日本の高齢者就労を考える
公開月:2021年10月
今城 志保(いましろ しほ)
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主幹研究員
高齢化が進む日本社会にとって、高齢者が働くことによるさまざまなメリットは政府や学術界からも数多く発信されている。高齢者雇用を企業に義務づける法的な後押しもあって、高齢者の就業率は徐々に上昇をしている(令和3年版高齢社会白書)1)。日本は高齢者の就業意欲も高く、高齢者の就労は望ましい方向に進んでいるように見える。一方で、同白書の高齢就労者の就労理由を見ると、日本は「収入が欲しいから」が51%と最も多く、一方でアメリカ、ドイツ、スウェーデンと比べると、「仕事が面白い、自分の活力になる」の回答が少なく、15.8%であった。あまり内的動機づけが高いとはいえないようである。
著者は産業組織心理学を専門としているが、この分野では組織から見た効果的な人材活用と、個人から見た望ましい仕事や職場のあり方を重視して研究が行われる。そこで本稿では、次の3つの質問を用いて高齢者就労の課題を考える。
高齢就労者は、長い職業生活によって仕事観、能力やスキル、生活のスタイル、健康状態、経済状態など、さまざまな点で個人差が広がっている。そこで、ここでは議論の対象を、ホワイトカラーとして主なキャリアを過ごしてきた60歳以上の人とする。
ホワイトカラーの多くは、60歳前後に定年を迎える。その後のキャリアは、①今の組織に再雇用あるいは継続雇用される、②同じ仕事で転職する、③異なる仕事で転職する、④起業したり個人事業主となる、⑤仕事から完全にリタイアする──などに分かれる。これだけでもさまざまなバリエーションが考えられるが、ここでは他の組織メンバーの影響を考えるため、①~③に限って、上記Ⅰ~Ⅲの3つの質問について考える(表1)
本稿で論じる内容 | 継続雇用か転職かによる違いとして考えられるもの | |
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Ⅰ.高齢者は十分に能力を発揮できているだろうか |
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Ⅱ.高齢者は、自身の望む働き方ができているだろうか |
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Ⅲ.他の組織メンバーの態度は、高齢就労者にどのような影響があるだろうか |
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Ⅰ.高齢者は十分に能力を発揮できているだろうか
1. 高齢就労者が発揮する専門性とは
この質問は、組織にとって最も関心の高いものである。ちなみに、経団連の調査2)によれば、企業が自社の高齢就労者に期待する役割として多く選ばれたのが、「今まで培った経験等を活かした専門能力の発揮」(5割)、「スキルやノウハウ、人脈や顧客等の継承を通した後進の指導」(4割弱)であるが、これらは高齢就労者がそれまでと同じ仕事を継続して行うことや、若手に教えることのできるスキルを有することが前提となる。しかし、日本のホワイトカラーは異動によってさまざまな職種を経験することが多く、自分の専門性を認識することはむずかしい。加えて仕事の内容や仕方が大きく変化する中で、どの程度これまでの専門性が通用するかも危うい。仮に伝えるべき専門性がある場合も、若手の指導育成のスキルを皆が持っているわけでもない。
このような課題に対処するため、自分の専門性と組織への貢献の可能性を改めて認識するためのキャリア研修が行われている。ただし研修は最初のステップであり、実践につなげるためには職場の上司が専門性を発揮できるような仕事をアサインするなど、組織側からのサポートが求められる。
2. 転職の場合の専門性発揮
上記の取り組みは主に元の組織内での高齢就労者の活躍促進に向けたものであるが、転職の場合はどうだろうか。中高年になってからの転職後の適応について行った分析では、自分の裁量で仕事を行うことが可能との認識がある場合、自分の強みと仕事に求められる能力の間にギャップがあっても、適応は阻害されない3)。
高齢の転職者を受け入れる場合、自組織に合わせることを一方的に求めるのではなく、それまでのやり方との違いを本人に認識してもらいつつも、仕事の進め方を自ら決める裁量を与えることで、彼らの適応は促進されるだろう。仕事や周囲との関係性、自分の認知などを自らカスタマイズする「ジョブ・クラフティング」4)は、高齢者の能力発揮の機会を広げる。
3. 仕事に影響を及ぼす高齢者一般の特徴
個人差を前提とするのではなく、加齢による職務遂行への影響を検討した研究もある。表2に示すように、メタ分析の結果、年齢と職務パフォーマンスの間には一般に意味のある相関は認められない。
サンプル数 | 研究数 | 相関の推定値(補正後) | 信頼区間 | ||
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職務パフォーマンス | 上司評定 | 52,048 | 118 | 0.03 | 0.02~0.04 |
職務パフォーマンス | 同僚やその他の他者評定 | 1,555 | 7 | −0.04 | -0.09~0.03 |
職務パフォーマンス | 客観的測度 | 8,970 | 28 | 0.03 | 0.01~0.05 |
職務パフォーマンス | 自己評定 | 17,807 | 52 | 0.06 | 0.05~0.08 |
組織市民行動 | 上司、同僚、その他の他者評定 | 5,404 | 18 | 0.08 | 0.05~0.11 |
組織市民行動 | 自己評定 | 5,775 | 23 | 0.08 | 0.05~0.11 |
全般的職務満足 | 全般的職務満足 | 151,105 | 388 | 0.18 | 0.17~0.19 |
全体的職務満足 | 職務そのものへの満足 | 19,381 | 41 | 0.22 | 0.18~0.26 |
全体的職務満足 | 報酬満足 | 29,453 | 52 | 0.11 | 0.07~0.15 |
全体的職務満足 | 昇進満足 | 18,723 | 36 | -0.31 | -0.41~-0.21 |
全体的職務満足 | 同僚満足 | 9,662 | 36 | 0.12 | 0.08~0.16 |
全体的職務満足 | 上司満足 | 20,633 | 41 | 0.10 | 0.06~0.14 |
注)相関係数とは、変数間の関係性の強さを示す指標で、-1~1の間の値をとる。絶対値が大きいほど、関係性は強い。値が正の場合、年齢が高いほど変数の値は高くなる。値が負の場合は逆に、変数の値は低くなる。
一方、認知能力、特に流動性知能と呼ばれる情報の処理スピードに関わる能力は、年齢とともに低下する7)。認知能力の低下にかかわらず、職務のパフォーマンスが低下しない理由として、認知能力の衰えを経験でカバーしている、認知能力検査が測定する最大の能力は仕事では必要ない、認知能力が大きく低下した人は離職している、認知能力の不足を努力で補っている、などの理由が挙げられる8)。加齢だけでパフォーマンスは低下しないものの、職務遂行に必要な認知能力の程度など、いくつかの条件が満たされないと低下する可能性はある。
組織市民行動と呼ばれる組織や他の職場メンバーへの貢献行動は、年齢とともに、程度は小さいものの上昇することが示されている(表2)。組織市民行動は能力ではなく、意思や性格特性によって決まる部分が大きいと考えられる。加齢による性格特性の変化を見た研究では、「誠実性」と「協調性」の得点が、20歳から70歳の間で高まることが示されており9)、これが組織市民行動を高めている可能性がある。高齢者の一般的な特徴の理解も、彼らがどのような職務や状況で能力を発揮しやすいかを考える際の一助となるだろう。
Ⅱ.高齢者は、自身の望む働き方ができているだろうか
1. 仕事の満足度と動機づけの加齢による変化
高齢者の働く意欲や、職務満足に関連する研究も数多く行われている。年齢と職務満足度に関するメタ分析では、両者の間に正の関係性があった(表2)。さらに側面別の傾向を見たところ、給与などの条件面ではなく、内的な動機づけに関わる側面と、人間関係に関する満足度が上昇していた。
高齢者の職務満足が高い理由として、①共変量の影響と、②発達的要因が挙げられる。共変量の影響とは、経験、社歴、職位、収入といった満足度と関連する変数が年齢とともに上昇することで、結果的に満足度が高まっているというものである。発達的要因とは、年齢に伴う心理的変化で、例えば若いときの理想的な目標から、年齢が上がると現実的な目標へと変化することで、目標達成が可能になり満足度が上昇する、といったものである。高齢になると、ネガティブ感情よりもポジティブな感情を多く経験するようになるが10)、これも発達的要因に当てはまる。
動機づけと年齢の関係についてメタ分析の結果を見ると、加齢とともに低下する動機づけもあれば、逆に高まる動機づけもあることがわかってきた。例えば、出世など外的な動機づけや、能力開発への動機づけ11)、他者より有能でありたいと思う動機12)は、年齢とともに低下する傾向がある。一方で、達成、他者との関係性、自律といった内的な動機づけについては、年齢とともに上昇する13)。
2. 加齢に伴う時間の見通しの影響
高齢者の仕事の動機づけがなぜ変化するのかを説明するものとして、社会情動的選択性理論(Socioemotional selectivity theory; SST)がある14)。この理論では、個人の目標の優先順位が時間の見通しの長さによって影響を受けるとしている。個人が時間を無限のものと見る場合、新たな知識の獲得など長期的な目標が優先されるようになる。一方で、高齢者のように時間を有限のものとして認識するようになると、目の前の目標の優先順位が上がって、現在の感情を望ましい状態にすることに重きが置かれるようになる。高齢就労者のキャリアの縮小15)は、今できることやうまくいくことに目を向けた結果であると考えられる。
SSTが主張するのは、あくまで主観的な時間の見通しである。同じ年齢の就労者の間でも、主観的な時間の見通しは異なるだろう。また、時間の見通しが短くなることで、過去の経験だけに頼った判断をしたり、ネガティブな感情を伴う可能性のある意思決定を人にゆだねる危険性についても指摘されている16)。縮小するキャリアはおおむね適応的であるといえるかもしれないが、その限界についても認識する必要がある。
Ⅲ.他の組織メンバーの態度は、高齢就労者にどのような影響があるだろうか
1. 高齢の就労者に対する態度
周囲の人がどのように高齢就労者に接するかは、彼らの心理や活躍度合いに大きく影響する。しかも、他者との関係性の動機は高齢者になると高まる。
心理学では、私たちの態度は、「認知」「行動」「情動」の3つの要素から構成されると考える。高齢就労者に特定のイメージを適用するステレオタイプは「認知」に関するもので、「物忘れが多い、変化を嫌がる、テクノロジーに無関心、賢い(wise)、経験豊富」といったイメージである。「行動」は、人事上のさまざまな意思決定(採用、昇進、訓練機会、評価など)において、年齢による差別が生じている場合にあたる。「情動」に関しては、嫌悪や憎しみといった強い感情や、哀れみなどの感情が喚起されることが考えられる。
高齢の就労者に対するネガティブな態度は抑制することが望ましいが、最も手がつけやすいのが行動を変化させる人事制度上の工夫だろう。例えば、評価制度を設けることで、上司はその観点で高齢の就労者を評価するようになり、イメージでの認知は抑えられるかもしれない。
Fiske17)は、ステレオタイプが生じる理由について動機を用いて説明している。私たちは、物事を認知する労力を節約するために高齢者をひとくくりにカテゴリ化して理解する。私たちは所属欲求があるため、自分に近い集団(例えば、若者の集団)に帰属意識を持つことで、高齢者を自分とは異なる集団の成員とみなしてしまう。私たちは外界をコントロールしたいという欲求を持つため、高齢者を限られた機会や資源を取り合う競争相手と見てしまう。私たちは自己高揚動機と呼ばれる自分を優れていると思いたい気持ちがあり、これを満たすために高齢者を下に見てしまう。これらは、私たちの一般的な心理傾向から生じるため抑制がむずかしい。
近年、女性活躍推進の一環として無意識のバイアスの影響を軽減するトレーニングが行われているが、同様の取り組みは高齢就労者に対するバイアスの軽減についても検討すべきだろう。
2. 新たな人間関係における態度の形成
高齢就労者へのステレオタイプの影響は、転職して新しい人間関係に入る時のほうが、周囲の人が高齢就労者の人となりを理解している継続雇用に比べると大きい可能性がある。しかし前者の場合でも、今後一緒に仕事をする相手を理解しようとする動機があるため、ステレオタイプ以外の手掛かりが使われる。Kramer & Lewicki18)の「仮定された信頼(Presumptive Trust)」によれば、私たちはよく知らない相手に対して、相手が所属する集団、ステータスや役割、役割などの社会的情報を手がかりに一定の期待を持つとされる。高齢就労者の場合は、その人の以前の所属企業や役職、受け入れる職場での過去の高齢者の活躍度合いなどによっても、異なったイメージを持たれる。
過去に中高年の転職者を受け入れた結果、問題がなければ次の雇用の際にも一定の期待があるため19)、高齢の転職者にとっては適応しやすい環境である。
以上をまとめると、Ⅰの高齢者の能力発揮については、組織は高齢就労者に専門性の発揮を求めるのであれば、そのための能力開発や機会の提供などのサポートが必要である。転職して異なる環境に移る際には、一部の専門性は新しい会社では通用しない可能性があるが、仕事の裁量度が大きい場合は比較的環境に適応しやすい。
Ⅱの自分の望む働き方ができているかの質問については、社会情動的選択性理論(SST)が予想するように、高齢就労者は先の時間の見通しが短くなると、目標の優先順位を変化させて、うまくキャリアの縮小を行うようである。一方で、仕事は面白いものとの認識を持たない場合、仕事への内的動機づけは低いと考えられる。キャリアを縮小しつつ、仕事への内的動機づけの維持は可能かについては、今後の重要な研究テーマとなるだろう。
Ⅲの他の組織メンバーの態度の影響については、それらが大きいことは心理学の研究で一般的な現象として示されてきた。高齢就労者の場合は対人関係が仕事の動機として重要性を増すことから、対策を検討すべき課題であろう。
60歳以降の高齢者の就労は、まさにセカンドキャリアのスタートであり、継続雇用も含めて、高齢者が自らキャリアを考え、仕事や組織を選び、就職活動を行うタイミングなのかもしれない。
文献
- 今城志保, 藤村直子:中高年ホワイトカラーのキャリアチェンジ3;ポータブルスキルの発揮度と適応感の関係. 日本経営行動学会大会発表論文. 2016.
- Wrzesniewski A, Dutton JE: Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of management review. 2001; 26(2): 179-201.
- Ng TW, Feldman DC: The relationship of age to ten dimensions of job performance. Journal of applied psychology. 2008; 93(2): 392-423.
- Ng TW, Feldman DC: The relationships of age with job attitudes: A meta‐analysis. Personnel Psychology. 2010; 63(3): 677-718.
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筆者
- 今城 志保(いましろ しほ)
- 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主幹研究員
- 略歴
- 1988年:京都大学教育学部(教育心理学コース)卒業、リクルート入社、1989年:人事測定研究所(現リクルートマネジメントソリューションズ)入社、1996年:New York University Graduate School of Art & Science (Industrial/Organizational psychology)修了、1997年:リクルートマネジメントソリューションズ入社、1998年:同社組織行動研究所主任研究員、2013年:東京大学大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻(社会心理)博士後期課程修了、2018年より現職
- 専門分野
- 社会心理学
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