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第3回 おしゃれ礼賛

 

公開月:2022年11月

石川 恭三
杏林大学名誉教授


 朝、顔を洗おうとして水道の水に触れたとき、ひやっとする冷たさに一瞬手をひっこめてしまう。こうして夏の終わりを感知するのは毎年のことである。庭のハナミズキの葉が色づき小さな赤い実をつけ、書斎の前の藤の葉が黄色になり、庭の景色がおしゃれな秋色に少しずつ変わり始めている。

 夏の間はどうしてもラフな格好で過ごすことが多かったが、秋になってからはきちんとした服装でおしゃれをしたい気分になる。家にいるだけだからと、人様の前には出られないようなラフな身なりで過ごしてしまうことがある。たしかに、そのような格好でいると気楽でいいのだが、それに慣れてしまうと気持ちの張りも緩んできて、生産的な活動をするのが億劫になってくる。

 私は家にいるときには派手な色合いの衣服を着るようにしている。そのほとんどは若いころに買ったものだが、クリーニングに出して、きちんとしまっておいたものなので、多少の古さを感じはするが、家で着ている分にはそれで十分おしゃれ着になっている。訪ねてくる客人がいるわけでもないのに、そんなおしゃれをしても無駄ではないか、と言われるかもしれないが、おしゃれは人のためにするのではなく、自分を鼓舞するためだと思っているので、無駄だという意識はまるでない。

 若いうちはどんなにラフな格好をしていても、それなりに様になっているが、高齢者が身なりをかまわなくなると、残念ながら薄汚く見えてくる。家の中でカラフルなおしゃれ着を着ていると、身近にいる人がそれを見て、あれこれ言うかもしれないが、本当はその人たちも明るい気持ちになっているのは間違いない。

 高齢になり、仕事から遠ざかると、きちんとした身なりで外出する機会が少なくなる。外出するにしても気軽な服装ですませてしまうことが多い。だが、ときどきは精一杯のおしゃれをして観劇をしたり、高級レストランで食事をしたりしたほうがいい。これまで大事にしていた衣服や時計、靴、装飾品を使わないままで終わらせてしまうのはあまりにもったいないので、惜しまずにせっせと着用すべきである。

著者

石川 恭三(いしかわ きょうぞう)
 1936年生まれ。慶應義塾大学医学部大学院修了。ジョージタウン大学留学を経て、杏林大学医学部内科学主任教授。現在、同大学内科学名誉教授。臨床循環器病学の権威。執筆活動も盛んで、著書多数。近著に『老いて今日も上機嫌!』『老いの孤独は冒険の時間』『老いのたしなみ』(以上、河出書房新社)など

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公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2022年 第31巻第3号(PDF:5.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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