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長寿社会と人類の真の進歩

 

公開月:2022年4月

駒村 康平(こまむら こうへい)

慶應義塾大学経済学部教授
慶應義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長


 長寿は人類の夢でした。過去160年をたどると、先進国でトップグループの平均寿命は、45歳から85歳と40歳伸びてきました。この寿命の伸長の前半は、乳幼児死亡率の低下でしたが、後半からは医療など科学技術の向上による中高年の死亡率の低下が貢献しています。そして、これからの医療技術の進歩を考慮すると、21世紀生まれの子どもの半数が100歳の人生を迎えるという衝撃的な予測も出ています。しかし、本当に長寿だけが目標でいいのでしょうか。それが人類の進歩の成果なのでしょうか。長生きを喜べる長寿社会をつくる、それが私たちに問われている課題です。

 現代の「人生80年の時代」を春夏秋冬に例えると、誕生から教育を受ける20歳代前半までを「春」、自らの可能性を信じて仕事に打ち込む40歳代までを「夏」、その後、自らの社会的役割を意識して働く60歳代前半までを「秋」、それ以降は引退して悠々自適に過ごす「冬」と捉えられると思います。しかし、このようなステレオタイプの人生でいいのでしょうか。長寿時代では65歳程度で引退すると冬が長すぎることになります。たしかに65歳を過ぎると健康の個人差も大きくなります。もう40年も働いたのだから引退させてくれという気持ちもわかりますが、社会参加には実に多様な方法があります。

 老齢期の過ごし方について、中国の古典『菜根譚』(さいこんたん)に、「歳将に晩れんとして、而も更に橙橘芳馨(とうきつほうけい)たり。故に末路晩年には、君子更に宜しく精神百倍すべし(前集一九六・抜粋)」(現代訳:年の瀬が迫るような寒い時期になっても、柑橘類はよい香りを漂わせている。晩年になっても気力を充実させれば、もっと飛躍を遂げることができる)1),2)

 もちろん楽しい人生だけではないでしょう。さまざまな困難に直面することもあります。『菜根譚』には以下の記述もあります。「一苦一楽、相磨練(あいまれん)し、練極まりて福を成すは、その福始めて久し。一疑一信、相参勘(あいさんかん)し、勘極まりて知を成すは、その知始めて真なり(前集七四)」(現代訳:苦しんだり楽しんだりしながら、自分を磨いて、その結果得られた幸福は本物。疑ったり信じたりしながら考え抜いて、その結果得られた知識は本物だ)1),2)

 「長生きを喜べる長寿社会の実現」とは、「橙橘芳馨」も「一苦一楽相磨練」できる社会、つまり、いつまでも参加し、学び続け、多様な貢献や経験ができる社会の構築であり、それこそが人類の「真の進歩」ではないでしょうか。

文献

  1. 洪自誠著 祐木亜子訳: 中国古典の知恵に学ぶ菜根譚. ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2007.
  2. 湯浅邦弘: 洪自誠『菜根譚』100分de名著. NHK出版, 2014.

筆者

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駒村 康平(こまむら こうへい)
慶應義塾大学経済学部教授
慶應義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長
略歴
1995年 慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、国立社会保障・人口問題研究所研究員などを経て、2007年より現職、2009~2012年 厚生労働省顧問、2010年~ 社会保障審議会委員、2012~2013年 社会保障制度改革国民会議委員、2018年~ 金融庁金融審議会市場ワーキング・グループ委員、2019年~ 日本経済政策学会副会長
専門分野
社会政策
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