医療体系の未来予想
公開月:2022年4月
長谷川 友紀 (はせがわ とものり)
東邦大学医学部社会医学講座教授
人口構造を変えることはむずかしい
未来を語るには、変えることのできるものとできないものをまず区別する必要がある。人口統計は比較的信頼性が高く、高い確度で未来予測が可能(変えることの困難なもの)とされる。
図に日本の人口の将来推計を示す。日本の人口は減少傾向にあること、65~74歳の前期高齢者の割合は比較的安定していること、75歳以上の後期高齢者の割合が急速に増加することが理解される。例えば、総人口は2020年の1億2,532万人から2045年の1億642万人まで、1,890万人、15.1%減少する。
2015年以降、前期高齢者(65-74歳)の割合はほぼ一定であり、後期高齢者(75歳以上)の増加が顕著である
高齢化の主たる要因は、平均寿命の延伸よりむしろ少子化にある。かつては、日本の高齢化が世界でも突出して高いとされてきたが、現在では様相は異なる。1人の女性が一生の間(15~49歳)に産む子どもの数を合計特殊出生率といい、人口を維持するには2以上であることが必要である。2021年の合計特殊出生率は中国1.7、タイ1.5、日本1.4、韓国0.9と、アジア諸国では低値を示す国が多い。今後、これらの国々は少子高齢化、人口減少を世界の先頭グループとして経験することになり、どのような議論がなされ政策が取られたかを世界に発信することは重要な役割となるであろう。
外国人の受け入れは、今後、本格的に議論されると想定されるが、若年労働力の不足が顕在化してからの議論ではやや遅きに失した感があること、社会の一員としての受け入れ態勢を整えることなしに一定期間の労働力不足の補填という、いささか身勝手な位置づけであること、そもそもアジア諸国においても若年者を外国に送り出す余力を有する国は限られ(フィリピン2.5、インドネシア2.3など、数字は合計特殊出生率)、言葉、習慣、外国人受け入れ態勢など、日本は働く場、住む場として魅力を失いつつあることを認識する必要がある。
生産年齢人口は変えられる
経済成長を維持するのは、突き詰めるところ、生産年齢人口の増加か1人当たりの労働生産性の増加しかない。これまでの人口統計では15~64歳を生産年齢人口と区分していた(65歳以上は高齢者に区分される)。生産年齢人口が総人口に占める割合は経済成長と密接に関連することが知られており、生産年齢人口が増加することによる経済成長は「人口ボーナス」、逆は「人口オーナス」という。日本に次いでアジア諸国は、順次、人口ボーナスから人口オーナスの時期に入りつつあり、今後は人口オーナス期において経済成長を図るという困難な時期に入ることが予想される。
産業が高度化するにつれて教育年限が伸び、また肉体労働から情報処理、判断などが重視されるデスクワークの比重が高まること、また近年は65歳を過ぎても現役で働く人も増え、高齢者の定義を75歳以上と見直す提言もあることを考慮すると、生産年齢人口は20~74歳、あるいは20~64歳に加え65~74歳の50%程度とすることが実際的であろう。その場合、表1に示すように、2020年の生産年齢人口割合54.6%は2045年でも維持できることになる。
15~64歳(現在の生産年齢人口) | 20~74歳を生産年齢人口とした場合 | 20~64歳に加え65~74歳の50%を生産年齢人口とした場合 | |
---|---|---|---|
2020年 | 54.6% | 68.5% | 61.6% |
2025年 | 54.1% | 66.3% | 60.2% |
2030年 | 53.5% | 65.5% | 59.5% |
2035年 | 52.2% | 65.4% | 58.8% |
2040年 | 50.0% | 65.2% | 57.6% |
2045年 | 48.6% | 64.0% | 56.3% |
2050年 | 47.8% | 61.8% | 54.8% |
2055年 | 47.7% | 60.6% | 54.2% |
2060年 | 47.7% | 60.1% | 53.9% |
2065年 | 47.6% | 60.5% | 54.1% |
労働可能な期間の延長を図るには、体力、価値観に応じた多様な働き方を可能とすることが不可欠であり、働き方改革、同一労働同一賃金、年金などのポータビリティ(職場を移動しても移行できること)改善は、その文脈で捉えるべきである。また、1人当たりの生産性を高めるためには、いったん社会に出たのちのリスキリング※1、IT化が重要である。政府、企業、大学などの一層の取り組みが必要である。
※1 リスキリングとは、新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために必要なスキルを獲得する/させること。(経済産業省より引用)
(2022年6月23日閲覧)
今後、急速に進む少子高齢化、特にコロナ禍により加速する少子化に対して、社会保障財源の使途の見直し、特に子育てへの配分が増加することが考えられるが、人口構造に大きな変化をもたらすまでには至らない。経済成長を維持するためのリスキリング、IT化は進められるものの、人口減の圧力は大きく、経済成長を維持すること(同じ経済規模であっても、人口減のため1人当たりGDPは上昇する)はますます困難になる。社会全体としての持続可能性は、労働期間の延長により維持することは可能である。しかし、限られた資源のもとに医療介護の仕組みを検討する現実的な対応、特に地域ごとでの優先順位の設定と合意形成の仕組みづくりが課題である。
減少する医療サービス需要への対応~まちづくりも並行して考える必要~
総人口の減少を背景に、高齢化が進行しても受療率は低下し、入院、手術の実数などの医療サービスの需要は今後減少する。患者数の減少予測に対応するために地域医療構想など、医療施設の機能分化、選択と集中が政策的に進められている。しかしながら、供給者の視点からの医療サービス供給量の減少や内容の調整に留まり、住民の観点が欠けることが多い。集住・移住も併せて議論されなければ、目の前の医療機関が集約され、離れた医療機関への受診を強いられる患者にとってはむしろ不便になること、医療機関が近隣にない地域は就労機会の減少・利便性の低下のために、地域として活力が低下することにも留意する必要がある。
サービス付き高齢者向け住宅、大規模多機能施設の整備など、集住・移住の便宜をいかに図るか、コンパクトシティ化も選択肢となりうる。医療機関の選択と集中は、地域社会にとって大きな影響を有するため、地域社会の再編と併せて議論がされる必要がある。
変わる医師の役割~増大するプレイングマネージャー(playing manager)としての役割~
高齢者では、複数の病態を同時に有することが普通である。高齢化により医療のニーズ、目標も大きく変わることが予想される。いわゆるパラダイムの転換(表2)であり、「よい老い=長生きを喜ぶ」には、個々の臓器に特化した介入ではなく、全体のバランスを考慮した全人的なアプローチが必要であり、医師はその中で、医療専門職としての役割のみではなく、医療介護チームのマネージャー的な役割が期待される。いわゆるplaying managerである。
表2 パラダイムの転換
これまでの医療
- 治癒が目標
- 急性疾患・外傷が主たる対象
- 単一疾患
- 治療は並列の関係(どれか1つを選択)
- 1医療機関で治療は完結
- エビデンスはRCT*より
* RCT:ランダム化比較対照試験(Randomized Controlled Trial)
今後の医療
- 疾病を管理することが目標
- 慢性疾患が主たる対象
- 複数の疾患・合併症・併存症
- 治療は患者の選好にあわせて、時系列も考慮
- 複数の医療機関での連携
- RCTが不可能な状況が多い<ビッグデータ
将来の医師像は、多くを占めるplaying managerと、高度に専門分化した専門医(ある手術、領域の専門家)に区分されていくと予想される。残念ながら、現在の大学をはじめとする医師の教育は後者に偏重しており、前者について好事例はほとんどない。前者の養成モデル構築は優先度の高い課題である。
また、医療チームを構成する他の職種(看護師、薬剤師、療法士等)も、多職種連携については病床規模の大きな病院をベースにしたものが多く、地域において実践的な研修がなされているとはいいがたい。多職種で、地域をベースにした教育モデル構築が必要である。
AIとITにはどこまで期待できるのか
医療・介護は、基本的に労働集約産業であり、患者・利用者のニーズが多様であり、業務の標準化がむずかしい。健康情報の標準化・相互参照、オンライン診療(現場のバックアップを含む)、モニタリング、リハビリテーションでのロボット、個人認証などではAI、ITの導入により生産性の向上が期待できるものの、その効果は総体としては限られていることを認識する必要がある。AI、ITにより大きな改善が期待できる分野として、以下が挙げられる。
① 健診(健康診断)・検診情報の標準化
OECD1)が指摘したように、日本の健診・検診システムは、かつては世界的にも優れたものであったが、現在では制度疲労が顕著になっている。特に、現在の医療水準に合致した検査内容、精度管理、個人ベースのデータ継続的管理、集団データの利活用、どこ(領域、疾患)に重点をおくかの戦略、効果の検証に改善の余地が大きい。
② 健康情報のポータビリティー化
PHR(Personal Health Record)※2など、診療情報の標準化、本人による管理は、技術的な課題というよりも、むしろ制度的な課題となっている。本人持ち込みの診療情報に対応可能な医療機関に対する診療報酬上の評価など、普及が図られることが望ましい。
※2 PHR(Personal Health Record)とは、スマホなどの電子機器に個人の健康データ(健診、検査、治療内容等)を記録したものをいう。個人が自分の健康データを管理できる点で、電子カルテとは区別される。
③ 診療情報の相互参照
同様に技術よりも制度的な課題となっている。特に個別の医療機関と本人との合意が必要であるなど、制度面での障害が大きい。施設が個別に患者との合意を得るのではなく、包括同意の仕組みを導入することにより、医療機関(病院、診療所)、調剤薬局、介護施設などでの情報共有は飛躍的に進むことが期待される。
④ オンライン診療
コロナ禍により先進諸国ではオンライン診療が急速に普及したが、日本では進んでいない。診療情報の相互参照、PHRなどと組み合わせることにより、オンライン診療の質確保を図りつつ、診療報酬上の評価により促進を図るべきである。また、現場の医療チームをオンラインで専門医が支援するなどの遠隔医療の導入を積極的に図るべきである。
⑤ 居宅療養患者のモニタリング
家庭のテレビなどを利用した遠隔監視は、労力の削減に極めて有効である。さらに、各種のセンサーの導入により、モニタリングの精度を向上させることができる。
⑥ リハビリテーションにおけるロボットの導入
リハビリテーション支援を目的としたロボットはすでに導入されており、歩行訓練などに有効である。リハビリテーション、日常生活動作の支援の領域ではロボットの導入が期待できる。
⑦ 個人認証
医療事故の中で患者誤認の割合は高く、2要素確認(氏名と生年月日など)など、患者・利用者の特定に多くの労力が日々費やされている。ITを利用した個人認証が日常生活に導入されることにより、多くの労力削減が期待できる。
上記は、AI、IT利用の代表的な事例である。これらが現状で普及していないのは、多くは技術的な問題ではなく、むしろ制度的、経済的な問題である。標準を確立し、包括的な同意やトラブル処理のルールを定め、診療報酬上の評価など経済的なインセンティブを設けるなど、制度的に導入を促進することを早急に検討すべきである。
持続可能な社会のために~誰もが納得できる支え合う仕組みの構築~
老化は避けることはできない。肉体・知的な活動性を維持できる期間(健康寿命)の延伸を図り、肉体・知的活動のピークを迎え低下に転じたのちは、その速度を減じるような仕組み、さらには、本人、地域、社会が過度な負担に感じないような納得性を重視した支え合う仕組みを構築することが、今後めざすべき目標であろう。それには、現実を受け入れ、介入が可能な領域を、重要な課題とともに明らかにすることが重要である。高齢者を対象にした支援モデルは、年齢にかかわらず、弱者にも優しく、持続可能な社会を構築する教訓となることを意識すべきであろう。
文献
筆者
- 長谷川 友紀(はせがわ とものり)
- 東邦大学医学部社会医学講座教授
- 略歴
- 1985年:東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学部附属病院にて内科研修、1987年:帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座助手、1996年:帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座講師、1998年:東邦大学医学部公衆衛生学講師、1999年:同助教授、2005年より現職
- 専門分野
- 社会医学、医療制度、医療の質・安全の評価、医療経済
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