老いや死のタブーを乗り越える~igokuプロジェクト~(福島県いわき市)
公開月:2024年5月
いわきの地域包括ケア、いごいています!
福島県いわき市の地域包括ケア推進課が進めるigoku(いごく)プロジェクトが面白い。地域包括ケア※1を推進するために、タブー視されがちな老いや死をポジティブに取り上げ、フリーペーパー『紙のいごく』、「
「いごく」はいわき弁で「動く」の意味。「医療・介護、地域に関わる人たちの前向きな気持ちと動き(いごき)が地域をつくっている」という考えからネーミングされた。igokuはいわき市の地域包括ケアの理念を表す言葉だ。
※1 地域包括ケア:誰もが住み慣れた地域で最期まで暮らせる仕組みづくり
これから親の介護を迎える40、50代に情報を届けたい
igoku立ち上げメンバーで初代編集長の猪狩僚さんは、2016年新設の地域包括ケア推進課に赴任した。猪狩さんにとって初の福祉分野。地域包括ケアの現場を知りたいと、医療・介護の多職種の勉強会や高齢者の集いの場に足繁く通った。
そこで、「いわきには望めば最期まで地域で暮らせるサポート体制はあるものの、その選択肢が知られていない」という課題に気が付く。「医療・介護従事者の情熱、高齢者の生き様を発信することで、住民自身が望む最期を考えるきっかけをつくろう。それにはタブー視されてきた老いや死、死生観にまで踏み込む必要がある」と強く感じるようになった。
情報発信のターゲットは全世代であるが、特に「これから親の介護を迎える40、50代に届ける」と決めた。現役世代にも興味を持ってもらえるように、デザインの力でカッコよく発信していきたい。そう考えた猪狩さんは、地元のクリエイティブメンバーを集め、地域包括ケア推進課職員と官民共創チームを結成し、2017年igokuプロジェクトを始動した。
認知症を、解放する
「やっぱ、家(うぢ)で死にてぇな!」「いごくフェスで死んでみた!」「パパ、死んだらやだよ」。フリーペーパー『紙のいごく』Vol.1~Vol.3のタイトルだ。通称「死の三部作」という。初回3号から死をコミカルに大胆に取り上げている。企画・制作のモットーは「まじめに、でも楽しくふまじめに」。そして、「自分たちが読みたい、手に取りたいと思えるものをつくること」だそうだ。
猪狩さんが「最大のヒット」と評するVol.5の「認知症解放宣言」には、「認知症を、解放する」という見開きのポスターを入れた。「認知症を、絶対になりたくないもの、なったら困る病気から解放したい」「認知症は周囲がつくる病かもしれない」という言葉が心に響く。全国から誌面やポスターのリクエストが相次いだという。
この「認知症解放宣言」がひとつのきっかけとなり、「いわきの地域包括ケアigoku(いごく)」として、グッドデザイン2019の金賞受賞と第5位入賞を果たしている。
死を"自分ごと"として五感で感じてもらう
体験型イベント「いごくフェス」にも力を入れている。生老病死にとことん光を当て、みんなで楽しむことで、めぐりめぐって「生」を考えるという趣旨だ。ステージショーやポートレート撮影会など多彩な演目の中で、強烈なインパクトを放つのは「入棺体験」だ。『紙のいごく』Vol.2の「いごくフェスで死んでみた!」の表紙には、微笑んで棺桶に横たわる女性の姿がある。
「死を"自分ごと"として五感で感じてもらいたいと、入棺体験を思い付きました。フェスの帰り道、その日だけでも、家族で死について語り合うきっかけになれば」と猪狩さん。「正直、市民の皆さんに怒られるのではと落ち着きませんでした」と笑う。しかし、クレームはひとつもなく、最初は遠巻きに見ていた皆さんは、1人が入棺したのを機に棺桶の前に長い列をなして並んだそうだ。
いわきではigokuイコール地域包括ケア
今回はプロジェクト立ち上げからの"いごき"を初代編集長の猪狩さんに伺ったが、猪狩さんは2020年に異動となり、現在は地域医療課に在籍する。プロジェクトは二代目、三代目編集長へと引き継がれている。『紙のいごく』はこれまで13号を発行、バックナンバーはすべて「ウェブマガジンigoku」で閲覧できる。コロナ禍でオンライン配信への移行や規模縮小を余儀なくされた「いごくフェス」は、2022年以降は「いごくミーティング」と名称を変更し開催している。2023年開催のテーマはACP(アドバンス・ケア・プランニング)。
なぜいわきでigokuが実現できたのか、という問いに猪狩さんはこう話す。
「ある日突然、震災の津波で300人を超える命を奪われ、『今日と同じ明日が続くわけじゃない』という地域としての共通体験があり、医療・介護・地域の人たちが築いてきた土壌があって、そこにigokuを興味深く受け入れてもらえたのではないか。地域包括ケアは難しいけれど、いわきの人はigokuという言葉で理解しています。『あの棺桶のやつだろ?』って。それだけでもigokuをやってきた意味があると思っています」
画像提供:いわき市
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