高齢者の社会参加と健康
公開月:2021年10月
渡辺 修一郎(わたなべ しゅういちろう)
桜美林大学大学院国際学術研究科老年学学位プログラム教授
はじめに
社会参加の中核となる概念は、「社会や地域の他者との交流を伴う活動への参加」といえる1)。具体的な活動としては、就業、ボランティア、近隣や友人との助け合い、サービス利用などが挙げられる。本稿では、特に、これまで数多くの研究がなされてきた、有償・無償の生産的で社会的な役割を担う社会参加が、高齢者の心身の健康に及ぼす影響について、国内外の研究の知見を紹介する。
就業が高齢者の心身の健康に及ぼす影響
今日、高齢者の就業は、政策的には、高齢者を社会保障の受給者から納税者へ転換させることによる社会保障財政の持続性確保をはじめとした財政負担の軽減策として、また、労働力不足の解決策として、さらに、高齢者の社会参加と生きがいを実現するための手段として論じられている。加えて、健康増進や介護予防にも寄与することが期待されている。
就業が高齢者の健康に及ぼす影響を検討した先行研究の多くは、就業が、抑うつ度、生活満足度、基本的および手段的日常生活動作能力、認知機能、虚弱、さらには生存率などの健康指標に好影響をもたらすことを示している2),3)。
一方、高齢者の就業が健康障害を引き起こすこともある。特に労働災害は大きな問題であり、60歳以上の休業4日以上の労働災害被災者数は、2020年には34,928人と全体の約4分の1を占め、増加傾向にある。また、Nemotoらは、高齢者就業者の就業理由と2年間の健康度の変化との関連を検討し、就業理由に経済的理由を挙げた高齢者は、経済的理由のない高齢者と比較し、健康度自己評価および高次生活機能の低下のリスクが高いことを報告している4)。高齢者は何らかの生活習慣病や老年症候群などに罹患していることが多く、職場の一般定期健康診断有所見者率は65歳以上では95%を超えている。経済的理由により就業している高齢者は、生活水準の確保のために健康を害しながら無理して働いている可能性がある。
継続雇用の促進のためには、労働安全衛生管理対策において、健康を維持増進させる就業のあり方を設計し、健康阻害要因の排除、是正、管理を行うとともに、疾病管理を徹底する必要がある。また、年金をはじめとした所得保障制度と保健医療福祉制度を活用して退職する機会を保障することも重要である。
退職が健康に及ぼす影響に関する先行研究では、退職は精神的健康にポジティブに影響するが、主観的健康感や身体的健康に対してはネガティブに影響することもあること、職種による差、自発的退職と解雇や健康問題など自発的でない退職による差など、諸要因による違いが報告されている3)。退職後の社会参加のあり方もその後の健康に影響を及ぼしていると考えられる。
家事が高齢者の心身の健康に及ぼす影響
家事は社会参加の概念から除外されることもある。しかし、家事は人の生存に必要な、衣食住の調達・維持・管理のための仕事(料理、掃除、買い物、家や庭の管理など)、および次世代育成役割(育児など)からなる何らかの社会交流を伴う活動である。
Adjeiらは、欧米の高齢者を対象として家事時間と健康度自己評価との関連を検討し、1日の家事時間が1〜3時間に比べ、3~6時間の高齢者は、健康度自己評価が良好であること、また、家事時間と睡眠時間、健康度自己評価の関連は男女で異なり、女性では、長時間の家事と短時間または長時間の睡眠の組み合わせは、健康度自己評価と負の関係にあることを示している5)。家事も健康に好影響をもたらすと考えられるが、高齢女性では、長い家事労働に応じて適切な休養も必要であることが示唆される。
男性においては、独居高齢者の食品摂取多様性の低下や栄養の偏りなどの食・栄養の問題が多く報告されている。学校教育および生涯学習におけるジェンダーフリー教育・学習を今後ますます推進し、特に、男性の食材の調達と調理に関するスキル向上を図る必要がある。
ボランティア活動が高齢者の心身の健康に及ぼす影響
1995年の阪神・淡路大震災以来、ボランティア活動を通じて社会に参加し、自己を実現したいと考える人が増えてきた。全国社会福祉協議会が把握しているボランティア数はこの10年間で約1.5倍になり、内閣府の調査によれば、今後NPOやボランティアに参加したいと考えている人は5割を超えている6)。
北米における高齢者のボランティア活動が健康に及ぼす影響についてのレビューによると、ボランティア活動が、生活満足度、抑うつ度、健康度自己評価などの心理的健康度を高めることを示した研究は多いが、身体的健康については、死亡、身体機能障害や虚弱のリスクが抑制されるという報告や、高血圧や炎症反応指標を抑制するとの報告が散見されるにすぎないこと、性や人種、健康状態、社会経済状態、社会的交流の多寡などによりボランティア活動の効果が異なる可能性があること、ボランティア活動の内容による健康への効果の相違を検討した研究は少ないこと、健康に好影響を及ぼす活動時間は概ね年間40~100時間程度とするものが多いが、時間やグループ数についての至適水準を示すことはむずかしいこと、などの知見が示されている7)。
ボランティア活動と高齢者の心身の健康との関連をみると、そもそもボランティア活動に参加している高齢者の健康状態は一般的に高く、ボランティア活動を行っている高齢者は、就労、趣味や学習など他の社会参加を行っている者も少なくない。ボランティア活動が高齢者の心身の健康に及ぼす独立的な影響を検討するためには、単に参加の有無だけを検討するのではなく、さまざまな社会参加活動の総量を考慮した検討が必要と考えられる。
趣味・学習活動が高齢者の心身の健康に及ぼす影響
総務省統計局が実施する社会生活基本調査では、1日の行動を、睡眠、食事など生理的に必要な活動を「1次活動」、仕事、家事など社会生活を営むうえで義務的な性格の強い活動を「2次活動」、これら以外の活動で各人の自由時間における活動を「3次活動」と分類し、3次活動はさらに、「移動(通勤・通学を除く)」「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」「休養・くつろぎ」「学習・研究(学業以外)」「趣味・娯楽」「スポーツ」「社会的活動」「交際・付き合い」「受診・療養」「その他」の10種類に分類している8)。
この分類では、日本人がしばしば趣味としてあげる、仕事や家事、スポーツの実施、学習、読書、料理・菓子づくり、昼寝などは趣味の範疇(はんちゅう)ではなくなる。社会生活基本調査での趣味は33に分類されており、先に趣味でないとしたもののうち、読書と料理についてのみ、趣味としての料理・菓子づくり、趣味としての読書として区別して趣味としている。また、趣味の英訳とされるhobbyも一般的には、仕事や読書、スポーツなどは含まないようである。定義については議論のあるところであるが、個人的な楽しみで行われる趣味についても、材料や器具の入手、趣味の披露など何らかの形で他者との交流を伴うものであることから社会参加活動と考えられる。3次活動の中でも特に趣味や学習活動は各々が自己実現の場として積極的に取り組む活動であり、健康への好影響が期待される。
趣味が高齢者の健康に及ぼす効果については、3年間のコホート研究により、男性では園芸的活動、女性ではスポーツ的活動が認知症を伴う要介護認定リスクを低減させたとする竹田らの報告9)、3年間のコホート研究により、趣味も生きがいもないことが死亡およびIADL低下のリスクとなることを報告したTomiokaらの研究10)、6年間のコホート研究により、趣味が4種類まで増えるにつれて認知症リスクが低下することを示した辻らの研究11)などがあり、趣味があることは生活機能だけでなく、生命予後にも好影響を及ぼすことが示されている。
学習活動も高齢者の健康の心理的、精神的、社会的側面に好影響を与えることが数多く実証されており、効果をもたらす要因としては、自分のために学ぶことや学ぶことの喜びを背景として、生活の質としての学習、社会的ネットワークとしての学習、対処の手段としての学習、リスク低減の手段としての学習などが考えられている12)。
近隣や友人との助け合いが高齢者の心身の健康に及ぼす影響
地域社会におけるさまざまな生活課題の解決のために、近隣や友人など個人的なつながりのある人間同士が助け合う活動は互助といわれ、地域包括ケアシステムの重要な柱の1つにもなっている。互助と健康との関連に関する研究は、インフォーマルサポートの授受と健康との関連の観点から数多くなされている。インフォーマルサポートの効果としては、サポートを受領するよりも提供するほうが健康に好影響をもたらすこと、サポートの授受のバランスが取れていると健康にポジティブな影響をもたらすが、過剰あるいは不適切なサポートは高齢者の自尊心や自己統制感を妨げるなど、サポート授受のバランスが崩れるとネガティブな影響がみられることなどが報告されている13)。
今日、互助の基盤となる地域コミュニティの衰退が大きな課題となっているが、横断的にみると、地域社会の支え合う関係の脆弱化が進むと虚弱な高齢者は地域で生活できにくくなるため、地域社会の支え合う関係が脆弱な地域ほど集団の健康状態はよい現象がみられることもある。
社会参加が高齢者の健康に好影響を及ぼすメカニズム
社会参加が生活機能の維持をはじめとする健康に好影響をもたらすメカニズムとして、①身体機能および精神機能の発揮による廃用性機能低下の予防、②ソーシャル・サポートによるストレス緩衝・見守られ、③生活リズムの維持、④社会貢献感や自尊心の向上、次の世代を育てようという関心や欲求(ジェネラティビティ)や自己実現などの各種欲求の達成、⑤健康問題の早期発見、早期対策へのつながりやすさ、などが関与していると思われる。就業では、さらに、⑥収入の維持による生活水準の維持が寄与すると考えられる。
健康に問題がある高齢者の社会参加支援
住民のよりよい生活の質をめざす視点からは、健康に問題がある高齢者の社会参加支援も重要である。骨折した高齢者のサポートの主体別に社会参加の度合いを検討した研究では、フォーマルサポートのみを受けている人は、インフォーマルサポートを受けている人やサポートがない人に比べ社会参加が少ないことが報告されている14)。この結果は、インフォーマルサポートが、健康に問題がある高齢者の社会参加に重要であることを示すとともに、健康に問題がある高齢者の社会参加を支援するフォーマルサポートも充実させていくことの必要性を示唆している。
新型コロナウイルス感染症の流行が高齢者の社会参加と健康に及ぼす影響
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患すると高齢者は特に重症化しやすいことから、流行下において、手洗いや消毒、マスク着用などの個人衛生の徹底、密閉空間・密集場所・密接場面の回避や予防接種などの予防の取り組みが進んでいる。取り組みの中で高齢者の社会参加が抑制されており、筆者らが数十年健康管理活動に関わっているA農村では、2020年夏の感染者未発生の時点においても、後期高齢者の外出や、近所や親戚とのお茶のみの頻度が減少していた(図1、2)。COVID-19の流行が高齢者の社会参加と健康に及ぼす影響としては、社会活動頻度の低下、身体活動量減少と食習慣の悪化、メンタルヘルス指標の低下などがみられている15)。
一方、不要不急の外出が抑制されている中で、ICTを利用したバーチャルコミュニティへの参加という新しい形の社会参加が増えてきている。ケア施設入所高齢者のオンラインによる親族とのコミュニケーションの満足度を交流方法別に比較した研究では、電話利用の場合よりビデオ通話のほうが満足度が高いことなどが報告されている15)。
各種の社会活動の現場でのさまざまな対策や予防接種の普及などにより高齢者の社会参加は徐々に回復傾向にある。この機会をこれまで社会参加が十分でなかった高齢者の社会参加の多様性の増加や拡大に活かす「災い転じて福となす」取り組みが求められている。
おわりに
高齢期の社会参加は、多様性に富み、ほとんどの社会参加は、主観的および客観的な健康度の向上につながることが示されている。社会参加の多様性を保つことは、高齢期に生じるさまざまな喪失の打撃を緩和することにも役立つと考えられる。
一方、強要された活動や、反社会的活動への参加、ノルマの多い社会参加などは、葛藤によるストレスなど健康に悪影響を及ぼす可能性がある。社会参加は健康によい影響をもたらすという一元的な見方にとどまることなく、生活の質の向上につながる社会参加のあり方を検討する必要がある。
文献
- Levasseur M, Richard L, Gauvin L, Ramond E: Inventory and analysis of definitions of social participation found in the aging literature: Proposed taxonomy of social activities. Soc Sci Med. 2010; 71(12): 2141-2149.
- 藤原佳典: 高齢者の就労と健康-就労支援の視点から. 季刊 個人金融 2019年秋号 2019; 57-66.
- Nemoto Y, Takahashi T, Nonaka K, et al.: Working for only financial reasons attenuates the health effects of working beyond retirement age: A 2-year longitudinal study. Geriatr Gerontol Int. 2020; 20(8): 745-751.
- Adjei K, Brand T: Investigating the Associations Between Productive Housework Activities, Sleep Hours and Self-Reported Health Among Elderly Men and Women in Industrialised Countries. BMC Public Health 2018; 18(110). DOI 10.1186/s12889-017-4979-z
- 藤原佳典,杉原陽子,新開省二:ボランティア活動が高齢者の心身の健康に及ぼす影響.日本公衛誌 2015;52(4):293-307.
- 竹田徳則, 近藤克則, 平井寛:地域在住高齢者における認知症を伴う要介護認定の心理社会的危険因子 AGES プロジェクト3年間のコホート研究.日本公衛誌 2010;57(12): 1054-1065.
- Tomioka K, Kurumatani N, Hosoi H: Relationship of Having Hobbies and a Purpose in Life With Mortality, Activities of Daily Living, and Instrumental Activities of Daily Living Among Community-Dwelling Elderly Adults. J Epidemiol 2016; 26(7): 361-370.
- 辻大士, 長嶺由衣子, 宮國康弘, 近藤克則: 高齢者の趣味の種類および数と認知症発症: JAGES 6年縦断研究. 日本公衛誌 2020;67(11):800-810.
- Schoultz M, Öhman J, Quennerstedt M: A review of research on the relationship between learning and health for older adults. International Journal of Lifelong Education 2020; 39: 528-544.
- 山埜ふみ恵,草野恵美子,吉田久美子:地域在住高齢者のソーシャルサポートの授受に関する文献検討.大阪医科大学看護研究雑誌 2016; 6: 94-103.
- Ekström H, Ivanoff S, Elmståhl S: Does informal support influence social participation of fractured elderly people?. Arch Gerontol Geriatr. 2013; 56(3): 457-465.
筆者
- 渡辺 修一郎(わたなべ しゅういちろう)
- 桜美林大学大学院国際学術研究科老年学学位プログラム教授
- 略歴
- 1986年:愛媛大学医学部医学科卒業、1990年:愛媛大学大学院医学研究科修了(医学博士)、1990年:愛媛大学医学部衛生学教室助手、1993年:東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)地域保健部門主任研究員、2002年:桜美林大学大学院助教授、2008年より現職。日本応用老年学会および日本老年社会科学会理事
- 専門分野
- 老年学、老年医学、公衆衛生学、産業医学。主に中高年者の健康保持増進に関する研究、教育、実践活動に従事
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