認知機能低下とフレイルおよび認知症と転倒
公開月:2022年1月
神﨑 恒一(こうざき こういち)
杏林大学医学部高齢医学教授
はじめに
高齢者では加齢とともにさまざまな機能が低下し、要介護状態になることは避けづらい。要介護の原因のトップ5は認知症、高齢による衰弱(フレイル)、転倒・骨折、脳血管疾患、関節疾患(ロコモティブシンドローム)である1)。しかもこれらの状態は合併しやすく、認知症の人がフレイルになって転倒・骨折することは決してめずらしくない。
本稿では、高齢者の認知機能の低下とフレイルとの関係、その介在要因、認知症者の転倒などについて記載する。
フレイル
フレイルとは加齢に伴う心身の機能低下のためにADLが低下し、要介護になる危険が高い状態であり、身体的脆弱性(フレイル)のほか、認知・精神的脆弱性(フレイル)や社会的脆弱性(フレイル)が複雑に関与する(図1)。身体的脆弱性には口腔機能低下、栄養状態の不良、サルコペニア、ロコモティブシンドロームなどが、認知・精神的脆弱性には認知機能障害・認知症、うつなどが、社会的脆弱性には独居、孤独、閉じこもり、経済的問題などが関与する。フレイルは加齢現象ではあるが、そこには大きな個人差が存在し、生活習慣病やそれに基づく脳・心・血管病の保有者、低BMI、ポリファーマシー、視力・聴力低下、活動量の減少や閉じこもり、抑うつなどがある人はフレイルが進みやすい。
身体的脆弱性:口腔機能低下,栄養不良,サルコペニア,ロコモなど
認知・精神的脆弱性:認知機能障害・認知症,うつなど
社会的脆弱性:独居,孤独,閉じこもり,経済的問題など
認知機能の低下とフレイルの関係
身体的機能の低下による歩行障害や転倒と認知機能の低下は双方向に影響する。身体的にフレイルであることは、後の認知機能低下のリスクであり2)、認知症(特に、血管性)発症のリスクとなる3)。逆に、認知機能の低下は身体的フレイル進行のリスクであることも報告されており、軽度認知障害より軽度認知症のほうが、軽度認知症より中等度認知症のほうが身体的フレイルは進行しやすく、改善しにくい4)。
軽度認知障害(MCI)と身体的フレイルの可逆性
MCIは認知症発症のリスクであるが、みな認知症になるわけではない。認知症への移行率は年間5~15%、逆に健常な認知機能への回復率は16~41%とされている5)。フレイルにも可逆性があることが知られており、Leeらによれば、65歳以上の地域在住高齢者3,018人を2年間追跡し、プレフレイルから健常に戻った人の割合は男性で23.4%、女性で26.6%、フレイルからプレフレイルに戻った人の割合は男性33.0%、女性で47.3%にも達することが報告されている6)。
このように、MCIもフレイルも可逆性のある状態であり、早期に発見し、適切な介入策を講じることができれば、どちらも十分に回復しうることを知っておくことは大切である。
コグニティブフレイル
MCIと身体的フレイルは互いに影響し、かつ可逆性があることから、両者の合併状態が注目されている。それが"コグニティブフレイル"である。コグニティブフレイルは2013年にInternational Academy on Nutrition and Aging (IANA)とInternational Association of Gerontology and Geriatrics(IAGG)が合同カンファレンスにおいて定義した概念であり、①身体的フレイルと認知機能障害(Clinical Dementia Rating=0.5と定義)が共存すること、②アルツハイマー型もしくはその他の認知症でないこととされている7)(図2)。認知症が除外されているのは、コグニティブフレイルが予防的概念でつくられた用語であり、要介護や認知症になる前に早期発見、介入を行うためにつくられた概念だからである。
そして、コグニティブフレイルはMCI単独や身体的フレイル単独に比べて要介護になりやすい8)。国立長寿医療研究センターのTsutsumimotoらによれば、健常に比べて要介護発生リスクはMCI単独で2.22倍、身体的フレイル単独で2.4倍、コグニティブフレイルで3.86倍となっている。また、Shimadaらによれば、認知症発症リスクも、健常に比べて身体的フレイル単独で1.13倍、MCI単独で2.06倍、コグニティブフレイルで3.43倍となっている9)。このようにコグニティブフレイルは要介護と認知症発生のハイリスク状態と考えられる。
ここで問題になるのが、コグニティブフレイルがMCIと身体的フレイルの単なる合併状態なのか、それとも共通基盤が存在するのかであるが、解答はまだない。Tsutsumimotoら8)とShimadaら9)のデータを見ると、コグニティブフレイルの要介護リスクと認知症発生リスクは、それぞれ単独の場合のリスクに対して相加的であっても相乗的ではなさそうなので、合併状態と考えるのが自然である。ただし、病態によって共通要因が存在する可能性はあるであろうし、もし相加的であったとしてもリスクが上昇することに変わりはないので、コグニティブフレイルと判断されたならば早めに介入を行うことは大切である。
共通要因には諸説あり、図2に記載したように、糖尿病、脂質異常症、高血圧症などの心血管病リスク、性ホルモン減少、インスリン抵抗性などのホルモン異常、IL-1、IL-6、TNFαなどの炎症、低栄養、ビタミン欠乏などの栄養の問題、うつ、AD(アルツハイマー型認知症)病理、白質虚血障害、ラクナ梗塞などの大脳の器質的変化、そして最近は腸内細菌も注目されている。
コグニティブフレイルへの介入方法であるが、確立されたものはないが、一般に運動介入(有酸素運動とレジスタンス運動)、栄養介入(バランスの取れた食事と積極的なタンパク摂取)、社会的介入(他者とのコミュニケーション)が重要であると考えられている。近年、コグニティブフレイルの進行予防のために運動と認知の同時トレーニングである"コグニサイズ"が注目されている。コグニサイズはcognition(認知)とexercise(運動)をつないだ造語であり、例えば、しりとりをしながら速歩を行うなどのdual exerciseである。コグニサイズは記憶や認知機能の低下防止効果、活動量の増加、内側側頭葉の萎縮防止効果があることが報告されている10)。
転倒リスクの評価
転倒は単一の原因で起こることは少なく、図3に示すようにさまざまな要因が関与する老年症候群である。脊椎疾患、関節症やサルコペニアは筋骨格系の変化を介して姿勢の変化や歩行速度の低下をきたす。パーキンソン病や認知症などの中枢神経疾患や末梢神経障害、循環器疾患も歩行障害やバランス障害をきたす。多薬剤の服用や視力、聴力の低下もバランス障害をきたす。そして、転倒の直接の原因になるのが屋内等の障害物でのつまずきであり、咄嗟の事態に対する反応速度の低下である。このような要因が重なったときに転倒は生じ、骨折等の重大な事故が発生する。多要因であるがゆえ、転倒を予測することはむずかしい。
鳥羽らが開発した転倒リスク指標は、歩行速度やバランス能力など身体計測を必要としない質問票であり、22項目について「はい」「いいえ」で回答するものである(図4)。大きくは身体機能と老年症候群、環境要因に分類され、図3に含まれる要因が入っている。22項目のうちネガティブな要素の回答数が多いほど転倒リスクが高いことがわかっている11)。中でも色文字で示した5項目は陽性的中率が高く、この5項目だけでも転倒リスクの評価は可能である。
分類 | 質問内容 |
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身体機能 |
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老年症候群 |
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環境要因 |
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認知症者の転倒
先に述べたように認知症者はフレイルと相まって歩行障害や転倒をきたしやすい。米国メリーランド州における59のナーシングホーム在住の65歳以上の高齢者2,015名を対象とした2年間の追跡研究によれば、認知症を含む転倒リスク要因を調べた結果、パーキンソン病2.16倍、徘徊1.93倍、転倒の既往1.84倍、抗精神病薬の服用1.83倍、認知症1.74倍、女性1.34倍、抑うつ1.44倍などが有意な要因として挙げられている12)。
一方、認知症病型別に見た転倒率については、英国の30か所のクリニックに通院している65歳以上の179名を対象として12か月間前向きに観察した研究の結果、認知症を伴うパーキンソン病、レビー小体型認知症、血管性認知症、アルツハイマー型認知症の順で転倒率が高かった。パーキンソン病やパーキンソン徴候を特徴とするレビー小体型認知症で特に高率に転倒が生じた13)。この結果は予想されるとおりである。
それでは大脳のどのような部位が転倒と関連が深いのだろうか?Wennbergらのreviewによれば、前頭葉灰白質の障害が歩行障害と最も関連があると報告しているが14)、それ以外にも頭頂葉灰白質や辺縁系、運動野などさまざまな部位が関与しているようであり、白質病変も含めて大脳のさまざまな部位が協調的に機能することで歩行障害や転倒が起こらないようになっていると考えるべきであろう。前頭葉は特に注意力との関連が注目されるところである。
認知症者の転倒に伴う骨折
認知症者は転倒しやすいことがわかるが、アルツハイマー型認知症患者では骨密度が低下していることが報告されている15)。したがって、アルツハイマー型認知症患者(おそらく他のタイプの認知症患者も)が転倒すると骨折しやすいと想定されるし、実際そのような報告もある。
ここで問題になるのが、認知症患者に対して骨粗鬆症治療が行われていない現実である16)。非認知症患者における脆弱性骨折の割合が6.9%なのに対して、認知症患者では25.4%と3倍以上高いにもかかわらず、骨粗鬆症治療薬の使用頻度は非認知症患者で12%、認知症患者で5.4%と半分以下である。認知症患者では服薬アドヒアランスがむずかしいため、服薬管理がむずかしい骨粗鬆症治療薬の使用を諦めざるを得ない実態がうかがわれる。それでも何らかの対策が必要であろう。
認知症高齢者の転倒予防
コグニティブフレイルの項にも記載したが、転倒予防のためには一般的に運動介入(有酸素運動とレジスタンス運動)や栄養介入(バランスの取れた食事と積極的なタンパク摂取)、社会的介入(他者とのコミュニケーション)が重要である。個別に対策を考えるうえでは、転倒リスク指標にある21項目のうち当てはまるものがあれば、もしくは図3の要因で当てはまるものがあれば、その対策を検討する。特に、不必要な薬の中止や屋内の整理は比較的簡単に行える対策である。
しかしながら、転倒の原因が多要因であるため、対策を講じても転倒は防ぎきれない。介護施設で発生する転倒について日本老年医学会と全国老人保健施設協会は「介護施設内での転倒に関するステートメント」17)を発表しているのでこちらもご覧いただきたい。
おわりに
認知機能が劣えた高齢者は転倒しやすく、若・中年者と違って重大な事故につながりやすい。転倒を完全に防ぐことはできないが、リスクを知り、介入できる策を講ずることは必要である。骨折や頭蓋内出血、歯の喪失などは後のQOLを大きく低下させることになる。「転ばぬ先の杖」が大切である。
文献
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- Shimada H, Doi T, Lee S, et al.: Cognitive Frailty Predicts Incident Dementia among Community-Dwelling Older People. J Clin Med. 2018; 7(9): 250.
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筆者
- 神﨑 恒一(こうざき こういち)
- 杏林大学医学部高齢医学教授
- 略歴
- 1986年:東京大学医学部卒業、1988年:東京大学医学部老年病学教室入局、2002年:東京大学医学部附属病院老年病科講師、2005年:杏林大学医学部高齢医学准教授、2010年より現職
- 専門分野
- 老年医学、認知症、動脈硬化
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