総論 フレイルの全体像を学ぶ 1. フレイルとは:多面性とフレイルサイクル
公開月:2021年9月
鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻
基礎理学療法学講座 教授
牧迫 飛雄馬
1:フレイルとは
高齢期において、脳血管疾患などの疾病の発症によって日常生活に介護や支援が突然に必要となることもあるが、今後に人口増加が見込まれる後期高齢者(75歳以上)の多くの場合、"Frailty"と言われる中間的な段階を経て、徐々に介護が必要な状態に陥ると考えられている。"Frailty"とは、高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、不健康を引き起こしやすい状態とされており、転倒や日常生活の障害、要介護の発生、死亡のリスクを増大させる要因となる(図1)1、2)。
このような"Frailty"の状態は、これまで"虚弱"や"老衰"などの用語で表現されていたため、加齢によって心身機能が老いて衰え、不可逆的な印象を与えることが懸念されてきた。そこで、"Frailty"の日本語訳として、"フレイル"を使用する提言がなされた(日本老年医学会、2014年5月)。フレイルに対してのさまざまな介入が心身機能を改善させることに効果が期待されており、しかるべき介入により再び健常な状態に戻るという可逆性が包含されている(図2)。さらに、フレイルは多面性を有しており、包括的な概念であるとされている。
2:フレイルの多面性
フレイルは、Friedら1)による報告に基づく、身体的な表現型となる筋力低下、歩行速度低下、体重減少、疲労感、身体活動低下の5項目から評価されることが多い。一方、フレイルは筋力低下や歩行速度の低下に代表されるような身体的な問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、さらに独居や経済的困窮などの社会的問題を含む概念とされ、これらを包括的に捉えることの重要性が指摘されている(図3)。
そのため、フレイルを有する高齢者においては、認知・心理・精神的な側面や社会的な側面からのリスクを把握したり、これらの多面性を考慮してフレイルの予防・改善を図るための有効な介入手段を考える必要がある。
3:フレイルの発生・進行要因
フレイルの発生および進行を促進させる危険因子は、人口統計学的および社会的な因子を含め、臨床的な因子、生活習慣因子、生物学的な因子など、広範囲にわたるとされる(図4)3)。これらのなかでも特に修正可能な因子に対しては、積極的な予防策を図ることで、フレイルの予防・改善の促進が期待される。例えば、運動不足は、フレイルの発生や進行の主たる要因となることが知られており、習慣的な運動を通じた筋機能、心機能、認知機能、内分泌系(糖代謝や炎症含む)などの多くの生理学的なシステムの機能改善や低下予防が認められており、これらの機能向上は慢性疾患の発症遅延にも有効であることが示唆されている4)。
また、加齢に伴う食欲不振も潜在的な修正可能なフレイルの危険因子に含まれる5)。食欲低下に伴い、低栄養や微量栄養素の欠乏が招かれてフレイルの進行を加速させてしまう。さらに、独居や社会とのつながりが希薄になる社会的な要因は、食欲不振の要因ともなり得る。これらの多面的な要因が複雑かつ相互に関連し、フレイルの発生や進行の危険を増大させてしまうことが推測され、これらの危険因子をいずれかで修正することが重要となる。
身体的フレイルの背景には様々な要因が影響すると考えれられているが、それらは相互に影響し合いながら、加齢に伴う身体の変化をもたらす。身体的フレイルに至るプロセスには、加齢に伴う生体変化(ミトコンドリア機能障害、神経変性、細胞老化、幹細胞減少、DNAメチル化と損傷、異常オートファジー等)のほか、遺伝子や環境因子、慢性疾患(心血管疾患、高血圧、関節炎、糖尿病等)による代謝や神経システムの障害、慢性的な炎症などが引き起こされ、身体的にフレイルな状態が招かれ、生活機能障害や認知機能障害、死亡のリスクを増大させる(図5)6)。
4:フレイルサイクル
フレイルは、諸々の要因が累積することで生じる。例えば、運動不足、栄養不足、不健康な環境、免疫の老化、外傷、疾病や薬剤などの影響が考えられる7)。これらの要因は、慢性的な栄養不良を招き、骨および骨格筋量の減少などの加齢に伴う心身機能や身体組成の変化を加速させる。これらの要因間で、いわゆる悪循環が形成され、フレイルの状態を悪化させてしまい、ADL(日常生活活動能力)の低下や要介護状態などの有害事象に移行し、死のリスクを増大させてしまう。このような悪循環は、フレイルサイクルと表現される(図6)1)。
例えば、疾患や加齢に伴う骨格筋の変化が起因となり筋量の減少が生じてしまうと、筋力の低下や基礎代謝量の低下を招いてしまう。筋力低下は歩行速度の低下や活動性の低下に影響し、さらには総エネルギー消費量の低下へつながり、そこに加齢に伴う食欲不振(anorexia of aging)が重なると慢性的な低栄養状態が併存し、さらなる体重減少や骨格筋量の減少が加速される。この悪循環をどこかで断ち切ることが、フレイルの予防や改善を図るうえで重要となる。
フレイルを理解する上でのもうひとつの重要な視点として、フレイルは可逆性を有することを心得ておく必要がある。フレイル高齢者に対する適切な介入によって身体機能や日常生活活動能力の向上、さらにはフレイルからの脱却や機能障害発生の回避などが期待されている。フレイルの予防または改善のための具体的な介入方法については、フレイルの該当項目に焦点を当てた介入によってフレイルからの脱却効果が期待される。一方、重度な身体的フレイル状態を有する高齢者では、その介入効果は限定的であると言わざるを得ない8)。そのため、フレイルにおいては、早期のリスク発見と早期の対処として望ましい介入を積極的に促進していくことが、健康長寿のキーポイントとなるであろう。
5:フレイル・ドミノ
先に示したフレイルサイクルは、身体的なフレイルに関する直接的および間接的に影響を及ぼし得る要因や身体変化を主に表したモデルと捉えることができる。一方、フレイルをより包括的にとらえた場合、社会的な側面や認知・心理・精神的な側面の影響の程度やその順序性についても考慮することが必要かもしれない。
例えば、ベースラインにおいて身体的なフレイルの判定に該当しない高齢者1,226名を4年間追跡した結果、ベースラインで独居、外出頻度の減少、他者との会話の制限などの社会的な側面でフレイルが疑われる高齢者では、身体的フレイルの新規発生リスクが約4倍に高かった(図7)9)。このことは、身体的なフレイルがなくとも、社会的な側面での制限が早期に生じると、将来に身体的な側面への影響が生じることが懸念される。つまり、一般的な加齢に伴う生活機能や心身機能の変化をとらえるうえで、社会とのつながりといった側面は、より高次に位置づけられるかもしれない。このようなより高次な活動と考えられる社会性の低下から始まる負の連鎖を図8(東京大学高齢社会総合研究機構より)に示したフレイル・ドミノと表現されることもあり、社会とのつながりが失われ、他者や社会との交流が減少することが身体的および認知・心理・精神的なフレイルの入り口と捉えることもでき、社会全体でその重要性を意識して、健康長寿の基盤を構築する必要があると考えられる。
文献
プロフィール
- 牧迫 飛雄馬(まきざこ ひゅうま)
- 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻
基礎理学療法学講座 教授 - 最終学歴
- 2009年 早稲田大学大学院博士後期課程修了(博士(スポーツ科学))
- 主な職歴
- 2001年 国際医療福祉大学病院リハビリテーション科 2003年 板橋リハビリ訪問看護ステーション 2008年 札幌医科大学保健医療学部介護予防人材教育センター特任助教 2010年 国立長寿医療研究センター認知症先進医療開発センター在宅医療・自立支援開発部自立支援システム開発室流動研究員 2011年 日本学術振興会特別研究員PD、国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター自立支援開発研究部自立支援システム開発室外来研究員 2013年 Postdoctoral Research Fellow, Aging, Mobility, and Cognitive Neuroscience Laboratory, University of British Columbia 2014年 国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター予防老年学研究部健康増進研究室室長 2017年 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻教授 現職 鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻教授、国立長寿医療研究センター予防老年学研究部客員研究員、早稲田大学エルダリーヘルス研究所招聘研究員
- 専門分野
- 「健康科学、介護予防、地域リハビリテーション、老年学