ソーシャル・インパクト・ボンドを通じた地域づくりの孤立予防・軽減の可能性
公開月:2025年1月
福定 正城(ふくさだ まさき)
日本福祉大学健康社会研究センター主任研究員
はじめに
高齢者の社会的孤立は、多様な経路を通して健康に影響を及ぼす重要な社会課題であり1)、より広い層に向けた予防・軽減の取り組みが焦眉の課題となっている。一方で、従来の行政主導の孤立対策には限界があり、財源の制約、事業の継続性、効果検証の不足等が指摘されている2),3)。このような背景から、近年注目を集めているのが、社会的インパクト投資の一種であるソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond:以下、SIB)を活用した新たなアプローチである。
本稿では、日本最大規模のSIBを活用した介護予防事業である愛知県豊田市の「ずっと元気!プロジェクト」4)に着目し、本プロジェクトが高齢者の孤立予防・軽減にどのような可能性をもつかについて検討する。
SIBの概要と豊田市「ずっと元気!プロジェクト」
SIBとは、存在する社会課題のうち、従来の公の事業では解決が難しかった領域のものについて民間事業者に解決手法の選定を委ね、また併せて民間の資金を用いて解決を図ろうとする手法のことである5)。SIBの特徴として、公共は民間事業者が実施・提供したサービスが生み出す成果を客観的な指標に基づいて評価し、その水準に応じた支払いをおこなうことがあげられる5)。この仕組みには、1.成果連動に伴うリスクの大きな事業の実施が可能となる、2.運転資金の確保や成果連動リスクを負うことが難しい中小民間事業者も事業に参画可能となる、3.事業の採算性や計画性の検証に委託者・受託者以外の第三者の目が入り、事業に規律が生まれ実効性が高まる、という利点が示されている6)。
世界初のSIBは、2010年のイギリスにおけるピーターバラ刑務所での再犯防止事業であった7)。この事業では、短期服役者の再犯率低減を目的に、約2,000名の軽犯罪者に対して自立支援事業が提供され、再犯率が対象群に比べて9%程度低下し、成果に応じた費用が公共から民間事業者へ支払われた。ここから、この事業は、SIBモデルの有効性を示す先駆的な事例として、世界中の政策立案者や研究者の注目を集めた。一方、わが国におけるSIBの活用は、2015年頃から健康・医療・介護等の領域で実施され8)、近年では地域づくり領域での活用に注目が集まっている5),6)。
この事例のひとつに、2021年度から開始された日本最大規模のSIBを活用した介護予防事業である豊田市「ずっと元気!プロジェクト」がある(図)。本プロジェクトは、豊田市高齢者の幸福度・生活満足度向上、および、要介護リスク・介護費の低減を目的とし、多様な社会参加プログラムの提供による地域づくりを展開している。具体的なプログラム内容としては、40以上の民間企業・NPO等によって、体操・フィットネス・健康チェック等の健康づくり、手芸・和装・ドローン操縦等の趣味活動、パソコン教室・ピアノ教室・ヴォーカルレッスン等の学習機会に加えて、就労支援等が展開されている。また、プログラムのほとんどは、無料または低額で提供され、高齢者の多くが参加できるよう工夫されている。
「ずっと元気!プロジェクト」による社会関係促進の可能性
表は、プロジェクト参加群・非参加群における社会関係指標の該当割合である。第三者評価機関である日本老年学的評価研究機構による2時点(実施前または実施直後・1年後)での調査に基づいた分析の結果、本プロジェクトが参加群の社会関係に良好な影響を与えていることが示唆された。具体的には、社会的ネットワークの側面では、知人友人と会う頻度、家族以外との会話頻度において、1年後の時点で参加群と非参加群の間に差が確認された。これは、本プロジェクトへの参加が社会的ネットワークを増加させる可能性のあることを示唆している。
社会関係指標 | 項目 | 参加群:実施前・初期 | 参加群:1年後 | 参加群:変化量 | 非参加群:実施前・初期 | 非参加群:1年後 | 非参加群:変化量 | 参加-非参加(変化量) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
社会的ネットワーク | 知人友人と会う頻度(月1回以上%) | - | 89.9% | - | - | 79.2% | - | - |
社会的ネットワーク | 家族以外との会話頻度(月1回以上%) | - | 97.4% | - | - | 92.8% | - | - |
社会的サポート | 情緒的サポート受領 家族以外(有%) | 62.1% | 65.8% | +3.7 | 56.9% | 59.9% | +3.0 | +0.7 |
社会的サポート | 情緒的サポート授与 家族以外(有%) | 62.4% | 66.3% | +3.9 | 54.9% | 56.0% | +1.1 | +2.8 |
社会的サポート | 手段的サポート受領 家族以外(有%) | 6.0% | 6.6% | +0.6 | 5.1% | 4.8% | +0.3 | +0.3 |
社会的サポート | 手段的サポート授与 家族以外(有%) | 8.0% | 8.1% | +0.1 | 6.7% | 6.2% | -0.5 | +0.6 |
社会参加機会 | 他者との食事機会(月1回以上%) | 82.3% | 83.8% | +1.5 | 77.6% | 80.5% | +2.9 | -1.4 |
社会参加機会 | ボランティアの会(月1回以上%) | 32.1% | 35.4% | +3.3 | 15.5% | 17.6% | +2.1 | +1.1 |
社会参加機会 | スポーツの会(月1回以上%) | 53.5% | 55.9% | +2.4 | 27.9% | 28.7% | +0.8 | +1.6 |
社会参加機会 | 趣味の会(月1回以上%) | 55.0% | 57.3% | +2.3 | 31.1% | 31.1% | 0 | +2.3 |
社会参加機会 | 高齢者クラブ(月1回以上%) | 24.3% | 27.9% | +3.6% | 9.0% | 10.8% | +1.8 | +1.8 |
社会参加機会 | 町内会・自治会(月1回以上%) | 21.8% | 21.9% | +0.1 | 9.7% | 10.3% | +0.4 | -0.3 |
社会参加機会 | 学習・教養サークル(月1回以上%) | 23.1% | 24.6% | +1.5 | 9.2% | 9.4% | +0.2 | +1.3 |
社会参加機会 | 介護予防のための通いの場(月1回以上%) | 32.2% | 35.3% | +3.1 | 11.5% | 14.1% | +3.6 | -0.5 |
社会参加機会 | 特技や経験を伝える活動(月1回以上%) | 9.1% | 12.3% | +3.2 | 5.7% | 5.1% | -0.6 | +3.8 |
社会参加機会 | 収入のある仕事(月1回以上%) | 32.8% | 33.2% | +0.4 | 30.2% | 27.7% | -2.5 | +2.9 |
社会的サポートの側面では、参加群で家族以外からの情緒的サポートの授受(授与・受領)が3.7〜3.9%ポイント増加し、非参加群との差も認められた。この結果は、本プロジェクトを通して形成された人間関係が、表面的な交流にとどまらず、互いに支え合う関係性の構築につながっていることを示唆している。
社会参加機会の側面では、多くの項目で非参加群に比べて参加群の増加が上回っていた。増加幅の大きい項目を挙げると、特技や経験を伝える活動、趣味の会、高齢者クラブ、スポーツの会となり、1.6〜3.8%ポイントの差が示された。これらの結果は、本プロジェクトが提供する多様なプログラムが、高齢者の幅広いニーズに対応していることを示している。
一方、町内会・自治会への参加や他者との食事機会については、参加群と非参加群の間で明確な差が見られなかった。これらの指標は、社会的ネットワークの拡大を基盤として形成される社会関係1)を反映していると考えられる。ゆえに、プログラムの影響が及ぶまでには時間を要する可能性がある。また、調査当時のCOVID-19による影響も考慮する必要があるだろう。
以上の分析結果は、SIBを通じた地域づくりが、高齢者の多様な社会参加を促進し、孤立予防・軽減に寄与する可能性を示している。この知見は、高齢者の孤立に焦点を当てた介入研究のレビュー9)における、孤立しがちな人々をターゲッティングしないプログラムの方が、孤立予防・軽減に期待した成果を上げやすいという報告と符合する。そのうえで、本結果は、今後の高齢者支援策の新たなモデルとなる可能性を示した点で重要な成果があるといえる。他方で、社会的ネットワーク側面にかかわる指標には実施前のデータが存在せず、分析には多様な交絡因子が考慮されていない。ゆえに、今後のさらなる調査分析により、本プロジェクトの効果をより詳細に評価する必要がある。
SIBを通じた地域づくりによる孤立予防・軽減に向けた課題
本プロジェクトは、SIBを通じた地域づくりが高齢者の孤立予防・軽減に寄与する可能性を示す先進的な事例であった。この取り組みを発展させるためには、以下の点に留意する必要がある。
第1に、豊田市の取り組みを他の地域に展開する際には、それぞれの地域がもつ固有の特徴を十分に考慮する必要がある。例えば、人口構成、文化的背景、既存の社会資源等を踏まえたプロジェクト内容の調整が必要であろう。第2に、SIBはあくまでも時限的な取り組みであるため、成果を恒久的な仕組みに発展させていく必要がある。そのためには、行政の正規事業化や民間による自立的な運営など、多様な選択肢を検討し、各々の地域の実情に即した持続可能なモデルを構築することが求められる。第3に、SIBを通じた地域づくりの孤立予防・軽減可能性をさらに探究するためには、本プロジェクトで観察された社会関係指標の変化が、長期的にどのような影響をもたらすのかについて継続的に評価するとともに、どのようなプログラムがどのような高齢者の社会参加を促進するのか等の知見を蓄積することが重要である。これらを総合的に考慮して展開することで、SIBを通じた地域づくりの効果を最大化し、高齢者の孤立予防・軽減に向けた効果的な取り組みにつなげることが求められる。
おわりに
高齢者の孤立予防は、健康長寿を実現するうえで欠かせない要素である。本稿で示したSIBを通じた地域づくりは、高齢者の孤立予防・軽減という課題に対する有効な解決策のひとつとなる可能性を示していた。今後は、このような先進的事例の成果と課題を詳細に分析し、さらなる改善と発展につなげていくことが重要である。さらに、この知見を広く共有し、各地域の実情に合わせた取り組みを促進することで、より多くの高齢者が他者とつながることのできる社会の実現に近づくことが期待される。
謝辞
本分析は、愛知県豊田市の協力を得るとともに、JSPS科研費(23H00060)の助成を受けておこなわれた成果の一部である。記して深謝する。
文献
- Berkman LF, Kawachi I, Glymour MM.: Social epidemiology. Oxford University Press, Oxford, 2014.
- 平井寛,竹田徳則,近藤克則: まちづくりによる介護予防―「武豊プロジェクト」の戦略から効果評価まで. ミネルヴァ書房, 2024.
- 清野諭, 野藤悠: 地域における介護予防のエビデンス. 体力科学 2019; 68(5): 327-335.
- (2024年12月23日閲覧)
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- 斉藤雅茂: 単身高齢者への社会的孤立軽減に向けた介入研究の動向と課題.社会福祉研究 2019; 136: 48-54.
筆者
- 福定 正城(ふくさだ まさき)
- 日本福祉大学健康社会研究センター主任研究員
- 略歴
- 2010年:医療法人東ヶ丘クリニック介護支援専門員、2019年:日本福祉大学大学院社会福祉学研究科社会福祉学専攻修士課程修了、修士(社会福祉学)、2024年3月:日本福祉大学大学院福祉社会開発研究科社会福祉学専攻博士課程修了、博士(社会福祉学)、2024年5月より現職。2024年6月より国立長寿医療研究センター外来研究員
- 専門分野
- 社会福祉学、ケアマネジメント学
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