各論2 基礎研究からの最新知見 2. 骨格筋の質の評価
公開月:2021年9月
筑波大学人間系 教授
山田 実
1:はじめに
骨格筋の状態を示す代表的な指標として"力"と"量"があるが、近年では、第3の指標として"質"が注目されている(図1)。一般的に、筋力と骨格筋量は比例関係にあるとされるが、加齢に伴い、この一定の関係性が崩壊してしまうことが確認されている。この背景には、神経系の影響や骨格筋量の計測方法の困難さが潜んでいると考えられており、このようなものの定量化を試みたものが骨格筋の質ということになる。本稿では、発展途上段階である骨格筋の質について概説する。
2:骨格筋の質
骨格筋の質に関係する要素として、神経系によるもの、収縮要素によるもの、それに非収縮要素によるものが挙げられる(図2)。いずれも、加齢による影響を強く受けると考えられており、高齢者では骨格筋の質が低下しやすい状態にあると考えられている。骨格筋の力や量がそうであるように、骨格筋の質の低下も、各種有害健康転帰に影響することが知られている1、2、3)。なお、各種身体機能に対しては量よりも質の方が関連していることを示す報告も存在する4、5)。一方で、介入によって改善しうる可能性も示されており、病態理解と適切な評価によって骨格筋の質の状態を把握する必要がある。以下、神経系、収縮要素、非収縮要素のそれぞれについて解説する。
1.神経系の加齢変化
神経系の要素としては、リクルートメントとレートコーディング、すなわち運動単位と神経発火頻度が関係する。運動単位とは1本のα運動ニューロンとそれが支配する筋線維で構成されるものであり、加齢に伴い運動単位数は減少することが報告されている6)。また、α運動ニューロンの発火頻度は張力と直線関係が認められるが、この発火頻度も加齢と共に低下することが示されている7)。つまり、仮に骨格筋量が同等であったとしても(外見上の骨格筋のボリュームが同等であったとしても)、加齢に伴う神経系の変化により筋出力が低下する可能性がある。
2.収縮要素の加齢変化
骨格筋の収縮要素とは筋線維のことであり、これには大きくタイプ1線維(遅筋線維)とタイプ2線維(速筋線維)がある。前者は収縮速度が遅く疲労しにくい持久性に優れた筋、後者は収縮速度が速く疲労しやすい瞬発性に優れた筋である。興味深いことに、後者は加齢に伴って減少しやすいのに対して、前者は維持されやすいことが知られている8)。つまり、加齢に伴い筋膜内の筋線維の組成が変化し、タイプ1線維の割合が増加することになる(図3)。タイプ1線維はタイプ2線維よりも張力が弱いため、仮に骨格筋量が同等であったとしても(外見上の骨格筋のボリュームが同等であったとしても)、このような筋線維の組成変化は筋出力を低下させることになる。
3.非収縮要素の加齢変化
非収縮要素とは、筋膜内において収縮要素を有する筋線維以外の線維化組織や脂肪組織(骨格筋内脂肪)のことを指す(図4)。前述の収縮要素の加齢変化では、筋膜内の筋線維の組成が変化することを示したが、筋膜内の組成変化はこれだけでなく、筋線維自体の割合が減少する可能性が指摘されている。筋膜内の非収縮要素が増加するためである。筋生検によって得られた画像からは、加齢に伴い細胞の間隙が増加していることが伺え8)、ここには線維化組織や骨格筋内脂肪が浸潤していると考えられている(図3)。つまり、筋膜で覆われたサイズが保たれていても(外見上の骨格筋のボリュームが同等であったとしても)、非収縮要素が占める割合が大きくなれば(収縮要素を有する筋線維の割合が減少すれば)、筋出力は低下することになる。
3:骨格筋の質の計測方法
骨格筋の質の計測方法には、大きく2つの方法がある。一つは、効率(「筋力/骨格筋量」)を評価する方法であり、単位量当たりの筋力を算出する。もう一つは、見た目の状態(「収縮要素/非収縮要素」)を評価する方法であり、各種画像解析装置より得られた画像から質の評価を行う。ただし、いずれもスタンダートとされる方法ではなく、未だ発展途上段階と言える。
1.効率による評価
効率の評価としては、筋力を骨格筋量で除した値が用いられることが多い(図5)。例えば、握力を前腕部の骨格筋量や上肢筋量で除した値、膝伸展筋力を大腿部の骨格筋量や大腿部筋厚で除した値などが用いられる。骨格筋の単位量あたりの筋力が大きい方が、質が良好であることを示す。筋力の測定には、握力計やハンドヘルドダイナモメーター、等速性筋力測定装置などが用いられることが多い。骨格筋量の計測としては、生体電気インピーダンス法(BIA: bioelectrical impedance analysis)による骨格筋の重量(kg)や、核磁気共鳴画像法(MRI: magnetic resonance imaging)やコンピュータ断層撮影(CT: computed tomography)による筋断面積(㎠)、超音波画像による筋厚(cm)などが用いられている。
2.見た目の評価
見た目の評価としては、MRI画像やCT画像、超音波画像などを用いて、画像の濃度の判定が行われることが多い。例えば、超音波画像の場合には輝度といい、骨格筋がより白く描写されるほど非収縮要素を多く含み(≒質が悪い)、逆により黒く描写されるほど収縮要素を多く含むとされる(≒質が良い)(図6)。このような検査は比較的簡便に行える反面、機器の種類、精度、設定などに依存して値が変動してしまうという欠点がある。そのため、多施設間での比較や先行研究との照合が行いにくい。
4:位相角による骨格筋の質の評価の可能性
前述のように、骨格筋の質の測定方法として統一されたものがない中で、近年、BIA法による位相角(phase angle)が骨格筋の質を示す指標として注目されている。これは、リアクタンスとレジスタンスの値より算出される角度のことであり、細胞膜の生理的機能レベルを反映するとされる(図7)。角度が大きいほど健常な細胞であることを示す(図8)。近年の研究により、位相角が加齢により低下すること、筋力や骨格筋量と関連すること、さらに各種身体機能と関連することなどが報告されている9、10、11)。
1.位相角の利点
位相角は、測定技術などに依存せず客観的な数値を示すことが出来る特徴がある。他の骨格筋の質の評価は、被験者の健康状態やモチベーション(筋力測定には疼痛やモチベーションの影響を受ける)に依存したり、検査者・測定者の主観的な判断が求められることが多く(例えば、超音波プローブの当て方、骨格筋の部分をトレースする)、客観性にやや欠けるという欠点がある。その点、位相角はBIA装置より測定・算出された数値をそのまま用いることから、客観性が担保された指標であると言える。
また位相角は、各測定装置固有の計算式に依存しないことから互換性にも優れた指標である。BIA法による計測では、各周波数帯域および各セグメントのリアクタンスとレジスタンスを計測し、それらの値を基に骨格筋量が算出される。このローデータは、各測定装置間で誤差が少なく、ほぼ同じような値が計測可能であることが確認されている。しかし、各測定装置によって骨格筋量を求める計算式が異なるため、各測定装置に骨格筋量に差が生じることが知られている12)。その点、位相角は図7でも示されるように、リアクタンスとレジスタンスのローデータを用いて単純な計算式によって求めることから、各装置間での誤差が生じにくく互換性が保証された指標と言える。
また、位相角は介入効果を判定する効果判定指標としても有用である。CTやMRI、BIAなどで計測する骨格筋量は、短期間の運動介入ではあまり変化が認められにくく、介入効果を鋭敏に捉えているとは言い難い。筋力はトレーニング効果を反映しやすい指標であるが、前述のように被験者自身の状態に左右される指標であり、特に対象が高齢者である場合には数値の解釈に留意が必要となる。その中で、位相角はトレーニング実施によって改善、トレーニング休止によって悪化するということが確認されており13)、効果判定の客観的指標として有用であることが伺える。
5:骨格筋の質に対する介入効果
骨格筋の質に対する介入効果も示されている。ただし、同様の介入方法、統一された評価指標によるまとまった見解を得る(システマティックレビューなど)には至っておらず、十分なエビデンスが存在するとは言い難い。このような限定的な中であるが、レジスタンス運動や有酸素運動などには骨格筋の質を改善させる効果が認められている14、15)。また近年では、運動とタンパク質摂取の併用による骨格筋の質改善効果も示されている16、17)。
興味深い点として、骨格筋の質の変化が比較的早期に得られることが挙げられる。骨格筋の力および量がアウトカムである場合、筋力はトレーニングによって改善、トレーニングの休止によって低下するなど、トレーニングの効果を比較的鋭敏に捉えられることが知られている。一方、骨格筋量の場合、1カ月間などの短期間のトレーニングやトレーニング休止ではあまり変化しないことが多く、効果判定指標としては扱いにくい点がある。そのような中で、骨格筋の質(前述の位相角も)は、筋力と同じようにトレーニング/トレーニング休止に応じて鋭敏に変化することが示されており13、14)、効果判定指標として有用である可能性がある(図9)。
おわりに
骨格筋の質は、身体機能や各種有害健康転帰との関連があり、効果判定指標であることから、これを適切に評価することは臨床的に意義があると考えられている。しかし、ここでも示したように様々な測定方法があり、"骨格筋の質"が網羅する範囲が広く、現時点では統一された指標となっていない。しかし、2018年に報告された欧州サルコペニアワーキンググループ(EWGSOP2: European Working Group on Sarcopenia in Older People 2)のアルゴリズムでも骨格筋の質の測定の重要性が示されており18)、近い将来、骨格筋の質の評価が一般的に実施されるようになる可能性がある。今後は、信頼性や妥当性は勿論のこと、汎用性や簡便性なども考慮しながら、スタンダートとされる指標を確立することが求められる。
文献
プロフィール
- 山田 実(やまだ みのる)
- 筑波大学人間系 教授
- 最終学歴
- 2010年 神戸大学大学院医学系研究科博士後期課程修了(保健学博士)
- 主な職歴
- 2008年 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻助手 2010年 同・助教 2014年 筑波大学人間系准教授 2019年 同・教授 現在に至る
- 専門分野
- 老年学、リハビリテーション