長寿社会のQOL向上に資するIoT技術:メタバースの可能性
公開月:2022年11月
伊藤 研一郎(いとう けんいちろう)
東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター特任助教
はじめに
虚弱ではない高齢者の地域組織イベントや自主活動による社会参画は、生きがいの促進・健康維持の側面などから望ましい一方、介入や支援においては性差や地域差を考慮することが重要といわれている。地域差とは、地方・都会などの属性だけでなく、独自性の高い地域特有の文化やコミュニティの要素を指す。そのため、有効な介入や支援を行うためには、住民の理解と信頼を築きながら、参与観察など数年間以上かけて行うことが多い。
一方、少子高齢化が進む中、このような丁寧なアプローチは人的・時間的リソースの観点からむずかしくなりつつある。特に、日常生活を支援する技術においては、生活環境や個人的嗜好などの影響で変化するニーズが多様のため、多様性に応える技術設計のむずかしさが課題である。この課題に対しては、人間中心設計※1、SbD(Security-by-Design)、PbD(Privacy-by-Design)※2など柔軟な対応が可能な設計を含めた解決策が提案されつつある。先端技術であるIoT (Internet of Things)※3やメタバース※4は、インターネットやスマートフォンほどまだ普及していないが、設計手法の工夫により、情報技術を基盤として今後同程度の普及が期待される。
本稿では、これらの技術の解説と実験的取り組みを紹介する。
- ※1 人間中心設計:
- 「人間中心設計」とは、システムの利用に焦点を当て、人間工学(ユーザビリティを含む)の知識および技法を適用することによって、インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステムの設計および開発へのアプローチのこと。(JIS Z 8530:2021 ISO 9241-210:2019)
- ※2 「SbD(Security-by-Design)」「PbD(Privacy-by-Design)」:
- 「SbD(Security-by-Design)」「PbD(Privacy-by-Design)」とは、Society 5.0やDXではほぼ前提として語られる設計方策・技術である。SbD:情報セキュリティを企画・設計段階から確保するための方策(内閣サイバーセキュリティセンター(NISC))。PbD:予めプライバシー問題を技術・ビジネスモデル・組織構造として企画・設計段階から確保するための方策。狭義ではよりデータ保護に着目したData-Protection-by-Design(DPbD)がある。具体例として、COVID-19の通知システム(日本:COCOA)。
- ※3 IoT (Internet of Things):
- 「IoT (Internet of Things)」とは、モノのインターネット:(歴史的には)センサ技術とRFID(注釈※5参照)を起点としたインターネットとリアルをつなぐネットワーク網のこと。(現代)リアルを計測、分析、判断、実行まですることが可能なコンピュータが感覚器官として働き、人間の入力したデータを介さず、現実をコンピュータが理解するためのネットワーク網のこと。具体例として、ネットワークにつながっている人感センサ、温湿度計、スマート電球、ドアのスマートロック、宅配ボックス、駅ロッカー、見守りカメラなど。スマートフォンやタブレットもセンサを搭載してネットワークにつながっているIoT機器である。
- ※4 メタバース(Metaverse):
- 「メタバース(Metaverse)」とは、meta(超越)と universe(宇宙)の造語で『Snow Crash』で最初にNeal Stephensonが使ったSF詳説用語。metaは形而上学(metaphysics)の「上」にあたる部分で「超え出た」を意味し、語源学ではafter(後にくる)に近い。つまり、metavereの意味するところは、現実(universe)を超える世界を指す概念であり、現在、技術的に定まっている要件などはない。SF小説ではcomputergenerated universeと説明されていたため、しいていうなら、計算機を用いられて実現されている世界やサービスの集合である。
IoT技術はすでに日常へ入り込んでいる
IoTという単語を最初に使ったのはRFID (Radio Frequency IDentifier)※5で有名なKevin Ashton氏が1999年にP&G社内でのプレゼンテーションで使用したことが始まりといわれている。当初はセンサ技術とRFIDを起点としたリアル情報をインターネットにつなぐことをイメージしていたが、言葉が登場してから20年経った今では、単純に「モノ」を「インターネット」につなげるだけの概念として扱われることが多い。ただし、センサなどの「モノ」を介してコンピュータが計測データを自律的に分析・判断して実行する考えは変わっていない。
※5 「RFID (Radio Frequency IDentifier)」とは、種々の変調方式と符号化方式とを使ってRFタグと呼ばれるID情報を埋め込んだICチップの固有IDを読み取り、RFタグへまたはRFタグから通信するために、スペクトルの無線周波数部分内における電磁的結合または静電結合を利用する技術のこと。具体例として、PASMO、Suica、楽天Edyなど。(JIS X 0500:2020 ISO/IEC 19762:2016)
情報社会を迎えた現在、生活を支えるさまざまなシステムの多くはすでにインターネットにつながっている。つまり、IoTの「インターネット」の部分に関してはすでにその域に達している一方、「モノ」の普及とコモディティ化(一般的な商品化)がまだ不十分な状況である。IoTは、スマートハウス※6、医療補助、移動支援、高齢者支援、エネルギー管理やスマートグリッド※7など、さまざまな領域で有効であることが考えられている。高齢者支援におけるIoTは、直接的に高齢者の移動や生活を支援に資する福祉用具や、若者も含むすべての人の生活に資するような家電や生活用品として生活基盤を支えるQOL向上技術として注目されている。
※6 「スマートハウス」とは、スマートホームやホームオートメーションとほぼ同義であり、コンピュータ技術を用いて家庭内のIT(情報技術)化と相まって自動化や最適化に貢献する技術を包含した言葉である。国内ではインテリジェントハウスやIT住宅、国外ではDomotics(Domus+informaticsまたはDomestic+roboticsの造語)と呼ばれることもある一方、時代によって指す技術群や家の姿が変容し一意に定まっていないのが現状である(例:1935年頃:各部屋に電球のある家、1955年頃:各部屋にテレビ・電話のある家、2005年頃:各部屋にコンピュータのある家)。
※7 「スマートグリッド」とは、ICT(情報通信技術)によって電力の生産・供給・消費の流れをすべての側面から制御でき、電力のReliability(信頼性)・Availability(可用性)・Efficiency(効率)に資する「次世代送電網」のこと。
すでに広く普及した「モノ」の代表例として、スマートフォンがあげられる。そのため、現在登場している家庭用のIoT機器の多くは、スマートフォンの併用を想定したシステムとなっているが、その多くは利用者が自分でネットワークの設定を必要とするなど、一定のIT知識が求められる。そのため、本来支援を検討したい利用者層への導入は進まず、現在は一部の例外を除いてはITにくわしい若者を中心とした普及に留まっている。
QOL向上に資するIoTシステムの検討
取り組みの一例として、在宅高齢者の日常生活においてIoTの利活用を通じて生活支援に資するシステム検討について述べる。検討すべき高齢者の多様なニーズについては、施設に入居している高齢者とその支援者に対する調査研究から、人それぞれで真逆の満足度を示すシステムなどがある報告や、在宅高齢者からは、高齢者が自ら潜在的にもつ多様なニーズを自身のニーズと理解できていないことが示唆されている。そのため、高齢者自身のニーズに加え、直接出てこないニーズをいかに満たすことができるかが重要となる。直接出てこないニーズが何かは、図1に示す「ジョハリの窓」の関係で示す。
「ジョハリの窓」はコミュニケーション理論において、自分に関して、自分や他者に対して何が明らかでまたは何が秘匿されているかをもとに、コミュニケーションの内容を客観的に見る手法の1つである1)。この手法を用いて、生活システムの導入・利活用には一定のコミュニケーションがあると仮定し、高齢者自身を横軸に、生活支援システム(生活支援システムそのものや生活支援システム設計者)を縦軸の二軸として、「ニーズを分かっている」と「ニーズを分かっていない」の領域で示すことができる。高齢者より直接ニーズが出てこない領域として、盲点領域の一部・秘密領域・未知領域であり、既存の生活支援システムの導入アプローチでは、十分にカバーできないことが分かる。
IoTシステムは、図2の右下「IoTシステム導入イメージ」に示すように、組み合わせ可能なセンサを自由に組み合わせてシステムを自分で工夫できる特性がある。そのため、どの領域に対してもニーズを満たせる可能性があり、特に盲点領域より顕在化するニーズと秘密領域において有効な解決策であると考えられる。生活空間のセキュリティやプライバシーなどの懸念は、SbDやPbDが適切に実装されることにより払拭できる。一方で、高齢者にはIoTの概念に対する理解や、IoT機器設定の複雑性にはまだ課題がある。ただし、ワークショップなどを通じて触れる機会があれば、高齢者がIoTを使いこなす自信につながり、取り組める可能性は示唆されている(図3)2)。
IoTの未来とメタバースの可能性
「ノーコード」プログラミング※8などの登場により、専門知識がなくてもIoTシステムの設定が可能になりつつある。近い将来、高齢者は料理をするのと同程度の感覚で、IoTシステムを自分で構築できる未来が到来しつつある。また、ネットワークを通してつながる先として、近年話題のメタバース空間との接続が期待される。身体機能の低下や感染症対策などで対面での社会活動が厳しい状況でも、地域社会とのつながりを保てる技術として大きく期待が寄せられている(図4)。
※8 「ノーコード」プログラミングとは、コーディングスキルやプログラミング言語の知識がなくてもシステムやアプリケーションを設計・開発・使用が可能なシステム開発手法のこと。
文献
- Luft J, Ingham H: The Johari Window: a graphic model of awareness in interpersonal relations. Human relations training news 1961; 5(9): 6-7.
- Kang S, Yoshizaki R, Nakano K, et al.: Design and Implementation of Age-Friendly Activity for Supporting Elderly's Daily Life by IoT. Lecture Notes in Computer Science. 2019; 11593: 353-268.
筆者
- 伊藤 研一郎(いとう けんいちろう)
- 東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター特任助教
- 略歴
- 2011年:慶應義塾大学学士(商学)、2013年:慶應義塾大学大学院修士(システムエンジニアリング学)、2017年:慶應義塾大学大学院博士(システムエンジニアリング学)、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任助教、2018年:東京大学高齢社会総合研究機構特任研究員、2020年:東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター特任研究員、2022年より現職
- 専門分野
- システムエンジニアリング学
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