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総論 フレイルの全体像を学ぶ 5.精神・心理的フレイル

 

公開月:2021年9月

鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科
漢方薬理学講座 特任教授
乾 明夫

1:はじめに

 日本は世界に先駆けて超高齢社会に到達し、社会のあり方や疾患構造そのものが大きく変貌しつつある。健康長寿をもたらす取り組みは、国や地域社会をあげて行われ、種々のレベルでのパラダイムシフトが求められている。その中で注目されている病態はフレイル(Frailty)である(図1)1、2、3)。骨格筋萎縮(サルコペニア:Sarcopenia)を骨子とした予防医学としての概念であり、漢方でいう未病病態である。わが国において、平均寿命と健康寿命の差は男性で9年、女性で13年と言われる。フレイルの予防と治療は、健康寿命の延長のみならず、超高齢社会を迎えたわが国の持続ある発展のために、克服すべき大きな課題となっている。

 本稿では心身のシンドロームであるフレイルを、その精神・心理的側面を中心に治療も含めて述べる。

図1A:フレイルの診断基準を表す図。
(A)Friedや国際悪液質学会の診断基準も、5項目中3項目以上該当すればフレイル、それに達しない場合はプレフレイルと定義している。フレイルの診断には、サルコペ二ア(骨格筋萎縮)が根底をなし、予防医療としての重要性が強調される。一方、国際悪液質学会の診断基準(A)では疾患の集簇をあげており、軽度から重度のフレイルまで認められることになる。日本老年医学会では、Friedらの診断基準を採用している1、2、3、46)
図2B:フレイルの分類を表す図。
(B)フレイルは身体的フレイル、精神・心理的フレイル、社会的フレイルに分けられるが、病態の発症や増悪に心理・社会的要因が関与する心身症でもある。精神・心理的フレイルとは、フレイルの精神・心理的側面を指すと同時に、認知障害やうつ病のように、精神・心理的要因がサルコペニア・身体的フレイルを生ずる場合を意味している。

図1 フレイルの診断基準(A)とその分類(B)

2:フレイル

 加齢とともにサルコペニアが顕在化し、フレイル準備状態となる1、2、3)。日本老年医学会は、要介護状態に陥る前の高齢者の虚弱した状態を「フレイル(frailty)」と提唱した(2014年)。老年医学会はそのステートメントで、「フレイルとは、高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転帰に陥りやすい状態で、筋力の低下により動作の俊敏性が失われて転倒しやすくなるような身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題を含む概念である(2014年、日本老年医学会)」と述べている。フレイルの有病率は高く、80歳以上では30数%が該当するという2)。 

 一方、国際悪液質学会では、フレイルの診断基準の一つに疾患の集簇性をあげており1)、フレイルは運動機能に重きを置きつつも、心身の多彩な病態を含むシンドローム的要素が強い(図1A)。すなわち、フレイルの根幹をなすサルコペニアには、老化を骨子とするサルコペニアと、疾患に伴うより炎症性サイトカインの関与が強いサルコペニアの両者が存在するということになる。いずれにしても、高齢化に伴い疾患が集簇すると、ユビキチン-プロテアソームシステムなど筋蛋白分解系が活性化され、サルコペニアはより高度となる。サルコペニア・フレイル学会は2017年に、老化に伴うサルコペニアとその診療ガイドラインを上梓した7)

 フレイルは栄養障害および過多の両者に認められ、フレイルカスケードもしくはサイクルとして知られる病態へ進展し、心身の障害を来す要介護状態となる2)。サルコペニアを背景とした活動量の減少は転倒・骨折を招来し、社会的孤独は抑うつ、認知機能の低下を来し、健康寿命を短縮する2)。加齢に伴う筋力の低下(サルコペニア)や関節・脊椎の疾患、骨粗しょう症などによる運動機能の低下は、ロコモティブシンドローム(ロコモ:運動器症候群)として知られてきた8)。フレイルは心身の病態であり、身体的フレイル、社会的フレイル、精神・心理的フレイルなどに分けることができる(図1B)。ロコモは運動器症候群であり、身体的フレイルの根幹をなす病態と考えることができ、地域社会でのシステムだったアプローチが工夫されてきた8)

3:精神・心理的フレイル

 フレイルの上流には、肥満・メタボリックシンドロームや痩せ・悪液質が存在する。これら肥満・痩せ両病態には、不安・抑うつ・疲労・不眠などの精神症状が伴い易いことが知られてきた。フレイルの多彩な精神症状は、精神・心理的フレイルと称される。サルコペニアを骨子とする身体的フレイル、孤立・孤独・困窮といった社会的フレイルとあわせ、フレイルの3つの側面を示している。精神・心理的フレイルは、認知機能や不安・抑うつなど情動行動異常を呈し、サルコペニアの増悪など悪循環を形成することも多い。

1.認知異常

 MMSE(Mini Mental State Examination)とFriedらの診断基準(図1A)を検討した成績によると、MMSEと活動量低下・歩行速度の低下・筋力低下との関連が認められ、認知機能の低下がフレイルをもたらす可能性が示唆されている9)。神経変性疾患とフレイルの関連を病理学的に解析した報告もなされ、脳梗塞病変、アルツハイマー病変化、黒質細胞減少、レビー小体の存在は、フレイルの進展と強く関連している10)。とりわけ前3者の存在は、フレイルの悪化に相加的な作用を及ぼすと報告されている10)。またアルツハイマー病において、フレイルもしくはプレフレイルの存在は、認知症周辺症状(BPSD: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)を悪化させ、介護者の負担を増大させる11)。フレイリティインデックス(FI)を用いたプレフレイル、フレイルは、日本人アルツハイマー病患者の55.6%、16.6%存在し、あわせて7割を超える高頻度となる11)

 高齢者を対象にしたシステマティックレビューによると、フレイルはアルツハイマー病や血管性認知症などの予知因子であり、フレイルの女性は男性よりもアルツハイマー病になりやすい12)。また、アルツハイマー病のバイオマーカー(アミロイドβ、タウ蛋白、PETなど脳イメージング検査)との関連を検討したレビューによると、フレイルとの正の相関および相互作用が示され、アルツハイマー病態への影響も考慮する必要がある13)

 身体的フレイルに起因もしくは併存する軽度認知機能障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)を、コグニティブフレイルと呼ぶことが提唱された(国際コンセンサスグループ14、15、16))。その基準は、身体的フレイルと認知機能障害(Clinical Dementia Rating: CDR=0.5)が共存し、アルツハイマー病やその他の認知症ではなく、アルツハイマー病などの神経変性疾患に起因するMCIは含まれないとされている。コグニティブフレイルは身体的フレイルと同様に、その病態は可逆的であり、放置すると要介護状態や認知症の進展リスクが高い状態と考えられる。しかしながら、実臨床ではMCIの鑑別は必ずしも容易ではなく、高齢者においては神経変性疾患、非変性疾患が混在することも多く15)、アミロイドβやタウ蛋白などのバイオマーカーを用いた検討が必要であろう。

 コグニティブフレイルを来す要因としては、加齢に伴うサルコペニアに加え、うつや炎症、ストレス、代謝異常や心血管系疾患、ホルモナールな変動(性ホルモン・ビタミンD低下)などが関与するという17)。その発症・病態の解明やストレスレジリエンスを高める予防と治療法の開発など、今後の検討が必要であろう。

2.抑うつ

 認知以外にも、フレイルの精神症状としてはうつ症状、意欲低下(アパシー)、不安などが認められる18)。うつ病の存在は、活動量の極端な低下やコルチコトロピン放出因子(CRF)-ACTH-コーチゾル系の上昇を介して、サルコペニアを増悪させる5)。このような精神症状の存在は、身体的フレイルを悪化させる要因となる。

 一方、身体的フレイルの存在は、後年にうつ病、とりわけ重度な抑うつ症状を呈し(ハミルトンうつ病評価尺度:HDRS)、血管性うつ病(MRI上の白質病変)とは関連しない19)。高齢者におけるうつ病とフレイルのメタアナリシス解析によると、フレイル症例は4倍うつ病になり易く(オッヅ比)、逆にうつ病の存在は4倍フレイルになりやすくなる20)。身体的フレイルとうつ病は、お互いのリスク因子になるものと思われる。ポルトガルの百寿者を対象にした研究では、百寿者の半数がフレイルと診断され、その半数に抑うつが認められた(老年期うつ病評価尺度:GDS21))。プレフレイル例では2割に抑うつが見られたが、活動的な百寿者には認められなかったという21)

 がんにおいては、サルコペニアは高度であり、ステージが進むにつれてうつ病の頻度が増加する。またフレイルの存在は、抗がん剤の毒性が発現され易く、化学療法施行時の律速となる。高齢者の乳がん患者において、プレフレイル/フレイルは1/4の症例に認められ、身体・社会機能障害や抑うつ、疲労、睡眠障害が高頻度に見られ、また不安や痛みも増悪傾向を示した22)

 精神症状と社会的フレイルの関連も報告されている。社会的フレイルが存在すると、身体的フレイルのみならず、抑うつや認知機能障害が生じやすく、死亡率が増加する23)。また社会的フレイルは、身体的フレイルよりも抑うつと強く関連するという24)

 このようにフレイルカスケードにおいては、フレイルに伴う認知症やうつ病などの精神症状は、フレイルの原因でもあり結果でもあると捉えることができる2)。その悪循環を断つためには、身体面・社会面・精神・心理面のいずれにおいても、改善しうるところからアプローチしてゆく事が基本的な立場となろう。

3.精神・心理的フレイルの把握:基本チェックリストの応用

 フレイルを予防・治療するためには、ハイリスク高齢者を抽出する必要があり、そのために開発されたのが「基本チェックリスト」である(表1)25)。基本チェックリストは、生活や心身の機能に関する25の質問に対して、「はい」か「いいえ」で回答する質問紙法である。質問は日常生活関連動作(No.1-5)、運動機能(No.6-10)、栄養状態(No.11,12)、口腔機能(No.13-15)、閉じこもり(No.16,17)、認知機能(No.18-20)および抑うつ気分(No.21-25)の7領域の質問群より構成される。各質問において、生活機能への問題があると考えられる場合に点数が1点加算され、得点が高いほど生活機能障害が強いと評価する。

表1 基本チェックリスト:構成と各分野の該当基準

 日常生活関連動作(No.1-5)、運動機能 (No.6-10)、栄養状態(No.11,12) 、口腔機能(No.13-15)、閉じこもり(No.16,17)、認知機能(No.18-20)および抑うつ気分(No.21-25)の7領域の質問群より 構成される。生活機能への障害がある場合に1点加算され、健康な高齢者の一次予防に対して近い将来介護が 必要となるハイリスク高齢者を選別し(二次予防)、介護予防プログラムに導入するシステムである25)。 介護予防事業を利用できる可能性は

  • No.1-20の合計が10点以上
  • No.6-10(運動機能)の合計が3点以上
  • No.11-12(栄養)の合計が2点
  • No.13-15(口腔機能)の合計が2点以上

であるが、さらに

  • No.16が1点(閉じこもり)
  • No.18-20が1点以上(認知機能)
  • No.21-25が2点以上(抑うつ)

の場合、「閉じこもり予防・支援」、「認知症予防・支援」、「うつ予防・支援」を考慮するとされている25)。後期高齢者へのフレイル検診実施にあたっては、さらに簡便な15項目よりなる質問紙表が用いられるが、ここにも認知機能や心の健康、社会参加に関わる質問が設定されている。

No.質問事項回答回答
1バスや電車で外出していますか 0. はい 1. いいえ
2日用品の買い物をしていますか 0. はい 1. いいえ
3預貯金の出し入れをしていますか 0. はい 1. いいえ
4友人の家を訪ねていますか 0. はい 1. いいえ
5家族や友人の相談にのっていますか 0. はい 1. いいえ
6階段や手すりや壁をつたわらずに昇っていますか 0. はい 1. いいえ
7椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がっていますか 0. はい 1. いいえ
815分位続けて歩いていますか 0. はい 1. いいえ
9この1年間に転んだことがありますか 1. はい 0. いいえ
10転倒に関する不安は大きいですか 1. はい 0. いいえ
116ヶ月間で2~3kg以上の体重減少がありましたか 1. はい 0. いいえ
12身長 cm   体重 kg  (BMI=  )(注)
13半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか 1. はい 0. いいえ
14お茶や汁物等でむせることがありますか 1. はい 0. いいえ
15口の渇きが気になりますか 1. はい 0. いいえ
16週に1回以上は外出していますか 0. はい 1. いいえ
17昨年と比べて外出の回数が減っていますか 1. はい 0. いいえ
18周りの人から「いつもと同じことを聞く」などの物忘れがあるといわれますか 1. はい 0. いいえ
19自分で電話番号を調べて、電話をかけることをしていますか 0. はい 1. いいえ
20今日が何月何日かわからない時がありますか 1. はい 0. いいえ
21(ここ2週間)毎日の生活に充実感がない 1. はい 0. いいえ
22(ここ2週間)これまで楽しんでやれていたことが楽しめなくなった 1. はい 0. いいえ
23(ここ2週間)以前は楽にできていたことが今はおっくうに感じられる 1. はい 0. いいえ
24(ここ2週間)自分が役に立つ人間だと思えない 1. はい 0. いいえ
25(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする 1. はい 0. いいえ

(注)BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)が18.5未満の場合に該当とする

回答は、はい、いいえのいずれかに○を付けてください

 基本チェックリストに含まれる各領域は、フレイルの要素としても重要である(表1)。基本チェックリスト総合点は、他のフレイル評価法と有意な相関性を示し、予後予測の上でも有用性が認められる15)。基本チェックリスト総合得点と各領域別の評価を組み合わせることで、フレイル状態の把握のみならず、認知・精神症状など介入すべき対象領域の特定にも利用しうる25)

 ロコモもメタボもフレイルも、地域ぐるみの予防・治療活動である。地域の実情に応じながら、その医療・社会資源を活用するシステムを取る。フレイルの予防・治療に向けては、基本チェックリスト(表1)などを用いながら早期にピックアップし、介入すべき対象領域(身体、精神・心理、社会)を特定し、他職種連携にてチームアプローチを行う必要がある8、26)。いずれのフレイルやプレフレイルであっても、個別で早期からの予防・治療対策が必要であろう。

4:精神・心理的フレイルの治療―漢方薬の活用

 高齢者の薬物療法に際しては、疾患の重複や臓器機能低下に対し、多剤併用がなされることが多いが、ポリファーマシーや副作用の発現などに留意する必要がある。消化器症状を呈するようなフレイルの症例では、まず投与薬剤の減量を図ることが最初のステップと言える。食欲は動物モデルにおいて、認知機能の行動薬理学的評価に「手掛かり」として用いられ、フレイル発症の引き金としても重要である3)。食欲・全身状態の低下により精神・心理症状が悪化し、逆に改善することにより精神機能に好影響を認めることも、実地臨床上経験されるところである。不安・抑うつ・認知など重度な精神神経症状に対しては、向精神薬の投与を必要とする場合がある。

 現在、胃から放出される空腹ホルモングレリンのアゴニスト(アナモレリン)や選択的アンドロジェン受容体モジュレーター(SARM: Selective Androgen Receptor Modulator)のがん悪液質への臨床開発が進められている27)。これらはがんに伴うサルコペニアをターゲットにしたものであり、グレリンアゴニストのフレイルへの有用性も一部示唆されてはいるが28、29)、フレイルに対する西欧薬は現時点では存在しないといっても過言ではない。フレイルに対し、中心的になる漢方薬は補剤であり、例えば人参養栄湯は体力低下・全身倦怠感・食欲不振・寝汗・冷え症・貧血(ICD-10)など、フレイルの診断・病態に密接にかかわる症状に対して保険適応されてきた。人参養栄湯はグレリン-神経ペプチド(NPY)空腹系に作用することが明らかとなった3、30、31)

 補剤としては、十全大補湯、補中益気湯、人参養栄湯が挙げられるが、その生薬構成には相違が認められ、それぞれの個性をなすものと思われる。古典的な使い分けは、十全大補湯および人参養栄湯は気虚、血虚の両者に、また補中益気湯は気虚に用いられてきた。人参養栄湯はとりわけ、心身の多彩な症状や重症例に用いられ、がんの緩和医療においても十全大補湯、補中益気湯から処方し、人参養栄湯に置き換えるということも行われてきた。またフレイルは、腎虚に相当するという考えもある。腎とは泌尿・生殖器系のことであるが、ヒトの誕生から死亡までの生命のエネルギーを司るとされ、補腎剤としては八味(地黄)丸や牛車腎気丸があげられる。ともにサルコペニアの改善に有効であると考えられる32)が、補腎剤には食欲不振等の消化器症状が見られることがあり、空腹系の低下がみられやすいフレイル病態には、注意して用いる必要がある1、3)

 矢数道明は「漢方と漢薬」誌に、人参養栄湯は「腫瘍の壊症、悪液質の傾向あるものに用ゆ」と述べている33)が、最強の補剤としての位置づけが伺われる。矢数はまた、諸家による人参養栄湯の処方をまとめているが、江戸時代の名医津田玄仙の著書「療治経験筆記」の1.毛髪堕落(毛髪の脱落)、2.顔色無沢(顔色に艶がない)、3.忽々喜忘(集中力がなくなり健忘する)、4.只淡不食(口がまずく味がせず食欲がない)、5.心悸不眠(動悸がして眠れない)、6.周身枯渋(全身の皮膚がかさつく)7.爪枯筋涸(爪が固くなって割れる・筋肉に潤いがなくて攣る)をその適応と記し33)、フレイルを思わせる多彩な心身の症状に用いられてきたようである。

 最近、人参養栄湯エキス細粒の特定使用成績調査結果が報告された34)。65歳以上の高齢者を対象とした調査で、人参養栄湯の適応症の少なくとも1つを有し独歩可能な外来患者で、プレフレイルの症例も含まれているものと思われる。人参養栄湯の有効率は90%に上り、食欲不振、体重低下、疲労倦怠を改善し、また厚労省基本チェックリストによる骨格筋機能(サルコペニア)や抑うつなどの改善が認められた。副作用発現頻度は、胃腸障害に分類される副作用が17例(2.10%)であり、高齢者においても極めて少ない発現率であると言える34)。また、人参養栄湯の適応の一つを有する70代後半の症例に6か月間投与された成績では、対照群に比し、インピーダンス法で見た骨格筋量の低下や両手の握力を有意に改善させている35)。慢性閉塞性肺疾患(COPD: Chronic structive Pulmonary Disease)に伴うフレイルに対する前向きスタディでは、食欲や不安・抑うつ(HADS)など精神・心理症状を有意に改善させたと報告されている36)。西欧薬と異なり多成分系で、わが国独自の発展を遂げた漢方薬は、心身のフレイル病態に有用である可能性があり、エビデンスのレベルを高めるとともに見直しを行う必要があろう。

5:今後の展望

 フレイルに代表される社会の高齢化は、ポリファーマシー、医療経済の破綻といった負の側面のみならず、老化機序の解明の進歩、ジェロプロテクター(老化防止薬37))をはじめとする臓器・組織の若返り・再生医療の臨床応用など、大きな学問的進歩をもたらしつつある。ジェロプロテクターは、西欧薬の新たな概念であり、健康寿命が終わる前に、老化に伴う種々の疾患の発症を抑制・改善させようというものである37)。フレイルがその対象となり、200を超えるジェロプロテクター候補物質の開発が進められているという。抗がん剤・免疫抑制剤であるラパマイシンや2型糖尿病に用いられるメトフォルミンはその中の一つであり、健康寿命を延長し、認知機能の低下を抑制する可能性が報告されている38)。精神・心理的フレイルに対しては、サルコペニア改善薬や従来までの向精神薬に加え、漢方薬を含めた新たな切り口からのアプローチが必要であろう。現時点では、フレイルの基礎をなす心身の異常を早期に把握し、多面的に予防・是正してゆくことが重要となる。また2020年ほど、感染症の重要性を認識させられた年はないであろう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化例は高齢者に多く、回復しても長期にわたるディスアビリティが問題となる。肺線維化・呼吸障害、基礎疾患の増悪や筋萎縮・脆弱性などのサルコペニアの増悪とともに、認知機能障害や強度のせん妄・不安・抑うつなど精神・心理症状が問題となる39)。ごく最近、フレイルが、COVID-19の重症化や予後予知因子であることも報告されるに至った。老化に伴う免疫機能低下、感染症はよく知られているが、T細胞機能低下によりもたらされる炎症・老化の促進が、インフラムエイジングとして知られるようになった40)

 精神神経疾患の成因には、インフラムエイジングや遺伝要因以外にも、サイコバイオームと称される腸内細菌叢の関与41)、幹細胞の減少・神経新生低下42)、ミクログリアの老化43)、血液脳関門(BBB)異常44)など、新たな切り口からの解析が進められている。フレイルも現今の操作的診断基準のみならず、サーチュイン1-3など、そのバイオマーカーも明らかにされつつある45)。精神・心理的フレイルは臨床的に重要であるのみならず、脳腸相関・心身相関として、基礎・臨床の両面から今後の研究の進展が期待される分野でもある。

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プロフィール

写真:筆者_乾明夫先生
乾 明夫(いぬい あきお)
鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科
漢方薬理学講座 特任教授
最終学歴
1978年 神戸大学医学部卒
主な職歴
1978年 神戸大学医学部附属病院医員(研修医) 1984年 神戸大学医学部助手 1997年 神戸大学医学部附属病院講師 2000年 神戸大学医学部助教授、神戸大学大学院医学系研究科応用分子講座消化器代謝病学分野(旧二内科)助教授 2004年 神戸大学病院糖尿病代謝内科診療科長 2005年 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 社会・行動医学講座行動医学分野(現心身内科学分野)教授及び鹿児島大学病院 呼吸器・ストレスケアセンター 心身医療科診療科長 2009年 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科健康科学専攻長 2012年 鹿児島大学病院漢方診療センター長 2018年 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科漢方薬理学講座特任教授 現在に至る
賞罰
1997年 第3回日本肥満学会賞 2003年 第1回日本心身医学会池見賞 2004年 第10回米国消化器病学会ヤンセン賞 2014年 第15回日本行動医学会荒木記念賞(共同受賞) 2015年 第17回日本行動医学会内山記念賞(共同受賞) 2017年 蟹江松雄賞功労賞
専門・指導医
日本内科学会指導医・認定医、日本心療内科学会専門医、日本消化器病学会指導医・専門医、日本内分泌学会指導医・専門医、日本老年医学会指導医・専門医、日本肥満学会専門医