なぜ「健康まちづくり」が注目されるのか
公開月:2024年7月
近藤 克則(こんどう かつのり)
千葉大学予防医学センター 健康まちづくり共同研究部門特任教授
一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構研究部長
はじめに
国民健康づくりの基本方針「健康日本21」が改定され、2024年度から第三次が始まった。第三次で初めて登場した考え方に「自然に健康になれる環境づくり」がある。WHOも高齢者にやさしいまちづくりを提唱している。このように「健康まちづくり」への注目が高まっているのは、なぜであろうか。
小論では、1.従来の予防策の限界とゼロ次予防、2.健康格差と健康の社会的決定要因、3.環境重視の政策、4.具体例とその効果、の4つの視点から、今後の健康長寿社会づくりには、健康長寿な「人」づくりに加え、「まち・社会」づくりが重要である理由を考える。
従来の予防策の限界とゼロ次予防
病気を予防する方法は、一次から三次予防に分けて考えることができる。一次予防は、病気の原因をなくすことで発病を予防するアプローチ、二次予防は、すでに病気であるが症状がない早期に病気を発見して早期治療することで重篤な症状の発症を予防しようとする。そして、三次予防は、リハビリテーションなど発症後の悪化や再発を予防するものである。
二次予防については、全国の市町村で、健(検)診を受診してもらって、自覚症状がないメタボリックシンドロームやがんを早期発見し、食べ過ぎや運動不足などの健康に望ましくない行動を変えてもらうための保健指導や早期治療につなげようとされている。しかし、国民健康保険加入者の健診受診率は4割弱、2020年(令和2年)度に市区町村が実施したがん検診の受診率は、最も低い肺がんで5.5%、最も高い乳がんでも15.6%に留まっている。加えて、もっとも厳密な研究方法である無作為化対照比較研究(RCT)で総合健診による病気の発症や死亡抑制効果を検証した15研究(対象者数25万人)を集めた系統的レビューがある1)。その結論は「体系的な健診は有益である可能性は低く不必要な検査や治療につながる可能性がある」である。つまり、二次予防だけでは十分ではない。
一次予防についても、冠動脈疾患の予防のためのカウンセリングと教育を用いた複数のリスク因子に対する介入効果を検証した、55件(対象者数16万人)のRCTを集めた系統的レビュー2)がある。その結果では、高血圧や糖尿病の高リスク集団においては死亡率の減少に有効であったが、一般集団においては死亡率の抑制は確認されなかった。つまり、生活習慣や健康行動の変容を目指す保健指導にも限界がある。
ではどうしたらよいのか?WHOが提唱したのが「ゼロ次予防」である。「原因をもたらす背景要因へのアプローチ」で、「原因となる社会経済的、環境的、行動的条件の発生を防ぐための対策を取る」ことである3)。一例をあげれば、喫煙者に禁煙指導をする一次予防だけでは、禁煙にいたる人が少ないので、「全館禁煙にする」「たばこ税を上げて1箱1,000円にする」など、本人でなく環境を変えることで禁煙する人を増やそうとするのがゼロ次予防である。
健康格差と健康の社会的決定要因
ゼロ次予防が着目されるようになった背景には、地域間や集団間の健康格差が社会経済環境をはじめとする健康の社会的決定要因(social determinants of health,SDH)によって生じることが明らかにされてきたことがある4),5)。
図1の対象は、われわれが取り組む日本老年学的評価研究(JAGES)に参加した64市町村の前期高齢者(65-74歳)で要介護認定を受けていない10万人弱である。要介護認定を受ける一歩手前で、まだ可逆的な(健康な状態に戻りうる)脆弱な状態をフレイルと呼ぶ。基本チェックリスト25項目中8項目以上という基準を満たすフレイル者の割合を、同じ方法で調査を行った市町村間で比較すると、最少5.2%から13.3%まで2.6倍の差があった(図1左)。暮らしているだけで、フレイルが少ない~多いまちがあることを意味している。前期高齢者に限定して算出してあるから、この格差の原因は、市町村間の高齢化率の違いではない。では、どのような要因が関連しているのか。社会参加者が6割と多いまちでフレイルが少なく、参加者が3割に留まるまちでフレイルが多かった(図1右)。□で囲った政令市と3大都市圏の都市部で参加割合が高いが、それらの間でも、□がついていない非都市部でも、右肩下がりの関連がみられる。
社会参加者割合には、「社会参加が好き」などの個人の特性も影響するが、好きな人でも、電車バスを乗り継いでまで参加する人は稀である。実際サロン参加率をみると、会場まで200m圏など近くに暮らす人ほど高い6)。つまり、社会参加しましょうと健康教育をして「健康な人づくり」を目指す一次予防でなく、住まいの近くにサロンを増やすなど、参加しやすい環境に着目する「健康まちづくり」がゼロ次予防なのである6)。
本特集の論文でも紹介されるように、社会参加だけでなく、食環境、歩きやすい環境、情報環境、さらには生育環境から学校・就労環境などを反映するライフコースも健康に影響を及ぼすことが多くの研究で示されている4),5),6)。
環境重視の政策
「従来の予防策の限界」と代替策となる「ゼロ次予防」、その根拠となる「健康格差と健康の社会的決定要因」の研究蓄積を踏まえて、国内外で「自然に健康になれる環境づくり」「健康まちづくり」の重要性が関係者の共通認識になってきた。WHOで言えば、健康の社会的決定要因委員会報告5)を受けて「健康格差の縮小を目指す」総会決議を2009年にあげた。同報告書5)に示された勧告には、生活習慣でなく「生活の環境条件の改善」が謳われている。
またWHOの健康長寿(Healthy Ageing)の概念7)では、「内在的な能力」だけでなく「環境」も「機能的能力」に影響するとされる。国連とWHOは2020~2030年を健康長寿の10年として、世界中で進む高齢化への対策を強化している。そこで示されている4つの取り組みの1つが、「高齢者にやさしいまち(Age Friendly Cities/Communities)づくり」である。そこでは、屋外スペースと建物、交通、住宅、市民参加と雇用、社会参加など8つの環境要因を高齢者に支援的な環境にしていくことが目指されている。
さらに孤独や社会的孤立が社会問題となり、日本でも英国に続き、孤独・孤立対策担当大臣が任命された。WHOの高齢者の社会的孤立・孤独に関する政策文書8)には、個人や人間関係レベルの対策だけでなく、コミュニティと社会レベル、つまり人ではなく環境への対策が述べられている。社会参加しやすい「まちづくり」をすることで、孤立する「人」を減らす対策である。
このような考え方はWHOのヘルスプロモーションに関するオタワ憲章(1986年、図2)にも、見ることができる。そこでは「個人的なスキルの向上」だけでなく「コミュニティの活動強化」や「支援的な環境の創造」「健康的な公共政策の確立」などが謳われている。
具体例とその効果
「健康まちづくり」や「自然に健康になれる環境づくり」の具体例には、「たばこの規制に関する世界保健機関(WHO)枠組み条約」(2003年)実施のためのガイドラインに示された全館禁煙などによる受動喫煙の防止、価格・課税を通じた対策など、効果を確認済みの対策がある。国内では、社会参加しやすいまちづくりに、介護予防効果があることの検証が進められてきた4),6),9)。また、坂道が多く閉じこもり高齢者が多い地域に、電動カートによる移動支援をすると、高齢者の外出頻度だけでなく、楽しみや人との会話が増えるなどの心理社会的な側面における改善もみられた10)。健康支援型の「道の駅」をつくると、外出頻度が増え、主観的健康感が改善することも示されている11)。運動プログラムなどを提供する高齢者向け住宅入居者では、傾向スコアマッチングをした地域居住高齢者に比べ、2.57倍運動をしていた12)。その他、公園の近くに暮らす者で運動頻度が2割多く13)、緑地の近くに暮らす高齢者でうつが少なく14)、これらが計画的に配置されているUR(旧公団)が7割を占める公的賃貸住宅に居住する高齢者では、民間賃貸住宅に比べ死亡率が有意に低いなどの報告がある15)。
まとめ
以上、1.従来の予防策の限界とゼロ次予防、2.健康格差と健康の社会的決定要因、3.環境重視の政策、4.具体例とその効果という4つの視点から、なぜ「健康まちづくり」が注目されるのか、その理由を説明してきた。いずれも、科学的な知見を踏まえたものであることから、一時的なブームではなく、健康づくりの考え方や政策・実践における、数十年に一度の大きな転換期にあると思われる。今後は、健康な「人」づくりに加え、健康な「まち」づくりの追究による健康長寿「社会」づくりが進むことが期待される。
文献
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- 近藤克則: 健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか 第2版. 医学書院, 2022.
〈日本語訳〉 (2024年6月20日閲覧)- 平井寛,竹田徳則,近藤克則:まちづくりによる介護予防―「武豊プロジェクト」の戦略から効果評価まで.ミネルヴァ書房,2024.
- (2024年6月20日閲覧)
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筆者
- 近藤 克則(こんどう かつのり)
- 千葉大学予防医学センター 健康まちづくり共同研究部門特任教授
一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構研究部長 - 略歴
- 1983年:千葉大学医学部卒業、船橋二和病院研修医、1985年:東京大学医学部附属病院リハビリテーション科医員、1989年:船橋二和病院リハビリテーション科医師、1997年:日本福祉大学社会福祉学部助教授、2000年:University of Kent at Canterbury,research fellow、2003年:日本福祉大学教授、2014年:千葉大学予防医学センター教授、2016年:国立長寿医療研究センター部長(併任)、2018年より一般社団法人日本老年学的評価研究機構(JAGES)代表理事(併任)、2024年より千葉大学予防医学センター特任教授(名誉教授、グランドフェロー)、一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構研究部長(併任)
- 専門分野
- 社会疫学、医療と介護の政策科学、医療・福祉マネジメント
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