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自然に健康になれる食環境づくり

 

公開月:2024年7月

村山 伸子(むらやま のぶこ)

新潟県立大学副学長・人間生活学部健康栄養学科教授

はじめに

 人間は外界から食物を介して必要な栄養成分を取り込むこと、つまり食べることなしに生きることができない。したがって、栄養・食生活は生存そのものに関わる。また、適切な栄養・食生活は、疾病の予防、治療を含めて、健康に寄与する。さらに、人間が何を食べるかは、自然環境の保全に関わる。このように人間が何をどのくらい食べるかは生命、健康、自然環境に関わる重要なことである。ここでは健康に焦点をあてて論を進める。

 しかし、必ずしもすべての人が、健康に資する食事をしているとは限らない。経済的、地理的、時間的等の外的な理由、個人の知識、態度(健康への関心を含む)、スキル等により、健康に資する食物を選択し、入手しない(できない)人もいる。誰一人取り残さないためには、個人が変わらなくても環境を変えることにより、誰でもが自然に健康に資する食事ができるようにすることが求められている。

 2024年度から開始された健康日本21(第三次)においても、「自然に健康になれる環境づくり」が盛り込まれ、栄養・食生活に関する食環境についても目標が設定された1)。そこで、本稿では、人間の健康の保持増進に寄与する食生活が意図しなくても自然にできる食環境のあり方について国内外の動向を紹介しながら考える。

食環境とは何か

 食環境とは、食物の生産、加工、流通、販売といったフードシステムと、食や健康の情報の流れからなる2),3)。特に、自然に健康になれる環境づくりの観点からは、フードシステムのあり方が重要となる。その理由は、その人の生活圏でどのような食物が販売されているか(availability)で、そこに生活している人の購入可能な食物は決まる。また、食物の価格が入手可能な金額か(affordability)、近くに売っているか(accessibility)なども人々の食物選択ひいては食事内容に影響する。食情報は、人々の食物選択を後押しする役割をもつ。

 食環境が人間の食生活に影響しているいくつかの例をあげる。1つ目の例は、日本において、外出時に車の利用がない高齢者は、近隣の食料品店へのアクセスの悪さが死亡リスクとなる可能性が示されている4)。2つ目の例は、アメリカにおいて、野菜や果物等の生鮮品の価格が高く、砂糖や脂質を多く含む(エネルギー密度が高い)加工食品の価格が低いため、経済的に低い層でエネルギー密度が高い食品の摂取が多く(質が低い食事をしており)、これらが肥満の一因と考えられている5)

海外の食環境整備の動向

 海外では食環境への介入によって、誰でも自然に健康になれる社会にしようという動きが進んでいる。2013年の第66回世界保健総会において、世界保健機関(WHO)加盟国は2025年までに食塩摂取量を30%削減することで合意し、WHOは加工食品中のナトリウム含有量のベンチマークを作成した6)。その後の各国の減塩政策のモニタリングでは、2019年時点で減塩政策が実施されている96か国中60%は政府による規制の対策が実施されていた。これには加工食品中の食塩の減少、食塩含有量が多い食品への課税、加工食品のパッケージ上の警告表示等を含む7)。海外では、国の政策により、食品中の成分を変えることで食環境を健康に寄与するものにする方向で進んでいる。イギリスでは、パンの食塩含有量を国全体で減少させることにより、国民の食塩摂取量と血圧の低下、循環器疾患の死亡率の低下を報告している8)

 これらの公衆衛生的な介入を、その影響力によって整理したのが、「介入のはしご」である9)。図にこの「介入のはしご」を栄養政策にあてはめた図を示す。

図、介入のはしごを栄養政策にあてはめた図。
図 介入のはしごと栄養政策
(出典:Healthy Lives, Healthy People:Our strategy for public health in England. 20109)をもとに筆者作成)

 介入のはしごを用いて、海外の食環境整備の取り組みを国、地域、学校・職域別に整理したのが表である10)

表 世界で実施されている食環境整備と日本の実施状況
地域保育所・学校・職域
レベル1:選択できなくする
  • 健康的でない食物の販売規制
  • 基準に合った保育所給食、学校給食を提供する★
レベル2:選択を制限する
レベル3:逆インセンティブによる選択の誘導
  • 健康的でない食物への課税
レベル4:インセンティブによる選択の誘導
  • 健康的な食物への補助金
  • 販売時に健康的な食物のプロモーション、インセンティブ、インストラクション★
  • 健康的な食物の価格を安価にする
  • 職場で健康的なメニューを安価にする(補助)★
  • 販売時に健康的な食物のプロモーション★
レベル5:デフォルトを変えることによる選択の誘導
レベル6:環境を整えて健康な選択を誘導
  • 国内の農業、漁業による生鮮品の安定供給(供給量と価格)
  • 食品製造の場の脂肪、砂糖、食塩等の含有量の低減★
  • 食品流通、販売、飲食店(ファストフード店、コンビニ、アウトレット/スーパー、直売所)での健康的な食物へのアクセスを良くし、健康的でない食物へのアクセスを悪くする(近接性、販売量)★
  • 高齢者への配食サービス★
  • 職場給食・食堂・配達弁当での健康的なメニュー提供★
  • 自動販売機で健康的な飲食物を販売★
レベル7:情報提供、教育
  • 栄養成分表示やNutrition Profilingによる健康的な食物の識別表示制度
  • 食品の誇大表示の禁止
  • 過剰マーケティング、広告の禁止
  • 外食や惣菜の栄養成分表示★
  • マスメディア、インターネットによる健康情報提供★
  • 過剰マーケティング、広告の業界の自主規制
  • 地区組織、NPO、自主グループからの情報提供★
  • 保健・医療・福祉・社会教育機関からの情報提供★
  • 給食の栄養成分表示★
  • 保育所、学校、職場での健康情報提供★
  1. ここでは、以下のように定義する
    健康的な食物:人が健康に生きていくために必要な栄養素を多く含み、生活習慣病の要因となる栄養素が少ない(高齢者の低栄養予防を含む)、多くは栄養素密度が高い食物
    健康的でない食物:加工する中で、脂肪、砂糖、食塩の含有量が多く含まれる食物で、多くはエネルギー密度が高い食物
  2. 太字と下線は、先行研究で効果のエビデンスあり
  3. ★は日本での取り組みあり

 国の食物価格政策(砂糖や脂肪、食塩が多い食品への課税、農産物への補助金)、学校での健康的な食物提供、メディアキャンペーンの政策は効果が多く報告されている。一方で、スナック菓子、飲料等のテレビや広告のマーケティングの制限、食品やメニュー表示、食料品店や飲食店へのアクセスは研究により効果が一致していない。

 地域の食料品店での金銭的なインセンティブ(補助金などで野菜料理を安価にする等)は、短期的には野菜・果物、食物繊維の増加、食塩と脂肪の低減に有効であった。一方で、栄養教育、プロモーション、オンラインショッピングでの消費者へのアドバイスは研究により効果が一致していない。地域でこれらの取り組みを組み合わせ、地域の飲食店での低脂肪、高食物繊維、ハーフサイズ、野菜・果物が多い料理、食事摂取基準に合致している料理の提供を増やし、メディアキャンペーンを同時に実施した場合に販売量が増加し、特に価格を下げた時に有効であった。最近の研究では、肥満の2型糖尿病患者について、ポーションコントロール(食事量を少なくする)をする皿を6か月使用した介入研究では、体重減少が報告されている11)

 職場の食堂での健康的な昼食提供(野菜・果物増加、食塩・脂肪低減)により摂取量が改善し、特に価格を下げた場合に有効であった。給食の提供基準に合った学校給食提供や自動販売機で提供する食物や飲料を健康的にすることは、野菜・果物の増加、脂肪、砂糖、食塩の低減に有効であった。

日本の食環境整備の動向

 日本においては、地域、学校・職域での取り組みは多く実施されている(表)。しかし、多くの地域や職域で実施されているのは、レベル6(環境を整えて健康な選択を誘導)、レベル7(情報提供、教育)の内容であり、レベル4(インセンティブによる選択の誘導)については試みが増えている段階である。自治体の取り組みとして、スーパーマーケットや飲食店等で減塩や野菜が多い弁当や総菜の販売を促す登録制度をもっている自治体は約8割と多い12)。その一環として、減塩や野菜が多い弁当や総菜を購入するとポイントがつく、景品がもらえる等が実施されているが、効果検証をした報告は少ない。自治体で飲食店と食料品店で野菜料理120g以上を含む料理を購入した場合に50円キャッシュバックする取り組みを実施した結果、介入期間1週間の野菜料理の購入量が増えたことが報告されている13)。職域の事例として、宅配弁当の減塩と職場からの補助金による価格100円引きの効果についての6か月間の介入研究では、スマートミール弁当の提供の結果、従業員の食塩摂取量が減少した14)

 日本において最も効果が大きいと考えられるのは、保育所や学校の給食において、提供基準に合った給食を提供することである。これはレベル1(選択できなくする)に該当し全員が同じ給食を食べるため、選択の余地はなく、強力な影響をもつ。

 国では、厚生労働省が、「健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ」を2021年に立ち上げた15),16)。栄養面では特に重要な栄養課題である「食塩の過剰摂取」の対策として、「減塩」に優先的に取り組む。また、全世代や生涯の長きにわたり関係し得る他の重要な栄養課題として、「経済格差に伴う栄養格差」や「若年女性のやせ」の問題も取り組み対象とした。また、環境保全に寄与する取り組みも対象としている。栄養面等に配慮した食品を事業者が供給し、そうした食品を消費者が、自身の健康関心度等の程度にかかわらず、自主的かつ合理的に、または自然に選択でき、手頃な価格で購入し、ふだんの食事において利活用しやすくする。これにより、国民の健康の保持増進を図るとともに、活力ある持続可能な社会の実現を目指す。

今後に向けて

 食環境の中でも、減塩の例では加工食品中の減塩は、ポピュレーションアプローチとして、費用対効果が高いとされる17)。一方で、自主的な一部の減塩だけでは健康格差縮小への効果は限定的であり、健康格差縮小のためにはすべての商品の減塩が望ましいとされている18)。したがって、すべての人が自然に健康になれる食環境の実現のためには、スーパーマーケット等で販売されている加工食品(食品、総菜、弁当)、飲食店や給食の料理について、より多くの食品事業者(生産者、加工、流通、販売)が関わり、より多くの食品を健康的にすること(健康的な食品が当たり前になること)、健康的な食品が安価で提供されることが必要である。

 日本において法的な規制を伴わずに、食品企業が食品の販売種類や量を増やすためには、消費者によって購入されることが必要である。消費者に購入されるには、単に健康に資する食品の販売だけでなく、そのプロモーションやインセンティブを同時に行うことが有効とされる19)。また、海外の例では、栄養成分表示や警告表示といった表示、加工食品中の減塩、低脂質、低砂糖等の成分を変えること、コマーシャルや販売規制等の複数の政策を組み合わせる政策パッケージ化20)により、より多くの商品が健康的なものになるとされている。

 同時に、野菜、魚、肉等の生鮮食品を安価で購入しやすくすること、家庭での食事づくり時間の確保が当たり前にできる社会のあり方も重要となる。

 以上、本稿ではポピュレーションアプローチとして、国や地域全体の食物や健康・食情報へのアクセスを改善する食環境整備について記載してきた。最後に、ポピュレーションアプローチだけではすぐには対応できない、経済的な要因で必要な食物が入手困難な人がいる現状に対しては、フードバンク等の食料支援や、社会福祉制度としての生活保護利用者の健康管理支援事業、生活困窮者自立支援事業の中での栄養・食生活支援等の取り組みも食環境整備として期待される。

文献

  1. 厚生労働省:健康日本21(第三次)の推進のための説明資料.25-32(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2024年6月20日閲覧)
  2. 足立己幸 編著,秋山房雄 著.食生活論.医歯薬出版,1987.
  3. Glanz K, Sallis JF, Saelens BE, et al.: Healthy nutrition environments: concept and measures. Am J Health Prom. 2005; 19(5): 330-333.
  4. Tani Y, Suzuki N, Fujiwara T, et al.: Neighborhood food environment and mortality among older Japanese adults: results from the JAGES cohort study. International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity. 2018; 15(1): 101.
  5. Darmon N, Drewnowski A.: Contribution of food prices and diet cost to socioeconomic disparities in diet quality and health: a systematic review and analysis. Nutr Rev. 2015: 73(10): 643-660.
  6. World Health Organization: WHO global sodium benchmarks for different food categories. WHO, Geneva, 2021.
  7. Santos JA, Tekle D, Rosewarne E, et al.: A systematic review of salt reduction initiatives around the world: a midterm evaluation of progress towards the 2025 global non-communicable diseases salt reduction target. Adv Nutr. 2021; 12(5): 1768-1780.
  8. He FJ, Pombo-Rodrigues S, MacGregor GA.: Salt reduction in England from 2003 to 2011: its relationship to blood pressure, stroke and ischaemic heart disease mortality. BMJ Open. 2014; 4(4): e004549.
  9. England Secretary of State for Health: Healthy Lives, Healthy People: our strategy for public health in England. UK for The Stationery Office, London, 2010. 29-30.
  10. 村山伸子:第12章 健康寿命の延伸と食環境整備.現在の食生活と消費行動,農林統計出版,2016.
  11. Pedersen SD, Kang J, Kline GA.: Portion control plate for weight loss in obese patients with type 2 diabetes mellitus. Arch Intern Med. 2007; 167(12): 1277-1283.
  12. 望月泉美,串田修,赤松利恵,村山伸子:都道府県と保健所設置市および特別区における飲食店等を通した食環境整備のマネジメント実施状況.日本公衆衛生雑誌.2022; 69(10): 833-840.
  13. Nagatomo W, Saito J, Kondo N.: Effectiveness of a low-value financial incentive program for increasing vegetable rich restaurant meal selection and reducing socioeconomic inequality: a cluster crossover trial. Int J Behav Nutr Physical Activity. 2019; 16(1): 81.
  14. Sakaguchi K, Takemi Y, Hayashi F, et.al.: Effect of workplace dietary intervention on salt intake and sodium-to-potassium ratio of Japanese employees: a quasiexperimental study. J Occup Health. 2021; 63(1): e12288.
  15. 厚生労働省:自然に健康になれる持続可能な食環境づくりの推進に向けた検討会報告書.2021(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2024年6月20日閲覧)
  16. 厚生労働省:健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2024年6月20日閲覧)
  17. Wang G, Labarthe D.: The cost-effectiveness of interventions designed to reduce sodium intake. J Hypertens. 2011; 29(9): 1693-1699.
  18. Gillespie DOS, Allen K, Guzman-Castillo M, et al.: The health equity and effectiveness of policy options to reduce dietary salt intake in England: policy forecast. Plos One. 2015; 10(7): e0127927.
  19. Hillier-Brown FC, Summerbell CD, Moore HJ, et al.: The impact of interventions to promote healthier ready-to-eat meals (to eat in, to take away or to be delivered) sold by specific food outlets open to the general public: a systematic review. Obesity Rev. 2017; 18(2): 227-246.
  20. Popkin BM, Barquera S, Corvalan C, et al.: Toward unified and impactful policies for reducing ultraprocessed food consumption and promoting healthier eating globally. Lancet Diabetes Endocrinol. 2021; 9(7): 462-470.

筆者

むらやまのぶこ氏の写真。
村山 伸子(むらやま のぶこ)
新潟県立大学副学長・人間生活学部健康栄養学科教授
略歴
1998年:東京大学大学院医学系研究科修了、博士(保健学)、2000年:Cornell University, College of Human Ecology, Division of Nutritional Sciences客員研究員、2001年:新潟医療福祉大学医療技術学部健康栄養学科助教授、2005年:同教授、2013年より新潟県立大学人間生活学部健康栄養学科教授、2017年より同学部長、2023年より同副学長
専門分野
公衆栄養学、国際栄養学

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第2号(PDF:5.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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