喜びをもたらす情動療法こそ老年医療
公開月:2021年7月
佐々木 英忠(ささき ひでただ)
仙台富沢病院院長
東北大学名誉教授
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)は、睡眠時に咽頭の筋肉が弛緩し気道を閉鎖し10秒以上呼吸できなくなり低酸素で目覚め、これを繰り返すことで寝不足になり、日中眠気で活動が不十分になる疾患であるが、SASは高齢者ほど頻度が高い。治療は睡眠中持続陽圧呼吸(Continuous Positive Airway Pressure:CPAP)で陽圧を顔マスクにかけ気道の入り口の閉鎖を防ぐ方法である。
男性は73歳でSASと診断されCPAPをつけ、78歳で認知症になり抗認知症薬を開始した。まもなく暴言、不穏などの行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)が出てCPAPを外すため、夜間体幹拘束、抗精神病薬、睡眠薬で夜間無動にしてCPAPを外さなくなった。BPSDのため当院(精神科認知症病院)に紹介された。
入院後、従来の薬はすべて中止し、気分安定作用のあるデパケンを少量内服した。CPAPは就眠時装着するが、定期見回り以外は外しても酸素飽和度(SpO2)は一時的に84%と低下するも日中は入院時のような抗精神病薬による過鎮静もなく、喜びをもたらす情動療法に反応し、本来の優しさが出てきた。その後、BPSDもなくなりデパケンなしで体重減もあり、SpO2>95%でCPAPを外して在宅退院となった。
反省点がいくつか見られた。SASのCPAPによる予後改善は5年後5%くらいと、高齢者にはほぼ無害の疾患であり、CPAPはもともと不要であったろう。抗認知症薬は認知機能を改善しないばかりか情動機能を刺激しBPSDを増強させるので、原則不要と考えられる。CPAPを優先させたために、抗認知症薬のアクセルと抗精神病薬のブレーキを同時に踏む過ちをしている。抗精神病薬と睡眠薬はSASを悪化させる。CPAPは人工呼吸器に準じた請求ができるので利益になるが、医療費の無駄と思われた。近未来、認知症ががんなどの3大疾患より最も高頻度な疾患になると予想されている。BPSDaは上記の症例のように、喜びをもたらす情動療法が有効である場合が多い。
BPSDを暴力など苦悩的情動(Neuropsychiatric Inventory:NPI)のみを目標に治療するのではなく、喜びの気持ち(Delightful Emotional Index:DEI)を目標に治療することにより抗精神病薬は不要になり、 情動の抑制もなく本来の喜びや優しさが出る。感染対策に高栄養が必要な高齢者に高脂血症薬を処方する、効果の薄い高価な骨粗鬆薬、糖尿病にインスリンを日に3回注射して低血糖を起こすなど、高齢者では行き過ぎた臓器治療はむしろ有害な場合が多い。老化しエネルギーの少ない臓器疾患は完璧に治療できなくとも、人生を幸せと感じるように努める情動療法こそ老年医療であり、高度な仁術であろう。臓器の劣化があっても劣化に相応したささやかな喜びをもたらす、臓器障害と喜びの情動が等価なバランスの取れた状態、平行老化が老年医療の目標であろう。
新型コロナウイルスは世の動きを10年速めたといわれているが、AIやロボット医療が臓器医療に取り込まれ、医師の医療技術に取って代わろうとしている。さらに高齢者医療と介護費の増加が見込まれ、医療費と介護費が対等になると予想されている。臓器医療はAIに任せ、老年科の役割はAIの不得意な介護も取り込んだ情動医療であろう。
筆者
- 佐々木 英忠(ささき ひでただ)
- 仙台富沢病院院長
東北大学名誉教授 - 略歴
- 1966年:東北大学医学部卒、1976年:米国ハーバード大学医学部公衆衛生留学、1981年:東北大学医学部第一内科講師、1987年:東北大学老年科教授、2005年:秋田看護福祉大学学長、2010年:仙台富沢病院顧問、2016年:同院長(現職)
- 専門分野
- 老年内科
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