地域高齢者における転倒予防対策の現状と今後の課題
公開月:2022年1月
大須賀 洋祐(おおすか ようすけ)
東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と精神保健研究チーム研究員
はじめに
過去30年にわたり、高齢期における転倒・骨折は、生命予後の悪化と死亡の主要な要因である1)。地域高齢者の少なくとも3人に1人が毎年転倒し、転倒した5人に1人は重症を負う(10人に1人は骨折する)ことで長期の入院が必要となる2)。高齢化が加速するわが国の将来を見据えると、最も優先して遂行されるべきミッションは、確証性の高い(エビデンスに基づく)転倒予防対策を社会全体に浸透させることである。
本テーマでは、地域高齢者を対象とした転倒予防対策のエビデンスの現状を最初に説明する。次に、過去20年の転倒死亡率の推移を俯瞰して、わが国を含む先進国の転倒予防対策は成果を得ているか推察する。最後に、わが国における転倒予防対策の今後の課題について私見を述べる。
地域高齢者を対象とした転倒予防対策のエビデンスの現状
運動は、転倒予防対策として最もエビデンスが蓄積されている2)。Sherringtonらは、転倒予防を目的とした運動介入の効果を評価するために、25か国で実施された108件のランダム化比較試験(n=23,407、平均年齢76歳、女性77%)の結果を集約し、統合解析を行った3)。その結果を表1に要約した。
試験数 | 対象者数 | 転倒発生比率[95%信頼区間] | エビデンスの確実性 | |
---|---|---|---|---|
すべての運動 | 59 | 12981 | 0.77 [0.71, 0.83] | 高い |
バランス+機能的運動 | 39 | 7920 | 0.76 [0.70, 0.81] | 高い |
筋力運動 | 5 | 327 | 1.14 [0.67, 1.97] | かなり低い |
3次元運動(太極拳) | 7 | 2655 | 0.81 [0.67, 0.99] | 低い |
3次元運動(ダンス) | 1 | 522 | 1.34 [0.98, 1.83] | かなり低い |
ウォーキングを含む一般的な身体活動 | 2 | 441 | 1.14 [0.66, 1.97] | かなり低い |
多要素運動(歩行+バランス+機能的運動) | 11 | 1374 | 0.66 [0.50, 0.88] | 中程度 |
統合解析の結果、すべての運動介入は、地域高齢者の転倒発生率を23%低下させることが明らかとなった。ただし、転倒予防効果は実践する運動内容によって異なるようである。この研究では、Prevention of Falls Network Europeのガイドラインに基づいて、運動種目を1.歩行、バランス、および機能的運動、2.筋力運動、3.柔軟性運動、4.3次元運動(例、太極拳、気功、ダンス)、5.一般的な身体活動(ウォーキングなど)、6.持久性運動、7.その他の運動に分類し、各運動内容の転倒予防効果も解析した。その結果、バランス+機能的運動が24%、太極拳が19%、多要素運動(歩行+バランス+機能的運動)が34%、それぞれ転倒発生率を低下させることが明らかとなった。一方で、筋力運動、ダンス、ウォーキングの単独の転倒予防効果は不確実性が高く、柔軟性・持久性運動の転倒予防効果を裏づける研究結果はないと結論づけている。
では、転倒予防効果は、運動プログラムの提供方法や対象者の特徴によって異なるだろうか。サブグループ解析の結果、医療専門職(理学療法士等)から運動プログラムが提供された場合、非医療専門職から提供された場合と比較して、より高い転倒予防効果が得られている。一方で、運動プログラムをグループまたは個別に提供しても、転倒予防効果に差はみられていない。また、対象者の転倒リスクや年齢が異なっても、転倒予防効果に差はみられないと結論づけている。
次に、運動以外の転倒予防対策のエビデンスを紹介する。Gillespieらは、さまざまな転倒予防対策の効果を総合的に評価するために、2012年までに実施された159件のランダム化比較試験(n=79,193、女性70%)を体系的にまとめた2)。その結果を表2に要約した。
試験数 | 対象者数 | 転倒発生比率[95%信頼区間] | |
---|---|---|---|
多角的な評価に基づく転倒リスク因子の修正 | 19 | 9503 | 0.76 [0.67, 0.86] |
ビタミンDの補充 | 7 | 9324 | 1.00 [0.90, 1.11] |
住居の安全性評価と改築 | 6 | 4208 | 0.81 [0.68, 0.97] |
頸動脈洞症候群患者に対するペースメーカーの装着 | 3 | 349 | 0.73 [0.57, 0.93] |
視力障害の治療 | 1 | 616 | 1.57 [1.19, 2.06] |
白内障の手術(1回目) | 1 | 306 | 0.66 [0.45, 0.95] |
向精神薬の逓減 | 1 | 93 | 0.34 [0.16, 0.73] |
かかりつけ医に対する薬の処方改善指導 | 1 | 659 | 0.61 [0.41, 0.91] |
滑り止めが装着された靴の使用 | 1 | 109 | 0.42 [0.22, 0.78] |
足に痛みがある患者に対する足部の多面的治療 | 1 | 305 | 0.64 [0.45, 0.91] |
認知行動療法 | 1 | 120 | 1.00 [0.37, 2.72] |
転倒予防に関する知識の提供 | 1 | 45 | 0.33 [0.09, 1.20] |
転倒予防効果がみられた対策には、「多角的な評価に基づく転倒リスク因子の修正」、「住居の安全性評価と改築」、「頸動脈洞症候群患者に対するペースメーカーの装着」、「白内障の手術(1回目)」、「向精神薬の逓減(ていげん)」、「かかりつけ医に対する薬の処方改善指導」、「滑り止めが装着された靴の使用」、「足に痛みがある患者に対する足部の多面的治療」が含まれていた。
住居の安全性評価と改築を行う介入は、転倒リスクの高い高齢者(重度の視力障害がある者など)や作業療法士によって実施された場合に転倒予防効果が高いと報告されている。頸動脈にある圧受容器が刺激・圧迫された際、心拍数と血圧の急激な変化が生じる頸動脈洞症候群は、転倒を頻繁に引き起こす疾患であるが、ペースメーカーを装着することで症状が緩和し転倒発生率が低下すると報告されている。高齢女性における白内障手術は、1回目の手術後に転倒発生率を低下させるが4)、2回目の手術後には効果がみられていない5)。一部の利尿薬、β遮断薬、向精神薬、鎮痛薬は高齢者の転倒リスクを増加させるが6)-8)、向精神薬の逓減など、かかりつけ医が薬の処方箋を改善することで転倒発生率は低下する9),10)。McKiernanは、降雪地帯の高齢者を対象に、靴底に滑り止め装置(Yaktrax® Walker)を装着した結果、屋外での転倒発生率が低下したと報告している11)。履物に関する助言や資金的援助、足関節の運動プログラム、転倒予防冊子、および定期的なフットケアを提供する多面的な足病治療も転倒予防効果が確認されている12)。
一方、「ビタミンDの補充」、「視力障害の治療」、「認知行動療法」、「転倒予防に関する知識の提供」を伴う対策に、転倒予防効果はみられていない。ただし、ビタミンDの補充は血中のビタミンD濃度が低い高齢者では転倒予防効果がみられるという報告もある。
以上の報告をまとめると、運動介入は研究数が多く、転倒予防効果も確認されていることから、地域高齢者の転倒発生率を低下させるうえで最も確証性の高い転倒予防対策と考えられる。また、運動に住居の安全性評価や視力治療を組み合わせることで、転倒予防効果は高くなることから13)、転倒リスクを多角的に評価し修正することも重要である。ただし、運動以外の対策は、それら単独の有効性を裏づけるエビデンスが全体的に不足していることから、転倒予防効果に不確実性が残っている。将来、運動以外の転倒予防対策の効果を検証する質の高い研究が実施されることを期待したい。
わが国を含む先進国の転倒死亡率の推移~転倒予防対策は成果を得ているか~
このように、さまざまな転倒予防対策の効果が確認されているが、これらの対策は各国の健康・医療・福祉サービスにどの程度浸透し、人口レベルの転倒率の低下にどの程度寄与しているだろうか。これは公衆衛生学上、極めて重要なclinical questionである。残念ながら地域高齢者の転倒率を観察した人口統計データは見当たらなかったため、ここでは転倒死亡率の経時変化を調査した先進国の調査結果について紹介する。
Hartholtらは、2000年から2016年にかけて米国で発生した75歳以上の転倒死亡率(10万あたり、年齢調整済み)の傾向を解析し、男性は60.7から116.4に、女性は46.3から105.9に増加したと報告した14)。また、80歳以上のオランダ人高齢者の転倒死亡率(10万人あたり、年齢調整済み)についても解析を行い、男性は110.3から356.5に、女性は91.6から380.5に大幅に増加したと報告した15)。
Padrón-Monederoらは、2000年から2015年にかけてスペインで発生した65歳以上の転倒死亡率(10万人あたり、年齢調整済み)の傾向を調べ、男性は20.6から30.1に、女性は13.8から20.8に増加したと報告した16)。どの先進国でも高齢者の転倒死亡率は増加傾向にあり、その傾向は後期高齢者で顕著である。
本邦では、Hagiyaらが1997年から2016年までの人口動態統計のデータを用いて過去20年間における転倒死亡率(10万人あたり)の傾向を解析した17)。図に、その結果を性別に示した。この図をみると、転倒死亡率に目立った変化はみられないことがわかる。表3は、平均年間変化率を年齢で層別した解析結果である。平均年間変化率は、65-74歳の男性で2.8%、65-74歳と75-84歳の女性でそれぞれ2.5%、2.2%の低下を示し、これらの年齢の転倒死亡率は過去20年間で低下したことがわかった。75歳以上の男性と85歳以上の女性の平均変化率についても、0.1~0.8%低下しているが、前期高齢者の転倒死亡率の低下度と比較すると、その程度は鈍い。
性別 | 年齢 | 平均年間変化率[95%信頼区間] |
---|---|---|
男性 | 65-74歳 | -2.8 [-3.9, -1.7] |
男性 | 75-84歳 | -0.8 [-1.6, 0.1] |
男性 | 85歳以上 | -0.1 [-0.5, 0.3] |
女性 | 65-74歳 | -2.5 [-3.3, -1.7] |
女性 | 75-84歳 | -2.2 [-2.6, -1.9] |
女性 | 85歳以上 | -0.8 [-1.3, -0.3] |
以上をまとめると、他の先進国の転倒死亡率は増加している一方で、本邦の転倒死亡率は維持または低下傾向にあることから、わが国における転倒予防対策は功を奏している可能性がある。ただし、後期高齢者の転倒死亡率の低下は、前期高齢者と比較して鈍化していることから、この年齢層に特化した転倒予防対策は改善の余地がある。
転倒予防対策の今後の課題
転倒予防対策の最終的なミッションは、公衆衛生レベルでの転倒率の低下である。このミッションの達成には、提供する転倒予防対策の社会実装性(社会全体に普及するか)を十分に考慮しなければならない。確証性の高い転倒予防対策が明らかにされたとしても、それが高齢者の生活に浸透しなければ、公衆衛生レベルでの転倒率の低下には至らない。
例えば、運動介入は確証性の高い転倒予防対策と先に述べた。しかし、研究結果と同様の成果を公衆衛生レベルで得るには、高齢者が適切に設計された運動プログラムを自宅で簡単に入手でき、アドヒアランスを長期に維持できるよう工夫した取り組みが必要である。その一方で、転倒予防を目的とした在宅型運動プログラムの平均遵守率は21%と低いことが報告されている18)。理学療法士等の医療専門職が家庭訪問することで遵守率は向上するが18)、そのような対策は高齢者の人口規模が増加するに伴い、人的コストを大幅に増加させることから、サステナブルな転倒予防対策とは言い難い。
増大する社会保険料を抑えながら転倒率を低下させるためには、情報テクノロジーを活用した効率的な転倒予防対策(e-Health for falls prevention)を確立する必要がある。先進的な転倒予防研究を推進するオーストラリアでは、エビデンスに基づく運動プログラムを家庭で実践できるアプリケーション(StandingTall)を開発し、その転倒予防効果を大規模なランダム化比較試験によって検証した。その結果、2年間で転倒発生率が16%低下したと報告している19)。StandingTallは、高齢者に受け入れられやすいユーザーフレンドリーなインターフェースを採用するとともに、行動変容理論に基づいてアドヒアランスが長期に維持できるよう設計されている。実際、2年間の運動遵守率は30~40%と、これまでの在宅型運動プログラムの平均遵守率(21%)と比較しても良好であった。
このように情報テクノロジーを活用することにより、より多くの高齢者に確証性の高い転倒予防対策を提供することが可能となる。ただし、このような取り組みが、高齢者の生活に浸透するか否かについては、議論の余地がある。実際、高齢者のスマートフォンの所有率は増加しているものの、それが高齢者の転倒予防対策に活用されているか否かといえば、否と言わざるを得ない。著者が関与する健診でも、スマートフォンは所有しているが、生活習慣を管理するアプリケーションはほとんど利用していない(メールと電話だけ)という参加者は多い。その理由の多くが、「覚えるのが億劫」「なんとなく不安」といった漠然とした理由がほとんどである。
わが国でも、このような漠然としたネガティブな印象を払拭できる(高齢者が使ってみたいと思う)転倒予防アプリケーションが、産学官連携下で開発されることを切に願う。
文献
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筆者
- 大須賀 洋祐(おおすか ようすけ)
- 東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と精神保健研究チーム研究員
- 略歴
- 2009年:筑波大学体育専門学群卒業、2011年:筑波大学大学院人間総合科学研究科博士前期課程修了、2013年:日本学術振興会特別研究員DC2(筑波大学)(~2015年3月)、2014年:筑波大学大学院人間総合科学研究科三年制博士課程修了、2015年4月:日本学術振興会特別研究員PD(宇宙航空研究開発機構)(~2016年6月)、2016年7月より現職
- 専門分野
- 老年運動学、老年体力学
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