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序論 さらなる健康長寿社会への挑戦

 

公開月:2021年9月

東京大学高齢社会総合研究機構 機構長
未来ビジョン研究センター 教授
飯島 勝矢

1:世界の長寿フロントランナーであるわが国

 わが国日本は世界最高水準の平均寿命を達成し、人類誰もが願う長寿社会を実現してきている。これはわが国の優れた保健・医療システム(具体的には、1961年からの国民皆保険制度や高度な医療技術など)や優れた公衆衛生対策などによる結果であろう。世界的にも高齢化が進んでおり、特にアジア圏は顕著である。世界保健機構(the World Health Organization:WHO)も2050年までには、全世界総人口で60歳以上高齢者が倍増すると報じており、真の健康な高齢化(Healthy ageing)を推進している。

 65歳以上の高齢者の総人口に占める割合(高齢化率)については、1970年に7%(高齢化社会の基準)を超えると、1994年には14%(高齢社会の基準)に達し、24年間という世界に例を見ない速さで高齢化が進行している。総務省の報告では、2020年は高齢者3,617万人おり、高齢化率28.7%で、過去最高を更新続けている。しかも、2040年に向けて80歳以上の後期高齢者がかなり増加し、最終的に高齢化率は2060年には約40%に達することが予想されている。また介護保険制度における要支援・要介護認定の高齢者は後期高齢化がいっそう進むとともに増加し、2003年度末の370.4万人と比較して2020年は657.4万人と2倍近い増加となっており、2040年には956.7万人でピークを迎えることが予想されている。すなわち、今後20年では約5割(45.5%)の増加が見込まれている。

 しかも高齢者が増加するなかで、特に75歳以上の後期高齢者が急増していくことも予測されている。国立社会保障・人口問題研究所からの論文では、年齢別死亡数の歴史的推移が示されているが、なかでも特に85歳以上(超高齢者)の死亡者数の急増が目立つ。具体的に、現在でもわが国の年間死亡者数の85歳以上の超高齢者の割合が半分に近づいてきており、死亡者数のピーク(約165万人)を迎える2039年では85歳以上の死亡者は約6割近くに達するのではないかと推測されている(図1)1)

図1:1990年から2060年までの年齢別死亡数の歴史的推移が示され図
図1 年齢別死亡数の歴史的推移
(金子隆一, 20161)より引用)

2:フレイル概念を基礎研究から臨床、そして地域へ

 以上のような現状を踏まえ、改めて健康増進・介護予防への予防施策に大きな風を入れたい。そして、多くの国民に対して予防意識をより一層高めたい。われわれ日本老年医学会が2014年にFrailtyを「フレイル」という名称でステートメントを公開し、約6年強が経過した(図2)2)。フレイルは加齢に伴う予備能力の低下のため、様々なストレスに対する抵抗力・回復力が低下した状態であり、身体的、精神・心理的、社会的などの多面的な問題を重複しやすく、生活機能障害や死亡などの負のアウトカムを招きやすい状態である。しかし、不可逆的な生活機能障害に至る前段階であるため、適切な介入により可逆性を残した状態でもある。このフレイル概念を踏まえ、地域のなかでどのように取り組み、快活なまちづくりを実現できるのだろう。

フレイルについて説明した図
図2.フレイルとは
(葛谷雅文, 2016:日本老年医学会雑誌 2009; 46:279-285. より引用改変)

 今回の研究業績集は『フレイル予防・対策:基礎研究から臨床、そして地域へ』というタイトルとした。特に、プレフレイル(前虚弱状態)からフレイル(虚弱状態)を中心とした予防法について、「栄養(食と口腔機能)・運動・社会参加」の3つの要素が重要であり、それらをまちづくりの一環として総合的・包括的にアプローチすることが必要不可欠である。その視点に立って、多くの分野の方々に執筆を頂いている。具体的には、研究者(基礎研究から臨床研究、そしてフィールドを活用した研究)だけではなく、企業(産業界)や自治体職員などの異分野の方々からも医療面とは異なる観点から執筆頂いた。

 筆者が所属している東京大学のフレイル予防研究チームからの執筆では、高齢者大規模縦断追跡調査(コホート研究)から早期のフレイル兆候を多面的な角度から見出し、そのエビデンスを踏まえどのように地域に根付く住民フレイル予防活動を構築し、全国展開して行くのかを示して頂いた。さらに、フレイル予防産業の活性化を見据えて各企業からも多岐にわたる取り組みを示して頂いた。さらに、健康長寿を実現するにあたり、単なる医学的視点に立った取り組みだけで達成できる訳ではない。そこには、生きがい・やりがいを持ち続けられる高齢者就労も含めた生涯現役の考え方や、それを実現できる各自治体での取り組み、社会参加を促すために必要不可欠である交通・移動の問題等、わが国日本にはまだまだ課題は山積している。高齢者の健康寿命を延伸し、経済活動・地域活動への参加を今まで以上に促すことによって、高齢者も「社会の支え手」とする新しい社会システムを追い求めなければならない。そのためにも、コミュニティーのリデザインが必要になってくる。

ここで筆者の研究チームからの解析結果を紹介したい(図3)3)。自立高齢者約5万人弱の悉皆調査のデータでは、日常生活に組み込まれた定期的な活動3種類(①身体活動という運動習慣、②文化活動、③地域活動・ボランティア活動)別に8つのグループに分けてみたところ、フレイルになっているリスクの高さを比較してみると、身体活動(すなわち運動習慣)だけの群よりも文化活動と地域活動を定期的にやっている群の方が約3分の1のリスクであった。これは純粋な運動習慣を持つことだけがフレイル予防に通じるのではなく、たとえ他の多岐にわたる活動でも「地域に出て、常に人とのつながり、生きがい・やりがい・目標などを持ちながら継続的に日々取り組んでいる」というだけでも十分フレイル予防につながることを意味している。おそらく、純粋な運動ではなくても、このようなグループは結果的に歩数も多かったり、身体活動量も高いのではないかと推測される。これは、いわゆる「非運動性(活動)熱産生=NEAT(Non-Exercise-Activity Thermogenesis)」を意味しており、運動以外の身体活動量の高さでも消費されるエネルギーも非常に多く、結果的に本人のフレイル予防にも直接的に繋がっていることを指すのであろう。このデータに示されるように、社会的な要素も非常に大きく、地域全体の快活さが求められている。

フレイルになるリスクについて49,238人の自立高齢者に対する悉皆調査の結果を表した棒グラフ
図3 フレイル予防には「人とのつながり」が重要
-様々な活動の複数実施とフレイルへのリスク―

3:フレイル予防・対策を国家戦略へ

 国策としての「地域包括ケアシステム」が構築され、かなりの年月が経過した。これは各自治体の諸事情や特性を踏まえながら、その地域ごとに考え、行政、各専門職能、市民など、多くのマルチステークホルダーが一体となって目指していくものである。地域包括ケアシステムの中に含まれている要素(医療・介護・予防・生活支援・住まい等)は全てにおいて底上げしていく必要があるが、そのなかでも今回の企画では「予防(介護予防・フレイル予防)」に焦点を当て、今まさにわが国で何が求められているのかを深掘りできるように試みた。

 平成18年度から取り組まれている介護予防事業において、10年以上の全国での経験を踏まえ、様々な視点の評価が下っている。実際の二次予防事業への高齢者の参加率が0.7%どまり(目標5%)と、低かった現実がある。その原因のとして、以下のことが挙げられている。①事業内容が筋力トレーニングなどへの偏り、②費用対効果が低い、③虚弱高齢者の把握が不十分、④出口対策の不足(参加者の継続性が低く、また二次予防事業終了後も含めて包括的な取組が少ない等)である。人員・費用面での負担が大きく、十分に手が回らなかった点も否めない。

 このフレイル概念は、単に身体の衰え(サルコペニアを軸とした身体的フレイル)だけを意味しているのではなく、多面的な要素が負の連鎖を起こして交絡していくことを意味しているからこそ、この概念立ち上げから6年が経過した今、かなり全国的に認知度が進んできているのであろう。従って、介護予防事業も含めた従来の予防施策のなかに、このフレイル概念がさらに盛り込まれ、各自治体の構成メンバー(行政や専門職能だけではなく、住民も含む)全てが同じ方向を向けるキッカケとなってくれることも期待したい。特に、筆者が推し進めているように、様々なエビデンスから考案した住民主体のフレイルチェック活動を各自治体のなかでアクセントとして実施しながら、「フレイル予防を通した健康長寿のまちづくり」という考え方と包括的アプローチ方法が改めて大きな役割を担うことを期待したい。

 このフレイル対策の考え方は徐々に国家プロジェクトとして位置付けられてきていると言っても過言ではない。筆者が有識者民間議員として参画している一億総活躍国民会議において、2016年6月2日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」のなかにもフレイル対策はすでに述べられている。そこには各地域で取り組まれている介護予防事業のさらなる刷新に加え、各専門職による栄養・口腔・服薬等へのさらなる介入も示されている。さらに、プレフレイル(前虚弱状態)に焦点を合わせた早期の介入として、多様な社会参加の機会の拡充も含めたまちぐるみでの取り組みを強調している。また、著者は2018年9月から開始された厚労省の「高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施」に向けた有識者会議にも参画している。すでに出された方針のなかで、地域の通いの場においてフレイルの視点に立った簡易評価が実施できるような方向性が求められている。このように、高齢者の特性を踏まえつつのフレイル対策が国家戦略になってきている。

4:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題は我々に何を教えているのか

 2020年は全世界レベルで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が問題となり、まだ終息の気配を見せていない。はたしてこのCOVID-19問題が最終的にわが国にどのような影響を及ぼし、どのような爪痕を残すのか。実際に、重症肺炎になり集中治療を受け、結果的に命を落とした方、まだ治療中の方、後遺症に悩んでいる方も実際にいる。さらには、コロナ禍での高齢者における自粛生活長期化による生活不活発、それによる心身機能の低下(いわゆるフレイル化)および人との繋がりと社会性の低下が顕著にエビデンスとして浮上してきている今、このコロナ禍での「高齢者の健康二次被害」も軽視できない。(別章にて詳細を述べる)そして、比較的健康な高齢者への影響だけではなく、高齢者施設入所者や在宅療養中の高齢者における大きな課題も残した。

 このコロナ問題は単なる新たな感染症の課題を示しているだけではない。おそらく、コロナ問題が発生する以前の「従来から持ち合わせていた様々な問題、特に地域課題・社会課題をより早期に見える化」させてくれているのであろう。このコロナ問題によるピンチをどうチャンスに変えるのか、そしてヘルスケア分野において、国民の個々人に何を伝え、さらには新たな地域社会づくりにどう反映させるのか、ここは大きな分岐点になると推測する。筆者が同課題への認識を同じくしている研究者同士で現在政府へ政策提言を出しており、議論が進んでいる(詳細は後述)。国家戦略として「3つの【守る】」を主張して頂きたい。それは、「感染」から守る、「経済」を守る、そして「健康(健幸)・健全な地域社会活動」を守る、この3つである。その実現のためには、政府および国行政からの発信、県および各自治体行政の前向きな決断と取り組みへの着手、そして国民一人ひとりが「正しく恐れる・賢く恐れる」ということを徹底しながら、誹謗中傷なく、前向きに従来の地域活動と日常生活を取り戻すこと、これらの一連の連携が必要であろう。

5:さいごに

 COVID-19問題を前述したが、今こそ日本のヘルスケアの底上げのために、フレイル概念に関するエビデンス創出とそれに基づいた政策立案(evidence-based policy making: EBPM)、そして迅速な行動が求められ、まさに「さらなる健康長寿社会への挑戦」の一歩を踏み出す時期である。

 従来の健康増進施策だけの枠に留まらず、地域社会の中にもSociety 5.0をしっかりと加速させ、Information Communication Technology (ICT)環境を急速かつ大幅に改善し、全世代にわたり(たとえ高齢者であっても)人とのつながりや交流、そして高齢者の生涯教育も含めた能力開発できる教育・交流の機会を増やす必要があるのであろう。そして、①お元気なうちから生きがいづくりや、生涯現役を実現できる地域社会構築、②介護予防・フレイル予防・健康づくりを実現する真のポピュレーションアプローチ(高齢住民主体活動のエンパワメント含む)、③生活支援からケアまでのハイリスクアプローチを地域包括ケアの中心的再構築、そして④自治体保有のデータベース活用も視野に入れた大規模な課題解決型実証によるエビデンス化など、これらがどの自治体でもシームレスかつ一連の、そして地域健康格差のない取り組みとなることを期待してやまない。

 持続可能な開発目標(Sustainable Develo-pment Goals:SDGs)に続き、WHOが「Decade of Healthy Ageing (2020-2030)」の推進を掲げている。その実現のためには、国民一人ひとりと家族、そして地域社会が健康的に歳を重ね、市民社会、各段階における行政組織、国際機関、専門家、アカデミアや研究者、メディア報道機関など、全てのステークホルダーの協調と触媒的行動が緊急に必要であろう。それについてわが国は世界に向けてリーダーシップを発揮すべき時である。

文献

  • 1)金子隆一: 人口高齢化の諸相とケアを要する人々. 社会保障研究 国立社会保障・人口問題研究所 2016; 1(1): 76-93.
  • 2)日本老年医学会:フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント.
  • 3)吉澤裕世,田中友規,飯島勝矢:地域在住高齢者における身体・文化・地域活動の重複実施とフレイルとの関係. 日本公衆衛生雑誌 2019; 66(6): 306-316.

プロフィール

筆者:飯島勝矢先生
飯島 勝矢(いいじま かつや)
東京大学高齢社会総合研究機構 機構長
未来ビジョン研究センター 教授
最終学歴
1990年 東京慈恵会医科大学卒
主な職歴
千葉大学医学部附属病院循環器内科 入局、東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座 助手、同講師、米国スタンフォード大学医学部研究員を経て、2016年 東京大学高齢社会総合研究機構教授 2020年 東京大学高齢社会総合研究機構 機構長・未来ビジョン研究センター教授 現在に至る 内閣府「一億総活躍国民会議」有識者民間議員、厚生労働省「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議」構成員、厚生労働省「全国在宅医療会議」構成員、厚生労働省「人生100年時代に向けた高齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」構成員、日本学術会議「臨床医学委員会 老化分科会」ボードメンバー 専門分野 老年医学、老年学(ジェロントロジー:総合老年学)特に、健康長寿実現に向けた超高齢社会のまちづくり、地域包括ケアシステム構築、フレイル予防研究と地域実装、在宅医療介護連携推進と多職種連携教育、大学卒前教育
主な著書
「老いることの意味を問い直す ~フレイルに立ち向かう~」(クリエイツかもがわ)、「東大が調べてわかった衰えない人の生活習慣」(KADOKAWA)、「健康長寿 鍵は"フレイル"予防 ~自分でできる3つのツボ~」(クリエイツかもがわ)、「オーラルフレイルQ&A-口からはじまる健康長寿-」(医学情報社)、「マンガでわかるオーラルフレイル」(共著、主婦の友社)、「在宅時代の落とし穴 今日からできるフレイル対策」(KADOKAWA)

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