックで赤が多い者は医療・介護・福祉レベルの介入が必要である可能性が高く、その中には脆弱性の認知によりはじめて医療・介護・福祉の門を叩く者もおり、セルフチェックは地域における効率的なフレイル予防に欠かせない。
4:地域ぐるみでフレイル予防に取り組む―住民主体の包括的フレイルチェック―
フレイル予防活動は個人への仕掛けと集団への仕掛けの両輪が重要である。健康行動モデルの1つに社会的認知理論があるが、行動変容は個人的要因だけではなく周囲の行動変容、社会環境が相互に影響し合うという相互決定論に基づいている。したがって、集いの場といった集団での行動変容を促すことがより効果的なプロモーションである可能性が高い。さらに近年では、健康無関心層を含めて健康づくりを進める上での重要な健康政策の1つにナッジを利用した戦略も期待されている。ナッジとは、人々を強制することなく望ましい方向に誘導するような仕組みであり、地域におけるフレイル予防の観点からも、日常生活の中で無理なく無意識的にできるフレイル予防法が、無関心層を含めた多くの高齢者に有効だと考えられる。したがって、フレイル予防プログラムを介入する場合でも、集いの場などの集団に対する実施がより効果的であることが期待できる。なぜならば、集いの場等に参加している高齢者の中には、フレイル予防自体には全く関心がないにも関わらず、集いの場でのイベントの一環であるから参加する者も多くいるためである。この観点ではより高齢者の生活に寄り添った場所でフレイルを啓発することも重要である。例えば、地域に根差した商業施設でフレイルチェックを実施するなどの取り組みを進めている。実際にそのような場で行った参加者の方が、健康管理に対する自己効力感も低い傾向にあった。
地域におけるフレイル予防の取り組みとして筆者らの研究グループが仕掛けている「栄養(食・口腔機能)、運動、社会参加の包括的フレイルチェック(以下、フレイルチェック)」を紹介する(図5)8)。フレイルチェックは、千葉県柏市在住の地域在住高齢者を対象とした前向きコホート研究(柏スタディ)から得た知見を基盤とし、上記の行動理論を前提に、産学官の有識者による度重なるディスカッションを経て産まれた。フレイルチェックはフレイル兆候への気づきと自分事化を促すことを目的としたプログラムであり、地域住民主体かつ集団で行われる点が特徴である。フレイルチェックの参加者は、フレイルの兆候がない場合は青信号シール、フレイル兆候がある場合は赤信号シールをチェックシートに貼り付けることで、栄養・運動・社会参加を含む多面的なフレイルの兆候を自覚できる。また、所定の養成研修を受講した地域の住民サポーター(フレイルサポーター)が、プログラムの進行や測定を担い、標準化された教材(ハンドブック)によるアドバイスや地域情報の提供までを担っている。この簡単な予防法の紹介や教材の提供により達成可能なファーストステップを示すことで、行動に対する自己効力感を高める効果も期待している。また、フレイルチェックは住民主体の集団で行う笑いの絶えないエンターテインメント性をもち、参加への障害も少なく継続参加が容易であるように設計されている。さらには尊敬できるフレイルサポーターや周囲の参加者がロールモデルにもなり得る。同一会場での実施であれば、周囲の仲間のポジティブな行動変容が自身の行動変容や習慣化を強め合う効果も期待できるのである。
フレイルチェックの最大の特徴はフレイルサポーターがその担い手であるという点である。フレイルサポーターは現状では指定の研修会と数回の実務経験という過程を経てサポーターとなるが、フレイルチェックの担い手となることそれ自体がサポーター自身の社会参加や社会的役割となり、自己効力感に大きな影響を及ぼす。実際に、フレイルサポーターはフレイル予防活動を通じて地域貢献の気持ちが強くなり、自分自身のフレイルチェックの成績も良くなることが分かっている。また、フレイルサポーターを陰から支えるフレイルトレーナー制度も醸成されてきている。フレイルトレーナーとは、各自治体に数名いる医療専門職(主にリハビリテーション関連の職種)であり、フレイルチェックが地域に根ざすまでのコーディネーターであり、フレイルチェックの医療的側面もしっかりと下支えしている。
5:住民主体の包括的フレイルチェックは参加者や地域に何をもたらすのか?
フレイルチェックの結果データは各自治体が集約・管理しており、研究協力の同意が得られた参加者のデータを用いて、時系列的な検証等が可能である。近年、全国のフレイルチェックから得たデータからも、少しずつ客観的な知見が得られつつある。フレイルチェックでは合計22個の青信号シールあるいは赤信号シールを貼る項目があるが、その赤信号の数と将来の要介護新規認定リスクとの関連も見えてきた。千葉県柏市のフレイルチェック参加者1,442名(75.0±6.2歳、女性74%)を最大4年半追跡した結果、赤信号数が6個を超えた段階から要介護新規認定や死亡のリスクが上昇傾向にあり、8個を超えた高齢者では有意にハザードリスクが高いことがわかった。特に、筋力や身体機能に関する項目が悪い者ほどよりリスクが高まることもわかり、優先的な対応が求められる。従って、赤信号数が8個を超えているようなハイリスク集団は決して見逃すことなく、地域包括支援センター等につなぎ然るべき介入や支援を施せるよう、地域特性に応じた医療と介護の一体的な受け皿を整備しておく必要がある(図6)。
たとえ赤信号数が多い高齢者であっても、赤信号数を1つ減らすことができれば推定約16%程度のハザードリスク軽減も見込めた。よって、青信号数を維持しながら、赤信号数を1つでも減らす努力が重要である。それでは、フレイルチェックに参加した高齢者の赤信号は減るのだろうか。フレイルチェックは運動教室のような直接的介入ではないが、既存の介護予防事業やインフォーマルな活動の紹介や参加勧奨を行っている。筆者らは平成29年度時点でフレイルチェックに2回以上参加した536名(平均年齢74.8±6.7歳)を対象に、初回と2回目の変化を追ってみた。結果として、72%が以前と比べてフレイルに気を付けるようになったと意識変容が起きたと回答し、平均年齢約75歳の集団でも意識変容が起きた高齢者では有意に赤信号が減ることがわかった。特に口腔機能や身体活動、社会性が向上する傾向にあり、この傾向は地域や性別、前期高齢者や後期高齢者に限らず同様であった。このように、従来の介護予防で抜けがちであった効果検証もフレイルチェックで得られるデータを利用して実践できる点がフレイルチェックの魅力の1つともいえる。フレイルチェックを導入した自治体ではいかにRE-AIMの視点に立って、フレイルチェック参加後の介入を仕掛けるのかが問われており、実際に自治体間で大きな個別化がうまれている。
最後にフレイルチェックを導入し地域社会で広くフレイル予防を啓発することが、その地域に住む高齢者個人のフレイル・介護予防に有効である可能性が見えてきたので紹介する。東京都西東京市は多くのフレイルチェック導入自治体の中でも屈指の質を誇るモデル自治体である。この西東京市では75歳以上自立高齢者の生活状況調査として悉皆調査を実施している。民生委員の協力もあり回収率が90%を超える代表性の高い質問票調査である。日本老年医学会が世にフレイルを出した2014年5月の翌年、2015年度にこの生活状況調査を実施しフレイル状態等を評価している。その後、フレイルチェックを導入しフレイルサポーターは約50名に上っている。西東京市では、フレイルチェックを約40回、フレイルに関するミニ講座を約24回、市内での出張講座やイベント等でのフレイルの紹介を約30回と地域に多くのフレイル予防運動を展開してきた。その3年後の2018年度に改めて同様の調査を行ったところ、フレイル予防活動を積極的に行っている地域では認知率が高い傾向にあり、有意な地域差が認められた。また、このフレイルの認知率の高い地域に居住していることが、年齢等の個人変数や高齢化率などの地域変数の影響を加味しても、高齢者個人のフレイル状態の悪化や要介護認定に対して保護的に働いていたことがわかった。今後、より長い経過を追いながらより定量的に検証していく必要があるが、フレイル予防を通じた地域づくりがフレイルチェックに参加した者だけではなく高齢者住民の健康長寿にも少なからず良い影響を与えられる可能性がみえてきている。
6:さいごに
地域社会を持続可能なものにするには、介護保険給付頼りの受け身の姿勢ではなく、当事者である高齢者自身や住民が主体的に地域の課題解決に向けて力を集約した「健康長寿な地域づくり」を目指すことが求められる。産学官民が連携しやすいフレイル予防はその最たる切り札の1つであり、実際に住民主体のフレイルチェックを中心としたフレイル予防の地域づくりが住民の健康長寿に有効である可能性も見えてきた。住民主体のフレイル予防活動の前提として、医療や介護という一種のセーフティネットの存在が不可欠であるからこそ、地域社会で戦う医療・介護従事者は老年学・老年医学を学び、地域連携にも精通しておくことが必要である。
文献
プロフィール
- 田中 友規(たなか ともき)
- 東京大学 高齢社会総合研究機構
特任研究員 - 最終学歴
- 東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻修了
- 現職
- 東京大学 高齢社会総合研究機構 特任研究員
- 専門分野
- 老年医学、老年学、フレイル・サルコペニア 全国規模で導入されているフレイルの早期発見プログラム『高齢住民サポーター主体のフレイルチェック』を基盤とした、高齢者の多面的な機能維持・向上に資する研究に従事