総論 フレイルの全体像を学ぶ3.フレイルとサルコペニア:サルコペニア診断の変遷とAWGS 2019
公開月:2021年9月
国立長寿医療研究センター 理事長
荒井 秀典
1:フレイルとサルコペニア
フレイルとは、加齢に伴う様々な臓器機能変化や予備能力低下によって外的なストレスに対する脆弱性が亢進した状態であり、ストレスに対して十分な回復力を有する健常な状態と自立した生活が困難である要介護状態の中間的な状態である。フレイルについてはすでに他の著者により詳述されているため、ここでは繰り返さない。これまでフレイルについて様々な尺度や評価方法が提唱されているが、Friedらによる表現型モデルを用いた診断法を用いることが一般的である。すなわち、体重減少、易疲労感、筋力低下、歩行速度低下、身体活動性低下のうち3項目以上該当した場合をフレイル、1-2項目に該当した場合をプレフレイルと定義した1)、この診断基準は、身体的フレイルの診断法として用いられており、精神心理的要因や社会的要因は含まれていない。この中で、筋力低下、歩行速度低下は、握力と歩行速度を指標として用いており、これらはサルコペニアの診断項目に含まれている。すなわち、加齢に伴い起こってくるフレイルは骨格筋の機能低下を主たる病態として発症するというのが、Friedらによる身体的フレイルの考えである。
2:サルコペニアの概念と診断
加齢とともに骨格筋量は減少し、筋力や身体機能は低下する。20-30歳代と比べ、70-80歳代では約30-40%の骨格筋が減少する。また、骨格筋量とともに減少する歩行速度や握力と生命予後との間には密接な関係が見いだされている。このような加齢に伴う骨格筋の機能低下をRosenbergがSarcopeniaと命名したのは、約30年前にさかのぼる。
当初は四肢骨格筋量の有意な低下(若年平均の2SD以下や第一5分位など)がサルコペニアと定義づけられていたが、その後骨格筋量低下に伴う筋力低下、身体機能低下が骨格筋量低下に比べ、ADL低下、転倒、入院、死亡などのアウトカムとより強く関連することが明らかとなり、2006年頃からサルコペニアは骨格筋量の低下だけでなく握力、歩行速度など機能的な低下も合わせて診断すべきだという機運が生まれた。
1.EWGSOP及びAWGSによる診断基準
その後、欧州老年医学会などの研究グループThe European Working Group on Sarcopenia in Older People(EWGSOP)により、歩行速度、握力及び筋肉量を指標としたサルコペニアの診断基準が提唱された。EWGSOPは、サルコペニアを「筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられる症候群で、身体機能障害、QOL低下、死のリスクを伴うもの」と定義づけた2)。EWGSOPの基準では筋量低下、筋力低下、身体機能低下から構成される臨床的な診断手順が示されているが、骨格筋量低下が必須条件とされ、それに筋力低下または身体機能低下のどちらかが加われば、サルコペニアの診断に至る。なお、骨格筋量の低下のみの場合にはプレサルコペニア、骨格筋量低下、握力低下、歩行速度低下すべてがある場合には重度サルコペニアとされた。
EWGSOPは骨格筋量の評価法としてDXA(dual-energy X-ray absorptiometry)法を推奨し、四肢除脂肪量を身長の2乗で除した値をSMI (skeletal muscle index)として用いることを推奨している。そして、低筋肉量の定義は若年者(おおむね20-40歳、男女別)の平均値−2SD未満とした。EWGSOPは握力や骨格筋量について明確な規準を示したわけではないが、我々はアジア人のためのサルコペニア診断基準を議論するため、2013年アジアサルコペニアワーキンググループ(Asian Working Group for Sarcopenia:AWGS)を組織し、アジア人のための診断基準を提唱した(図1)3)。我々の診断基準においてもヨーロッパの基準と同様に握力・歩行速度、骨格筋量を用いてサルコペニアと診断することとした。そして、握力はアジア人のデータに基づき、男性26kg未満、女性18kg未満を握力低下とし、骨格筋量についてはDXAでは、四肢除脂肪量を用い男性7.0kg/m2未満、女性5.4kg/m2未満、バイオインピーダンス法(BIA)では、四肢筋肉量を用い、男性7.0kg/m2未満、女性5.7kg/m2未満を骨格筋量低下としたアジア人独自の基準を定めた。
3:サルコペニア診療ガイドライン
サルコペニアは様々な領域で問題になっているが、必ずしも適切な診断、治療が行われているとは言いがたい。2016年10月1日よりサルコペニアはICD-10のコードを取得し、わが国でも傷病名として認められている。2016年日本サルコペニア・フレイル学会では、サルコペニア診療ガイドラインを作成することを決定し、委員会を組織した。本ガイドラインは、サルコペニアの概念・定義、疫学、予防、治療の4章立てで構成され、システマティックレビューによりこれまでのエビデンスを集積し、エビデンスレベル、推奨を決定した4)。今後本ガイドラインが、地域や臨床現場で活用されることを希望しているが、まだまだエビデンスは不足しており、今後はガイドラインでエビデンスが十分ではないとされた領域についてのエビデンスの構築を進めるとともに、2022年にはガイドラインの改訂を行うことを予定している。
4:AWGS 2019におけるサルコペニア診断基準の改訂
その後、EWGSOPは2018年10月に診断基準の改訂を発表し、2019年に論文発表を行った(EWGSOP2)5)。すなわち、新しい基準では握力の低下のみでProbable sarcopeniaと診断できるようになり、その時点での治療介入が推奨された。確診するためには骨格筋量の低下を示すことが必要であり、確診後、歩行速度などで評価する身体機能の低下の合併により重度サルコペニアとなる(図2)。我々AWGSは2019年1月名古屋において診断基準改訂のための第1回目の会合を、5月に香港で2回目の会合を開き、診断基準改訂の方針を確認した。サルコペニアの診断には骨格筋量と骨格筋機能の両方の測定が必要であるという考えを維持し、前回の診断基準を踏襲することとした6)。EWGSOPで採用され、EWGSOP2では採用されなかった低骨格筋量だけのプレサルコペニアという概念は、AWGS 2019においても診断によるメリットがないことから採用しなかった。一方、骨格筋量、筋力、身体機能いずれも低下している場合は、重度サルコペニアと定義した。
今回我々は、地域やプライマリー・ケア現場で骨格筋量を測定することの難しさを認識し、より多くの診療現場での診断及び必要な介入を促進するために、サルコペニアのリスクがある人々を早期に特定するための基準を設定した。具体的には、身体機能の低下または筋力低下によってサルコペニア(可能性あり)の診断を可能とする考えを導入した。一方、病院や研究施設で骨格筋量が測定できる場合にはAWGS 2014のアルゴリズムを用いることとした。図3は、AWGS 2019診断アルゴリズムを示しているが、これには、病院および研究施設、または地域・プライマリケア現場で使用するための評価プロトコルが含まれている。
まず、骨格筋量の測定が困難な現場においては、下腿周囲長などによってスクリーニングを行い、その低値を認めた場合に、握力、5回椅子立ち上がりを用いて、骨格筋機能を測定し、いずれかが低下している場合、サルコペニア(可能性あり)という診断が可能となる。この診断基準を満たす場合、サルコペニア(可能性あり)に対して、生活習慣介入と関連する健康教育を推奨しているが、同時に確定診断のために病院に紹介することをも奨励している。近くに適切な診療機関がない場合には、自施設において指導・介入を行っていただいて問題ない。一方、骨格筋量の測定可能な施設においては、DXA法やバイオインピーダンス(BIA)法を用いて、四肢の除脂肪体重または骨格筋量を測定し、骨格筋量低下の有無を判定する。一方、握力の測定はそのままであるが、歩行速度の代わりに、SPPB(Short Physical Performance Battery)、5回椅子立ち上がりを用いることも可とした。病院では、診断に加えて、医療専門家により原因、特に可逆的な原因を精査し、適切な個別介入プログラムを提供する必要がある。
1.症例抽出
症例抽出には下腿周囲長(CC)と、SARC-FおよびSARC-CalFを推奨することとした。CCは、サルコペニアまたは低骨格筋量の予測に中等度以上の特異性を示した。報告されたCCカットオフ値は男性で32-34cm、女性は32-33cmであったが、スクリーニングまたは症例発見のための感度を上げるため男性では34cm未満、女性では33cm未満を採用した。SARC-Fアンケートは、表1に示すように、5つの要素を評価する指標であり、SARC-Fスコア4以上はサルコペニアの可能性が高く、SARC-FとCCを組み合わせたSARC-CalFは、スコア11以上で、骨格筋量低下の可能性が高い(表2)。
内容 | 質問 | スコア |
---|---|---|
握力(Strength) | 4-5kgのものを持ち上げて運ぶのがどのくらいたいへんですか | 全くたいへんではない=0 少したいへん=1 とてもたいへん、またはまったくできない=2 |
歩行(Assistance in walking) | 部屋の中を歩くのがどのくらいたいへんですか | 全くたいへんではない=0 少したいへん=1 とてもたいへん、補助具を使えば歩ける。または全く歩けない=2 |
椅子から立ち上がる(Rise from a chair) | 椅子やベッドから移動するのがどのくらいたいへんですか | 全くたいへんではない=0 少したいへん=1 とてもたいへん、または助けてもらわないと移動できない=2 |
階段を昇る(Climb stairs) | 階段を10段昇るのがどのくらいたいへんですか | 全くたいへんではない=0 少したいへん=1 とてもたいへん、または昇れない=2 |
転倒(Falls) | この1年で何回転倒しましたか | なし=0 1-3回=1 4回以上=2 |
下腿周囲長 | 男:34cm未満 女:33cm未満 |
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SARC-F | 4以上 |
SARC-CalF | 11以上 |
2.骨格筋量の測定
サルコペニア診断における低骨格筋量のカットオフ値は、前回同様のカットオフ値であるが、BMIで補正するFNIH基準をも使用可能とし、男性では0.789kg/BMI未満、女性では0.512kg/BMI未満をカットオフ値とした(ただしDXAのみ)。
3.筋力
握力は複数回の計測における最大値を採用することとした。今回我々は8つの65歳以上アジア人コホート、21,984人のデータを分析し、男性28kg未満、女性18kg未満を低筋力の基準とした7)。
4.身体機能
AWGS 2019では、SPPB、6メートル通常歩行、5回の椅子立ち上がりに基づいて、身体機能の低下を定義することを推奨している。歩行速度については、動的なスタートから減速せずに通常のペースで少なくとも4メートル以上歩くのにかかる時間を測定し、2回の平均値を採用することを推奨しているが、通常のカットオフを0.8m/秒以下から1.0m/秒未満へ変更した。また、SPPBは9点以下を推奨し、5回椅子立ち上がりのカットオフとして12秒以上を採用した(表3)。
基準 | |
---|---|
通常速度 | 1.0m/秒未満 |
SPPB | 9点以下 |
9点以下 | 12秒以上 |
5:おわりに
フレイルと関連の強いサルコペニアについて、その診断の変遷について概説した。サルコペニア診療ガイドラインやAWGSによる診断アルゴリズムは5年ごとの見直しを検討しており、今後もエビデンスに応じて修正が加えられる可能性がある。
文献
プロフィール
- 荒井 秀典(あらい ひでのり)
- 国立長寿医療研究センター 理事長
- 最終学歴
- 1991年 京都大学医学部大学院医学研究科博士課程(内科系専攻)
- 主な職歴
- 1984年 京都大学医学部附属病院内科 1985年 島田市立島田市民病院 1991年 京都大学医学部老年科医員 1993年 カリフォルニア大学サンフランシスコ校ポストドクトラルフェロー 1997年 京都大学医学部老年内科助手 2002年 文部科学省研究振興局学術調査官 2003年 京都大学大学院医学研究科加齢医学講師 2009年 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻教授 2015年 国立長寿医療研究センター副院長、老年学・社会科学センター長 2017年 国立陽明大学客員教授 2018年 国立長寿医療研究センター病院長 2019年 同・理事長 現在に至る
- 賞罰
- 2014年 JAT(Journal of Atherosclerosis and Thrombosis)賞