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教会を拠点にした地域福祉の居場所(神奈川県川崎市 NPO法人ホッとスペース中原)

 

公開月:2024年7月

多様な人が集う「ホッと」くつろげる場所

 利用するすべての人に「ホッと」くつろげる場所を提供したい----そんな思いから1998年に「ホッとスペース中原(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)」はキリスト教会を拠点にした地域福祉活動を始めた。宗教法人としてスタートし、2009年にNPO法人へ移行。高齢者介護支援、障がい者支援、子育て・子ども支援、権利擁護支援、触法者(刑務所や少年院から社会に戻る人)支援を幅広く行っている。

 JR武蔵中原駅のほど近く4階建ての建物がホッとスペース中原。教会というよりは地域に開かれたスペースという雰囲気。1階はデイサービス、2階は法人事務所(訪問介護・居宅介護事業所、障がい福祉事業所など)、2階の一部と3、4階はシェアハウスとして使っている(写真1)。

写真1、ホッとスペース中原(中原キリスト教会)の外観の写真。
写真1 ホッとスペース中原(中原キリスト教会)の外観

 シェアハウスには、認知症の人、精神疾患を抱えた人、児童相談所から依頼を受けた一時保護の児童、元受刑者、外国籍の人などが入居している。近隣のマンションを借り上げ、障がい者グループホームも運営している。デイサービス終了後の夕方と日曜、1階のスペースは子育て世代が集う地域活動の場に早変わり。ホッとスペース中原は、子どもから子育て世代、高齢者、障がい者、生きづらさを抱えた人など多様な人々が集う地域の居場所である。

 職員はパート職員を含め90名を超える。ほとんどが介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士などの専門職。利用者だった人が職員になるケースも多く、服役経験がある人や精神疾患のある職員もいて、当事意識を持って利用者へ寄り添う支援をしている。シェアハウスの入居者はデイサービス等での応対や清掃の仕事を担うこともあり、利用者と職員の境界がないのが特長だ。

生きているだけでみな尊く、かけがえのない存在

 ホッとスペース中原の代表の佐々木炎(ほのお)さん(写真2)は、「利用者も職員も多様な背景を持った方が多いです。どんな方も受け入れたいと思っています。それが教会の役割だからです。人は生きているだけでみな尊く、一人ひとりがかけがえのない存在です」と言う。佐々木さんは牧師であり、ケアマネジャーであり、大学で教鞭をとる教育者の顔も持つ。

写真2、ホッとスペース中原代表の佐々木炎さんの写真。「地域全体は大きな家族」と佐々木さんが話す。
写真2 「地域全体は大きな家族」と話す代表の佐々木炎さん

 「私自身が非嫡出子で、青春時代は暴走族として過ごし、自分は価値のない人間だと感じていました。立ち直るきっかけを与えてくれたのは教会でした。教会併設の保育園で無邪気に接してくる子どもたちに救われました。他者から必要とされる喜びを感じ、福祉へ心がグッと引き寄せられました。この体験から神様はありのままの自分を尊い存在として愛してくれる、誰もが生きるに値すると気づかされました」

 その後、佐々木さんは神学校、福祉学校、福祉施設勤務を経て、「どんな立場の人も受け止め、思いを分かち合える場所を実現したい」と1998年、教会併設の福祉事業所ホッとスペース中原を立ち上げた。

尊厳こそが大事、人間理解を大事に

 ホッとスペース中原では、ケアをする時、人と接する時、何よりも大事にしているのは「尊厳」だという。職員の皆さんは入職後1か月間、毎日1時間、「尊厳」について研修を受けるそうだ。

 「尊厳こそが大事、人はかけがえの存在だということを徹底的に学びます。人間理解を大事にします。偏見を持たず、きちんと相手の話を聞く。どんな背景を持っているのか、どんな痛みを持っているのか。問題を見るのではなく、人を理解していく。私たちの仕事は1人の人のケアをしますが、そのケアには社会の歪みが凝縮されています。貧困、介護の問題、家族の問題など、これらをケアすることは社会をケアすることと一緒です」

 同性介護(男性には男性介護職が、女性には女性介護職が介護を担当する)を基本としているのは、利用者・職員双方の尊厳を守るためだという。デイサービスでは「選択」に重きをおき、「おやつ作り」「外出」「麻雀」「ゲーム」などから自由に選び、利用者の主体性を尊重している(写真3、4)。

写真3、おやつ作りをするデイサービス利用者の皆さんの写真。
写真3 おやつ作りをするデイサービス利用者の皆さん
写真4、 麻雀を楽しむ利用者の皆さんの写真。麻雀ボランティアの方もいらっしゃる。
写真4 麻雀を楽しむ利用者の皆さん。麻雀ボランティアの方もいらっしゃる

高齢者や子ども、障がい者から多くのことを教えてもらう

 「専門職としてケアする中で、利用者の方から気づかされること、人生を変えさせられることが実は多くあります。シェアハウスに入居している認知症の方が建物内をひとり歩き(徘徊)して、元受刑者のAさんの部屋に行ったことがありました。Aさんにはひとり歩き(徘徊)という概念がないから、認知症の方を受け入れて話を聞いてあげるのです。そのうちにその方はAさんのベッドでスヤスヤと眠りました。私たち専門職は『ダメですよ』と言いますが、Aさんは見守って眠らせてあげる。専門職とは何だろう、ケアとは何だろうと考えさせられた瞬間でした」

 1つひとつケアが見直されると、見方が変わり、関わり方が変わり、いずれは社会が変わっていく。それを教えてくれるのが、高齢者や子ども、障がい者など社会的に支援が必要とされる人だと佐々木さんは言う。「お互い補い合って、豊かな共生社会をつくっています。私たちの仕事は一方通行ではできません」

誰ひとり取り残さず、あらゆる人の居場所に

 制度外の福祉活動としては、地域の居場所を提供している。誰もが集えるコミュニティカフェの「ホッとカフェ」(写真5)、子育ての悩みを共有する「おやこ広場」(写真6)、ひとり親家庭の親御さんの息抜きの場「居酒屋ホッと」など、様々な環境の人々が集まる貴重な交流の場となっている。

写真5、親子連れで会食する「ホッとカフェ」の写真。様々な環境の方々がワイワイ集まる。
写真5 「ホッとカフェ」では親子連れで会食。様々な環境の方々がワイワイ集まる
写真6、「 おやこ広場」の写真。0歳児から小学校低学年の子どもたちが遊びにくる。親御さん同士はゆっくりお茶を飲みながらおしゃべり。
写真6 「おやこ広場」には0歳児から小学校低学年の子どもたちが遊びにくる。親御さん同士はゆっくりお茶を飲みながらおしゃべり

 「私たちは専門職の立場でなく、聞く側として学ばせてもらっています。これらの地域活動を通して、障がいを抱えている人やひとり親家庭、夕食に困っている家庭が多いことを知り、子どもにまつわる様々な課題が浮き彫りになりました」。そこで2025年度から、今は活動として行っている子育て・子ども支援を事業化する予定だという。「活動を事業化していくことで、制度からこぼれ落ちる人たちを取り込んで支援していきたい」と佐々木さんは意気込みを話す。

 「誰もこぼれ落ちない社会、あらゆる人の居場所をつくりたい。私たちは地域全体を大きな家族として捉えています。地域の人には何か困ったことがあれば、ここに来れば何とかなると思ってもらいたい。"困ったときの駆け込み寺・ホッとスペース中原"。寺ではなく教会ですが(笑)。地域の人と一緒に、共に生きるコミュニティをつくることが私の原動力です。そんな地域福祉活動をこれからも目指していきます」

弱くされた人のそばにいること、地域の役に立つことが教会の役割

 礼拝堂の場所を伺うと、「唯一教会らしいものはこれです」と教えてくれたのが1階の壁にある十字架。デイサービスに使っているスペースが日曜午前には礼拝堂となり、佐々木さんらが牧師として礼拝が行われる。礼拝堂が地域に開かれた空間にあることも特長だろう。

 シェアハウスに入居する元受刑者の方に話を伺うと、「ここは安心できる居場所」と笑顔を見せてくれた。元利用者で現在はグループホームのスタッフの方は「ホッとスペース中原で自分の尊厳を取り戻すことができ、いただいたものを恩返しとして利用者に接している」と言う。

 「弱くされた人のそばにいること、地域の役に立つことが教会の役割」という佐々木さんの言葉が印象深い。様々な背景を持つ人たちに安心できる居場所と支援を提供する。お互いを認め合い支え合うホッとスペース中原の活動は、地域共生社会づくりの新しいモデルケースだろう。

●写真5、6提供/NPO法人ホッとスペース中原


公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第2号(PDF:5.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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